上 下
21 / 49

第21話 ※アレクシス視点(2):面倒くさい

しおりを挟む
「……どうした、アレクシス? いつもに増して無愛想な顔だな。部下が怯えていたぞ」

 今朝からまた私の部屋に居座るディオンが苦笑いして私に声をかけてきた。
 暇なのだろうか。要領がいいからなのだろうか。どちらにしろお気楽そうな彼が羨ましい。

「いや」
「いやって顔じゃないし。何なに。早速奥さんと仲違いしたわけ」

 何となく嬉しそうな顔をしているディオンが鼻につく。

「していない」
「じゃあ、何でそんな顔をしているんだよ。言ってみろって。少しは気が楽になるから。まあ、遠慮せずにそこに座れ座れ」

 ディオンは手をひらひらさせて、の応接ソファーに座るよう勧める。
 言ったところで気が楽になるものでもない。
 それでも気付けば彼の向かい側に座ると口を開いていた。

「どうやら彼女には婚約者がいたようだ」
「え? 奥さん? そうなの?」
「ああ。否定していたが」
「否定していたなら違うだろ」

 素直に言葉を受け取れよと彼は言う。

「いや。最初はいると反射的に頷いた。その後、慌てた様子で否定した」

 おそらく私に気を遣ったのだろう。彼女の優しさだ。

「つまり何。彼女には婚約者がいるのに、お前が無理矢理引き離して彼女を奪い取ったってこと?」

 真実だが、言葉にされるとなかなかつらい。

「そういうことになる」
「でもお前は知らなかったんだろう? 彼女の家がそれを望んで決行したことだ。お前には何の責任もない」
「だとしても結果は同じだ」

 聞かなければ良かったかもしれないと思う。だが、聞かなかったところで事実は変えられないことだ。

「あのさ。お前、彼女から恨まれるような態度を取られているわけ?」

 ディオンは組んだ足の上に膝を置き、頬杖をつきながら尋ねてきた。

「いや。特には気付かないが」
「じゃあ。恨まれていないってことだろう。仮に婚約者がいたとして、お前との結婚で婚約は解消されたかもしれないが、案外彼女は何とも思っていなかった相手かもしれないぞ。もし好き合っていたとしたら、いくら結婚を親から強制されたとしても怨みの一つや二つ、お前にも向けると思うけどな」

 確かに彼女は最初、怯える様子を見せはしたが、恨んだり睨んだりする様子はなかった。だが、ただ私に抱く恐怖がより強かっただけかもしれない。しかし否定したことが彼女の優しさだとしたら、恨む相手にそんな優しさを見せる必要もなく。……いや。恨みを持つ相手にも気遣いできるほど彼女は人間ができているのかもしれず。

「おい。顔が怖いぞ。――よし。その顔で敵陣に臨め。その威圧だけで瞬く間に敵を駆逐できるだろう」
「……は? いきなり何の話だ」

 思わず眉根を寄せて見ると、ディオンは苦笑いした。

「いや。だから難しい顔すんなってことだよ」
「……ああ」

 そこまで言われてようやく息を吐く。
 ディオンは頬杖と組んだ足を解くと身を乗り出してきた。

「だけどお前も下調べはしていたんだろ? その時には婚約者はいなかったんじゃなかったのか」
「私が調べた後に婚約者ができたのかもしれない」
「じゃあ、付き合いは浅いんじゃないか? まだ彼女は相手に好意を抱いていなかったかもしれない。お前は下調べした後に早い段階で結婚を申し込んだんだろ」
「しかし、もしかしたら昔なじみの男性で好意を持っていた相手だったかもしれない」

 彼女の父親は何も言ってはいなかったが、黙っていたのだろうか。うちとの身分差に押されて、嘆く彼女をなだめて私との結婚を押し切ったのだろうか。

「――面倒くさっ! 妄想が過ぎるぞ。お前ってこんな奴だったっけ」

 そう言って今度は腕を組んでソファーの背にどさりと身を任せた。

「さあ」

 そうだったような気もするし、そうではなかった気もする。

「そんなに気になるならさ、ここで俺たちが議論していても埒があかないんだし、今言ったことを彼女に直接聞けば?」
「彼女が否定した以上、さらに尋ねることはただ彼女を追い詰めるだけだ」
「ああ、はいはい。そっすね。アレクシス様はお優しいことで。――あ。そうだ。昔なじみと言えば」

 そこはかとなく嫌味を言うディオンは、ソファーに預けた身を起こして私を見る。

「彼女の方は? 彼女はお前のことを覚えていないのか?」
「昔、高熱が続く大病をしたらしく、幼い頃のことはあまり覚えていないそうだ。当然、私のことも覚えていない」
「そりゃあ、まあ。お気の毒に」

 全く気の毒に思っていない表情で彼は言った。
 そういえば今は健康体だと言っていたが、先日倒れたことは昔の大病と何か関係があるのだろうか。それともやはり……。

「じゃあ、覚えていなくても言えば? そうすれば仮にお前に嫌な思いを抱いていたとしても、昔なじみだったのかと思えば少しぐらいは彼女も溜飲が下がるだろ」
「今言えば、彼女を困らせるだけだ」

 あのなぁとディオンは顔を引きつらせる。

「まあ、何にせよ。彼女が家から逃げ出さないってことは、嫌がっていないってことなんじゃないの。だとしたら過去はどうあれ、これから二人で絆を作っていけばいい」
「……ディオン」

 彼の言葉にうつむいていた顔を上げる。

「彼女が逃げないのは、逃げ出さないのではなくて、逃げ出せないからかもしれない。パストゥール家とベルトラン家との契約だからと思って。責任感の強い彼女のことだから」
「やっぱ、お前。超面倒くさいわっ!」

 ディオンは諦めたように両手を挙げると、再びソファーの背に身を投げ出した。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。

バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。 瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。 そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。 その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。 そして……。 本編全79話 番外編全34話 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

貴方誰ですか?〜婚約者が10年ぶりに帰ってきました〜

なーさ
恋愛
侯爵令嬢のアーニャ。だが彼女ももう23歳。結婚適齢期も過ぎた彼女だが婚約者がいた。その名も伯爵令息のナトリ。彼が16歳、アーニャが13歳のあの日。戦争に行ってから10年。戦争に行ったまま帰ってこない。毎月送ると言っていた手紙も旅立ってから送られてくることはないし相手の家からも、もう忘れていいと言われている。もう潮時だろうと婚約破棄し、各家族円満の婚約解消。そして王宮で働き出したアーニャ。一年後ナトリは英雄となり帰ってくる。しかしアーニャはナトリのことを忘れてしまっている…!

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

処理中です...