11 / 40
第10話 救いたい
しおりを挟む
静かな、静かな教室に、俺とその子は見つめ合っている。
彼女は三つ編みを髪の両サイドに垂らしていて、大きなまる眼鏡をかけている。一見しておとなしそうな外見だが、彼女は虎のような威圧を放っていた。
「私の踊ってる姿、見た?」
「いや、見てないです」首を横に振る。
しかし、彼女は俺に近づいてきた。いつもは忌々しく思っている俺アレルギーが、今日だけは発動してくれと願っていた。
「……アンタ、覗き見なんていい度胸ね」
彼女は俺の制服のネクタイを引っ張る。少し、首元が苦しくなった。
大きなまる眼鏡が、俺を下から抉り上げるために光っている。まるでカツアゲされているような気分だった。
「さっ財布を取りに来ただけです……」声が震える。「何も、見てないです」
「テメェ、私を舐めてんのか? おい?」
ヤクザ並みの迫力。目を合わせるのですら怖くて足が震える。
「……すみません、見ました」
グイッとネクタイが引っ張られる。そのまま背中を黒板に叩きつけられた。いわゆる壁ドンの体勢。彼女の眼鏡がきらりと光る。
「テメェ!」バンッと黒板が叩かれる。「私に嘘をつくな!」ビリビリと鼓膜が痺れるほどの大声だった。
しかしその直後、目の前の彼女は下を向いて呟く。放っていたプレッシャーも消え失せていた。
「嘘なんて……吐くな……」声が弱々しい。
ポロポロと大粒の涙が床に落ちる。さっきまでの迫力からは想像もできない変化だ。二重人格を疑うほどにかけ離れている。
眼鏡をとって、俺の肩に顔を埋めて、何故か啜り泣く。彼女の一連の行動中、俺の頭にはハテナが浮かびっぱなしで、状況が理解できていない。
どうして泣き始めた? 俺がなんかやったのか? てか、慰めたほうがいいのか? なにが正解なんだ?
そんな疑問には、だれも答えてくれない。慰めるために彼女の背中をさすろうとしたら「やめろ!」とだけ言われたため、俺は静かに見守ることにした。
「わらしの何がわるいんだぁー? いっつも嘘だけつかせてぇー」
彼女はまだ、俺の肩に顔を埋めている。手は回していない。ただ、俺に寄りかかるようにして独り言を言っていた。
俺が「もう離れよう?」と言っても彼女が拒否するので、その独り言は悪化する一方だった。
「嘘をつくなぁー。自分を信じろぉー」
「これは……」
酔っ払いのような言動が聞こえ始めて、過去にも似たようなことがあったことを思い出す。
いつの日か、政府の人間に教えられた調査結果だ。
俺アレルギーは稀に、咳やくしゃみ以外の症状が現れる場合があるらしい。そしてさらには、その時には必ず条件があるとも言われた。
酔っ払いの症状は、嘘を多くつく人に現れる。
例えばエセ占い師、詐欺師、訪問販売の男など。最低限、これらの人間との実験においてはそのような症状が見られた。
「……キミも、自分を偽ってんだな」
抱き合っている最中、俺の言葉が漏れ出る。すると、彼女の独り言が一瞬止んだ。
「アンタに、何が分かるのよぉ?」
まだ顔を上げない彼女。怖いものを見ないようにしている子供の如く、顔を俺の方に押し付ける。
「ぅぅ、何が本当か分かんないんだよぉ。どっちの私が本当で、どっちの私が偽物なのかぁ?」
きっと、キミを偽っていたのはキミなんだろ。嘘も何もかも分からなくるくらい、キミは嘘をつき続けてきたんだ。
俺たちの時間は、ゆっくりと溶けていく。
「アイドルの私もぉ、学校の私もぉ……」
そうさせた周りも悪いよな。こんな未熟な人間に、自分を偽れと言ってしまえばこうなるに決まってる。
