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第18話 真夏の逃避行(後篇)

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 納涼祭スタート以降、ヨーヨー釣りは順調に売上を上げていた。

「いらっしゃいませ、ヨーヨー釣りいかがですか? 釣れなかった場合も1個プレゼントしますよー!」

 晴山の呼び込みに引き寄せられるように、カップルや親子連れが次々とやってくる。特にやることもない雪花は、店の裏でこより作りを手伝っていた。最初は手間取っていたが、段々と上手く作れるようになってくる。
 夢中で作っていると「セツカさん」と声をかけられた。
 顔を上げると、マークが穏やかな表情で立っている。

「マークさん、法被似合いますね」
 その台詞せりふを受けて、マークが得意げな表情を作った。
「ありがとうございます。これで私も『日本人』に近付きましたでしょうか」
「えぇ、とっても」
 そして、二人で思わず顔を見合わせて笑う。

「ごめん、マーク、ヨーヨー追加いける?」

 店の方から声がかかり、マークは「はい、勿論です」と答えた。
「私も作業しますね」
 マークが奥のダンボールからヨーヨーと器具を取り出し、器用にヨーヨーを膨らませていく。確かに晴山が言った通り、マークの作業は非常にスムーズだった。
 雪花も負けないように頑張ろうと、こより作りに集中する。
 時間は刻々と過ぎていき、気付けば時刻は19時を過ぎていた。

「おねえちゃん、まーく、ただいまー!」

 あおいが満面の笑顔で出店に戻って来る。手にはアニメキャラクターが大きく描かれた袋を持っていた。その後ろから、浦河が疲れ果てた表情で歩いて来る。

「アオイさん、おかえりなさい。楽しかったですか?」
「うん、たくさんたべた!」
「あおいちゃん、わたあめ買えたんだ。良かったね」

 そして、雪花が「課長もおつかれさまでした」と声をかけると、浦河が「マジ疲れた……」と嘆いた後で、ふとマークの顔を見た。

「そういやマーク、おまえ他の店とか見てきたか?」
「いいえ、仕事がありますので、ずっとここに居ます」
「そりゃ勿体ない。折角だからちょっと見て来いよ、俺が代わりに手伝うから。なぁ晴山、いいよな?」

 そう浦河が晴山に振ると、晴山も「勿論です!」と頷く。

「折角日本に来たんだから、見て回った方がいいですよ。マークさん、気付かなくてすみません」
「ハレヤマさん……ですが、皆さんが対応されているのに……」
「気にしないで下さい。あとはやっときますから」
「あおい、おみせごっこやるー!」
「はいはい、あおいも一緒にお留守番ね。じゃあそういうことで、鈴木、マークのこと頼むな」
「えっ? あっ――はい」

 雪花は頷きながら、マークの顔をちらりと見た。
「――では、お言葉に甘えて」
 そう答えたマークの口元が、小さく緩む。


 それから、二人で夜の納涼祭を見て回った。
 雪花にとっても、お祭りなんて久し振りだ。誰かとこうやって出店を回るなんて、もしかしたら小学生以来かも知れない。射的をして遊んだり、かき氷を食べたりしながら、雪花とマークは納涼祭を楽しんだ。

「あっ、マークさん、これがたこ焼きです」

 買ったばかりのたこ焼きを、マークに差し出す。生地から飛び出したたこの足をまじまじと見ながら「これがあのたこ焼き……」とマークが呟いた。

「出社初日、セツカさんとウラカワ課長と行ったお店で、『イカ』は食べましたが、『タコ』は初めてです」
「また浦河課長に『共食いだ!』って言われちゃいますね」
「『我が同胞よ、頂きます』」

 二人で顔を見合わせて、くすくす笑う。
 久方振りに食べた屋台のたこ焼きは、記憶の中の味よりも随分とおいしい気がした。

 そうして二人で納涼祭を楽しんでいると、ふと、マークが優しい眼差しで「セツカさん」と口を開く。

「今日、準備の時にダンボールを支えてくれたのは――もしかして、動物園の時のことを思い出されたからですか?」

 雪花は少しバツが悪い気持ちで「あぁ……すみません……」と苦笑いしながら答えた。

「少しあの時のことが過ってしまって、気付いたら手を出してしまっていました。不自然でしたよね……しかも全然ダンボール重たくなかったし」

 それを聞いたマークは「やはり、そうでしたか」と言った後で――そっと雪花の耳に口を寄せて、囁く。

「――とても嬉しかったです、ありがとうございます」

 聞き慣れているはずの穏やかな声は、耳元で響くといつもとは色が違って聞こえた。
 思わず雪花が振り返ると、マークはにこりと笑って、顔を離す。
 雪花はまた頬が熱くなったように感じて、それから暫く黙って歩いた。

 段々と人の数がまばらになってくる。出店自体もこの道の先で終わりのようだ。
 雪花が腕時計を見ると、時刻は20時近くになっていた。納涼祭は20時30分に終了する。そろそろ店に戻った方が良いかも知れない。
 顔を上げると、マークも同じように考えていたのか「セツカさん、そろそろ戻りましょうか」と声をかけられた。

「そうですね、戻りましょう」

 そう言って、元来た方向に戻ろうとした瞬間――

「――あれぇ? ×××××じゃないか?」

 聞き覚えのない声で綴られた、聞いたこともない言葉が背後から響く。
 雪花は思わず振り返った。

 目の前には――見覚えのない男が一人、立っている。

 その存在に、雪花は瞬間的に違和感を覚えた。
 相手の正体はわからないが、ニヤニヤとこちらを品定めするように眺める目付きは、少なくとも友好的なものではない――そう判断し、雪花は即座にこの場を立ち去ろうと考えた。
 しかし、隣に居るマークが足を止めて動かない。
 雪花が戸惑いながら「マークさん……?」と声をかけると、目の前の男は「マークぅ?」と馬鹿にするような言い方をした。

「そういえば、『この地域』ではそういう呼び名だったか。なぁ、×××××」
「――その名で私を呼ぶな、ダニー。何故あなたがここに居る?」

 隣に立つマークから、低い声が発せられる。
 その声からは、静かな怒りが滲んでいるように雪花には感じられた。それと反比例するように、ダニーと呼ばれた男は嬉々とした声を上げる。

「そう、俺はダニーだ。よく覚えていたな、マーク。何故ここに居るかって? それは俺の台詞だ。貴様が何故ここに居る?」

 そこまで言って、ダニーは憎々し気に表情を歪め、続く言葉を吐き捨てた。

「この――卑怯者の負け犬野郎が」

 マークは無表情のまま、ダニーを見据えている。
 雪花はそんな初めて見るマークの姿を、黙って見つめることしかできなかった。


第18話 真夏の逃避行 (了)
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