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第三話 偽りの関係
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「それじゃあ勝負をしようか」
突如部屋に現れたランスロットはそう言った。
勝負?この状況で勝ちも負けもあったもんじゃない。一匹の獅子が兎をどうしようと構わないが。
それに、ここまでの悪意と自信を帯びる彼に対して、彼自身が出した勝負に乗ること自体が無警戒すぎる。
「私がその勝負を受けて、なんの得があるのかしら?アナタが一方的に持ち出すのなら、この取引はアンフェアだと思いません?」
このランスロットという男は依然変わらず、紅茶を飲みながらソファーの上で悠々と話してくる。
その話ぶりは、2人で明日のデートについて話しているようで、しかしながら内包されている悪意には磨きをかけていく。
不思議なことに服装は白を基調としており、会話の上辺だけを切り取れば、好青年と誰もが思ってしまうほどに『暴君』とはかけ離れた振る舞いをランスロットは続ける。
「それがフェアなんだよ。この勝負自体、ボクはキミが受けることを強制しない。ただ、勝負の条件や内容、報酬を聞かずに門前払いってのは野暮だと思うぜ?」
「確かにアナタの言う通り、野暮な対応だったかしら?そこまで自信があるようなら、一度話してみなさい」
悪役という意味では私も共通項があったからだろうか。彼の言う、勝負とやらには内心興味を抱き始めていたのだ。
私は彼の向かいにあるソファーに座り、冷たい紅茶をひと口啜る。
ランスロットはニヤリと笑った後に、声のトーンを落として話し始めた。
「まず大前提として、キミは大勢の男から恨みという矛を向けられている。当然ながら彼らは富を蓄え、権力を携えているだろう」
先刻ほどの砕けた雰囲気を潜めて、彼は大真面目に話す。
しかし、彼の言っている事は間違いなく事実であるのだが、悪意は健在だ。
「ええ。これまでの振る舞いを考えても、随分と妥当な話ですわ」
「そうだろう?つまりキミは、現状として危険な立場にあるんだ」
それは自分でも理解していた。
私に恨みを持つ者が指を鳴らすだけで、私はいとも簡単に殺され、山に捨てられるなりされるだろう。
だからこそ日常のいかなる場面、入浴や食事、睡眠に至るまで徹底して神経を巡らせているのだ。
「そこでボクから提案なんだが、ボクたちは既に婚姻を結んで、ボクがキミの盾になるのはどうだろう?という勝負だ。受けてくれるかい?」
「嫌よ。いまいちハッキリとしないわね。結局、勝負の内容が分からないままだわ」
まぁまぁ
とランスロットは焦る私を静止する。
さらに混乱をつくっているのは、彼の言葉の真偽が半々である点だ。
通常、人間は『嘘を話す振る舞い』と『真実を話す振る舞い』がある。
前者は比較的認識し易く、目線や体の向きに出る事が多い。
例えば、目線を右斜め上に向けたり、体の向きが自然とこちらに対し斜めになったりする。
後者はより判断が難しい。
詳しい説明は割愛するが、主に相手がリラックスをしているかを観察する。
それでは今のランスロットはどちらに類するのか。
彼はリラックスを保ちつつ、時折りソファーに座り直すなどといった不快を感じた時のサインも同時に示す。
目線はコチラを見据えているのに、つま先は安定していない。
結論としては『どちらでもない』のだ。
「それじゃあ勝負の内容を説明しようか。どうやらキミも気になって仕方がないようだしね」
ようやくランスロットは内容を口にした。
「先刻も話したが、ボクたちは婚姻を結びいわゆる夫婦となる。別に形だけだから、裏ではキミがボクにどう振る舞おうと関係ない。裏ではね」
「つまり表では完璧な妻を演じろと?私たちが夫婦になれば、私を恨んでいる者が安易に手出しできなくなると?」
「そうだ、ボクはそう言いたい。キミがボクに恋さえしなければ、ボクたちの利害関係は非常に良好に進み、ウィンウィンなんだ」
「机上の空論ね。全て理想論を奏でてるだけじゃないの?」
ランスロットは耳障りのいい言葉を並べて、私を落とそうという魂胆か。
爪が甘かったわね。私がどれだけスイートな話を聞かせられたのか、ご存じないのかしら?
「過激な表現だなぁ。でも事実、キミに手を出せば王国が動くというのは、大きな抑止力になるとは思わないかい?」
「逆ね。形だけの夫婦であるともしバレたら?もしそんな事が露呈したら、私は再び命を狙われて、アナタの尊厳は地を這うミミズほどになってしまうわ。そんなリスクを背負えるのかしら?」
「構わないさ。ボクはね、キミと一緒にいられる時間こそが最大の利益なんだ。例えバレて王国を去ることになってもね」
嘘だ
明らかに今、嘘が表面に出てきて、何か真の目的を覆い隠した。
ランスロットは他の理由があって私に近づいてきたのだと、疑惑が確信に変わった。
私はスッと紅茶を飲んで、滔々と話を始める。
「今、アナタは嘘を述べたわ。覚えておいて欲しいの、私にはアナタ程度の虚言なんて、すぐに分かるってことを」
ハハハッ
ランスロットは楽しそうに笑い出した。
八重歯が刃物のようにキラリと輝き、私の喉元を掻っ切るイメージを作り出す。
「噂通りの女性だねクロビア。知ってるかい?キミは周りから『魔女』だなんて呼ばれてるんだぜ?暴君と大差無いよな?」
どこから吹聴された噂なのかは知らないが、このあだ名は初耳だった。
「『魔女』だなんて。随分程度の低い方が名付けたようですわね?もう少し可憐なお名前をいただきたかったですわ」
「こりゃあ気が合いそうだ。ボクも『暴君』なんて付けたやつは処刑してやりたいよ」
平常を保ちながら、スッと紅茶で喉を潤す。
ランスロットもニコニコしながら私を見つめて話を続ける。
「話を戻そうか。クロビア、この話はキミ以外にも得があると思うんだ。例えば、キミの執事とかね」
「聴かせてちょうだい」
私はグールの顔を思い浮かべる。
まん丸とした瞳に黒髪は清潔感を保てるよう目、耳にかからない長さ。
私が産まれてから一番長くいる人。
「キミは常に守られている。話を聞く限り、キミの執事は優秀で大抵の後始末を任せられているらしいな?」
「ええ。グールは私が1番に信頼しているの」
「ただ、これからはそうはいかない。キミも勘づいているとは思うが、相手が大きくなり過ぎてしまっているんだよ」
相手は大人数、かつ権力もある貴族だ。
ランスロットの言う通り、これからもし奴らが一斉に攻撃してきたら、グール1人が太刀打ちできるはずも無い。
「アナタはつまり、王国の後ろ盾を利用して迎え撃つ、ないしは抑制すると言いたいのね?確かに筋が通ってきたわ」
「まさにその通りだよクロビア。そしてここからがボクの要求なんだが、キミのその『嘘を見破る力』を我々に貸して欲しいんだ」
それがランスロットの隠していた真実だったと安易に理解する。
私はグールと共に王国に保護され、彼は私の力を使って何かを行う。
双方に利益が出たのなら、答えはひとつだけだ。
「それを承諾すれば、2人の利益が釣り合うのね?いいわよ、手を組みましょう」
自分でもビックリするくらいの二つ返事だった。
私はグールのことになると、いささか過保護になってしまうのだと思う。
「本当かいクロビア?この要求を受けてくれるのかい?」
「ええ、もちろん。見た目によらず、私の生き方はシンプルなのよ。利益がある方にベットするだけだわ」
「そうだね。賢明な判断だよ。話が分かる人間でよかった」
「アナタが『勝負』だなんて場を乱す事を言わなければ、もっと早く蹴りがついたのにね。スピーチの練習なら付き合うわよ?」
こうして2人の利害は一致して、偽りの夫婦関係は締結した。
「たしかに表現が悪かったかな?ただ結果としてキミを手に入れられたんだ。ボクは素晴らしいスピーチだったと思うな」
ランスロットはまだ悪意を消さない。
いや、もしかしたらこれは彼の癖なのかもと自己解釈を巡らせる。
私は相手の振る舞いで善悪を判断しているため、癖には耐性がないと言うかイレギュラーには対応しづらい。
もし彼がナチュラルにそのような振る舞いを続けているとしたら、私は永遠に彼に対し誤解し続けるだろう。
私の観察眼も万能ではない。
「あれ?」
しばらくボーッと思考していると、ランスロットは煙のように消えていた。
唯一残された痕跡は、目の前の冷め切った紅茶と、黒い手紙だ。