「……死ねばいいのに」そうポロッと心が漏れた。俺の発言だ。
独り言が止む。彼女が俺の言葉を聞こうとしているのが分かった。
「嘘をついて作ったキミなんて、死ねばいいのに」
きっとこの子は酔っているから、俺の一言は忘れてしまうだろう。だが、この一瞬だけでも救えたのなら、それでいいような気がする。
「死ぬ?」
「そう、死ねば楽になるよ」
彼女の顔が上がった。鼻と鼻がくっつきそうな距離感だった。しかし、俺は彼女から目を離さない。
「ふふっ、なら死のう? 一緒に、どこか遠くへ」
そう微笑む彼女の顔は、どの人格だったのだろうか。
彼女の足取りは窓のほうへと向かってゆく。千鳥足のまま、俺を引き連れて……。
──早朝
俺の部屋を出て、朝食を確認する。湯気のたったホットコーヒーがお盆に乗っている。その隣にパンとマーガリン、折り畳まれた新聞紙が置いてある。
俺は自分の机にそれらを持っていき、コーヒーを啜って新聞を開く。
『高校生アイドル、自殺未遂か?』
誌面にデカデカと書かれた見出しを見て、俺は笑ってしまった。あの時、窓に身を乗り出した彼女を救った感じを装い、警察に嘘の言伝を吹聴した。
俺の中に嘘が溜まってしまうが、彼女が救われるなら問題ない。別に、綺麗に生きようなんて思ってないしな。
コーヒーをもう一口啜る。
スマホを確認して、通知のところからラーインを開く。
『アダムくん大丈夫?疑われてない?』
送り主の名前は黒咲明日香(くろさき あすか)。彼女にはある程度の嘘をついて、俺の本名を教えていない。
アダムと仮に呼ばせているが、案外しっくりくるものだな。
『大丈夫。全部うまく行った』
俺はそう返信してカレンダーを見つめる。そこには赤く丸をつけた日付があった。『政府に顔出し』とだけ赤い字でメモしてある。
そう遠くはない日付。あと数日後だった。
はぁ、憂鬱だな……。
彼女は三つ編みを髪の両サイドに垂らしていて、大きなまる眼鏡をかけている。一見しておとなしそうな外見だが、彼女は虎のような威圧を放っていた。
「私の踊ってる姿、見た?」
「いや、見てないです」首を横に振る。
しかし、彼女は俺に近づいてきた。いつもは忌々しく思っている俺アレルギーが、今日だけは発動してくれと願っていた。
「……アンタ、覗き見なんていい度胸ね」
彼女は俺の制服のネクタイを引っ張る。少し、首元が苦しくなった。
大きなまる眼鏡が、俺を下から抉り上げるために光っている。まるでカツアゲされているような気分だった。
「さっ財布を取りに来ただけです……」声が震える。「何も、見てないです」
「テメェ、私を舐めてんのか? おい?」
ヤクザ並みの迫力。目を合わせるのですら怖くて足が震える。
「……すみません、見ました」
グイッとネクタイが引っ張られる。そのまま背中を黒板に叩きつけられた。いわゆる壁ドンの体勢。彼女の眼鏡がきらりと光る。
「テメェ!」バンッと黒板が叩かれる。「私に嘘をつくな!」ビリビリと鼓膜が痺れるほどの大声だった。
しかしその直後、目の前の彼女は下を向いて呟く。放っていたプレッシャーも消え失せていた。
「嘘なんて……吐くな……」声が弱々しい。
ポロポロと大粒の涙が床に落ちる。さっきまでの迫力からは想像もできない変化だ。二重人格を疑うほどにかけ離れている。
眼鏡をとって、俺の肩に顔を埋めて、何故か啜り泣く。彼女の一連の行動中、俺の頭にはハテナが浮かびっぱなしで、状況が理解できていない。
どうして泣き始めた? 俺がなんかやったのか? てか、慰めたほうがいいのか? なにが正解なんだ?
