上 下
15 / 92

シンファエルの憂い④

しおりを挟む
「殿下!殿下は風魔法が使えると伺いました」

 次の日になって、朝からアルヴィーナが満面の笑顔で駆け寄ってきた。ああ、やっぱり可愛い。

「でしたら、薬草園の草取りをお願いしてもいいでしょうか?」
「は?」
「王宮魔導士の持つ薬草畑があるでしょう?先日の雨で雑草が異常繁殖してしまい、てんてこ舞いしているんですの。わたくしは沼地になってしまった畑の除水作業を手伝うので、殿下は雑草を風魔法で取り除いていただけませんか?」
「雑草?は?この私が?畑仕事?」
「魔導士の皆様も騎士団の皆様もお手伝いしているんですのよ。ここは一致団結して皆で取り組めば、あっという間に終わる作業ですわ!」
「ふ、ふざけたことを言うな!私は王子だぞ!」
「あら」
「そんな下々の仕事を、なぜ私がしなければならないんだ!気分が悪い!」

 私は腹が立って、アルヴィーナ嬢を残してその場を大股で離れた。
 私の魔力を馬鹿にしているのか。
 王子に向かってなんてことを言うんだ。父上に言いつけてやる。
 ちょっと可愛いからと優遇すれば、図々しいことこの上ない!
 騙された気分だ!

 あまりにも腹が立ったので、しばらく部屋をうろうろして気を沈め、落ち着いたところで父上に謁見の伺いを立てた。
 すぐに許可が降りて、侍従を従えて王の執務室へと向かう途中でふと薬草園が視界に入った。

 いや、それは薬草園ではなく、空に浮かんだ土がついたままの薬草株だった。
 目を丸くして身を乗り出して廊下から外を見ると、そこには数人の魔導士たちが魔法を使って薬草株を宙に浮かし、アルヴィーナ嬢が沼になってぐちゃぐちゃになった畑の土から水球をいくつも取り出し、火魔法で蒸発させ、土を柔らかな状態に戻しているところだった。

「な、なんだ、あれは…!?」
「ここ数日の雨で被害が出た畑を、アルヴィーナ嬢がお手伝いを申し出てくださったようです。伯爵領で同じようなことをしたから慣れていると仰っておいででした」

 侍従が、滑らかにそう告げる。慣れてるって、あんな大規模な魔法、嘘だろう?しかも水魔法って水を作り出すだけじゃ無いのか!?

「水魔法のコントロールが上手な方は、空気中から水分を取り出したり、体内に溜まった毒素を取り出したりも可能なんだそうですよ」
「た、体内から?」
「アルヴィーナ嬢はまだそこまでコントロールはできないけれど、兄はできるとおっしゃっていました。薬草から薬用分だけを取り出すことも可能なんだとか」
「兄?兄がいるのか」
「ええ。魔法は兄から学んだと」

 驚愕の視線を向けていると、地均じならしも終わったのか薬草が地面に戻っていき、魔導士達が歓喜の声をあげた。そしてアルヴィーナ嬢は「では次の畑へ行きましょう!」と魔導士団を引き連れて、和気藹々と次の畑へ向かっていった。

 なんなんだ、あれは。規格外だろ?規格外だよな?
 私は父上に文句を言う気持ちも萎えてしまい、そのまま部屋に戻ってふて寝をした。
 あんなの、敵うわけないじゃないか。
 父上も母上も、私にあんなレベルの魔法を期待しているのか。

 絶対無理だ。

 王宮の侍女たちが、アルヴィーナ嬢の美しさを噂する。
 騎士たちが、アルヴィーナ嬢は剣も扱えると騒いでいた。
 魔導士団が、アルヴィーナ嬢にぜひ手伝ってもらいたいことがあると、父上に伺いを立てた。
 私がやらないでほったらかしていた政務を、アルヴィーナ嬢が片付け始めた。




 アルヴィーナ嬢が、アルヴィーナ嬢が、アルヴィーナ嬢が。




「父上。アルヴィーナ嬢はたかだか伯爵令嬢なのに、皆少し褒め過ぎではないですか?」
「うむ、だがな。アルヴィーナ嬢はお前がやりたがらない仕事をやってくれているのだ。気に入らなくば、お前がその仕事をやるのが筋だろう?」
「っ!で、ですが。私にもやるべきことがたくさんあって」
「王になりたければ、後回しにせず任された政務をやりなさい。わからなければ兄上……宰相に聞けば良い」
「でしたら!父上に伺ってもいいですか。王は伯父上ではなく父上でしょう!」
「わ、わしにはわしの政務があるから、忙しくてな。お前の分まで面倒は見切れん。必要ならば文官の補佐をつけよう。家庭教師はどうした?帝王学の教師がおっただろう」

 そんなの、とうの昔にクビにしてしまった。
 小難しいことばかり言うし、大昔の歴史や座学ばかりだ。
 私が妃にやらせればいいと言った時、誰も反対しなかったじゃないか。
 私はもっと優雅ににこやかに速やかに私の思う通りにしたいのに、なぜ誰も彼もアルヴィーナ嬢ばかり褒めるのか。




 次第に、私がアルヴィーナ嬢を避けるようになり、学園が始まってしまった。

 学園は、華やかな生徒で溢れていた。制服があるから皆同じような服装をしているが、美しい令嬢がたくさんいた。
 なぜ、私のお茶会にはあんなに少ない人数だったのだろう。
 美しい令嬢はたくさんいるのに。ああ、そうか。高位貴族令嬢だけだったからか。
 私の結婚相手に、なぜ子爵家や男爵家ではいけないのだろう。同じ貴族なのに。

 それでも、アルヴィーナ嬢はその中でもダントツの美しさだった。
 久しぶりに見かけた彼女はサイドの髪を編み込んで後ろで束ね紅色のリボンを結んでいた。
 キラキラした新緑の瞳は夏になっても新緑のまま、若々しく瑞々しい色合いだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

奴隷と呼ばれた俺、追放先で無双する

宮富タマジ
ファンタジー
「レオ、お前は奴隷なのだから、勇者パーティから追放する!」 王子アレンは鋭い声で叫んだ。 奴隷でありながら、勇者パーティの最強として君臨していたレオだったが。 王子アレンを中心とした新たな勇者パーティが結成されることになり レオは追放される運命に陥った。 王子アレンは続けて 「レオの身分は奴隷なので、パーティのイメージを損なう! 国民の前では王族だけの勇者パーティがふさわしい」 と主張したのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...