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【7/1】これまでのサイカ、勇者との出会いと和解
1-7 【勇者と和解せよ!】
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「ちょっとアヤ、こいつなんかに……」
「ごめんルリ、でももし勇者が振られたって広まったら格好つかないし、勇者の威厳にかかわりそうだから」
アヤさんが困ったように笑う。勇者の威厳などと言う割に、自分が勇者に選ばれたということに誇りを持っているようには見えない。いわゆる勇者のふり、勇者の仮面を被ろうとは、しているようだが。
「召喚された勇者って……第一次魔王城の魔王を倒したっていう、あの……?」
「それは多分ヒイロさんのことね。ヒイロさんは、一つ目の魔王城の時に召喚された勇者。私は、二つ目の魔王城の時に召喚された勇者なんだって。王様が言ってた」
ヒイロというのが、一人目の魔王を倒した勇者の名前らしい。この国の王様だけでなく、もう一人の勇者とも知り合いなのか。
「ですが、あなたが召喚された勇者様なのだとしたら、どうしてこんなところに? 異世界からのお客様なのだとしたら、それこそお城で悠々自適の贅沢三昧なのでは?」
「……私は、負けた」
アヤさんはそう言うと、少し躊躇う素振りを見せた。
「……」
僕は、アヤさんの次の言葉を待った。
「負けてすらいないのかもしれない。四天王すら倒せなかった。結界すら壊せなかった。小さいヒビが、入っただけだった」
え。
「いや、は? ヒビって、そんなわけ……」
そんなわけないだろう。第二次魔王城の大結界にヒビ? あの日、僕の全力でも傷一つつけられなかった結界なのに。
「結界にヒビって、え……?」
「その時に私は、私のせいで、クルミちゃんを……」
僕の混乱状態に気づくことなく、彼女は呟く。魔鎧にすら手も足も出ないという事実すら、何か裏があるように感じられた。あの大結界に、ヒビ……?
「アヤ!」
ルリさんがアヤさんを強く抱き締めた。それ以上、先を言わせないように。
「アヤのせいじゃない。大丈夫だから。絶対、そんなことないから」
「……そう、だね」
アヤさんはルリさんの胸に顔を埋めたまま、じっと動かない。僕は何も言えなかった。いや、何を言っていいのかわからないと言ったほうが正しいか……。
「……」
とにかく、僕の言葉なんかで彼女の心を軽くすることはできないだろうと思った。当時の僕が、そうだったから。あの時も、二回とも、僕の心には誰の言葉も、響かなかった。
「……ごめん。私が引き止めたのに」
少し経ってから、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「でも、クルミちゃんのことを思い出したらみんなこうなっちゃってさ、シロウ君も、ソラも、だから、しばらく別れて修行しようってことになって……」
アヤさんは弱々しく笑うと、そっと僕に向き直った。彼女とシロウ、ソラ、そしてクルミの四人が、召喚された本来の勇者パーティーということか。
「その時に、ルリに会えた」
ルリさんの腕は、彼女を離そうとしない。
「それにもうすぐ、ヒイロさんが帰ってくる」
その目は依然として何かを求めていて、その目はどこか僕を羨んでいるようにも見えた。確かに彼女から見れば、僕は真面目なだけのただの捻くれ者だ。
「次はヒイロさんのパーティーと、シロウ君のパーティーと、ソラのパーティーと、私たちで魔王城に挑む」
アヤさんの目つきが変わる。きっとその瞳の先には、彼女の仲間たちが立っているのだろう。
(ワスレサセテアゲラレナクテゴメンネ)
僕の視線の先に、半年前まで確かに生きてそこにいたはずの仲間たちが、見えているように。
「君にも、ついてきてほしい」
願ってもないお誘いだった。彼女なら、あの大結界を壊せるかもしれない。そうすれば、中に入ることさえできれば、あいつらの遺体を弔うことくらいは、できるかもしれない。
「……」
「……どう?」
「わかりました。その依頼をお受けします。ただし」
僕は彼女の瞳をしっかりと見つめ返す。これは、僕のけじめだ。
「僕にあの大結界は破れません。二人目の魔王も倒せない。それに万が一、世界の命運とあなた方の命を天秤にかけることになった場合、僕はきっと、世界を捨てる」
「……」
彼女の眼光が鋭くなる。その真意を、測るように。
「僕のことを置いて死なないでください。それが条件です」
僕の願いは、それだけだ。
「わかった。契約成立ね」
アヤさんは二つ返事で答えると、ルリさんの腕の中からするりと抜け出た。その言葉の重みを、彼女は本当に理解しているのだろうか。
「……勇者様の、意志のままに」
僕は彼女の前に跪き、自己紹介と服従の意思を示した。
「我は傲慢な狂信者、サイコワ。世界一幸福な魔法使いを名乗る者。得意技は毒薬の魔法。以後お見知り置きを、お願いいたします……」
その時、胸ポケットのバッジが光り出し、僕の本名、住所、似顔絵などの情報が次々と浮かび上がってきた。
「あ……」
「うわ……、このコウモリ男、意外と童顔……声と合ってないし……」
ルリさんが明らかに見てはいけないものを見たかのようにゆっくり目をそらした。そうだ、君たちは今、一番このタイミングで見てはいけないものを見た! そうだよ、この顔だから舐められないように厳つい仮面つけてるの!
「えっと……」
アヤさんは少し困ったように笑うと、押さえていた毛皮を左手に持ち替えてから、傷の消えた右手を差し出した。
「私の名前は千歳アヤメ。これからよろしく、ラノ君」
世界一幸福な魔法使い、サイカ・ワ・ラノの、平穏な余生が今、幕を開ける。
「ごめんルリ、でももし勇者が振られたって広まったら格好つかないし、勇者の威厳にかかわりそうだから」
アヤさんが困ったように笑う。勇者の威厳などと言う割に、自分が勇者に選ばれたということに誇りを持っているようには見えない。いわゆる勇者のふり、勇者の仮面を被ろうとは、しているようだが。
「召喚された勇者って……第一次魔王城の魔王を倒したっていう、あの……?」
「それは多分ヒイロさんのことね。ヒイロさんは、一つ目の魔王城の時に召喚された勇者。私は、二つ目の魔王城の時に召喚された勇者なんだって。王様が言ってた」
ヒイロというのが、一人目の魔王を倒した勇者の名前らしい。この国の王様だけでなく、もう一人の勇者とも知り合いなのか。
「ですが、あなたが召喚された勇者様なのだとしたら、どうしてこんなところに? 異世界からのお客様なのだとしたら、それこそお城で悠々自適の贅沢三昧なのでは?」
「……私は、負けた」
アヤさんはそう言うと、少し躊躇う素振りを見せた。
「……」
僕は、アヤさんの次の言葉を待った。
「負けてすらいないのかもしれない。四天王すら倒せなかった。結界すら壊せなかった。小さいヒビが、入っただけだった」
え。
「いや、は? ヒビって、そんなわけ……」
そんなわけないだろう。第二次魔王城の大結界にヒビ? あの日、僕の全力でも傷一つつけられなかった結界なのに。
「結界にヒビって、え……?」
「その時に私は、私のせいで、クルミちゃんを……」
僕の混乱状態に気づくことなく、彼女は呟く。魔鎧にすら手も足も出ないという事実すら、何か裏があるように感じられた。あの大結界に、ヒビ……?
「アヤ!」
ルリさんがアヤさんを強く抱き締めた。それ以上、先を言わせないように。
「アヤのせいじゃない。大丈夫だから。絶対、そんなことないから」
「……そう、だね」
アヤさんはルリさんの胸に顔を埋めたまま、じっと動かない。僕は何も言えなかった。いや、何を言っていいのかわからないと言ったほうが正しいか……。
「……」
とにかく、僕の言葉なんかで彼女の心を軽くすることはできないだろうと思った。当時の僕が、そうだったから。あの時も、二回とも、僕の心には誰の言葉も、響かなかった。
「……ごめん。私が引き止めたのに」
少し経ってから、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「でも、クルミちゃんのことを思い出したらみんなこうなっちゃってさ、シロウ君も、ソラも、だから、しばらく別れて修行しようってことになって……」
アヤさんは弱々しく笑うと、そっと僕に向き直った。彼女とシロウ、ソラ、そしてクルミの四人が、召喚された本来の勇者パーティーということか。
「その時に、ルリに会えた」
ルリさんの腕は、彼女を離そうとしない。
「それにもうすぐ、ヒイロさんが帰ってくる」
その目は依然として何かを求めていて、その目はどこか僕を羨んでいるようにも見えた。確かに彼女から見れば、僕は真面目なだけのただの捻くれ者だ。
「次はヒイロさんのパーティーと、シロウ君のパーティーと、ソラのパーティーと、私たちで魔王城に挑む」
アヤさんの目つきが変わる。きっとその瞳の先には、彼女の仲間たちが立っているのだろう。
(ワスレサセテアゲラレナクテゴメンネ)
僕の視線の先に、半年前まで確かに生きてそこにいたはずの仲間たちが、見えているように。
「君にも、ついてきてほしい」
願ってもないお誘いだった。彼女なら、あの大結界を壊せるかもしれない。そうすれば、中に入ることさえできれば、あいつらの遺体を弔うことくらいは、できるかもしれない。
「……」
「……どう?」
「わかりました。その依頼をお受けします。ただし」
僕は彼女の瞳をしっかりと見つめ返す。これは、僕のけじめだ。
「僕にあの大結界は破れません。二人目の魔王も倒せない。それに万が一、世界の命運とあなた方の命を天秤にかけることになった場合、僕はきっと、世界を捨てる」
「……」
彼女の眼光が鋭くなる。その真意を、測るように。
「僕のことを置いて死なないでください。それが条件です」
僕の願いは、それだけだ。
「わかった。契約成立ね」
アヤさんは二つ返事で答えると、ルリさんの腕の中からするりと抜け出た。その言葉の重みを、彼女は本当に理解しているのだろうか。
「……勇者様の、意志のままに」
僕は彼女の前に跪き、自己紹介と服従の意思を示した。
「我は傲慢な狂信者、サイコワ。世界一幸福な魔法使いを名乗る者。得意技は毒薬の魔法。以後お見知り置きを、お願いいたします……」
その時、胸ポケットのバッジが光り出し、僕の本名、住所、似顔絵などの情報が次々と浮かび上がってきた。
「あ……」
「うわ……、このコウモリ男、意外と童顔……声と合ってないし……」
ルリさんが明らかに見てはいけないものを見たかのようにゆっくり目をそらした。そうだ、君たちは今、一番このタイミングで見てはいけないものを見た! そうだよ、この顔だから舐められないように厳つい仮面つけてるの!
「えっと……」
アヤさんは少し困ったように笑うと、押さえていた毛皮を左手に持ち替えてから、傷の消えた右手を差し出した。
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