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第22話 ※アレクシス視点(3):善処する

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 ディオンに邪魔されつつも、休んだ三日分にたまった仕事を今日で全て終わらせた……かと思われた頃、部下が山積みされた書類を再び部屋に運んできた。
 反射的に彼の顔を見ると、彼は顔を青くして飛び出して行ってしまった。しかし彼はきちんと自分の任務を全うし、書類はしっかり置いていったが。
 それでも何とか仕事を終え、本日は夕食までに帰宅することができた。

「アレクシス様、お帰りなさいませ」

 これまでとは違う透明感のある涼やかな声で迎えてくれる家人ブランシェを見て、足をしばらく止めて見入ってしまう。

「アレクシス様?」

 ブランシェは笑顔のまま小首を傾げた。

「……あ。いや。出迎えありがとう」

 彼女は最初の頃と違って固定し続ける私の視線に怯むことがなくなった。もしかしたら自分自身の態度も硬さから解けているからかもしれない。

「はい。お疲れ様でございます。今日は早いお帰りでしたね。お鞄をお持ちいたします」
「え。――あ、いや。いい。ボルドー、頼む」

 同じく迎えに出ていたボルドーに鞄を渡すと、ブランシェはさっと顔色を消す。

「で、出過ぎた真似を致しまして誠に申し訳ありません」

 彼女は謝罪してすぐに私から視線を外すとボルドーの顔色を窺った。何か間違った作法をしたのかと考えたようだ。

「あ、いや。そうではなく。いつもの癖で。君の気持ちは嬉しかった」
「はい。ありがとうございます」

 礼は言っているものの、私の言葉より頷くボルドーを見てほっとしているのが、何となく面白くはない。
 彼女の気を自分に戻したくて特に用も無いのに声をかける。

「ブランシェ」
「はい」

 ブランシェは私の声に反応してすぐこちらへと振り返った。
 今、彼女の瞳に映っているのは私だけだ。

「君はまだ夕食を取っていないのか?」

 時間的にまだだと分かってはいるが、ディオンと違って雑談力の乏しい自分にはそれしか思いつかなかった。しかし彼女は気にした様子もなく頷く。

「はい。もちろんでございます」
「それではこの後、一緒に取ろう」
「はい!」

 私と一緒に取る夕食だからか、それとも単に待ちぼうけを食らっていた食事にありつけることが嬉しいのかは分からないが、笑顔の彼女にこちらも自然と口元が緩む。

「では後ほど」
「はい」

 彼女は私と一緒になって動き出そうとしたが、それでは旦那様参りましょうというボルドーの声に足を止める。
 もしかしたら部屋まで付いてきてくれるつもりだったのかもしれない。あるいは自分の部屋に戻るつもりだったのかもしれない。しかしボルドーの声に逡巡したようだ。

 私が口を開こうとした一瞬早く侍女長が、彼女をとりなすようにサロンへご案内いたしますと誘導した。


「ボルドー。ブランシェに厳しくしすぎではないか?」

 自分の部屋に入ったところでボルドーに話しかけた。
 一挙一動、ボルドーの視線を窺っていたブランシェのことがやはり気にかかる。……いや。分かっている。これは八つ当たりだ。先ほどとっさに彼女のことを補助できなかった自分に対する苛立ちを放っただけだ。

「何をおっしゃいます。奥様がこのパストゥール家に入った限りは、この家の作法に従っていただくのは当然のことでございます。わたくしはそれを僭越ながらご指導しているまでのこと」
「ボルドーが言うことは分かる。しかし萎縮させて失敗を誘発しては何の意味もない」

 話しながら着替えを手伝うボルドーはいつもながら実に手際が良い。普段は誰も彼に文句のつけようがないのだろう。

「女主人とは主が不在の際に家を守る役目がございます。精神的にも強くなっていただかなくては」
「ボルドー」

 振り返ってたしなめるとボルドーは一つ頷く。

「ですが旦那様のおっしゃることにも一理ありますね。考えておきましょう」
「考えておくだけにせず、実行してくれ」

 そう言うと彼は敵いませんねと小さく笑ったが、敵わないのはこちらだ。彼は敵わないと言っただけで実行するとは言っていないのだから。

「旦那様、あなた様はご存知ないかもしれませんが、奥様はまだお若いですが弱いだけの人物ではないと私は考えておりますよ」
「私は存じないとはまた大きく出たな」

 声をわざと不機嫌に低くして腕を組んだ。
 しかしボルドーは物ともせず、澄まし顔だ。

「ええ。奥様のことをもっとお知りになろうとしたらいかがでしょうか」
「どういう意味だ?」
「奥様をお迎えしてから、一度も奥様のご寝所へ訪れていないでしょう」
「――っ!」

 なるほど。ボルドーはそれが言いたかったか。
 思わず舌打ちしたくなる。
 当主が感情をたやすく出してはいけませんと、ボルドーがすぐさまたしなめてくるからしないが。

「使用人は旦那様と奥様のことを常に見ています。アレクシス様が何をお考えかは分かりませんが、奥様の評価を落とすことになりかねませんよ。使用人は皆、口には出さないでしょうが、旦那様が奥様の元に訪れないのは奥様に問題があるからだと思うでしょう。それでもよいのですか」

 使用人のことではなく、私がそういう目で見ると、彼は警告しているのだろう。
 そこまで言われて耐えていた舌打ちを放った。

「旦那様」
「分かった。善処する」
「善処するお気持ちだけにしておかず、どうぞ実行してくださいませ」

 さっきの私の言葉をなぞらえてそう言うものだから、私もまた敵わないなと返しておいた。
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