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第23話 《キズモノ》
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利里が受けるテストの科目が迫ってきた。テストまであと1週間というところである。
――そんな彼は今日、午前中はテスト勉強をしていたのだが、ずっとではない。午前中の1年生の空き時間の時、利里は名残惜しむように席を離れた。
「はぁ……」
陰で嫌な息を吐いてから、教員室へノックをする。「失礼します……」情けない声で言い放つと、先生方が利里の方へ一斉に向いた。その視線にさえも嫌な動悸を覚える。しかし負けじと利里は少し声を張り上げた。
「牧先生はいらっしゃいますか? 御用があると今日伝えられて――」
「あぁ、乾さんね。待ってて。牧先生~! 御用ですよ~!」
ほかの先生が呼びかけると、長い髪を結わいた茶髪の先生が振り返って俺に視線を向ける。美人だがその鋭い視線に、俺は畏怖を感じた。
「乾くんね。ちょうど話をしておきたかったの。空き教室で話してもいいかしら?」
……嫌です!!!
などと言えるわけない。
「はい。分かりました」
俺はトラウマを植え付けられた美女になにを話されるのか、説教を受けるのかと思うと冷や汗を掻いた。
――空き教室はひんやりとしていて、寒気を催した。だがそれでも、牧先生は対面でおとなしく座る俺に視線を向ける。厳しげで射抜くような視線に、俺は蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった。
「出席記録を拝見しているわ。……たまに来ていない日があるけれど、どういうことかしら?」
「えっと、その日は具合が悪かったというか……」
「体調管理を今のうちにしないと、看護師になるなんて夢のまた夢のよ? これは社会でも同じことだからね」
「はい。すみません……」
(すみません……)
内心でも謝罪をする利里ではあるが、それでも彼女の射抜くような視線を向けてくる。まるで利里が本当に心底思っているかを試しているようだ。
――だがそれだけではなかった。
「でも、勉強記録を拝見してみると真剣に取り組んでいる様子は見られるわね」
「あ、えっと、ありがとうございま――」
「ただ! 履修できていない授業が始まると、ちゃんと勉強時間の確保が難しくなるから、覚悟しておくこと」
「は、はい!」
(褒めるか、説教するかどっちかにしてよ!)
だが利里の今の立ち位置は、食われかけている小鳥なので身震えることしかできない。なにも声が発せない。言えない。
そんな彼に牧は「はぁ……」そう息を吐いてから次のことを話し出す。
「今回、私がテスト担当をする《基礎看護》だけど、乾くんには特別問題を用意したわ」
「えっ、なんで、ですか……?」
「簡単な話よ。あなたはほかの人よりも勉強時間があるもの。だったらそれ以上の勉強量もしないといけないわ」
……そんな無茶を。とか思ってしまうが、構わずに牧は話し出す。
「大丈夫よ。範囲はあなたが苦手としている《内分泌系》の看護に関してだけは教えるわ。苦手なのだったら、今のうちに克服をして、次の内分泌系の解剖生理で生かせばいいのよ」
利里は自分でも分かった。この先生の作る問題は最難関だと。単位を落としてしまう可能性がかなりあると。
だから利里は最初で最後の抗議をしたのである。
「あの、いきなり言われても困るというか、なんというか……」
すると牧は鋭い視線を逸らさずに断言をする。
「臨機応変な対応をするのも大事だから。その問題だって記述問題だし、あなたの考えを書いて私が納得をすれば、それでいいの。完璧ではなくていいのだから、そんなに震えないでよ、ね?」
恐怖で震えていたのを悟られていたので、利里は背筋を伸ばして謝罪をする。すると牧は優しげな顔をしたのだ。
「無理なことなのは分かっているけれど、これはあなたにとってのことだから。あなただけを贔屓をするわけにはいかないから」
牧の発言を反芻するように利里は心に秘めている想いを言おうとして……言えなかった。
――牧の厳しいが優しい言葉に、利里はトラウマを抱えてしまったのだから。
(牧先生。あなたに問いかけます。俺に心の”刺傷”を植え付けたのは、それが疼くのは)
――優しさからなのですか?
だが聞けずに、利里は手短に空き教室から離れて医務室へと向かうのであった。
勉強しなければならないが、やる気にならなかったのだ。
――そんな彼は今日、午前中はテスト勉強をしていたのだが、ずっとではない。午前中の1年生の空き時間の時、利里は名残惜しむように席を離れた。
「はぁ……」
陰で嫌な息を吐いてから、教員室へノックをする。「失礼します……」情けない声で言い放つと、先生方が利里の方へ一斉に向いた。その視線にさえも嫌な動悸を覚える。しかし負けじと利里は少し声を張り上げた。
「牧先生はいらっしゃいますか? 御用があると今日伝えられて――」
「あぁ、乾さんね。待ってて。牧先生~! 御用ですよ~!」
ほかの先生が呼びかけると、長い髪を結わいた茶髪の先生が振り返って俺に視線を向ける。美人だがその鋭い視線に、俺は畏怖を感じた。
「乾くんね。ちょうど話をしておきたかったの。空き教室で話してもいいかしら?」
……嫌です!!!
などと言えるわけない。
「はい。分かりました」
俺はトラウマを植え付けられた美女になにを話されるのか、説教を受けるのかと思うと冷や汗を掻いた。
――空き教室はひんやりとしていて、寒気を催した。だがそれでも、牧先生は対面でおとなしく座る俺に視線を向ける。厳しげで射抜くような視線に、俺は蛇に睨まれた蛙のような気持ちになった。
「出席記録を拝見しているわ。……たまに来ていない日があるけれど、どういうことかしら?」
「えっと、その日は具合が悪かったというか……」
「体調管理を今のうちにしないと、看護師になるなんて夢のまた夢のよ? これは社会でも同じことだからね」
「はい。すみません……」
(すみません……)
内心でも謝罪をする利里ではあるが、それでも彼女の射抜くような視線を向けてくる。まるで利里が本当に心底思っているかを試しているようだ。
――だがそれだけではなかった。
「でも、勉強記録を拝見してみると真剣に取り組んでいる様子は見られるわね」
「あ、えっと、ありがとうございま――」
「ただ! 履修できていない授業が始まると、ちゃんと勉強時間の確保が難しくなるから、覚悟しておくこと」
「は、はい!」
(褒めるか、説教するかどっちかにしてよ!)
だが利里の今の立ち位置は、食われかけている小鳥なので身震えることしかできない。なにも声が発せない。言えない。
そんな彼に牧は「はぁ……」そう息を吐いてから次のことを話し出す。
「今回、私がテスト担当をする《基礎看護》だけど、乾くんには特別問題を用意したわ」
「えっ、なんで、ですか……?」
「簡単な話よ。あなたはほかの人よりも勉強時間があるもの。だったらそれ以上の勉強量もしないといけないわ」
……そんな無茶を。とか思ってしまうが、構わずに牧は話し出す。
「大丈夫よ。範囲はあなたが苦手としている《内分泌系》の看護に関してだけは教えるわ。苦手なのだったら、今のうちに克服をして、次の内分泌系の解剖生理で生かせばいいのよ」
利里は自分でも分かった。この先生の作る問題は最難関だと。単位を落としてしまう可能性がかなりあると。
だから利里は最初で最後の抗議をしたのである。
「あの、いきなり言われても困るというか、なんというか……」
すると牧は鋭い視線を逸らさずに断言をする。
「臨機応変な対応をするのも大事だから。その問題だって記述問題だし、あなたの考えを書いて私が納得をすれば、それでいいの。完璧ではなくていいのだから、そんなに震えないでよ、ね?」
恐怖で震えていたのを悟られていたので、利里は背筋を伸ばして謝罪をする。すると牧は優しげな顔をしたのだ。
「無理なことなのは分かっているけれど、これはあなたにとってのことだから。あなただけを贔屓をするわけにはいかないから」
牧の発言を反芻するように利里は心に秘めている想いを言おうとして……言えなかった。
――牧の厳しいが優しい言葉に、利里はトラウマを抱えてしまったのだから。
(牧先生。あなたに問いかけます。俺に心の”刺傷”を植え付けたのは、それが疼くのは)
――優しさからなのですか?
だが聞けずに、利里は手短に空き教室から離れて医務室へと向かうのであった。
勉強しなければならないが、やる気にならなかったのだ。
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