黒い手紙。状況から察するにランスロットが置いていったのだろう。
私はそれを手に取って中身を開ける。
突如部屋に現れたランスロットはそう言った。
勝負?この状況で勝ちも負けもあったもんじゃない。一匹の獅子が兎をどうしようと構わないが。
それに、ここまでの悪意と自信を帯びる彼に対して、彼自身が出した勝負に乗ること自体が無警戒すぎる。
「私がその勝負を受けて、なんの得があるのかしら?アナタが一方的に持ち出すのなら、この取引はアンフェアだと思いません?」
このランスロットという男は依然変わらず、紅茶を飲みながらソファーの上で悠々と話してくる。
その話ぶりは、2人で明日のデートについて話しているようで、しかしながら内包されている悪意には磨きをかけていく。
不思議なことに服装は白を基調としており、会話の上辺だけを切り取れば、好青年と誰もが思ってしまうほどに『暴君』とはかけ離れた振る舞いをランスロットは続ける。
「それがフェアなんだよ。この勝負自体、ボクはキミが受けることを強制しない。ただ、勝負の条件や内容、報酬を聞かずに門前払いってのは野暮だと思うぜ?」
「確かにアナタの言う通り、野暮な対応だったかしら?そこまで自信があるようなら、一度話してみなさい」
悪役という意味では私も共通項があったからだろうか。彼の言う、勝負とやらには内心興味を抱き始めていたのだ。
私は彼の向かいにあるソファーに座り、冷たい紅茶をひと口啜る。
ランスロットはニヤリと笑った後に、声のトーンを落として話し始めた。
「まず大前提として、キミは大勢の男から恨みという矛を向けられている。当然ながら彼らは富を蓄え、権力を携えているだろう」
先刻ほどの砕けた雰囲気を潜めて、彼は大真面目に話す。
しかし、彼の言っている事は間違いなく事実であるのだが、悪意は健在だ。
「ええ。これまでの振る舞いを考えても、随分と妥当な話ですわ」
「そうだろう?つまりキミは、現状として危険な立場にあるんだ」
それは自分でも理解していた。
私に恨みを持つ者が指を鳴らすだけで、私はいとも簡単に殺され、山に捨てられるなりされるだろう。
だからこそ日常のいかなる場面、入浴や食事、睡眠に至るまで徹底して神経を巡らせているのだ。
「そこでボクから提案なんだが、ボクたちは既に婚姻を結んで、ボクがキミの盾になるのはどうだろう?という勝負だ。受けてくれるかい?」
「嫌よ。いまいちハッキリとしないわね。結局、勝負の内容が分からないままだわ」
まぁまぁ
とランスロットは焦る私を静止する。
さらに混乱をつくっているのは、彼の言葉の真偽が半々である点だ。
通常、人間は『嘘を話す振る舞い』と『真実を話す振る舞い』がある。
前者は比較的認識し易く、目線や体の向きに出る事が多い。
例えば、目線を右斜め上に向けたり、体の向きが自然とこちらに対し斜めになったりする。
後者はより判断が難しい。
詳しい説明は割愛するが、主に相手がリラックスをしているかを観察する。
それでは今のランスロットはどちらに類するのか。
彼はリラックスを保ちつつ、時折りソファーに座り直すなどといった不快を感じた時のサインも同時に示す。
目線はコチラを見据えているのに、つま先は安定していない。
結論としては『どちらでもない』のだ。
「それじゃあ勝負の内容を説明しようか。どうやらキミも気になって仕方がないようだしね」
ようやくランスロットは内容を口にした。
「先刻も話したが、ボクたちは婚姻を結びいわゆる夫婦となる。別に形だけだから、裏ではキミがボクにどう振る舞おうと関係ない。裏ではね」
「つまり表では完璧な妻を演じろと?私たちが夫婦になれば、私を恨んでいる者が安易に手出しできなくなると?」
「そうだ、ボクはそう言いたい。キミがボクに恋さえしなければ、ボクたちの利害関係は非常に良好に進み、ウィンウィンなんだ」
「机上の空論ね。全て理想論を奏でてるだけじゃないの?」
ランスロットは耳障りのいい言葉を並べて、私を落とそうという魂胆か。
爪が甘かったわね。私がどれだけスイートな話を聞かせられたのか、ご存じないのかしら?
「過激な表現だなぁ。でも事実、キミに手を出せば王国が動くというのは、大きな抑止力になるとは思わないかい?」
「逆ね。形だけの夫婦であるともしバレたら?もしそんな事が露呈したら、私は再び命を狙われて、アナタの尊厳は地を這うミミズほどになってしまうわ。そんなリスクを背負えるのかしら?」
「構わないさ。ボクはね、キミと一緒にいられる時間こそが最大の利益なんだ。例えバレて王国を去ることになってもね」
嘘だ
明らかに今、嘘が表面に出てきて、何か真の目的を覆い隠した。
ランスロットは他の理由があって私に近づいてきたのだと、疑惑が確信に変わった。
私はスッと紅茶を飲んで、滔々と話を始める。
「今、アナタは嘘を述べたわ。覚えておいて欲しいの、私にはアナタ程度の虚言なんて、すぐに分かるってことを」
ハハハッ
ランスロットは楽しそうに笑い出した。
八重歯が刃物のようにキラリと輝き、私の喉元を掻っ切るイメージを作り出す。
「噂通りの女性だねクロビア。知ってるかい?キミは周りから『魔女』だなんて呼ばれてるんだぜ?暴君と大差無いよな?」
どこから吹聴された噂なのかは知らないが、このあだ名は初耳だった。
「『魔女』だなんて。随分程度の低い方が名付けたようですわね?もう少し可憐なお名前をいただきたかったですわ」
「こりゃあ気が合いそうだ。ボクも『暴君』なんて付けたやつは処刑してやりたいよ」
平常を保ちながら、スッと紅茶で喉を潤す。
ランスロットもニコニコしながら私を見つめて話を続ける。
「話を戻そうか。クロビア、この話はキミ以外にも得があると思うんだ。例えば、キミの執事とかね」
「聴かせてちょうだい」
私はグールの顔を思い浮かべる。
まん丸とした瞳に黒髪は清潔感を保てるよう目、耳にかからない長さ。
私が産まれてから一番長くいる人。
「キミは常に守られている。話を聞く限り、キミの執事は優秀で大抵の後始末を任せられているらしいな?」
「ええ。グールは私が1番に信頼しているの」
「ただ、これからはそうはいかない。キミも勘づいているとは思うが、相手が大きくなり過ぎてしまっているんだよ」
相手は大人数、かつ権力もある貴族だ。
ランスロットの言う通り、これからもし奴らが一斉に攻撃してきたら、グール1人が太刀打ちできるはずも無い。
「アナタはつまり、王国の後ろ盾を利用して迎え撃つ、ないしは抑制すると言いたいのね?確かに筋が通ってきたわ」
「まさにその通りだよクロビア。そしてここからがボクの要求なんだが、キミのその『嘘を見破る力』を我々に貸して欲しいんだ」
それがランスロットの隠していた真実だったと安易に理解する。
私はグールと共に王国に保護され、彼は私の力を使って何かを行う。
双方に利益が出たのなら、答えはひとつだけだ。
「それを承諾すれば、2人の利益が釣り合うのね?いいわよ、手を組みましょう」
自分でもビックリするくらいの二つ返事だった。
私はグールのことになると、いささか過保護になってしまうのだと思う。
「本当かいクロビア?この要求を受けてくれるのかい?」
「ええ、もちろん。見た目によらず、私の生き方はシンプルなのよ。利益がある方にベットするだけだわ」
「そうだね。賢明な判断だよ。話が分かる人間でよかった」
「アナタが『勝負』だなんて場を乱す事を言わなければ、もっと早く蹴りがついたのにね。スピーチの練習なら付き合うわよ?」
こうして2人の利害は一致して、偽りの夫婦関係は締結した。
「たしかに表現が悪かったかな?ただ結果としてキミを手に入れられたんだ。ボクは素晴らしいスピーチだったと思うな」
ランスロットはまだ悪意を消さない。
いや、もしかしたらこれは彼の癖なのかもと自己解釈を巡らせる。
私は相手の振る舞いで善悪を判断しているため、癖には耐性がないと言うかイレギュラーには対応しづらい。
もし彼がナチュラルにそのような振る舞いを続けているとしたら、私は永遠に彼に対し誤解し続けるだろう。
私の観察眼も万能ではない。
「あれ?」
しばらくボーッと思考していると、ランスロットは煙のように消えていた。
唯一残された痕跡は、目の前の冷め切った紅茶と、黒い手紙だ。
黒い手紙。状況から察するにランスロットが置いていったのだろう。
私はそれを手に取って中身を開ける。
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