異世界旅館の暮らし方

くま

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一章〈代えは利かず、後には戻れず〉

第37話 笑った吸血鬼

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 俺の名はロウ! 数日前にこの狭間の旅館〈竜宮〉に務めることになった新人だぜ!

「おい、ロウ。俺はごみを片付けてくるけど、あんまり暴れるなよ」
「当り前よ! こっちの仕事は任せてくれよな!」

 この随分とくたびれた男は俺の同僚のナオだ。ほんとは上司にアイリってのがいるけど、最近はアイリよりも指示を出していることが多い気がするぜ!

「あにい。洗剤使い過ぎ。怒られる」
「だが妹よ。たくさん使えばそれだけ汚れが落ちるだろ?」
「一理ある。よし、全部使おう」

 そしてこの何考えてるかよくわからない仏頂面の女の子が俺の妹、ミィだ。

 しかし、ミィもナオも俺の同僚ではあるものの、仕事に関しては一日の長がある。なにしろ、俺はこの旅館に来てから一か月以上寝込んでいたみたいだからな!

 ……ああ、そうだ。少し昔の話をしようかな。

 もう終わったことだ。でも、だからこそ懐古したくなることもあるのだから。

 だからもし、余裕があるのならば聞いて行ってほしい。血統に翻弄された、哀れな兄弟の話を。

 ◆◇

 俺たちは通称鬼の国と呼ばれるところに生まれた。
 俺たちが暮らしていた世界は、それぞれの種族に大きな違いがあり、生活圏、風習、文化にあまりにも大きな隔たりがあったんだ。

 寿命だって、三十年程度しか生きられない鼠人もいれば、その百倍。三千年の時を生きることができるような吸血鬼だっていた。

 そのせいか、世界全体での種族差別の意識がとても強く、それぞれの種族が独立して国家をつくり、種族は国家に帰属するものであるという風潮があたりまえだった。

 それでも、異端というものは存在する。俺の両親がそうだった。赤銅色の肌が特徴の母親と、死体のように青白い父親が俺たちの両親だった。

 もともと、俺の母親が生まれた土地が鬼の国でも郊外の場所にあり、どういうわけかそこに迷い込んでしまった吸血鬼の父親と出会ったとのこと。

 三年。三年間、俺の親父はその郊外に移住していた。その間に、俺とミィが生まれたわけだ。

 三年してから、親父は故郷に戻った。そうして、赤鬼の母親と、青白い吸血鬼との混血であるため肌の色が赤くない俺たちが残った。

 それから、母親が死んで。俺たちは村を追い出される。

 ……今思えば、追い出されただけましであっただろう。母さんが他の種族と接触していたという事実は、他国のスパイと接触していたとみなされても変わらないのだから。

 それだけ、国家間の確執は根深く、鬼の国にいられなくなった俺とミィは世界を歩くことにした。

 もちろん、うまくいかないことしかなかった。

 混血である俺たちは自分の種族を貴ぶ、排他的な連中のことを理解できなかったし、そういう連中から見れば俺たちは異端も異端。自分たちの純血を否定する存在だと、殺されかけたこともあった。

 それでも生きて、生きて、生きて――千の夜と千の昼を行き来して。そうしてやっと、俺たちは吸血鬼の国の場所をつかんだ。それからまた、千の夜をかけて吸血鬼の国にたどり着き、父親に母が死んだことだけでも伝えようとしたんだ。

 でも、そこで待っていたのは親父の首だった。

 純血の吸血鬼の不死性は常軌を逸しており、首だけになっても親父は生きていた。そして、晒台の上でこう叫んだ。

「俺に子供なんていない! 汚らわしい異種族共に床を許したことなど一度もない!!」

 その言葉を聞かせないようにミィの耳をふさぐことはできた。
 でも、俺は聞いちまったんだよな。親父が、母さんとの時間を否定したのを。

 嘘だと思いたかった。でも、晒台に書かれてる血文字を見て理解したんだ。親父は、異種族と交わった疑いでああされているのだと。

 おかしいだろ? 好きになったのが、自分と違う種族だっただけなんだぜ? それだけで、あんな醜い姿にされて、拷問されて――俺は、ここは俺たちのような混血が居ちゃいけない世界なんだと思ったんだ。

 そこで、俺たちは気づかれた。多分匂いだと思う。ミィはそうでもないけど、俺は鼻が敏感だ。多分、吸血鬼にはそういう特性があるんだろう。

 だから、俺たちは居場所がばれ、そして吸血鬼の血が流れていることを見抜かれた。

 逃げたさ。空を飛び、血を操り、俺の知らない魔法を使う。三千年を生きる怪物たちは、俺たちを殺すために全力を尽くした。

 それでも、俺はミィを守った。

 せめて、妹だけはと凶刃の身代わりとなり――世界は、ぽっかりと穴をあけたんだ。

 落ちていくミィをみて、俺はとっさに手を伸ばした。しかし、世界に空いた穴のように、ぽっかりと心臓に穴が開いてしまった自分が致命傷を負っていることに後から気付いて、一緒に穴の下に落ちてっちまった。


 ◇◆


 そこから先の記憶はあいまいだ。それでも、俺はひたすらにミィだけでも助けてくれと頼み込んだ。
 それから、俺は深い眠りに落ちて、気が付いてみれば一か月が経っていた。

 しかし、助かったのは奇跡に近い。混血とはいえ、吸血鬼としての体をくれた父には、感謝をしておかなければならないだろう。

 そうして、そうして――

「ミィ」
「……なに?」
「今、楽しいか?」
「なにをとうぜんのことを」

 ミィは今、楽しそうにしている。

 国を出てから楽しいことなんて一つもなかった。それでも、ミィは十歳なんて子供のころから、文句ひとつもなく俺についてきてくれたんだ。

 そんなこいつが、今を楽しいと言っている。それが、どれだけうれしいことか。

「血か……」

 寂しがり屋で甘えん坊なミィは、血を求める。
 懐かしいな。母さんが、ミィが荒れたときに血を飲ませて落ち着かせてたせいか、そういう癖ができちまったんだったか。

 それでも、母さんが死んでから、そういうことは一向になかった。兄弟だから知らないけど、俺に求めるようなこともなかった。

 でも、見かけるんだ。ミィが、ナオに血を飲ませろとせがんでいる姿を。

 きっと、ミィはナオに母さんみたいな安心感を覚えているんだろう。だから、この人なら許してくれると。そう思って、血を求めている。

 もしくは――

「ミィよ」
「だからなに?」
「ナオってさ、どんな人なんだ」
「ナオ……んー……」

 俺の言葉に、泡に塗れたミィは少しだけ悩んで――

「……私の大切な人」
「そうか……今度、そこら辺については深く話さないといけなさそうだ」

 少しだけ火照った様子で、そうつぶやいた。
 俺の世界では、十五歳から婚約は可能だが――お兄ちゃん、ミィにはそういうのまだ早いと思うんだよね。

 まあでも。

「ゆっくりでいい、か。うん。ここなら、ゆっくりと、考えられるから」

 俺たちの旅は終わった。安心できる場所を求めて、追われるように世界を歩くたびは終わったのだ。

 だから、もう少しゆっくりでもいい。そう、俺は思った。



 ――一章[代えは利かず、後には戻れず]  完
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