10 / 49
第10話 本当に恐ろしいのは
しおりを挟む
「わぁ」
馬車から降りてサザランスの町へと降り立つと、アレクシス様がおっしゃった活気づいた町の意味が分かった。
たくさんの露店が出ていて、明るい表情の人々が行き交っている。
港町はもう少し進んだ所にあるそうだが、そこでは交易盛んになってきた昨今では色々な珍しい舶来品や食材なども入ってきているとのこと。
まあ、無法者も入ってくるそうだが、それはアレしてコレして排除されるらしい。……いや。深くは聞かないでおこう。
もっともアレクシス様はこのサザランスを統括しているが、普段は国境沿いの要塞に常駐していて、港町は港町の警備隊が配備されているそうだ。
「海もいいですね」
より潮の香りが強く感じられるここで、私は目を伏せて深呼吸した。
「そうか。では明日は海に行くか?」
「よろしいのですか?」
「ああ」
「嬉しい。わたくし、海を見たのは小さい頃いら……」
そこまで言ってはっと気づいた。
そうか。記憶にはないが、私は幼い頃に海を見たことがあるんだ。だから潮の香りも海の匂いだと分かっていた。
「わたくし、幼い頃に海を見たことがあるようです。あまり覚えておりませんが、とても綺麗で感動した記憶があります」
アレクシス様は途中で言葉を切った私を黙って見下ろすばかりなので、私はそう言って話を続けた。
「そうか。……何か思い出すといいな」
「美味しいっ!」
私は串に刺されたお肉を笑顔で頬張る。
ただ町を散策するだけのつもりだったのに、美味しそうな香りが辺りから漂ってきてふらふら引き寄せられていると、私の姿を哀れに思ったらしいアレクシス様が買ってくれた。
「本当に美味しそうに食べるな」
「はい。とても美味しいです!」
「食事の時もいつも美味しそうに食べるなと思っていた」
そこまで言われてさすがに私は頬に朱が走った。
「も、申し訳ありません。わたくし、はしたないですね」
まるで何も食べさせてもらっていない子みたい。お家でもしっかり頂いてきたのに。
「いいや。見ていて気持ちいい食べっぷりだ」
「そ、そうですか?」
「ああ。これからも遠慮することはない」
「ありがとうございます」
恥ずかしくなりながらもお礼を言うと、アレクシス様も微笑を返してくれた。
それにしても。
私たちの格好は確かに少し浮いてはいるが、通りを歩いているとアレクシス様が町の人からよく気軽に声をかけられている。結婚の話も既に広まっていて、ちょっとしたお祭り騒ぎになるほど祝福の声がかけられた。
自分の人生でこんなに人から注目されることはなかったので少し怯んでしまったが、アレクシス様の妻として恥じないように気品ある柔らかな笑顔を向けてみせる。……右手には二本の串を持ちながら。
アレクシス様は領主様なのだから当然なのかもしれないが、死神卿という肩書を背負っていると思えないほど領民の皆さんは気安く話しかけているように思う。それによく顔を知られているなと思う。
「アレクシス様は町にはよく出られるのですか」
「頻繁ではないが、定期的に顔を出している。治安の確認もあるしな」
「そうなのですね」
アレクシス様が歩いた後ろには草木の一本も生えないと聞いていたのに、実際のところ彼の後ろには楽しそうに、あるいは冷やかし目的で駆け寄ってくる領民の方々でたくさんだ。やはり噂にたくさんの背びれがついて、膨れ上がってしまったということなのだろうか。
複数人の店のおじ様方に腕を組まれたり、肩を組まれて絡まれているアレクシス様を見てそんなことを考えていたその時。
「誰か! 誰かその男を捕まえてぇぇーっ! 私の鞄を取ったわ!」
甲高い女性の悲鳴が上がった。
しかしその時にはもう前方から女性物の鞄を手に、すごい形相をして勢いよく走り込んできた男性が私のすぐ間近まで迫っていた。
「そこの女、どきやがれっ!」
「きゃっ」
そ、そんなことをいきなり言われましても!
「ブランシェ!」
恐怖で硬直しそうだったところ、アレクシス様の声が聞こえてはっと我に返り、とっさに身をかわすと何食わぬ顔して魔力で強化した足をさっと出す。
このまま男は私の足に引っかかるかと思いきや、その直前に足がもつれたように体勢を崩し、走り込んできた勢いそのまま地面へと激しく滑りこんだ。
かなり前方まで滑って行った男をアレクシス様がすぐに駆けつけて取り押さえる。
「ブランシェ、大丈夫か! 怪我は?」
盗人を取り押さえながら振り返るアレクシス様の顔は魔神のごとく。いや。もちろん魔神を目にしたことはないが。しかしそれ以上に恐ろしく感じるのは、大の大人が激しく泣きわめく声とバキバキと何かがいくつも折れているような音。
え? 骨? 骨を折っている? な、何だかすごく痛がっている……が。
思わずがたがたと震えが来る。
「わ、わたくしは無事です。大丈夫です。そ、それよりその方は」
大丈夫なのだろうか。もはや抵抗する気配もなく、ただただ痛がっている様子で、見ているこちらまで痛くなってきた。
青ざめた私を見て彼は目を細めた。
「ああ。厳正な判断のもと、極刑に処する」
「きょ、きょっけい」
とは……。
今、アレクシス様は決して魔力を使っているわけではないのに、背後に炎立つ幻影が見えた気がした。
噂と事実はやはり乖離していないのかもしれない……。
馬車から降りてサザランスの町へと降り立つと、アレクシス様がおっしゃった活気づいた町の意味が分かった。
たくさんの露店が出ていて、明るい表情の人々が行き交っている。
港町はもう少し進んだ所にあるそうだが、そこでは交易盛んになってきた昨今では色々な珍しい舶来品や食材なども入ってきているとのこと。
まあ、無法者も入ってくるそうだが、それはアレしてコレして排除されるらしい。……いや。深くは聞かないでおこう。
もっともアレクシス様はこのサザランスを統括しているが、普段は国境沿いの要塞に常駐していて、港町は港町の警備隊が配備されているそうだ。
「海もいいですね」
より潮の香りが強く感じられるここで、私は目を伏せて深呼吸した。
「そうか。では明日は海に行くか?」
「よろしいのですか?」
「ああ」
「嬉しい。わたくし、海を見たのは小さい頃いら……」
そこまで言ってはっと気づいた。
そうか。記憶にはないが、私は幼い頃に海を見たことがあるんだ。だから潮の香りも海の匂いだと分かっていた。
「わたくし、幼い頃に海を見たことがあるようです。あまり覚えておりませんが、とても綺麗で感動した記憶があります」
アレクシス様は途中で言葉を切った私を黙って見下ろすばかりなので、私はそう言って話を続けた。
「そうか。……何か思い出すといいな」
「美味しいっ!」
私は串に刺されたお肉を笑顔で頬張る。
ただ町を散策するだけのつもりだったのに、美味しそうな香りが辺りから漂ってきてふらふら引き寄せられていると、私の姿を哀れに思ったらしいアレクシス様が買ってくれた。
「本当に美味しそうに食べるな」
「はい。とても美味しいです!」
「食事の時もいつも美味しそうに食べるなと思っていた」
そこまで言われてさすがに私は頬に朱が走った。
「も、申し訳ありません。わたくし、はしたないですね」
まるで何も食べさせてもらっていない子みたい。お家でもしっかり頂いてきたのに。
「いいや。見ていて気持ちいい食べっぷりだ」
「そ、そうですか?」
「ああ。これからも遠慮することはない」
「ありがとうございます」
恥ずかしくなりながらもお礼を言うと、アレクシス様も微笑を返してくれた。
それにしても。
私たちの格好は確かに少し浮いてはいるが、通りを歩いているとアレクシス様が町の人からよく気軽に声をかけられている。結婚の話も既に広まっていて、ちょっとしたお祭り騒ぎになるほど祝福の声がかけられた。
自分の人生でこんなに人から注目されることはなかったので少し怯んでしまったが、アレクシス様の妻として恥じないように気品ある柔らかな笑顔を向けてみせる。……右手には二本の串を持ちながら。
アレクシス様は領主様なのだから当然なのかもしれないが、死神卿という肩書を背負っていると思えないほど領民の皆さんは気安く話しかけているように思う。それによく顔を知られているなと思う。
「アレクシス様は町にはよく出られるのですか」
「頻繁ではないが、定期的に顔を出している。治安の確認もあるしな」
「そうなのですね」
アレクシス様が歩いた後ろには草木の一本も生えないと聞いていたのに、実際のところ彼の後ろには楽しそうに、あるいは冷やかし目的で駆け寄ってくる領民の方々でたくさんだ。やはり噂にたくさんの背びれがついて、膨れ上がってしまったということなのだろうか。
複数人の店のおじ様方に腕を組まれたり、肩を組まれて絡まれているアレクシス様を見てそんなことを考えていたその時。
「誰か! 誰かその男を捕まえてぇぇーっ! 私の鞄を取ったわ!」
甲高い女性の悲鳴が上がった。
しかしその時にはもう前方から女性物の鞄を手に、すごい形相をして勢いよく走り込んできた男性が私のすぐ間近まで迫っていた。
「そこの女、どきやがれっ!」
「きゃっ」
そ、そんなことをいきなり言われましても!
「ブランシェ!」
恐怖で硬直しそうだったところ、アレクシス様の声が聞こえてはっと我に返り、とっさに身をかわすと何食わぬ顔して魔力で強化した足をさっと出す。
このまま男は私の足に引っかかるかと思いきや、その直前に足がもつれたように体勢を崩し、走り込んできた勢いそのまま地面へと激しく滑りこんだ。
かなり前方まで滑って行った男をアレクシス様がすぐに駆けつけて取り押さえる。
「ブランシェ、大丈夫か! 怪我は?」
盗人を取り押さえながら振り返るアレクシス様の顔は魔神のごとく。いや。もちろん魔神を目にしたことはないが。しかしそれ以上に恐ろしく感じるのは、大の大人が激しく泣きわめく声とバキバキと何かがいくつも折れているような音。
え? 骨? 骨を折っている? な、何だかすごく痛がっている……が。
思わずがたがたと震えが来る。
「わ、わたくしは無事です。大丈夫です。そ、それよりその方は」
大丈夫なのだろうか。もはや抵抗する気配もなく、ただただ痛がっている様子で、見ているこちらまで痛くなってきた。
青ざめた私を見て彼は目を細めた。
「ああ。厳正な判断のもと、極刑に処する」
「きょ、きょっけい」
とは……。
今、アレクシス様は決して魔力を使っているわけではないのに、背後に炎立つ幻影が見えた気がした。
噂と事実はやはり乖離していないのかもしれない……。
1
お気に入りに追加
2,553
あなたにおすすめの小説
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
「お前は魔女にでもなるつもりか」と蔑まれ国を追放された王女だけど、精霊たちに愛されて幸せです
四馬㋟
ファンタジー
妹に婚約者を奪われた挙句、第二王女暗殺未遂の濡れ衣を着せられ、王国を追放されてしまった第一王女メアリ。しかし精霊に愛された彼女は、人を寄せ付けない<魔の森>で悠々自適なスローライフを送る。はずだったのだが、帝国の皇子の命を救ったことで、正体がバレてしまい……
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています
今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。
それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。
そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。
当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。
一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる