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いつまでも
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3度目のスタートライン。
全身の血管が膨張し、特に足への巡りが活発になる。
毛細血管だ。
日々の走りで増えたそれは、確かな響きを両足から伝えている。
全身を駆け巡る響きは、喜びの音。
酸素を貪る細胞、組織、器官。
容赦ない食欲。しかし、それを上回る響きがその食を決して終わらせない。
★
左、やや前方。揺れる短い髪がそこにある。
半身の差でリードする江川。
くらいつくのは、俺だ。
今の俺達に駆け引きは存在しない。
始めから全力。
終わりはある。その有限の全力。
途中で力尽きることを恐れない。
いや、そもそもそんな事を考える事は無い。
一進一退に突き進む戦況。
俺が抜く、江川が抜き返す。
また、俺が抜く。────江川が抜き返す。
俺達は全力だ。……なのに。
一度一度の攻防ごとに増す速度。
彼らの糧は既に、身体的、物理的なものを超えている。
走りそのものへの喜び。
ギリギリの攻防への楽しみ。
ラスト一本の本能的な捨て身の精神。
活動限界にまで辿り着き、積み重ねた記憶を頼りに動き続ける筋肉。
そして、「「彩光だけには(純先輩には) 負けたくない!!」」
勝負。その限界点。
丸裸になった想いが互いの意思を疎通させる。
「俺は────」
「私は────」
「江川彩光が────」
「小泉 純先輩が────」
「「好きだ(です)!!」」
だからこそ、負けるわけには。いや、勝たなければいけない!
ラスト400メートル。
鳴り響くラスト一周の鐘の音。
まず練習で聞くことは無いこの音。
こんな演出を考え、更に実行できる人物は、俺の知り合いでは一人しかいない。
鐘の音が2人の集中力を更に高みへと導く。
試合の匂い。
遠ざかる音。
聴こえるのは、俺と彩光の存在だけ。
ラスト100メートル。
並ぶ2人に目視の差はない。
長い、とてつもなく長い一本道。
終わりは常に見えていた。
地面に引かれた白線。
終わりを告げ、新たな始まりを教えてくれる白線。
今俺は、その始まりを感じる為に────
タンッ
最後の一本が耳に残り、2つの身体が白線を通り抜けた。
「結果は────、」
タイムを測っていた部員。
その答えは分かる。
その手元のストップウォッチ。
そのコンマの後の数はおそらく……同じ。
でも、意思疎通。
2人、されど1人となった俺達はその結果を知っている。
トラックに立つ二つの影。
何故かどちらの息も切れていない。
夕日がトラックを照らし影がより鮮明になる。
日の動き、それよりも早く、分かりやすく影の距離が縮まった。
「純先輩────、っ」
言わせるわけにはいかない。
俺は勝負事では卑怯なんて知らない。
彼女の言葉を止めた影。
小さな影、口と目と、どちらも俺の胸にうずまっている。
こそばゆい感触。背中の方だ。
小さな手がやり返すように回されている。
抱き合った2人。
「彩光、俺と……もっと近くで、どこまでも、走っていってくれないか?」
ここまで決意しても、それでも照れくさく、伝えられる想い。
「いいですよ。……でも、条件があります」
「────」
「〝いつまでも〟も、付け加えてくださいね」
笑顔の後輩はやはり俺の一本先に居た。
「分かった」
2つの負けが、胸をうつ。
走りの、新たな走りのスタート音は甘酸っぱい負けの香りがしていた。
全身の血管が膨張し、特に足への巡りが活発になる。
毛細血管だ。
日々の走りで増えたそれは、確かな響きを両足から伝えている。
全身を駆け巡る響きは、喜びの音。
酸素を貪る細胞、組織、器官。
容赦ない食欲。しかし、それを上回る響きがその食を決して終わらせない。
★
左、やや前方。揺れる短い髪がそこにある。
半身の差でリードする江川。
くらいつくのは、俺だ。
今の俺達に駆け引きは存在しない。
始めから全力。
終わりはある。その有限の全力。
途中で力尽きることを恐れない。
いや、そもそもそんな事を考える事は無い。
一進一退に突き進む戦況。
俺が抜く、江川が抜き返す。
また、俺が抜く。────江川が抜き返す。
俺達は全力だ。……なのに。
一度一度の攻防ごとに増す速度。
彼らの糧は既に、身体的、物理的なものを超えている。
走りそのものへの喜び。
ギリギリの攻防への楽しみ。
ラスト一本の本能的な捨て身の精神。
活動限界にまで辿り着き、積み重ねた記憶を頼りに動き続ける筋肉。
そして、「「彩光だけには(純先輩には) 負けたくない!!」」
勝負。その限界点。
丸裸になった想いが互いの意思を疎通させる。
「俺は────」
「私は────」
「江川彩光が────」
「小泉 純先輩が────」
「「好きだ(です)!!」」
だからこそ、負けるわけには。いや、勝たなければいけない!
ラスト400メートル。
鳴り響くラスト一周の鐘の音。
まず練習で聞くことは無いこの音。
こんな演出を考え、更に実行できる人物は、俺の知り合いでは一人しかいない。
鐘の音が2人の集中力を更に高みへと導く。
試合の匂い。
遠ざかる音。
聴こえるのは、俺と彩光の存在だけ。
ラスト100メートル。
並ぶ2人に目視の差はない。
長い、とてつもなく長い一本道。
終わりは常に見えていた。
地面に引かれた白線。
終わりを告げ、新たな始まりを教えてくれる白線。
今俺は、その始まりを感じる為に────
タンッ
最後の一本が耳に残り、2つの身体が白線を通り抜けた。
「結果は────、」
タイムを測っていた部員。
その答えは分かる。
その手元のストップウォッチ。
そのコンマの後の数はおそらく……同じ。
でも、意思疎通。
2人、されど1人となった俺達はその結果を知っている。
トラックに立つ二つの影。
何故かどちらの息も切れていない。
夕日がトラックを照らし影がより鮮明になる。
日の動き、それよりも早く、分かりやすく影の距離が縮まった。
「純先輩────、っ」
言わせるわけにはいかない。
俺は勝負事では卑怯なんて知らない。
彼女の言葉を止めた影。
小さな影、口と目と、どちらも俺の胸にうずまっている。
こそばゆい感触。背中の方だ。
小さな手がやり返すように回されている。
抱き合った2人。
「彩光、俺と……もっと近くで、どこまでも、走っていってくれないか?」
ここまで決意しても、それでも照れくさく、伝えられる想い。
「いいですよ。……でも、条件があります」
「────」
「〝いつまでも〟も、付け加えてくださいね」
笑顔の後輩はやはり俺の一本先に居た。
「分かった」
2つの負けが、胸をうつ。
走りの、新たな走りのスタート音は甘酸っぱい負けの香りがしていた。
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