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第二章

□一抹の寂しさ

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 あの日から、シュラはしばしば私と別行動するようになっていた。

 そして、体術も剣術も目覚ましい進歩を遂げている。それに第十騎士団長であるカロル団長が関わっているだろうことは、容易に察することはできた。

 ヒリングス副団長の書類仕事をしている、この間にも彼は私に先んじて強くなるのではないかと、気が焦る。いや、なにを焦ることがある、彼が強さを求めることを応援すべき私が、否定してどうするんだ。

「……っ」

 幾度目かの書き損じに、思わず荒々しく紙を丸めてしまう。

 屑籠に丸めた紙を放ったとき、カチャッと僅かに茶器の音がして、今日は副団長もこの部屋に居たのだと思い出した。

「珍しいな、貴様が感情を乱すなど」

 優雅に紅茶を嗜んでいた副団長は、口の端をあげて私をからかう。副団長のうしろに立つ従騎士のケンセルは、いつもの表情の薄い顔で私を見ていた。

「失礼しました」

 恥ずかしいところを見せてしまったと謝罪すると、ティーカップをケンセルに下げさせた副団長がソファから立ち上がり、私からペンを取り上げた。

「鬱々としていても捗らぬであろう。俗物が悩んだところでたかが知れている、悩む暇があるなら訓練でもしてこい」

 驚いて彼を見あげれば、すかさずケンセルが手を挙げる。

「では、自分が手合わせします」
「却下する。貴様は先程まで、騎士を相手に散々鍛錬していただろう、筋肉を休ませろ。……まったく、筋肉馬鹿め」

 最後の方は小声で言った副団長に、ケンセルの目が細くなる。

「叔父上は魔法馬鹿ですが」

 今度は副団長の目が細くなり、睨み合う。
 二人の険悪な状態などはじめてのことで、私は身の置き所なく息を潜める。

「いつも言っているだろう、お前は言葉遣いがなっていないのだから、口を開くなと」

 ため息交じりの副団長の言葉に、ケンセルは僅かに眉を寄せて口を結ぶ。素直に言うことを聞く青年が、まだ十代も半ばであることを思い出した。

 長身で筋肉質そして無口であるから、実年齢を忘れがちになるが。口を開けば、年相応の……いやそれよりも若干幼いかもしれない本性に気付く。

 副団長も、身内相手だからか口調がいつもよりもぞんざいだ。

「さて、では行くぞ、騎士バルザクト」

 傍観していたのに急に声を掛けられ、慌ててしまう。

「行くとは、どこにですか」
「気晴らしに訓練だと言っただろうが。先日貴様の使った魔法は面白い。付与魔法など、子供だましだと思っていたが。瞬間的に発動させるとは、魔力が多くはない貴様らしい、実に面白い使い方だ。それに、瞬間に魔法を使うことによって、継続的に付与を掛け続けるよりも、強い付与になっていただろう? 気付いていなかったのか? 通常お前が使っている付与の二割増し、性能、いや精度があがっていたぞ」

 騎士に偽装した賊を捕らえた、あの短い時間の魔力の動きをそこまで把握していたのか。

 攻撃魔法をいくつも苦も無く使える程の魔力を誇る副団長だから、魔法の扱いには突出しているとは思っていたが、本当に魔法の才能にあふれた人だったのだな。ふふっ、魔法馬鹿と罵られるほどとは思わなかった。

「申し訳ありませんが、書類仕事がまだ終わっておりません。今日は急ぎのものが多く、早めに隊長へまわさなくてはならないので、また次の機会にお願いします」
「うぬぅ……それならば、仕方あるまい。ケンセル、出るぞ。貴様も、急ぎの書類だけ終わらせたら――さっさと休め」

 あっさりと解放され、従騎士を連れて部屋を出る副団長を見送り。安堵の吐息を吐いて、椅子に腰を落とした。
 仕事があると言えば、無理を通さぬ人でよかった。

「もしかして、彼なりに気遣ってくれたのだろうか」

 彼の言った『俗物が悩んだところでたかが知れている、悩む暇があるなら訓練でもしてこい』という言葉が思い出される。

 悩むくらいなら、訓練か。そうだな、シュラのような天才的な才能を持たぬ身ならば、我武者羅に鍛えるしかないな。

「悩む暇があるなら、訓練か」

 実に、ええとなんと言ったか……ああ、そうだ脳筋だ。ふふっ、実に脳筋な考えだ。



 速やかに終わらせて訓練に向かうべく気持ちを切り替え、先程よりも軽い気分で書類に向き合えるようになっていた。
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