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教えてやる
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地から伝わる始まりの合図。
止められた時間が急速に動き出す。
低く低く、極限の前傾姿勢によって初速を速める。
足の回転数を上げて加速、3秒後。俺は彼女の前に立つ。
(ここからだ。俺がレースというものを教えてやる)
おそらく彼女はそれを知らない。
圧倒的な速さ故にそれを使う機会に恵まれず、また、そうされる程の機会もなかっただろう。
だからこそ、俺はやる。中距離の怖さを、そしてそれを生きる残る〝強さ〟を。
200メートルを通過する辺りで少しずつスピードを落としていく。
すると、それに連動するように彼女の足音は大きくなり、そして一旦離れる。
俺をぬく準備に入ったのだ。
外側に回り込む気配を感じる。
(……今だ)
俺は後ろの気配に合わせ身体をアウトコースへと離していく。
進路妨害だ。
それだけ聞くと明らかにこちらが悪いようだが〝順位〟を決める試合でなら行われるありきたりな手だ。
人を追い抜く。それは予想以上に体力を消耗する行為である。
行為をする上での最低条件、それに〝加速〟が必要だからだ。
一本目で再自覚させられたように、これは足への負担が大きい。
スピードを維持するだけなら、足の回転による遠心力を利用する事が出来る。
しかし、スピードを上げる為にはその遠心力に更に力を加える必要があるのだ。
地との協調。
自己のバランスを整え、身体の軸を地面と垂直にさせる。
常に稼働し続ける筋肉のパターンを割り出し、一瞬先の自己を予想し、それを調整する。
それを足と腕の両方へ行うのだ。
その調整が終わる時、遂に身体は加速する────、だからだ。俺はそのタイミングで身体をアウトコースへと躍らせる。
江川にして見れば、出鼻を折られた気持ちの筈だ。
一瞬の戸惑いに筋肉の緊張は解け、意識はそこに釘付けにされ、でも身体だけは慣性の法則にのっとるように前に進もうとする。
前の走者────つまり俺────、に釘付けの意識は一拍おいてそれに気づく
(ぶつかる!?)
反射で命令されるのは急停止。
肉体的にも精神的にものった身体を止める筋肉、その負荷は加速した勢いの分だけ増幅する。
400メートル通過
江川は二度目の加速でようやく俺を追い抜く、その加速は一度目の教訓を生かしてか、暫く俺の真後ろに隠れるフェイントによって、一瞬で行われた。
流石江川である。適応力が並の選手を大きく上回っている。
(だがしかし、俺の耳は誤魔化せない)
彼女の足音、腕の振り幅、呼吸間隔。
やや重みの無くなった接地、横に開きかけた腕、顎の上がる呼吸。
疲れだ。
慣れないレース展開は普通以上の負荷を彼女に与えている。
500メートルを通過
レースはやっと折り返し地点である。
今は彼女の後ろに付いていくだけで十分だ。
足を踏むギリギリまでの接近は、相手に大きなプレッシャーを与える。
更に演技、俺は呼吸を抑え、息の漏れを抑制する。
呼吸音は一番聞き取りやすく、後方の選手の様子を知るのにはもってこいの判断材料である。
それが小さいという事は、単純に相手に疲れが無いことを意味するのだ。
まだ余裕のある相手が真後ろに居る。
その恐怖が江川の首筋へと絡みつく。
(後は、クライマックスを待つのみ……)
俺は最後に備えその準備を整えていく、ゆっくり、ゆっくり、未来の一歩一歩を予測し、更にそのまた未来の一歩を予測する。
俺の決め手
その時は迫っていた。
止められた時間が急速に動き出す。
低く低く、極限の前傾姿勢によって初速を速める。
足の回転数を上げて加速、3秒後。俺は彼女の前に立つ。
(ここからだ。俺がレースというものを教えてやる)
おそらく彼女はそれを知らない。
圧倒的な速さ故にそれを使う機会に恵まれず、また、そうされる程の機会もなかっただろう。
だからこそ、俺はやる。中距離の怖さを、そしてそれを生きる残る〝強さ〟を。
200メートルを通過する辺りで少しずつスピードを落としていく。
すると、それに連動するように彼女の足音は大きくなり、そして一旦離れる。
俺をぬく準備に入ったのだ。
外側に回り込む気配を感じる。
(……今だ)
俺は後ろの気配に合わせ身体をアウトコースへと離していく。
進路妨害だ。
それだけ聞くと明らかにこちらが悪いようだが〝順位〟を決める試合でなら行われるありきたりな手だ。
人を追い抜く。それは予想以上に体力を消耗する行為である。
行為をする上での最低条件、それに〝加速〟が必要だからだ。
一本目で再自覚させられたように、これは足への負担が大きい。
スピードを維持するだけなら、足の回転による遠心力を利用する事が出来る。
しかし、スピードを上げる為にはその遠心力に更に力を加える必要があるのだ。
地との協調。
自己のバランスを整え、身体の軸を地面と垂直にさせる。
常に稼働し続ける筋肉のパターンを割り出し、一瞬先の自己を予想し、それを調整する。
それを足と腕の両方へ行うのだ。
その調整が終わる時、遂に身体は加速する────、だからだ。俺はそのタイミングで身体をアウトコースへと躍らせる。
江川にして見れば、出鼻を折られた気持ちの筈だ。
一瞬の戸惑いに筋肉の緊張は解け、意識はそこに釘付けにされ、でも身体だけは慣性の法則にのっとるように前に進もうとする。
前の走者────つまり俺────、に釘付けの意識は一拍おいてそれに気づく
(ぶつかる!?)
反射で命令されるのは急停止。
肉体的にも精神的にものった身体を止める筋肉、その負荷は加速した勢いの分だけ増幅する。
400メートル通過
江川は二度目の加速でようやく俺を追い抜く、その加速は一度目の教訓を生かしてか、暫く俺の真後ろに隠れるフェイントによって、一瞬で行われた。
流石江川である。適応力が並の選手を大きく上回っている。
(だがしかし、俺の耳は誤魔化せない)
彼女の足音、腕の振り幅、呼吸間隔。
やや重みの無くなった接地、横に開きかけた腕、顎の上がる呼吸。
疲れだ。
慣れないレース展開は普通以上の負荷を彼女に与えている。
500メートルを通過
レースはやっと折り返し地点である。
今は彼女の後ろに付いていくだけで十分だ。
足を踏むギリギリまでの接近は、相手に大きなプレッシャーを与える。
更に演技、俺は呼吸を抑え、息の漏れを抑制する。
呼吸音は一番聞き取りやすく、後方の選手の様子を知るのにはもってこいの判断材料である。
それが小さいという事は、単純に相手に疲れが無いことを意味するのだ。
まだ余裕のある相手が真後ろに居る。
その恐怖が江川の首筋へと絡みつく。
(後は、クライマックスを待つのみ……)
俺は最後に備えその準備を整えていく、ゆっくり、ゆっくり、未来の一歩一歩を予測し、更にそのまた未来の一歩を予測する。
俺の決め手
その時は迫っていた。
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