52 / 86
第五章
■五月山修羅は交渉する
しおりを挟む
□修羅サイド□
ピルケスルートとなる豊穣の巫女イベント。
第一騎士団のルーキーであるピルケスとの好感度が爆上がりするイベントだった。
このイベントに行くには、仮面舞踏会イベントを無難に終わらせ、その時にピルケスとの対面を果たしておく、それからこのイベントでなぜか巫女の影武者となる主人公をピルケスが守り――というような流れだったはずだ。ピルケスを嫌っていた修羅なので、細部はすっかり忘れ去っていたし、このルートへの入り方も、合っているか怪しい。
だが、イベントは起きてしまった。
よりにもよってバルザクトが巫女の護衛となるなどという、イレギュラーなかたちで。
「イレギュラーは今更か……」
日中の訓練をこなした修羅は、あの恐ろしい第一騎士団長と接触すべく、例によって彼を待ち伏せしていた。
「来ると思っていたぞ」
不遜な物言いのジェンドに、意を決して彼の前に姿を現した修羅は、心臓がキュッと縮まるのを感じる。どうにも、最初の怖い印象が拭えない。
「今度はなんのようだ」
愉快そうにも聞こえる声に励まされ、背筋を伸ばして彼の前に立つ。
「明日のパレードの昼休憩中に、魔獣が出現するはずです。魔獣との実戦経験もなく、装備が薄いバルザクト様に累が及ばぬように、ご配慮お願いしますっ! それと、自分が裏でちょっとこそこそするのを、見逃してくださいっ」
思い切り頭を下げた修羅に、腕組みをして背を壁に付けていたジェンドは、思案するように指で腕を叩く。
「ふむ、魔獣か。そういえば、最近は魔獣狩りにも出ていないな。訓練を副団長に任せっきりだったが……あれは真面目だが、融通に欠けるからな」
独りごち、それからニヤリと笑った。温厚さの欠片もない微笑みに、頭を上げた修羅は引き攣る。
「使えそうだ。バルザクトの事は気に掛けておこう、それでお前は何をするつもりだ」
バルザクトを任せられるのか不安になりながらも、質問に答える。
「市街地に魔獣を持ってくるのは、隣国と癒着している貴族です。隣国で開発された、魔獣を使役する方法を、ここで実験するんです」
「魔獣を、使役だと」
眼光が鋭くなるジェンドに、修羅は頷く。
「結果として、魔獣が暴走してしまうことと、使役するのにかかる労力が大きすぎることで、費用対効果が合わずに、実用化されないのですが。実験されるのは、間違いないはずです。自分は、その使役に使われる道具を回収して団長にお渡し致しますのでっ」
「なるほどな、ソレがバルザクトを守る対価か。いいだろう、だが、アレは守られるだけの女ではないぞ」
女? 言い間違えたのか、今は女装しているからわざとにそう言ったのか、判断つきかねつつも、些末な事を確認すれば男の怒りに触れそうで、そっとスルーする。
「それでも、よろしくお願いしますっ」
もう一度深く頭を下げる修羅の見えぬところでジェンドは口元を皮肉げに緩め、彼の願いを了承したことに勇気を得て、もうひとつ願いを口にする。
「それと、騎士団同士で、合同演習はできないものでしょうかっ」
「合同演習だと?」
興味を惹かれたらしいジェンドに説明を促された。
「騎士団同士で戦い、練度を上げる訓練です。以前お伝えしたように、遠くない未来、迷宮暴走が発生します。今のままでは、それぞれの騎士団の結束力も弱く、全体的な能力も低いです。このままなら、王都まで魔獣が進行して、良くて半壊、最悪全壊です」
「今のままなら、全壊か。ふむ」
腕組みをしていた手で、思案するように顎を撫でたジェンドは、目を細めて口の端を上げた。腹黒さを感じさせる彼に、修羅は身震いする。
「よかろう、明日の働きを見て決めてやろう」
そう言い捨てて去るジェンドを、安堵と不安が交じる目で見送った。
ピルケスルートとなる豊穣の巫女イベント。
第一騎士団のルーキーであるピルケスとの好感度が爆上がりするイベントだった。
このイベントに行くには、仮面舞踏会イベントを無難に終わらせ、その時にピルケスとの対面を果たしておく、それからこのイベントでなぜか巫女の影武者となる主人公をピルケスが守り――というような流れだったはずだ。ピルケスを嫌っていた修羅なので、細部はすっかり忘れ去っていたし、このルートへの入り方も、合っているか怪しい。
