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第27話 嘘では守れないもの
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私は玄関でアレクシス様のお帰りを迎える。
「お帰りなさいませ、アレクシス様。お疲れ様でございました」
たった一日お会いしなかっただけなのに、こんなにアレクシス様のお帰りを心待ちにするだなんて思わなかった。特に今日はボルドーさんにいっぱい(二回)褒められたので、アレクシス様にお伝えしたいという気持ちでわくわく感が止まらないのかもしれない。
しかし。
「出迎えありがとう」
唇に優しい微笑みを浮かべるアレクシス様のお姿を見て、鼓動が高鳴った。
昨日出かける際に彼が私の額に口づけを落としたことを思い出したのだ。
再び頬に熱が帯び、恥ずかしくなった私はおどおどと視線を下に落とす。
「ブランシェ」
「は、はい!」
アレクシス様に呼びかけられて顔を上げる。
「鞄を持ってもらっていいか?」
「は、はい。もちろんでございます」
「ありがとう」
鞄を持っていいということは、お部屋までお付き添いしていいということだろう。違ったとしてもそう解釈する。
「では一度着替える」
「はい」
私はボルドーさんを敢えて見ずにアレクシス様の後ろに続いた。
「私がいない間、変わりはなかったか」
「はい。――いいえ!」
「どっちだ?」
登り始めた階段途中で、顔だけ振り返って尋ねる彼を仰ぎ見て笑みを返す。
「アレクシス様にお話ししたいことがたくさんあります」
「へえ。何だ?」
「今はまだ内緒です。夕食時にご披露いたします」
「夕食時にか。焦らすな」
唇を横に引いて笑みをたたえるアレクシス様にどきりとする。
慌てて顔を伏せたその時。
「――っ」
「ブランシェ!」
足を踏み外して体勢を崩した私をアレクシス様が腕を伸ばして抱き留めてくれた。
アレクシス様の抱き留めてくれる腕の強さと身近に感じる温もり、高鳴る鼓動と紅潮しているであろう頬で、顔を上げられない。
「大丈夫か」
低くしっとりした気遣いの声が降ってきた。
「は、はい。申し訳ありません」
きっと背後にはまだボルドーさんや侍女さんらがいるだろう。身を引いて謝罪したことで自分が犯した失態を恥じ入る気持ちが生まれ、次第に熱が引いてきた。
「いや。私も階段で話して悪かった」
「いえ。助けていただきありがとうございます」
鼓動も落ち着いたところで顔を上げるとお礼を述べる。
思いの外、間近にアレクシス様の顔があって、また心臓が高鳴りそうだったが今度は彼の方が身を引いた。
「では行こう」
「はい」
その後は慎重にしようと言葉なく階段を登り切ると、その流れのまま無言でアレクシス様の部屋までついていくこととなった。
「奥様、大丈夫でしたか」
一度部屋に戻った私にライカさんがにやにやした様子で尋ねてきた。
「大丈夫ですかという表情ではないのですが。からかっている表情ですよね、それ」
「だって奥様、うぶに照れちゃって可愛かったんですもの」
「そ、それは皆さんが見ているところで、足を踏み外してしまったんですもの。恥ずかしいに決まっています」
「またまたぁ。旦那様に抱かれて恥ずかしかったくせに」
私は何でも分かっていますよ、と手をぱたぱたと動かしてからかってくるライカさん。
皆さんにはそのように見えたのだろうか。もしかしてアレクシス様もそう思われただろうか。
そう考えていると、ライカさんのニヤニヤが増すのが目に入った。
「違います。変なことをおっしゃらないで」
ツンとそっぽを向いてみせようとしたのに、ちょうどその時、扉がノックされたので、ライカさんが応対に扉へと走った。
「奥様、お食事が用意できたそうです」
「そ、そう。今、参ります」
ライカさんの顔の緩みは止まらないので、私は咳払いする。
「言っておきますけれど、夕食が楽しみなだけですからね」
「それは……確かにそれはおっしゃる通りですね」
彼女の中の私の印象は一体どうなっているのか、今度は素直に頷いた。
アレクシス様は先立ってお部屋を出られたそうなので、私も足早に向かった。
「お待たせいたしました、アレクシス様。先ほどは失礼いたしました」
「いや。こちらこそ待たせた。かけてくれ。話も聞きたいしな」
「はい!」
明るく返事をすると席に着く。
頃合いを見計らってアレクシス様は尋ねてきた。
職業病なのかもしれないが、彼は常に相手の言動を見て上手いタイミングで、話を進めてくれる気がする。
「それで? 話したいこととは」
「ええ。実は――」
私は今日のことを浮かれた気分で話す。
「そうか。それは良かった」
言葉は短いものの、一緒に喜んでくれていることが分かる。
「それにしても……治癒魔法か」
「ええ。少々にが――」
そこまで言って口をつむぐ。
危ない危ない。また本音が漏れそうになった。
私は咳払いして気を取り直して口を開く。魔法は得意だということを主張するために。
「わ、わたくしにとっては朝飯前のことにございます」
「そうか。我々の部隊でも使える者は少ない。すごいな」
称するような言葉と視線を向けられた瞬間、ずきりと胸が傷んだ。
そうすべきであることなのに、アレクシス様に嘘を言ってしまった自分がひどく汚らわしいものに思えてしまったからだ。
嘘は私たち家族を守るもの。
しかし私の心までは守ってくれない。
「だが、君は朝飯前だと力が出ないんじゃないのか」
アレクシス様の悪戯っぽい口調に思考から慌てて戻ると、おっしゃる通りですねとぎこちない笑顔を返した。
「お帰りなさいませ、アレクシス様。お疲れ様でございました」
たった一日お会いしなかっただけなのに、こんなにアレクシス様のお帰りを心待ちにするだなんて思わなかった。特に今日はボルドーさんにいっぱい(二回)褒められたので、アレクシス様にお伝えしたいという気持ちでわくわく感が止まらないのかもしれない。
しかし。
「出迎えありがとう」
唇に優しい微笑みを浮かべるアレクシス様のお姿を見て、鼓動が高鳴った。
昨日出かける際に彼が私の額に口づけを落としたことを思い出したのだ。
再び頬に熱が帯び、恥ずかしくなった私はおどおどと視線を下に落とす。
「ブランシェ」
「は、はい!」
アレクシス様に呼びかけられて顔を上げる。
「鞄を持ってもらっていいか?」
「は、はい。もちろんでございます」
「ありがとう」
鞄を持っていいということは、お部屋までお付き添いしていいということだろう。違ったとしてもそう解釈する。
「では一度着替える」
「はい」
私はボルドーさんを敢えて見ずにアレクシス様の後ろに続いた。
「私がいない間、変わりはなかったか」
「はい。――いいえ!」
「どっちだ?」
登り始めた階段途中で、顔だけ振り返って尋ねる彼を仰ぎ見て笑みを返す。
「アレクシス様にお話ししたいことがたくさんあります」
「へえ。何だ?」
「今はまだ内緒です。夕食時にご披露いたします」
「夕食時にか。焦らすな」
唇を横に引いて笑みをたたえるアレクシス様にどきりとする。
慌てて顔を伏せたその時。
「――っ」
「ブランシェ!」
足を踏み外して体勢を崩した私をアレクシス様が腕を伸ばして抱き留めてくれた。
アレクシス様の抱き留めてくれる腕の強さと身近に感じる温もり、高鳴る鼓動と紅潮しているであろう頬で、顔を上げられない。
「大丈夫か」
低くしっとりした気遣いの声が降ってきた。
「は、はい。申し訳ありません」
きっと背後にはまだボルドーさんや侍女さんらがいるだろう。身を引いて謝罪したことで自分が犯した失態を恥じ入る気持ちが生まれ、次第に熱が引いてきた。
「いや。私も階段で話して悪かった」
「いえ。助けていただきありがとうございます」
鼓動も落ち着いたところで顔を上げるとお礼を述べる。
思いの外、間近にアレクシス様の顔があって、また心臓が高鳴りそうだったが今度は彼の方が身を引いた。
「では行こう」
「はい」
その後は慎重にしようと言葉なく階段を登り切ると、その流れのまま無言でアレクシス様の部屋までついていくこととなった。
「奥様、大丈夫でしたか」
一度部屋に戻った私にライカさんがにやにやした様子で尋ねてきた。
「大丈夫ですかという表情ではないのですが。からかっている表情ですよね、それ」
「だって奥様、うぶに照れちゃって可愛かったんですもの」
「そ、それは皆さんが見ているところで、足を踏み外してしまったんですもの。恥ずかしいに決まっています」
「またまたぁ。旦那様に抱かれて恥ずかしかったくせに」
私は何でも分かっていますよ、と手をぱたぱたと動かしてからかってくるライカさん。
皆さんにはそのように見えたのだろうか。もしかしてアレクシス様もそう思われただろうか。
そう考えていると、ライカさんのニヤニヤが増すのが目に入った。
「違います。変なことをおっしゃらないで」
ツンとそっぽを向いてみせようとしたのに、ちょうどその時、扉がノックされたので、ライカさんが応対に扉へと走った。
「奥様、お食事が用意できたそうです」
「そ、そう。今、参ります」
ライカさんの顔の緩みは止まらないので、私は咳払いする。
「言っておきますけれど、夕食が楽しみなだけですからね」
「それは……確かにそれはおっしゃる通りですね」
彼女の中の私の印象は一体どうなっているのか、今度は素直に頷いた。
アレクシス様は先立ってお部屋を出られたそうなので、私も足早に向かった。
「お待たせいたしました、アレクシス様。先ほどは失礼いたしました」
「いや。こちらこそ待たせた。かけてくれ。話も聞きたいしな」
「はい!」
明るく返事をすると席に着く。
頃合いを見計らってアレクシス様は尋ねてきた。
職業病なのかもしれないが、彼は常に相手の言動を見て上手いタイミングで、話を進めてくれる気がする。
「それで? 話したいこととは」
「ええ。実は――」
私は今日のことを浮かれた気分で話す。
「そうか。それは良かった」
言葉は短いものの、一緒に喜んでくれていることが分かる。
「それにしても……治癒魔法か」
「ええ。少々にが――」
そこまで言って口をつむぐ。
危ない危ない。また本音が漏れそうになった。
私は咳払いして気を取り直して口を開く。魔法は得意だということを主張するために。
「わ、わたくしにとっては朝飯前のことにございます」
「そうか。我々の部隊でも使える者は少ない。すごいな」
称するような言葉と視線を向けられた瞬間、ずきりと胸が傷んだ。
そうすべきであることなのに、アレクシス様に嘘を言ってしまった自分がひどく汚らわしいものに思えてしまったからだ。
嘘は私たち家族を守るもの。
しかし私の心までは守ってくれない。
「だが、君は朝飯前だと力が出ないんじゃないのか」
アレクシス様の悪戯っぽい口調に思考から慌てて戻ると、おっしゃる通りですねとぎこちない笑顔を返した。
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