37 / 37
一章〈代えは利かず、後には戻れず〉
第37話 笑った吸血鬼
しおりを挟む俺の名はロウ! 数日前にこの狭間の旅館〈竜宮〉に務めることになった新人だぜ!
「おい、ロウ。俺はごみを片付けてくるけど、あんまり暴れるなよ」
「当り前よ! こっちの仕事は任せてくれよな!」
この随分とくたびれた男は俺の同僚のナオだ。ほんとは上司にアイリってのがいるけど、最近はアイリよりも指示を出していることが多い気がするぜ!
「あにい。洗剤使い過ぎ。怒られる」
「だが妹よ。たくさん使えばそれだけ汚れが落ちるだろ?」
「一理ある。よし、全部使おう」
そしてこの何考えてるかよくわからない仏頂面の女の子が俺の妹、ミィだ。
しかし、ミィもナオも俺の同僚ではあるものの、仕事に関しては一日の長がある。なにしろ、俺はこの旅館に来てから一か月以上寝込んでいたみたいだからな!
……ああ、そうだ。少し昔の話をしようかな。
もう終わったことだ。でも、だからこそ懐古したくなることもあるのだから。
だからもし、余裕があるのならば聞いて行ってほしい。血統に翻弄された、哀れな兄弟の話を。
◆◇
俺たちは通称鬼の国と呼ばれるところに生まれた。
俺たちが暮らしていた世界は、それぞれの種族に大きな違いがあり、生活圏、風習、文化にあまりにも大きな隔たりがあったんだ。
寿命だって、三十年程度しか生きられない鼠人もいれば、その百倍。三千年の時を生きることができるような吸血鬼だっていた。
そのせいか、世界全体での種族差別の意識がとても強く、それぞれの種族が独立して国家をつくり、種族は国家に帰属するものであるという風潮があたりまえだった。
それでも、異端というものは存在する。俺の両親がそうだった。赤銅色の肌が特徴の母親と、死体のように青白い父親が俺たちの両親だった。
もともと、俺の母親が生まれた土地が鬼の国でも郊外の場所にあり、どういうわけかそこに迷い込んでしまった吸血鬼の父親と出会ったとのこと。
三年。三年間、俺の親父はその郊外に移住していた。その間に、俺とミィが生まれたわけだ。
三年してから、親父は故郷に戻った。そうして、赤鬼の母親と、青白い吸血鬼との混血であるため肌の色が赤くない俺たちが残った。
それから、母親が死んで。俺たちは村を追い出される。
……今思えば、追い出されただけましであっただろう。母さんが他の種族と接触していたという事実は、他国のスパイと接触していたとみなされても変わらないのだから。
それだけ、国家間の確執は根深く、鬼の国にいられなくなった俺とミィは世界を歩くことにした。
もちろん、うまくいかないことしかなかった。
混血である俺たちは自分の種族を貴ぶ、排他的な連中のことを理解できなかったし、そういう連中から見れば俺たちは異端も異端。自分たちの純血を否定する存在だと、殺されかけたこともあった。
それでも生きて、生きて、生きて――千の夜と千の昼を行き来して。そうしてやっと、俺たちは吸血鬼の国の場所をつかんだ。それからまた、千の夜をかけて吸血鬼の国にたどり着き、父親に母が死んだことだけでも伝えようとしたんだ。
でも、そこで待っていたのは親父の首だった。
純血の吸血鬼の不死性は常軌を逸しており、首だけになっても親父は生きていた。そして、晒台の上でこう叫んだ。
「俺に子供なんていない! 汚らわしい異種族共に床を許したことなど一度もない!!」
その言葉を聞かせないようにミィの耳をふさぐことはできた。
でも、俺は聞いちまったんだよな。親父が、母さんとの時間を否定したのを。
嘘だと思いたかった。でも、晒台に書かれてる血文字を見て理解したんだ。親父は、異種族と交わった疑いでああされているのだと。
おかしいだろ? 好きになったのが、自分と違う種族だっただけなんだぜ? それだけで、あんな醜い姿にされて、拷問されて――俺は、ここは俺たちのような混血が居ちゃいけない世界なんだと思ったんだ。
そこで、俺たちは気づかれた。多分匂いだと思う。ミィはそうでもないけど、俺は鼻が敏感だ。多分、吸血鬼にはそういう特性があるんだろう。
だから、俺たちは居場所がばれ、そして吸血鬼の血が流れていることを見抜かれた。
逃げたさ。空を飛び、血を操り、俺の知らない魔法を使う。三千年を生きる怪物たちは、俺たちを殺すために全力を尽くした。
それでも、俺はミィを守った。
せめて、妹だけはと凶刃の身代わりとなり――世界は、ぽっかりと穴をあけたんだ。
落ちていくミィをみて、俺はとっさに手を伸ばした。しかし、世界に空いた穴のように、ぽっかりと心臓に穴が開いてしまった自分が致命傷を負っていることに後から気付いて、一緒に穴の下に落ちてっちまった。
◇◆
そこから先の記憶はあいまいだ。それでも、俺はひたすらにミィだけでも助けてくれと頼み込んだ。
それから、俺は深い眠りに落ちて、気が付いてみれば一か月が経っていた。
しかし、助かったのは奇跡に近い。混血とはいえ、吸血鬼としての体をくれた父には、感謝をしておかなければならないだろう。
そうして、そうして――
「ミィ」
「……なに?」
「今、楽しいか?」
「なにをとうぜんのことを」
ミィは今、楽しそうにしている。
国を出てから楽しいことなんて一つもなかった。それでも、ミィは十歳なんて子供のころから、文句ひとつもなく俺についてきてくれたんだ。
そんなこいつが、今を楽しいと言っている。それが、どれだけうれしいことか。
「血か……」
寂しがり屋で甘えん坊なミィは、血を求める。
懐かしいな。母さんが、ミィが荒れたときに血を飲ませて落ち着かせてたせいか、そういう癖ができちまったんだったか。
それでも、母さんが死んでから、そういうことは一向になかった。兄弟だから知らないけど、俺に求めるようなこともなかった。
でも、見かけるんだ。ミィが、ナオに血を飲ませろとせがんでいる姿を。
きっと、ミィはナオに母さんみたいな安心感を覚えているんだろう。だから、この人なら許してくれると。そう思って、血を求めている。
もしくは――
「ミィよ」
「だからなに?」
「ナオってさ、どんな人なんだ」
「ナオ……んー……」
俺の言葉に、泡に塗れたミィは少しだけ悩んで――
「……私の大切な人」
「そうか……今度、そこら辺については深く話さないといけなさそうだ」
少しだけ火照った様子で、そうつぶやいた。
俺の世界では、十五歳から婚約は可能だが――お兄ちゃん、ミィにはそういうのまだ早いと思うんだよね。
まあでも。
「ゆっくりでいい、か。うん。ここなら、ゆっくりと、考えられるから」
俺たちの旅は終わった。安心できる場所を求めて、追われるように世界を歩くたびは終わったのだ。
だから、もう少しゆっくりでもいい。そう、俺は思った。
――一章[代えは利かず、後には戻れず] 完
0
お気に入りに追加
15
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
龍神様の神使
石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。
しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。
そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。
※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。
幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~
桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。
そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。
頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります!
エメルロ一族には重大な秘密があり……。
そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。
【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】
リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。
これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。
※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。
※同性愛表現があります。
家族もチート!?な貴族に転生しました。
夢見
ファンタジー
月神 詩は神の手違いで死んでしまった…
そのお詫びにチート付きで異世界に転生することになった。
詩は異世界何を思い、何をするのかそれは誰にも分からない。
※※※※※※※※※
チート過ぎる転生貴族の改訂版です。
内容がものすごく変わっている部分と変わっていない部分が入り交じっております
※※※※※※※※※
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる