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第1話 妹が私の婚約者と駆け落ち
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「ブランシュが駆け落ち!?」
「こ、声が大きい!」
父は焦った様子で私の口を塞いだ。
「大声を出すんじゃない。いいね」
頷く私を見て父が私から離れると、青ざめてソファーにへたり込む母の姿を確認できた。
「ここにそう書いてある」
父はテーブルに置かれた手紙を顔まで上げて私に見せた。
本日パストゥール辺境伯に嫁ぐはずの双子の妹が、結婚式を放り出して駆け落ちしたと言う。……私の婚約者と。
準備のためにと追い出された私たちは親族控室で待っていた。
そろそろ準備できた頃だろうかと新婦控室にやって来たところ、部屋はもぬけの殻で一枚の置き手紙がテーブルに置いてあったのだ。
花嫁のいない大きな控室にぽつりとある華やかな純白のドレスが、あまりにも居心地が悪そうに見える。
「一体何がどうなって。アルマ」
父が声をかけると、ブランシェに付いていたはずの侍女のアルマは青を通り越して血色を失っていた。話によると、緊張からか神経質になっていたブランシェから少しだけ一人にしてほしいと頼まれて部屋を離れたらしい。
アルマを責めることなどできない。結婚を前に、不安が押し寄せて精神不安定になったブランシェを思いやって頼みを聞いただけなのだから。まさか逃げ出すなど夢にも思わなかっただろう。私たち家族にもこれまでそんな兆候の一つも見せなかったから予測など不可能だった。
ただ、ブランシェが私の婚約者に密かに想いを寄せていたことは私だって気づいていた。
「どうしましょう、どうしましょう」
母は両手で顔を包み込み、ただ同じ言葉を繰り返す。
それもそのはず。弱小貴族である家、ベルトラン子爵家の娘が辺境伯との結婚を放り出して逃げたとなると、お怒りを買うどころで済む話ではない。
国土防衛の指揮を執るお方だ。一度お会いした時のパストゥール辺境伯は落ち着いた口調と態度ではあったが、鋭い眼光で私を睨みつけてきた(本人は見ているだけかも)時は身をすくめてしまう程だった。元来は気性が荒いお方なのだろう。問答無用で一族郎党その場で斬り捨てられるかもしれない。
そこまで考えて背筋にぞっと寒気が走る。
「と、とにかくブランシェは急に体調が悪くなったと言って、本日の式を取り止めにしてもらうようパストゥール辺境伯に掛け合ってみよう」
「ですがあなた、そんなことをおっしゃっても一時しのぎにしかなりませんわ。まずはブランシェを見つけないと!」
「そ、それは確かにそうだが。アルマ、お前がブランシェから離れてからどれぐらい経つ?」
慌てる両親の様子をぼんやりと見つめる。
――ごめんなさい、アンジェリカ。
手紙の最後に小さく書かれた私への謝罪。
だから私も返すわ。ごめんなさい、ブランシェ。あなたは私が手にできなかった全てのものを手に入れていると思っていたけれど、あなたにとってそれらは重荷に過ぎなかったのかもしれない。息が詰まる思いだったのかもしれない。
あふれんばかりの才気も、人から向けられる羨望の眼差しも、私からの……醜い嫉妬の視線も。
私は彼女の苦悩を知っていて気付かないふりをしていたのかもしれない。だから、これは彼女が私に下した断罪なのかもしれない。
だとしたら。
「わたくしが代わりに嫁ぎます」
私はそれを真正面から受け止めよう。
「アンジェリカ!?」
「な、何を言うの、あなた」
両親は驚いた表情で私の顔を見た。
「ブランシェがいつ見つかるか分からない状況なのです。いつまでも顔を見せないことを不審に思われるのは時間の問題でしょう。このままではうちは大変なことになってしまいます」
さすがに斬り捨てるは大げさかもしれないが、相手は上級貴族だ。どんな報復を受けるか分からない。受けても文句は言えない。
「し、しかし、パストゥール辺境伯は魔力の高いブランシェをお望みされているんだぞ。お前では……」
ブランシェはよく、私が何度練習しても発動できない魔術を一度で習得してみせたものだ。彼女は双子なのに私と違って器用で努力しなくても優秀で、何もかも手にしていた。天賦の才も親の期待も気立ても。私が欲しくても決して手に入れられなかったもの全てだ。けれど唯一、私の婚約者だけは手に届かないものだった。
ブランシェは何もかも手放してもいいと考えるほど彼のことを想っていたのだろう。だから彼女は文字通り全てをなげうち、ついには彼の愛を勝ち取った。最後まで彼女には何一つ敵わなかった。
……最後まで?
最後とは誰が決めたの?
