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第17話 侍女さんたちとの交流

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「づ、づがれ゛ま゛じだ……」

 昼の休憩取って良しとボルドーさんからようやく言われた私は、全ての疲れが一気になだれこんできてテーブルへと顔を伏せた。

「奥様、大丈夫でございますか」
「いいえ。大丈夫ではありません……」

 くすくす笑うライカさんの言葉に私は素直に答える。

「侍従長は誰にでも手厳しいですからね。お茶を淹れましたのでどうぞ」
「ありがとうございます」

 私は顔を上げるとお茶のいい香りが鼻孔に忍び込んできた。早速頂くと味わい深く温かく、心も体も満たされる。

「ライカさん、とても美味しいです」
「お疲れだと思い、心が休まるお茶をご用意いたしました」

 そこまで気遣ってくださるとは。
 とても嬉しい。

「ありがとうございます」
「いいえ。奥様、やはりパストゥール家とご実家では、しきたりなどは違うのですか」
「そうですね。しきたりが違う所はあるかと思います。食事作法でもそうでしたし。ただ、女主人としては母が担っていたのでその辺りに違いがあるのかは、あまりよく分かりません。――あ。ですが一つ気づいたことが。パストゥール家は人をお招きする会を開かれたりなどはなさらないのですね」

 ボルドーさんからはその話はされなかった。むしろそれが一番大変そうだ。母もよく晩餐会へと足繁く通ったり、逆に人を家に招いたりしていた。

「ああ、その辺りは内陸部の貴族とは違うと申しますね」
「どうしてでしょうか」
「聞きたいですか。よろしいでしょう。それでは僭越ながらわたくしめがご教示いたしましょう」

 ライカさんは胸に手を当てて目を伏せるとくいっと顎を上げてみせた。

「社交界の中にはいくつも派閥がありまして、その派閥こそが政や経済を動かしているのです。他の貴族と交流を図り、できれば勝ち馬の派閥に入って自分の場所を確立していくことがとても大切です。ですからパーティーを開いてお招きするのです。あるいは高位の貴族から不興を買わぬよう、ご招待を受けます。一方で上流貴族も人々を丁重にもてなすことで社交界で話題となり、引いては夫の地位を高めることに繋がるわけです」

 なるほど。楽しそうだったので半分趣味も入っていたと思うが、母がしていたことはそれなりに意味があることだったのか。

「しかしパストゥール家は王都から遠く離れていて互いの行き来が困難でありますし、何せ国防の要である地区ですからね。そんな領主の女主人が家をたやすく空けたり、また逆にたくさんの人を招き入れたりすることはいざという時に双方に好ましくない事態となるでしょう。ですからそういった交流に不参加であることを黙認されているのです」

 それに辺境伯はもともと地位としては高いですからとライカさんは自分のことのように得意げに続ける。

「素晴らしい! 素晴らしいです、ライカさん。とても勉強になります!」

 手を組み、尊敬の眼差しでライカさんを見つめると、彼女はいよいよ大きく胸を張った。

「ふっふっふ。どうぞ何でもお聞きになってくださいませ」

 と、そこまで言ったところで。

「ライカ、奥様に何という態度を取っているのです」
「え、あ。じ、侍女長!?」

 部屋に入ってきたグレースさんがたしなめた。
 突然のグレースさんの登場にライカさんはひっと声を漏らして飛び上がる。

「奥様、申し訳ありません。ノックしてお返事がなかったのですが、中で倒れておられていては大変だと思いまして、失礼ですが入室させていただきました」
「そうでしたか。こちらこそお話に夢中で気付かず、ご心配をおかけいたしました」

 昨日倒れたと話を聞いているからだろう。皆さんに気を遣わせてしまうことになって申し訳なく思う。

「昨日はたまたまだっただけですので。大病を抱えているわけではなく、普段はとても健康体です」

 実際ここまで体調を崩したのは実に久々のことだ。

「承知いたしました。ですが体調が悪い時は決して我慢せず、ご遠慮なくお申し付けくださいませ」
「ありがとうございます」

 私が礼を述べるとグレースさんは微笑み、次の瞬間にはその笑みを消してライカさんに視線を戻した。

「ライカ。あなたは明るいのはいいけれど、立場をきちんと弁えなさい」
「す、すみません……申し訳ありません」

 身を小さくするライカさんから急速に明るさが小さくなって萎びてしまう。それはライカさんであってライカさんではない。

「あ、あの、侍女長。わたくしはライカさんの自然に接してくださる姿に救われているのです。公の場では互いに気をつけますので、このままでお許しいただけませんか」

 グレースさんは私を見、ライカさんを見るとため息をついた。

「奥様がそこまでおっしゃるのならば、分かりました。ライカ、あなたは特に気をつけるのよ。家の中でも侍従長がいる場は気を引き締めること」
「は、はい!」
「ありがとうございます、グレースさん!」

 つい名前で呼んでしまうと、侍女長はびっくりしたように振り返った。

「い、いけませんか。この部屋だけでも。わたくし、姉が欲しかったのです。侍女長はお姉さんみたいだなと思いまして」
「え? ですが、奥様には確かお姉様がいらっしゃるのでは」

 ――はっ。私は姉で、ブランシェは妹だった。

「た、確かに姉妹ではありますが双子ですので、姉であって姉という感じではないのです」
「なるほど」

 グレースさんは頷いた後、こほんと少し咳払いした。

「で、では。このお部屋だけならば」
「嬉しいです。ありがとうございます!」

 私がぱっと表情を明るくして手を組んでいると、ライカさんがそうですかねと首を傾げた。

「奥様。お言葉ですが、侍女長は姉と言うよりも、母親のような気――っいひゃいでふ、じちょちょー」

 目を細めたグレースさんに頬をつねられたライカさんは、情けなさそうに眉を落とした。
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