上 下
30 / 37

第30話 没落

しおりを挟む
フロンさんの家での一件から落ち着いて、ようやく俺たちは街に出た。
カケダーシ王国の活気あふれる市場や、なんか怪しいポーション屋の前を通り過ぎてゆく。
するとちょうど、アイリスとなんやかんやあった銭湯が見えてきた。
別にここにも用はないから、通り過ぎてしまうのだが。

俺はヤミィに抱えられて。
アイリスは地面をトコトコ歩いている。
おそらく、フロンさんの腰トントンがトラウマになったのだろう。



「──あっ! モルちゃん!?」

そんな声と共に目の前から駆けてくるのは、軽装のクインだった。
彼女、普通に銭湯から出てきたのだが……王族では?
片手には牛乳の瓶が握られている。

「よかったぁぁ。生きて、いたんですね……」

「にゃゃ……」

クインは俺の喉を優しく撫でながら、心底ホッとしている様子だった。
しかし、そんな彼女を恨めしげに見つめるヤミィ。

「……クインさんは、怪我とか……大丈夫ですか?」

単純な嫉妬心はあるのだろうが、彼女が口に出す言葉には反映されていないようだった。
至極真っ当な心配を、クインに投げかける。

「えぇ、アイリスさんのおかげで──あら? でも彼女とは、一緒ではないのですね?」

「……アイリスは今日、体調不良」

「それは……心配ですね。よかったら、お見舞いにでも──」

「それはいけません!」

ヤミィとクインの間に、フロンさんが割って入る。

「アイリスさんの風邪が、王族の方々にも蔓延してしまいます! ただでさえご迷惑をおかけしましたのに……」

「うん。私もそう思う」

フロンさんとヤミィの、ものすごくそれっぽい嘘。
いいな、そういうの、カッコいいな。
なんて、機転のきく2人に関心していると、クインの表情が少し曇っている事に気がついた。

「……お気遣い、感謝します」

ここまではお嬢様らしい、丁寧な返事だ。
しかしながら、それに続く言葉が問題だった。

「……ですが、ご遠慮なさらず。……私はもう、王族ではないので」

クインのカミングアウトに、場が凍りつく。
まるで俺の魔法のようだ……なんて、馬鹿な事を言ってられないほどに。

「──私、お父様とは縁を切りましたから。今はお母様と城下の街で、慎ましく暮らしております」

「…………」

「そそっ、それってやっぱり、私たちが原因で……」

ヤミィはダンマリを決め込む。
フロンさんは慌てふためき、クインに問う。
当の本人であるクインが1番、平常心であった。
彼女は掌をヒラヒラと振り、柔らかい笑顔で続ける。

「いえいえ、原因は皆さんではございませんよ。……ね? モルちゃん?」

クインの突き刺すような視線は、俺の背筋をゾクっとさせるには十分だった。

もちろん俺は、クインと父親が縁を切るような理由を知っている。
実の父が、自分自身を魔王軍との政略結婚に使うだなんて……縁を切るのに十分過ぎる理由を。

「……モルト、知ってるの?」

「にゃ? ……にゃゃ」

「……そう、なの? ……聞かせて」

そうやって俺に問うヤミィの声には、真面目な色が宿っていた。
彼女は文字通り耳を傾けて、俺の声に耳を澄ます。
クインはそれを見て、堪えきれなかったように笑う。

「あははっ! 猫語、ご存知なんですかっ!? ……こほん、すみません、少し意地悪でした」

と、砕けた雰囲気を纏った彼女はそのまま続ける。

「──皆さんにはいつか、私の心の準備ができた時にお話しします。それまではどうか、無闇な詮索は控えていただけると嬉しいです……」

尻すぼみな調子でそう話すクイン。
これ以上深く、話に切り込めるような雰囲気ではなくなった。

「──クイン様っ!」

「──おいっ! 見つけたぞっ!」

そうやって、しんみりした雰囲気をぶち壊したのは、クインのそこそこ後方から走ってくる数名の兵隊達だ。
彼らは必死の形相で、こちらに一直線に向かってくる。

「……すみませんっ! 私はこれでっ──」

「にゃっ!」

「……ん、わかった」

そう言って俺たちの間を抜けて、逃げるクイン。
追ってくる兵隊達とはもちろん反対方向だ。

俺はそんな彼女の背中を見つめるヤミィに「俺を上にぶん投げてくれ」と言って、思考を巡らした。

銭湯前のこの道は、人通りの割に広く出来ている。
クインがそのまま走って逃げてもおそらく、捕まるのは時間の問題だ。
だったら、足止めは何がなんでも行う必要がある。

「……それっ」

ヤミィは俺をぶん投げた。
空中から道を見下ろして、魔力を口から吐き出す。

「──氷点下《フリーズ》」

詠唱の時間を省いたおかげで、丁度いい広さの氷が地面に張られた。
俺はそのまま重力に引っ張られ、地面に着地。
やや遠くにあるクインの背中に向かって走る。



「ねぇ! なんでクインが騎士団に終われてるわけ!? 縁は切ったのよね!?」

途中、アイリスが並走してきた。
彼女は俺に猫語で話しかけるが、俺も猫なので、意思疎通に障害は生じなかった。

「縁は切ったと言っても、……おそらく、事実上の絶縁だ。王様の方は認めていないんだと思う」

「だからって──またクインに酷い事するんでしょ!?」

「うん」

「そんなのっ──」

「そんなのダメだから、俺たちで守るんだろ?」

「そっ、そうよね! そうよね!」

やはり、クインの走る速度は遅かった。
俺たちがそんな会話を繰り返しているうちに、彼女と並走をする形になった。

「──モルちゃん!? ……と、お友達? ……助けてくれるの?」

「にゃ!」

「……ありがと」

クインの表情は軽く歪み、嬉しさが絞り出されていた。
やっぱり、気丈に振る舞っていても、心細い一面もあるのだ。

「──モルちゃん、知ってる? 私がギルドにクエスト出してたの」

「にゃ!」

俺は首を縦に振った。
その振り幅は猫だから小さく見えるかもしれないが、力強さで説得力を持たせる。

「……だから助けてくれるの?」

「にゃにゃ!」

今度は横に振った。

だって、俺はクインをクエストの依頼主として見てはいない。
ただ1人の少女として、仕事ではなく人間として、俺の行動はそうやって行なっているから。

「……ありがと。……嬉しい」

クインは銭湯から続く道の途中で直角に曲がり、路地に入ってゆく。
そこは薄暗い、ジメジメとした空間だった。

「もうすぐ着くからね、私たちの家」

……王族だった彼女が、こんな場所に住んでいる。
華やかなシャンデリアも、召使いもいないこんな空間に。
俺の心に溜まったのは、王に対する怒りよりも呆れだった。

「ほらっ、見えてきた──」

クインはそう言っているが、彼女の家が何処にあるのかわからない。
右にも左にも、あるのはじめっとした家屋の壁。
地面は薄汚い土で満たされていて、時折転がっているゴミ箱。

「──はい、到着」

クインは足を止めた。
それに釣られて、俺とアイリスも立ち止まる。

「ただいまーっ!」

そう言ってクインが入り込んで行くのは、木の板を立てて、上に布をかけただけの家……いや、空間。
真ん中には小さな机と、壁にかけてあるのは服とスカート。

俺はこの時、日本でホームレスが作る、段ボールとビニールシートの家のことを思い出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。

つくも
ファンタジー
主人公——臼井影人(うすいかげと)は勉強も運動もできない、影の薄いどこにでもいる普通の高校生である。 そんな彼は、裏庭の掃除をしていた時に、影人とは対照的で、勉強もスポーツもできる上に生徒会長もしている——日向勇人(ひなたはやと)の勇者召喚に巻き込まれてしまった。 勇人は異世界に旅立つより前に、女神からチートスキルを付与される。そして、異世界に召喚されるのであった。 始まりの国。エスティーゼ王国で目覚める二人。当然のように、勇者ではなくモブキャラでしかない影人は用無しという事で、王国を追い出された。 だが、ステータスを開いた時に影人は気づいてしまう。影人が勇者が貰うはずだったチートスキルを全て貰い受けている事に。 これは勇者が貰うはずだったチートスキルを手違いで貰い受けたモブキャラが、世界を救う英雄譚である。 ※他サイトでも公開

異世界をスキルブックと共に生きていく

大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...