我知らず唇から笑みがこぼれていた。
「アンジェリカ?」
「分かっております。ですが、いくら結婚相手に高い魔力を求めているからと言って、騎士でもない女性を国境の最前線に放り込むことはしないでしょう」
おそらくパストゥール辺境伯はお世継ぎのために魔力の高いブランシェをお望みになっているはず。魔術を行使してみせろと要求してくることはない。
「何とか時間稼ぎしますから、お父様はその間にブランシェを探してください」
「探してどうするのだ」
私はあなたの断罪を快く受ける。けれどこれが最後じゃない。いつまでも負けてなんていられない。
「ブランシェが戻り次第、入れ替わります」
――あなたにまた返すわ。
「こ、声が大きい!」
父は焦った様子で私の口を塞いだ。
「大声を出すんじゃない。いいね」
頷く私を見て父が私から離れると、青ざめてソファーにへたり込む母の姿を確認できた。
「ここにそう書いてある」
父はテーブルに置かれた手紙を顔まで上げて私に見せた。
本日パストゥール辺境伯に嫁ぐはずの双子の妹が、結婚式を放り出して駆け落ちしたと言う。……私の婚約者と。
準備のためにと追い出された私たちは親族控室で待っていた。
そろそろ準備できた頃だろうかと新婦控室にやって来たところ、部屋はもぬけの殻で一枚の置き手紙がテーブルに置いてあったのだ。
花嫁のいない大きな控室にぽつりとある華やかな純白のドレスが、あまりにも居心地が悪そうに見える。
「一体何がどうなって。アルマ」
父が声をかけると、ブランシェに付いていたはずの侍女のアルマは青を通り越して血色を失っていた。話によると、緊張からか神経質になっていたブランシェから少しだけ一人にしてほしいと頼まれて部屋を離れたらしい。
アルマを責めることなどできない。結婚を前に、不安が押し寄せて精神不安定になったブランシェを思いやって頼みを聞いただけなのだから。まさか逃げ出すなど夢にも思わなかっただろう。私たち家族にもこれまでそんな兆候の一つも見せなかったから予測など不可能だった。
ただ、ブランシェが私の婚約者に密かに想いを寄せていたことは私だって気づいていた。
「どうしましょう、どうしましょう」
母は両手で顔を包み込み、ただ同じ言葉を繰り返す。
それもそのはず。弱小貴族である家、ベルトラン子爵家の娘が辺境伯との結婚を放り出して逃げたとなると、お怒りを買うどころで済む話ではない。
国土防衛の指揮を執るお方だ。一度お会いした時のパストゥール辺境伯は落ち着いた口調と態度ではあったが、鋭い眼光で私を睨みつけてきた(本人は見ているだけかも)時は身をすくめてしまう程だった。元来は気性が荒いお方なのだろう。問答無用で一族郎党その場で斬り捨てられるかもしれない。
そこまで考えて背筋にぞっと寒気が走る。
「と、とにかくブランシェは急に体調が悪くなったと言って、本日の式を取り止めにしてもらうようパストゥール辺境伯に掛け合ってみよう」
「ですがあなた、そんなことをおっしゃっても一時しのぎにしかなりませんわ。まずはブランシェを見つけないと!」
「そ、それは確かにそうだが。アルマ、お前がブランシェから離れてからどれぐらい経つ?」
慌てる両親の様子をぼんやりと見つめる。
――ごめんなさい、アンジェリカ。
手紙の最後に小さく書かれた私への謝罪。
だから私も返すわ。ごめんなさい、ブランシェ。あなたは私が手にできなかった全てのものを手に入れていると思っていたけれど、あなたにとってそれらは重荷に過ぎなかったのかもしれない。息が詰まる思いだったのかもしれない。
あふれんばかりの才気も、人から向けられる羨望の眼差しも、私からの……醜い嫉妬の視線も。
私は彼女の苦悩を知っていて気付かないふりをしていたのかもしれない。だから、これは彼女が私に下した断罪なのかもしれない。
だとしたら。
「わたくしが代わりに嫁ぎます」
私はそれを真正面から受け止めよう。
「アンジェリカ!?」
「な、何を言うの、あなた」
両親は驚いた表情で私の顔を見た。
「ブランシェがいつ見つかるか分からない状況なのです。いつまでも顔を見せないことを不審に思われるのは時間の問題でしょう。このままではうちは大変なことになってしまいます」
さすがに斬り捨てるは大げさかもしれないが、相手は上級貴族だ。どんな報復を受けるか分からない。受けても文句は言えない。
「し、しかし、パストゥール辺境伯は魔力の高いブランシェをお望みされているんだぞ。お前では……」
ブランシェはよく、私が何度練習しても発動できない魔術を一度で習得してみせたものだ。彼女は双子なのに私と違って器用で努力しなくても優秀で、何もかも手にしていた。天賦の才も親の期待も気立ても。私が欲しくても決して手に入れられなかったもの全てだ。けれど唯一、私の婚約者だけは手に届かないものだった。
ブランシェは何もかも手放してもいいと考えるほど彼のことを想っていたのだろう。だから彼女は文字通り全てをなげうち、ついには彼の愛を勝ち取った。最後まで彼女には何一つ敵わなかった。
……最後まで?
最後とは誰が決めたの?
我知らず唇から笑みがこぼれていた。
「アンジェリカ?」
「分かっております。ですが、いくら結婚相手に高い魔力を求めているからと言って、騎士でもない女性を国境の最前線に放り込むことはしないでしょう」
おそらくパストゥール辺境伯はお世継ぎのために魔力の高いブランシェをお望みになっているはず。魔術を行使してみせろと要求してくることはない。
「何とか時間稼ぎしますから、お父様はその間にブランシェを探してください」
「探してどうするのだ」
私はあなたの断罪を快く受ける。けれどこれが最後じゃない。いつまでも負けてなんていられない。
「ブランシェが戻り次第、入れ替わります」
――あなたにまた返すわ。
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