そんな疑問には、だれも答えてくれない。慰めるために彼女の背中をさすろうとしたら「やめろ!」とだけ言われたため、俺は静かに見守ることにした。
「わらしの何がわるいんだぁー? いっつも嘘だけつかせてぇー」
彼女はまだ、俺の肩に顔を埋めている。手は回していない。ただ、俺に寄りかかるようにして独り言を言っていた。
俺が「もう離れよう?」と言っても彼女が拒否するので、その独り言は悪化する一方だった。
「嘘をつくなぁー。自分を信じろぉー」
「これは……」
酔っ払いのような言動が聞こえ始めて、過去にも似たようなことがあったことを思い出す。
いつの日か、政府の人間に教えられた調査結果だ。
俺アレルギーは稀に、咳やくしゃみ以外の症状が現れる場合があるらしい。そしてさらには、その時には必ず条件があるとも言われた。
酔っ払いの症状は、嘘を多くつく人に現れる。
例えばエセ占い師、詐欺師、訪問販売の男など。最低限、これらの人間との実験においてはそのような症状が見られた。
「……キミも、自分を偽ってんだな」
抱き合っている最中、俺の言葉が漏れ出る。すると、彼女の独り言が一瞬止んだ。
「アンタに、何が分かるのよぉ?」
まだ顔を上げない彼女。怖いものを見ないようにしている子供の如く、顔を俺の方に押し付ける。
「ぅぅ、何が本当か分かんないんだよぉ。どっちの私が本当で、どっちの私が偽物なのかぁ?」
きっと、キミを偽っていたのはキミなんだろ。嘘も何もかも分からなくるくらい、キミは嘘をつき続けてきたんだ。
俺たちの時間は、ゆっくりと溶けていく。
「アイドルの私もぉ、学校の私もぉ……」
そうさせた周りも悪いよな。こんな未熟な人間に、自分を偽れと言ってしまえばこうなるに決まってる。
「……死ねばいいのに」そうポロッと心が漏れた。俺の発言だ。
独り言が止む。彼女が俺の言葉を聞こうとしているのが分かった。
「嘘をついて作ったキミなんて、死ねばいいのに」
きっとこの子は酔っているから、俺の一言は忘れてしまうだろう。だが、この一瞬だけでも救えたのなら、それでいいような気がする。
「死ぬ?」
「そう、死ねば楽になるよ」
彼女の顔が上がった。鼻と鼻がくっつきそうな距離感だった。しかし、俺は彼女から目を離さない。
「ふふっ、なら死のう? 一緒に、どこか遠くへ」
そう微笑む彼女の顔は、どの人格だったのだろうか。
彼女の足取りは窓のほうへと向かってゆく。千鳥足のまま、俺を引き連れて……。
──早朝
俺の部屋を出て、朝食を確認する。湯気のたったホットコーヒーがお盆に乗っている。その隣にパンとマーガリン、折り畳まれた新聞紙が置いてある。
俺は自分の机にそれらを持っていき、コーヒーを啜って新聞を開く。
『高校生アイドル、自殺未遂か?』
誌面にデカデカと書かれた見出しを見て、俺は笑ってしまった。あの時、窓に身を乗り出した彼女を救った感じを装い、警察に嘘の言伝を吹聴した。
俺の中に嘘が溜まってしまうが、彼女が救われるなら問題ない。別に、綺麗に生きようなんて思ってないしな。
コーヒーをもう一口啜る。
スマホを確認して、通知のところからラーインを開く。
『アダムくん大丈夫?疑われてない?』
送り主の名前は黒咲明日香(くろさき あすか)。彼女にはある程度の嘘をついて、俺の本名を教えていない。
アダムと仮に呼ばせているが、案外しっくりくるものだな。
『大丈夫。全部うまく行った』
俺はそう返信してカレンダーを見つめる。そこには赤く丸をつけた日付があった。『政府に顔出し』とだけ赤い字でメモしてある。
そう遠くはない日付。あと数日後だった。
はぁ、憂鬱だな……。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~
テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。
なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった――
学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ!
*この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。
漫才部っ!!
育九
青春
漫才部、それは私立木芽高校に存在しない部活である。
正しく言えば、存在はしているけど学校側から認められていない部活だ。
部員数は二名。
部長
超絶美少女系ぼっち、南郷楓
副部長
超絶美少年系ぼっち、北城多々良
これは、ちょっと元ヤンの入っている漫才部メンバーとその回りが織り成す日常を描いただけの物語。
魔法少女の敵なんだが魔法少女に好意を寄せられて困ってる
ブロッコリークイーン
青春
この世界では人間とデスゴーンという人間を苦しめることが快楽の悪の怪人が存在している。
そのデスゴーンを倒すために魔法少女が誕生した。
主人公は人間とデスゴーンのハーフである。
そのため主人公は人間のフリをして魔法少女がいる学校に行き、同じクラスになり、学校生活から追い詰めていく。
はずがなぜか魔法少女たちの好感度が上がってしまって、そしていつしか好意を寄せられ……
みたいな物語です。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!
みずがめ
青春
杉藤千夏はツンデレ少女である。
そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。
千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。
徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!
※他サイトにも投稿しています。
※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。
ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。
日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。
ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。
人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。
そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。
太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。
青春インターネットラブコメ! ここに開幕!
※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる