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第18話 ※アレクシス視点(1):間違いない
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「アレクシス、どうだった!?」
朝から挨拶もなく顔を見合わせるなりいきなり肩を組んで絡んでくるのは幼なじみであり、参謀長官のディオン・マクレインだ。
要領の良さから少々いい加減な所はあるものの、人好きのする柔らかな態度と容姿で部下から慕われている。また女性との噂が常に絶えない男である。
結婚は両親から急かされているらしいが、自由人でいたいからしばらくはしないと公言している。その内、敵ではなく女性から刺されるのではないかと懸念してしまう。しかし国のために身を捧げたくないと常々言っているので、友人であり、人の扱い方が上手い参謀長官を失うのは少々惜しいが、彼としては本望だろう。放っておく。
「どうとは」
ディオンを引きはがしつつ、廊下で敬礼の姿勢を取る部下に返すと部屋に入る。彼も軽く部下に挨拶すると当然のように続いて入ってくる。
「だから結婚式だよ、結婚式! 結婚生活。って言うか、何で近親者のみの結婚なんだよ。親友の俺まで呼ばないとはどういうことだ? このお前の目がだらしなく垂れ下がった顔を見たかったのに」
お前がこういう男だからだ。
「彼女の地元で式を挙げたんだ。お前までここを離れるわけにはいかないだろう」
私は自分の席に腰かけた。
三日間休んだ間の書類が机に山積みにされている。今日は早く帰れそうにない。
「じゃあ、サザランスで挙式すれば良かっただろ。何でサザランスでしなかったんだよ」
サザランスだとお前が乱入してくる恐れがあるからだ。
「花嫁には多くの準備が必要だからだ。彼女の地元の方が何かと利便がいいだろう」
早速仕事に取りかかるため書類を中央に置き、ペンを手に取った。
「ふーん」
全くの嘘ではないが、疑い深そうな声で応えたディオンは応接椅子にどさりと無作法に身を落とすと足を組む。
「それで? どうだった?」
「滞りなく済んだ」
「結婚式じゃなくてさ。うまくやっているかってこと。三日間も休んだんだからさ」
うまくかどうかは分からない。強いて言うならば。
「普通だ」
「普通って何が基準なんだよ」
ディオンは苦笑いする。
そう言われると何が基準か分からない。何事もなく済んだという意味で、普通と思うだけだ。普通は個々それぞれが決めればいいことだろう。
「ところで奥さん、お前のその鋭い眼光で怯えてなかったか?」
「それは……」
最初はこちらとしても硬い態度となってしまい、怯えさせてしまったような気がする。だが肝が据わっているようで、食事を共にして以降は笑顔も出るようになり、彼女の態度は軟化したと言える。まさか見送りまでしてもらえるとは思わなかったが。
「なるほど。良い感じなわけね」
「は?」
「お前の腑抜けたその顔を部下に見せてやりたいな」
書類から顔を上げてディオンを見ると、彼こそ面白そうに唇を歪めて笑っている。
「腑抜けてなどいない」
「いやいや。その顔では、戦場に降り立つ緋衣の死神卿の名が廃るな」
「ディオン、お前はその妙な通り名をいい加減止めろ」
俺が考えたんだと得意げに語っていた時、思わずこめかみを押さえたものだ。
「噂が広がれば相手にも先入観で畏怖感をより強く与えることができるし、何より格好いいだろ」
どこが。
「それにあながち間違っていない。まあ、名を思いついたのは敵の返り血を浴びてのことではなくて、負傷した部下を抱え上げて血濡れた服を見てのことだったけど」
「何にせよ。下らないから止めろ」
「はぁ。朴念仁には俺のこの光るセンスが分からないかね」
そんなセンスなら無くて良かった。
「お前もそろそろ仕事に戻ったらどうだ」
「ああ。俺のことはお構いなく」
いや。居座られるとこちらが迷惑なのだが。
内心ため息をつきながら書類にペンを走らせる。
「そういえばさ。お前の奥さん、美人姉妹で有名な双子なんだろう? 揃っているところを見た?」
「ああ。初めの顔合わせの席で」
「やっぱりそっくりだった?」
「ああ」
顔立ちも声もそっくりだった。まるで魂を見事に半分ずつ分け合ったかのようだった。姉の方は確かアンジェリカ嬢と言ったか。
「へぇ。俺も双子がそろっているところを見てみたいな。アレクシスが結婚したのは妹の方だっけ? 姉の方は? 結婚は?」
「婚約者がいるそうだ」
「おい、危なかったな。双子なんだから妹の方も婚約者がいてもおかしくなかっただろ」
下調べした段階ではいなかったが、本当にいなかったのだろうか。すぐに了承の返事を頂いたが、実は婚約を解消して無理に私との結婚が進められたものではなかったのだろうか。
「それで? お前が会いたくて会いたくて毎夜、枕を涙で濡らしていた彼女はすぐ分かっ――あっちっ!」
発火した服をディオンは慌てふためいて消している。
人が考え事をしているのに騒がしすぎる。
「おい! いきなり炎を飛ばすな! せめて反論するか、何かしらの態度を見せてからにしろ!」
「悪い。宣言遅れた。灰にする」
「灰にするな!」
ディオンは文句を言いながらようやく消し終えたようで、ほっと息をついている。
「ディオン、焦げ臭い」
「お前のせいだろ! 新調したばかりなのにこれはもう駄目だな」
焦げた部分を払い落とそうとして諦めたようだ。
しかし早く出ていかないだろうか。仕事が一向にはかどらない。
「……で? さっきの続きだけど」
「まだ続けるのか」
さっさと答えて終わらせた方が賢明のようだ。
「うんざりした顔をするなって。彼女はお前が探していた女性で間違いないのか」
