上 下
4 / 1,014

魔術師の少女3

しおりを挟む
 ルカが宿泊しているのは、繁華街の外れにある安宿だ。部屋の中にはベッドがひとつと、ちょっとした書き物が出来る程度の机と椅子がひと揃え。あとは身の回りの荷物を置けばいっぱいになってしまう。とはいえ、独り身の冒険者にとっては充分な広さだ。

 先ほど助けた少女…クラリスは椅子の上に。ルカはベッドの上に腰をかけ向かい合った。

「改めてお礼を申し上げます。先ほどは本当に…ありがとうございました」

 椅子に腰かけたまま、クラリスは深々と頭を下げる。

「いえ、いいんです。たまたま通りかかっただけだし…そもそも、僕なんていなくても何とかなったような気もするし…」

 ルカは、先ほどクラリスが放った魔術を思い出していた。初伝レベル1魔術『ウィンド・ショック』、本来なら人が吹き飛ぶような高威力の魔術ではないはずだ。

「あんな強いウィンド・ショックなんて、はじめて見ました。実はクラリスさんって、高位の魔術師なんじゃないですか?修伝レベル3とか、皆伝レベル4とか…」

「そ、そんな、とんでもない!」

 クラリスは慌てて手を振った。

「私はただの初伝レベル1魔術師です。私の魔術が他の人よりちょっとだけ強いのは天資スキルのおかげなんです」

天資スキル…クラリスさんはスキル持ちスキルホルダーなんですか?」

 ルカは目を丸くする。

 天資スキル。それは、個々人が持つ特別な力。固有の能力。

 武術や魔術であれば、努力次第で後天的に習得する事ができる(もっとも、そこにも個人の才能による格差はあるが)。しかし、天資スキルは違う。天資スキルを後天的に習得する事はできない…まさしく『天から与えられた資質』だ。

「はい、私の天資スキル魔術増強マジック・ブースト。私は、魔術を発動する際に魔力を込めれば込めるほどその威力を高める事ができるという能力を持っています」

魔術増幅マジック・ブースト…!」

 極めて単純な天資スキル。しかし、それ故に極めて有用なものである事はルカにも分かった。

 基本的に、魔術はそのレベルに比例して威力が上がる。初伝魔術レベル1マジックよりも中伝魔術レベル2マジック中伝魔術レベル2マジックよりも修伝魔術レベル3マジックの方が威力は高い。しかし同時に、魔力消費が増え詠唱時間が長くなるという欠点がある。

 だが、もしも魔術増幅マジック・ブーストで威力を底上げできるのならば…例えば、初伝魔術レベル1マジック修伝魔術レベル3マジックと同程度の威力が出せるのであれば、短い詠唱時間で高威力の魔術を放てるという事になる。

「でも、魔術師としてはあくまで初伝レベル1でしかありません。まだまだ、ヒヨッコです。ルカさんに助けて貰わなかったらどうなっていたか…。だから、本当に感謝しているんですよ」

 そう言ってクラリスは微笑んだ後、少し申し訳なさそうな表情になる。

「それに、助けていただいただけじゃなくて宿にまで上がり込んでしまって…お邪魔じゃありませんでしたか?冒険者さんなんですよね?ひょっとしたら、買い出しとか、依頼の最中とかだったりしたんじゃないですか?」

「…いえ、大丈夫です」

 そう答えるルカの声は沈んでいた。自分では平然と振舞ったつもりだったのだが…無意識のうちに、沈んでしまっていた。自分がパーティから追放されたという現実を思い出したのだ。

「本当に大丈夫ですか?やっぱり、お邪魔だったんじゃ…」

 クラリスは身を乗り出した。ルカの沈んだ声の原因は、自分が彼の邪魔をしたからではないかと勘違いしているようだ。

「暇だから大丈夫ですよ。その…僕、パーティを…追放、されたんです。…だから、どうせ…ずっと、暇、なんで…」

 ルカとしては、おどけたつもりだった。「いや~、実はパーティを追放されたばかりなんです、だから暇なんですよ。えへへ」といった口調で話をするはずだった。だが…その声は、内から込み上げる悲しみに震えてしまっていた。

 自分の全てが否定された事を思い出し、涙が溢れてくる。ルカは俯いた。

「どうせ、僕なんて何の役にも立てない…ですから」

 黙っていると涙が零れ落ちてしまいそうで、そんな事を言ってしまう。自虐地味だが、ルカの本音でもあった。自分は、何の役にも立てない。誰の力にもなれない。

「…自分の事をそんな風に言わないでください」

 温かな手が、ルカの頬をそっと撫でた。顔を上げると、クラリスが椅子から立ち上がり、片膝をついてルカの目の前にまで近付いていた。

「私は、あなたに助けていただきました。…助けていただいて、とても嬉しかったです。本当に、心から感謝しています。何の役にも立てないなんて事、ありませんよ」

「そんな事…」

 ルカは、クラリスから視線を逸らした。彼女が善人だという事はルカにも分かる。分かるからこそ…彼女の言葉が信じられなかった。自分を励まそうとして、こんな事を言っているのだと思った。

「…信じて貰えませんか?」

 クラリスはルカの顔を覗き込む。

「しょうがないですね、それじゃあ…」

 そう言って、ルカの顎にそっと手を添えた。少年の口角が上がる。そして――ちゅ、と軽い水音が響いた。

「え…?」

 ルカは少しの間、自分が何をされたのか分からなかった。自分がキスをされたのだと気が付いたのは…少女の顔が離れた後だった。

「お、お礼の…つもり、です」

 クラリスの頬は赤かった。それを見て、ルカの顔も火が付いたように真っ赤に染まる。

「え、え…?」

 初めてのキス。それが、こんなに唐突に訪れるとは思っていもいなかった。バクバクと心臓が跳ね、唇が震える。手が震える。いや、全身が震えていた。

「あ、あの…出過ぎた真似でしたか?そのっ…ごめんなさい!突然、突拍子もない事しちゃって…でも、私の気持ちが本当だと信じていただくにはこれしか思いつかなくて…あっ、でも、そのっ…お礼の証ってだけじゃなくって、心の底からあなたとキスをしたいという気持ちも…やっ、な、何言ってるんだろ私。とっ、とにかく、ごめんなさい!」

「や、あの、その…あ、謝ってもらう必要は…ない、です。い、嫌じゃ、ない…ですし。そのっ…嬉し…嬉しっ…かった…で、です…」

 しばらくの間、二人の間に沈黙が流れた。その間、両者は赤面したままだ。しかし、それはルカにとって不快な時間ではなかった。なんだかむずがゆいけれど…心が温かかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

BL短篇集

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
BLで全年齢の短篇集。SF(少し不思議)だったり妖(あやかし)だったり、その他いろいろ。1話完結、お好みのものをつまみ食いのようにお楽しみいただければ幸いです。他サイトからのんびり転載中。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

あの頃の貴方が大好きでした

京佳
恋愛
浮気した元婚約者の思い出を語る令嬢。 ざまぁ。ゆるゆる設定。

処理中です...