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第三章

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 そもそも平民で夜会などという催しには縁もゆかりもない人生を生きてきたディアスは、作り上げた笑顔のし裏で、この場のすべてに驚いていた。
 まるで天国のように煌びやかで、会場内を警護する近衛すら、見た目のいいのが揃っている。それは給仕をしている人間も同じで、動きはスマートで無駄がなく、どの給仕の人間も流れるように来賓の間を回っていた。

「いかがですか?」
 グレイドと共に、壁際に立っていたディアスのもとにも、給仕の人間がめざとくやってきて、トレーの上に並べられたグラスを差し出す。

「いただこう。ディアス室長も、飲めるだろう?」
「ええ、いただくわ」
 にっこりと微笑んでグレイドを見上げれば、彼がグラスを一つ選んで渡してくれる。
 自分もグラスを持ち、二人でかるく目を見交わしてから、グラスに口をつけた。

「あら、甘くておいしい」
 ひとくち飲んで驚いた声をあげたディアスに、グレイドは微笑む。
「他にも美味しいのは色々あるから、試してみるといいが。ディアス室長は、お酒は強いのか?」
「さぁ? あまり飲んだことがないので、よくわかりませんわ。でも、こんなに甘いのでしたら、いくらでも飲めてしまいますわね」

 嬉しそうに小ぶりなグラスをくぃーっと空けたディアスは、近くに居た給仕から、また別のグラスを受け取る。
「ふふっ、こっちはすこし酸味があるのね。レモンかしら? これも美味しいわ」
「ディアス室長、空腹に酒は、控えた方がいい。ほら、あっちで、なにか摘まんでこよう」
 グラスをあけるディアスの勢いに危機感を覚えたグレイドは、彼女の手からグラスを取り上げ、会場の一角に設えられた軽食のコーナーへと向かった。

「あら、素敵ね。とっても美味しそう」
 目をキラキラとさせるディアスの腰にするりと手を回し、グレイドが彼女にぴたりと寄り添う。

「どれが食べたい? とってあげよう」
 いつもならば、公衆の面前で男性に寄らせることなどないディアスだったが、先程飲んだ口当たりのいい酒の酔いで、彼を拒絶しないばかりか、ほんの少しだけ彼に甘えるように微笑みを浮かべて彼を見上げた。

「どれが美味しいのかわからないもの。グレイド師長は、どれが、好き?」
 どの料理が美味しいのか尋ねてくるディアスの柔らかな微笑みに、グレイドおもわず生唾を飲み込んでしまった。
「そう、だな。嫌いなものはあるか?」
「んーん、無いわ。あ、でも、苦いのは、すこし苦手」
 皿を手にしたグレイドの邪魔にならないように、すこしだけ離れて、並べられた料理を楽しそうに見て歩く。

「グレイド師長は? 甘い物は苦手よね? 他に、嫌いなものはあるの?」
 少量ずつ皿に料理をのせるグレイドの手元を見てから、彼を見上げる。酔いが回りつつあるのだろう、隙のなかった笑顔は、自然なものになり、動作にもキレではなく柔らかさがでてきた。

「嫌いなものか……思いつかないな」
「好き嫌いがないのは、いいことね。ねぇ、食べてもいい?」
 皿の上が気になって仕方ないようで、ディアスに上目遣いでねだられたグレイドの脳裏に「むしろ私が君を食べたい」などという不埒な返事が過ぎったが、それを綺麗に隠して彼女を壁際の椅子にエスコートして座らせ、その膝にハンカチを乗せてから皿を渡した。

「ふふっ。ありがとうございます」
「どういたしまして」

 嬉しそうに受け取るディアスの隣に座り、グレイドも皿の上の料理を摘まむ。

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