だが、イベントは起きてしまった。
よりにもよってバルザクトが巫女の護衛となるなどという、イレギュラーなかたちで。
「イレギュラーは今更か……」
日中の訓練をこなした修羅は、あの恐ろしい第一騎士団長と接触すべく、例によって彼を待ち伏せしていた。
「来ると思っていたぞ」
不遜な物言いのジェンドに、意を決して彼の前に姿を現した修羅は、心臓がキュッと縮まるのを感じる。どうにも、最初の怖い印象が拭えない。
「今度はなんのようだ」
愉快そうにも聞こえる声に励まされ、背筋を伸ばして彼の前に立つ。
「明日のパレードの昼休憩中に、魔獣が出現するはずです。魔獣との実戦経験もなく、装備が薄いバルザクト様に累が及ばぬように、ご配慮お願いしますっ! それと、自分が裏でちょっとこそこそするのを、見逃してくださいっ」
思い切り頭を下げた修羅に、腕組みをして背を壁に付けていたジェンドは、思案するように指で腕を叩く。
「ふむ、魔獣か。そういえば、最近は魔獣狩りにも出ていないな。訓練を副団長に任せっきりだったが……あれは真面目だが、融通に欠けるからな」
独りごち、それからニヤリと笑った。温厚さの欠片もない微笑みに、頭を上げた修羅は引き攣る。
「使えそうだ。バルザクトの事は気に掛けておこう、それでお前は何をするつもりだ」
バルザクトを任せられるのか不安になりながらも、質問に答える。
「市街地に魔獣を持ってくるのは、隣国と癒着している貴族です。隣国で開発された、魔獣を使役する方法を、ここで実験するんです」
「魔獣を、使役だと」
眼光が鋭くなるジェンドに、修羅は頷く。
「結果として、魔獣が暴走してしまうことと、使役するのにかかる労力が大きすぎることで、費用対効果が合わずに、実用化されないのですが。実験されるのは、間違いないはずです。自分は、その使役に使われる道具を回収して団長にお渡し致しますのでっ」
「なるほどな、ソレがバルザクトを守る対価か。いいだろう、だが、アレは守られるだけの女ではないぞ」
女? 言い間違えたのか、今は女装しているからわざとにそう言ったのか、判断つきかねつつも、些末な事を確認すれば男の怒りに触れそうで、そっとスルーする。
「それでも、よろしくお願いしますっ」
もう一度深く頭を下げる修羅の見えぬところでジェンドは口元を皮肉げに緩め、彼の願いを了承したことに勇気を得て、もうひとつ願いを口にする。
「それと、騎士団同士で、合同演習はできないものでしょうかっ」
「合同演習だと?」
興味を惹かれたらしいジェンドに説明を促された。
「騎士団同士で戦い、練度を上げる訓練です。以前お伝えしたように、遠くない未来、迷宮暴走が発生します。今のままでは、それぞれの騎士団の結束力も弱く、全体的な能力も低いです。このままなら、王都まで魔獣が進行して、良くて半壊、最悪全壊です」
「今のままなら、全壊か。ふむ」
腕組みをしていた手で、思案するように顎を撫でたジェンドは、目を細めて口の端を上げた。腹黒さを感じさせる彼に、修羅は身震いする。
「よかろう、明日の働きを見て決めてやろう」
そう言い捨てて去るジェンドを、安堵と不安が交じる目で見送った。
2
お気に入りに追加
257
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる
橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。
十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。
途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。
それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。
命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。
孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます!
※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる