上 下
8 / 16

第7話:聖女は呪わないってほんと?

しおりを挟む
「お父様、お母様、おはよーございマス」

 小綺麗なワンピースを着たラズが朝の挨拶をする。

 あれから1年。ドルシネアと無事和解し、愛再び!の俺たちは、正式にラズマリーナを養女として受け入れた。ほっとした。さすがドルシネア、できた女は違う。

 ラズは聞き分けが良く、しかも頭の良い子だ。言葉遣いはまあそれなりに様になってきているし、家庭教師に貴族の教育も大人しく受けている。本人が言ったように数字にはめっぽう強く、最近はドルシネアについて帳簿の付け方も覚えているようだ。商品の買い付けや値段交渉にもついて来ては俺の隣でその様子を見て、自分なりに努力もしている。

 時折、腹黒い商談相手を見てぶつぶつと呪詛を吐いているのが聞こえるが、無視だ、無視。その相手が、突然腹を下したり、デコがいきなり光りだしたり、足の小指を毎回机の角でぶつけたりしているのも、偶然だ。

 なんかどこかで見た事があるような気がしないでもないが………。気のせい、気のせい。

 商売敵の店に突然雷が落ちて焼け落ちたのを見た時は、ちょっと慌てて『聖女とは何か』を教会で説いて貰ったが。グーゼンだ。きっと。呪いなんかじゃない。聖女って呪いかけたりしないよな?

 月に一度、教会で聖魔法について学んでいるが今のところ変わりはないようで、神父はちょっと眉を下げていた。貧民街で受けた心の傷トラウマが原因かもしれませんので、気長に見ていきましょうと慰められていたが、あれは聖女なんてタマじゃないからな。神父の前では猫をかぶっているようだが。

 話し合いの末、俺とドルシネアはラズが15歳になるまで子供は作らないことを決めた。約4年だ。俺は40歳になってしまうが、ドルシネアはまだ若い。体力が衰えないように規則正しい生活を心が目なくては。まあ、しばらくは俺のドルシネアを独り占めできるということで、問題はない。

 と思っていたのだが、ドルシネアはすっかりラズに入れ込んでいるようで、仲の良い親子関係を築いている。

「さあ、ラズ。今日は雷魔法について復習しましょうか」
「はい、お母様!」
「怪我をしないように力加減に気をつけてね」
「大丈夫です、お母様!アタシ、じゃなかった、ワタシの治癒魔法ですぐ治しますから」
「それと、地面に穴を開けるのも、家を焼き払うのも、池に帯電させるのもダメだからね?」
「……大丈夫です、お母様!ち、治癒魔法で」
「ダメだからね?」
「……ハイ」

 うん。ちょっと、魔力操作に不安があるのだけど。

 ラズには治癒魔法の心得があったとみえる。過去の虐げられた生活の中で自然と身につけていたようで、自身の治癒は問題なくできるということがわかった。話を聞けば、例の女に連れられて、色々厄介な目に遭い、その度に治癒能力を上げていったようだ。但し、今のところ本人にしか使えないようだが。まあ、ドルシネアが擦り傷一つ作るような環境は、俺が許さないから問題はない。

 そうそう、例の女はきっちり探し出して牢に入れた。子供をダシに金儲けをしていたのだから当然だ。ラズは見目が良く、従順だったからという理由であちこちに差し出しては、銅貨、銀貨を手に入れていたらしい。その金はごろつきの男に貢いで消えていたらしいが。中には、奴隷にされた子供や、生憎命を落としてしまった子供もいるらしく、国が安定している今、そろそろ領主も国も重い腰を上げて貧民街に目を向けて欲しいものである。じゃないと、また神罰が落ちるような気がする。

 ドルシネアはラズを聖女にはしたくないようで、ずっと我が家で面倒を見て、ゆくゆくは商人として独り立ちできるようにしたいと言い出した。

「うちは男爵家だけど、貴族学院なんて行かなくてもいいんじゃないかしら?ラズには商人の道もあるのだし?」
「貴族学院は義務だからなぁ。しかも聖女の要素を持ち合わせているのに、学院に入れないとなると養育放棄だの養子虐待だのと言われて問題になっても困るし」
「……そそ、それは困るわね!やっぱり学院にはいくしかないのかしらっ」
「まあ、15になるまでに聖魔法の能力が上がらなければ、それほど問題にもならないんじゃないかな。こればっかりはラズの人生だし。可能性を伸ばすのは親の責務だろう」

 4年のうちに貴族令嬢としての作法やらなにやらを学ばせる必要があるが、表面は取り繕えているし。……呪詛は吐かないように良く言いつけておかないとな。というか、聖女って呪いもかけれるんだな。なんとなく恐ろしいものに手を出してしまった感があるんだが。ラズ自身も聖女にこだわっている風ではないし、ドルシネアの仕事を手伝うにしろ、普通の男爵令嬢として育てたいんだがな。目の奥に闇を孕んでいるのがネックだな。令嬢の目つきじゃないだろ、あれ。アサシンの目つきというのかな……暗闇で目が赤く光っているのを見ると、ちょっと怖いんだが。




 そんな感じで、あっという間にラズは15歳になった。

 貴族学院の制服に身を包んだうちの娘、正直めちゃ可愛い。貴族令嬢として髪は少し短めだが、くるりとカールしたストロベリーブロンド(という色らしい)がとても愛らしく、健康的になって身長も多分平均的になったと思う。黙っていれば無垢な貴族令嬢だ。

「いいか、ラズ。貴族の子息令嬢に、気に入らないからといって雷を落としたり、呪ったりしてはいけないよ?」
「嫌だわ、お父様。私がバレるようなヘマを、いえ、そんな恐ろしい真似をするわけないじゃないですか」 
「生意気な子息がいても、三段論法で言いまかすのも良くないわ」
「お母様まで。大丈夫ですわ。主席入学した私に偉そうな口を開くクソガ…いえ、子息なんてきっと現れませんわ」
「心配しかないが、俺たちに出来ることはした。お前はどれだけ頭がよかろうと、男爵令嬢に変わりはないからな。絡まれても無心を通せよ?自重しろ?高位貴族には拘るなよ?」
「……やられたら、ちょっとくらいやり返しても?」
「だめだ」

 口を尖らせる姿も可愛いが、正直ラズはポテンシャルがめちゃくちゃ高かった。

 公開はしていないが、雷魔法はあっという間に究極魔法まで覚え(ちなみにこれはドルシネアのせいだといっても過言ではない。人が死ぬので封印したが)、商家としては喉から手が出るほど欲しがる鑑定眼を1年目に手に入れてから、交渉術、保管魔法(いわゆる空間魔法と呼ばれるやつ)会計スキルも次々と取得した。その上、隠蔽(誤魔化しの上位スキル)や遁走(逃げ足の上位スキル)、浮遊とか低空飛行なんて訳のわからないスキルまで手に入れていた。これは馬車に揺られて商品が痛んだり、自分のケツが痛むのを防ぐためらしい。便利だな。

 だが、治癒魔法は相変わらず個人使用に限るようで、他人を治すことはできないらしい。まあこの地点で聖女というより商人の方が理に適ってはいるのだが。

 5年前に神父に約束した通り、先日教会に行って鑑定をして貰ったのだが、聖女としての力は微妙だと言われた。読み書きは出来るし治癒魔法も個人限定とはいえ使えるので、修行として教会に入るかと相談したのだが、ドルシネアから断固反対された。まあ、5年も一緒に生活して、しかも良い関係を築いている訳だから気持ちは解らないでも無いが。王都の貴族学院に入るとなると、ここから通うわけにも行かず、寮に入ることになる。結局手元には置けないのだが、教会なら家からも近く、会いたい時に会えるからその方がいいようにも思うのだけど、ラズを教会に入れたら別離するわ、と言われては…。すまんが、ラズ。お母様ドルシネアの望みを叶えてやってくれ。家庭の安寧のためだ。

 でもそうなると、俺達もそろそろ子供が欲しい。ラズはとても可愛いけれど、ドルシネアの子供も可愛いはずだ。ラズとは血のつながりがないから、男だと「お姉さまと結婚する!」とか言い出しかねないな。いや、でも15歳も離れているとラズが母親のようになってしまうか。子供は絶対男の子がいい!とドルシネアはいうけれど、こればっかりは神のみぞ知る、だ。まあ、女の子で俺に似たりしたら可哀想かもしれないし、男爵家の後継には男の子がいいのは確かでもある。ラズは聖女か商人かの道があるから、将来はまあ安定しているだろう。

「ラズ、お前は寮に入ることになるが、お前の家はここだ。いつでも帰って来ていいし、問題があったり困ったことがあったらいつでも連絡しろ。すぐに駆けつけるからな」
「……はいっ、お父様。ありがとう」
「ラズ、お父様は自重しろといったけど、嫌なことがあったら我慢せずにやり返しちゃいなさい」
「ふふ。はい、お母様」

 家族でしっかり抱き合って、ラズは王都へ行く馬車に乗り込んだ。次に会うのは半年後の休暇になるはずだ。次の子を仕込むには十分かな。早速今晩はお楽しみといくか…。

 まさか早々にラズが転移を覚えてて、ほぼ毎週帰省するとは、この時は思いも寄らなかったが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

問題が発生したため【人生】を強制終了します。 → 『精霊使いで再起動しました。』

山口 犬
ファンタジー
――その国の王となるには、次期王候補者と精霊使いは、四つの属性の大精霊と大竜神の祝福を受けなければならない。 『ニュースです。昨夜、銀座のビルのテナントの一室で起きた爆発事故で、連絡が取れなくなっていた従業員とみられる男女四人の遺体が発見されました。』 女子大生のハルナはMMORPGにどっぷり浸かった生活を送っていたが、PCパーツ貧乏となり親族のお手伝いで夜のアルバイトへ。不慮の事故により異世界へ転生し、精霊と出会う。 ハルナは失踪した精霊使いの少女と似ていたため、この世界の事情に取り込まれていくことになる。 ※大変申し訳ありません。現在家庭の事情で、創作活動が滞っております。現在、書き溜めもすべて放出している状態です。すみませんが、これからの更新は不定期になります。 【以下のサイトでも掲載中です】 小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n6489fn/ エブリスタ様 https://estar.jp/novels/25497426 カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054893181287 ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/913633 ノベルアップ+様 https://novelup.plus/story/867233065

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

糞ゲーと言われた乙女ゲームの悪役令嬢(末席)に生まれ変わったようですが、私は断罪されずに済みました。

メカ喜楽直人
ファンタジー
物心ついた時にはヴァリは前世の記憶を持っていることに気が付いていた。国の名前や自身の家名がちょっとダジャレっぽいなとは思っていたものの特に記憶にあるでなし、中央貴族とは縁もなく、のんきに田舎暮らしを満喫していた。 だが、領地を襲った大嵐により背負った借金のカタとして、准男爵家の嫡男と婚約することになる。 ──その時、ようやく気が付いたのだ。自分が神絵師の無駄遣いとして有名なキング・オブ・糞ゲー(乙女ゲーム部門)の世界に生まれ変わっていたことを。 しかも私、ヒロインがもの凄い物好きだったら悪役令嬢になっちゃうんですけど?!

処理中です...