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花人の謎

不幸ヤンキー、”狼”に奪われる。【5】

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 幼い少女を抱きかかえた状態で、背中に大きな翼を生やした赤い髪色の天使は意識を集中させ、自身に生えている両翼を制御しようと試みる。初めは安定せずに落ちそうになったりもしていたのだが、さすがは学校1の不良ではあるが学校1の運動神経の持ち主だ。すぐに飛んでいる感覚を身体に覚え込こませ、大きく翼を広げ空を駆けるのだ。そして少女を…心を守るように両手でしっかりと支え、少し羽を縮ませては伸ばすようにけて行く。赤い天使…いや、幸の飛行テクニックに心は自身の心を躍らせた。
「すごい幸君! 見てよ、…建物が小さいよ! …豆粒みたい!」
 大空を羽ばたいているので当然、下を見れば巨大なパーク内が一望できるほどだ。普通であれば落ちそうになる恐怖感に駆られるとは思うのだが、抱きかかえられている少女は違う反応を見せている。興奮したように笑いかける彼女に幸は笑つつも少女の身体をしっかりと離さぬように胸に抱いた。
 そんな彼に心はまた嬉しくなって笑う。だが彼女の心情が分からない幸は疑問を持っているようだ。
「普通は怖がるだろうに…、心は怖くないのか?」
 そんな彼に少女は笑って言い放った。
「怖くないよ。…だって、私を守ってくれる人だから」
「それは…まぁ…」
「…幸君は私を絶対に守ってくれるって、信じているから」
 可憐な少女が普段は見せる事の無い楽しげな笑みを見せていた。…大きくなったら相当な美人に成長するだろう。でも本当の父親が少女の元へと帰るまでは自分が守らないと。
 …心を絶対に守る。あの金髪野郎なんかに負けない。…哉太さん達を取り戻す!!!!
 幸の想いに反応するように翼が大きくなり、そして力強さを持ち合わせた。少し驚いた幸と心ではあるが2人は互いに笑ってから決意を固める。
「よっし!!! 哉太さん達を救うぞ、心!」
「うん。…哉太君、お願い…。私の返事に応答して…」
 心が幸に抱かれながら目を閉ざして哉太にテレパシーを送る。今は幸の能力もコントロールをしているのでわずかな力でしかテレパシーが送れないのが歯がゆいが、別の手段を取ることにした。
 ―それは哉太が見ている、目で見ている映像を自身の脳内に送るというものだ。文字の方が負担は軽いのだが、哉太が伝えられる状態かどうかは分からない。だったら映像ではなく、1枚の絵のように哉太から伝われば場所が把握できるかと思ったのである。
 彼女は必死に願いを込めた。そして意識を集中させるのだ。
「哉太君、お願い…。助けさせて…!」
 すると心の脳内に1枚の写真が伝わった。
 ―哉太からだ。伝達できたということは哉太は無事であることは確認できる。
「良かった…哉太君、無事みたい!」
「それは良かったよ…、って危ない。…意識しないと落ちちまうな…」
「一旦降りたらどうかな?」
「…そうする、か」
 嬉しそうな声を出した心に幸は飛ぶことを止めて緩やかにブレーキを踏みながら観覧車の上に止まった。なぜか動いていない観覧車に疑問を持つがそれよりも心が掴んだ情報の方が重要だ。だから幸は心へ問い掛ける。
「なんか掴めたかな? …というかごめん。急に止まって…」
 すると心は首を横に振り幸に軽く微笑む。
「ううん。全然! 急じゃないよ。こっちも気を遣わせてごめんなさい」
 将来は美人になるであろう少女の笑顔をしかと見てしまったからか、幸は顔を少し赤らめた。いや、もしくは礼をされたことや気遣われたことも嬉しかったのかもしれない。
「いやいや! 俺は…別に…!」
「ううん。嬉しかったよ?」
 ―――ズキューン!!!
 以前までは人形のようだと気味悪がっていた彼女が、まるで天使のように見えてしまう幸は彼女に射止められてしまった。そんな彼は以前から隠し持っていた”天邪鬼”を発動させてしまう。…それほど心も変わったということなのだろう。
「まぁ、嫁に行く前の女の子に怪我させたく無かったし? 傷モノにしたくも無かったし? …俺のせいで、その…心を傷つけたら…」
 恥ずかしそうに身体をじらせる天邪鬼な赤い天使に、心は軽やかに笑ってから幸に礼を告げる。「配慮してくれてありがとう」…と。可愛らしく礼儀正しい少女に礼を言われた天使は顔を赤くさせて素直に受け止めた。
「心が無事なら…俺は、別にぃ…というか、そんなことより! 分かったか、場所?」
 ”ちゃん”付けをしなくなった幸に嬉しさを感じながらも心は深く頷いて、哉太から一瞬だけ伝わった写真のイメージを伝える。それは一面の花に囲まれた写真であったので心は確信した。
「幸君。…屋内で花がいっぱい咲いている場所。そこに哉太君達がいると思う!」
「分かった、よしっ。行くぞ、心!」
「うん!!!」
「俺にしっかり掴まれっ!!!」
 そして幸は大きな翼を広げて花園が無いかを偵察する。しかし心は伝わった写真が一瞬であったので見落としていたのだ。哉太から伝わった一面の花々の中に添うように儚げに咲いている赤と青の彼岸花の存在を。
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