ああ、そんなこと。
「――妹のブランシェで間違いない」
朝から挨拶もなく顔を見合わせるなりいきなり肩を組んで絡んでくるのは幼なじみであり、参謀長官のディオン・マクレインだ。
要領の良さから少々いい加減な所はあるものの、人好きのする柔らかな態度と容姿で部下から慕われている。また女性との噂が常に絶えない男である。
結婚は両親から急かされているらしいが、自由人でいたいからしばらくはしないと公言している。その内、敵ではなく女性から刺されるのではないかと懸念してしまう。しかし国のために身を捧げたくないと常々言っているので、友人であり、人の扱い方が上手い参謀長官を失うのは少々惜しいが、彼としては本望だろう。放っておく。
「どうとは」
ディオンを引きはがしつつ、廊下で敬礼の姿勢を取る部下に返すと部屋に入る。彼も軽く部下に挨拶すると当然のように続いて入ってくる。
「だから結婚式だよ、結婚式! 結婚生活。って言うか、何で近親者のみの結婚なんだよ。親友の俺まで呼ばないとはどういうことだ? このお前の目がだらしなく垂れ下がった顔を見たかったのに」
お前がこういう男だからだ。
「彼女の地元で式を挙げたんだ。お前までここを離れるわけにはいかないだろう」
私は自分の席に腰かけた。
三日間休んだ間の書類が机に山積みにされている。今日は早く帰れそうにない。
「じゃあ、サザランスで挙式すれば良かっただろ。何でサザランスでしなかったんだよ」
サザランスだとお前が乱入してくる恐れがあるからだ。
「花嫁には多くの準備が必要だからだ。彼女の地元の方が何かと利便がいいだろう」
早速仕事に取りかかるため書類を中央に置き、ペンを手に取った。
「ふーん」
全くの嘘ではないが、疑い深そうな声で応えたディオンは応接椅子にどさりと無作法に身を落とすと足を組む。
「それで? どうだった?」
「滞りなく済んだ」
「結婚式じゃなくてさ。うまくやっているかってこと。三日間も休んだんだからさ」
うまくかどうかは分からない。強いて言うならば。
「普通だ」
「普通って何が基準なんだよ」
ディオンは苦笑いする。
そう言われると何が基準か分からない。何事もなく済んだという意味で、普通と思うだけだ。普通は個々それぞれが決めればいいことだろう。
「ところで奥さん、お前のその鋭い眼光で怯えてなかったか?」
「それは……」
最初はこちらとしても硬い態度となってしまい、怯えさせてしまったような気がする。だが肝が据わっているようで、食事を共にして以降は笑顔も出るようになり、彼女の態度は軟化したと言える。まさか見送りまでしてもらえるとは思わなかったが。
「なるほど。良い感じなわけね」
「は?」
「お前の腑抜けたその顔を部下に見せてやりたいな」
書類から顔を上げてディオンを見ると、彼こそ面白そうに唇を歪めて笑っている。
「腑抜けてなどいない」
「いやいや。その顔では、戦場に降り立つ緋衣の死神卿の名が廃るな」
「ディオン、お前はその妙な通り名をいい加減止めろ」
俺が考えたんだと得意げに語っていた時、思わずこめかみを押さえたものだ。
「噂が広がれば相手にも先入観で畏怖感をより強く与えることができるし、何より格好いいだろ」
どこが。
「それにあながち間違っていない。まあ、名を思いついたのは敵の返り血を浴びてのことではなくて、負傷した部下を抱え上げて血濡れた服を見てのことだったけど」
「何にせよ。下らないから止めろ」
「はぁ。朴念仁には俺のこの光るセンスが分からないかね」
そんなセンスなら無くて良かった。
「お前もそろそろ仕事に戻ったらどうだ」
「ああ。俺のことはお構いなく」
いや。居座られるとこちらが迷惑なのだが。
内心ため息をつきながら書類にペンを走らせる。
「そういえばさ。お前の奥さん、美人姉妹で有名な双子なんだろう? 揃っているところを見た?」
「ああ。初めの顔合わせの席で」
「やっぱりそっくりだった?」
「ああ」
顔立ちも声もそっくりだった。まるで魂を見事に半分ずつ分け合ったかのようだった。姉の方は確かアンジェリカ嬢と言ったか。
「へぇ。俺も双子がそろっているところを見てみたいな。アレクシスが結婚したのは妹の方だっけ? 姉の方は? 結婚は?」
「婚約者がいるそうだ」
「おい、危なかったな。双子なんだから妹の方も婚約者がいてもおかしくなかっただろ」
下調べした段階ではいなかったが、本当にいなかったのだろうか。すぐに了承の返事を頂いたが、実は婚約を解消して無理に私との結婚が進められたものではなかったのだろうか。
「それで? お前が会いたくて会いたくて毎夜、枕を涙で濡らしていた彼女はすぐ分かっ――あっちっ!」
発火した服をディオンは慌てふためいて消している。
人が考え事をしているのに騒がしすぎる。
「おい! いきなり炎を飛ばすな! せめて反論するか、何かしらの態度を見せてからにしろ!」
「悪い。宣言遅れた。灰にする」
「灰にするな!」
ディオンは文句を言いながらようやく消し終えたようで、ほっと息をついている。
「ディオン、焦げ臭い」
「お前のせいだろ! 新調したばかりなのにこれはもう駄目だな」
焦げた部分を払い落とそうとして諦めたようだ。
しかし早く出ていかないだろうか。仕事が一向にはかどらない。
「……で? さっきの続きだけど」
「まだ続けるのか」
さっさと答えて終わらせた方が賢明のようだ。
「うんざりした顔をするなって。彼女はお前が探していた女性で間違いないのか」
ああ、そんなこと。
「――妹のブランシェで間違いない」
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