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第35話 悪口大会

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 席に着くよう促された私とシメオン様は、リベリオ様方の対面側に横並びで座った。

「さて」

 アルナルディ侯爵はそう言って口火を切る。

「お前たち二人が連れてきた婚約者に関してだが、おのおの自分で婚約者を選んだだけの理由があるのだろう。双方の合意があったのならば、私からは何ら口出すつもりはない」

 私の場合、裏稼業について事前に知らされておらず、騙し討ちのようなものだったのだけれど、それは果たして合意に入るのだろうか……。

「それはどうだろうか」

 アルナルディ侯爵のご兄弟のお一人が声を上げる。

「オルコット子爵家のユスティーナ嬢は我々の配下の家系だが、バリエンホルム子爵家のエリーゼ嬢はそうではない普通の貴族だ。幼い頃より修練も積まず、心構えもできていない一般の者を我が一族に引き入れるのはどうかと思う」
「私もユジン兄上の意見に賛同する。素人がこの世界に入って足を引っ張り、我々のことが露見されるようなことなど、決してあってはならぬことだ」

 お二人のおっしゃることはまさにその通りだ。王家の威信にも関わることなのだから。

「だが過去にもそういう例がいくつもある。それが懸念材料とはいい難い。実際、エリーゼ嬢は二件の仕事に貢献したとシメオンから報告を受けている。何よりすでに我々の仕事を知った後だ。今さら彼女の首は切れまい」

 アルナルディ侯爵はご兄弟を取りなすように言った。

「そうだがな。大事の前の小事という言葉もある」

 少し待ってほしい。もしや今かかっているのは、シメオン様の妻の座ではなく、私の首なのだろうか。妻業の廃業を心配するどころか、下手すると永遠に食事の心配をしなくても良くなる、ありがたい(?)事態になるかもしれないとか、そういうお話なのか……。そしておじ様方、実際に私の首を凝視するのはお止めいただきたい。
 そう言いたいのをぐっと我慢する。

「お義父様。――いえ。アルナルディ侯爵。僭越ながら申し上げます」

 口を閉ざす私に対して、ユスティーナ様は軽快な口調でそう切り出した。

「わたくしども密偵の妻は、いかに夫を支え、組織に貢献できるかが重要なのであり、懸念材料になどそもそもなってはならないものです。実際にお義母様、エレノア様は、それはもう、密偵の妻として素晴らしい功績を上げられたと伺っております」
「うむ。さすがユスティーナ嬢だな。密偵の妻としての心得がある」
「まあ、その通りだわな。エレノア殿は確かに文句が付けようのないほど素晴らしかった」

 ユジン様のお言葉に、エレノア様は恐れ入りますと微笑んだ。
 ユスティーナ様はさらに言葉を続ける。

「夫を支える優秀な妻の存在も、次期当主になるために重要な要素の一つとなりましょう。ユジン伯父様のご令嬢、ロザリア様はとても頭脳明晰なお方で、バロン叔父様のご令嬢、マルコット様は社交性に富み、話術に優れたお方で、他のどんなご令嬢よりも抜きんでている方々です。かような方々を蔑ろにされることは、わたくしども一族にとって多大なる損失の他ございませんわ」
「そ、そうだ! その通りだ」
「いやはや。ユスティーナ嬢の聡明さはうちの娘も負けるやもしれん」

 シメオン様の婚約者を私から自分の娘に挿げ替えたい兄のユジン様と弟のバロン様は、ユスティーナ様の言葉に感心し、ご満悦の様子だ。
 それにしてもユスティーナ様、私と仲良くしたいと言っておいて、舌の根も乾かぬうちに私を決して貶めることなく、排除しようとする。

 この女性――デキる!

 明日の敵を、今日この瞬間に味方につけるユスティーナ様こそ、頭脳明晰で話術に富んだお方だ。

「まあ、確かにこの稼業において、何も教育を施されてこなかった者を表に引っ張り出して密偵として立たせるのは酷だよね」
「ええ。そうです。エリーゼ様の細い肩にかかる責任はあまりにも大きすぎます。壊れてしまいますわ」

 リベリオ様とユスティーナ様はそう言って私に同情を寄せてくださった。同時にそれは私を追い込むことをご存知か。床に座らせて丸一日ほど問い詰めたくなる。

「できうる限り、私は彼女を密偵として表舞台に立たせないつもりだ」

 黙っていたシメオン様が言葉を発し、私は彼の端整な横顔を見た。
 私が密偵の責務を背負うことはないと言った言葉を思い出す。
 この世界に引き込んだのは他でもないシメオン様なのに、なぜ今さらそんなことを言うのか。薬師である私の矜持を踏みにじり、毒薬を作らせようとした彼が。
 彼が分からない。……同時に解毒薬を作らせようとした彼が。そもそも私の毒薬など必要あった? 本当は私の力がなくても対処できたのではないのだろうか。だったらなぜ私をお金で買ってまで妻にしたのか。
 私には彼のことが何一つ分からない。

「――はっ。表舞台に立たせないで、どうやって密偵としての役割を果たさせるつもりかね」
「いや。仮に素人を立たせたところでだ。先ほども言ったが足を引っ張られてはたまらん。彼女が失敗して我々のことが明るみに出るようなこととなれば、長き年月に渡り王家に尽くし、信頼を積み上げてきたものが、ものの一瞬の内に崩れ去るのだぞ。一族の存亡にもかかわることだ」

 そもそも密偵にしては隙だらけではないかとか、だいたいひょっと出の小娘に何ができるだとか、そんなことをおっしゃったらエリーゼ様がお気の毒ですわ、ご自分の身の程をご存知なかっただけなのですからと、段々と私の悪口大会になってくる。
 確かに間違ってはいないものの、あなた方の言う素人相手なのだから、もう少し言葉を柔らかく包んでいただければと思う。
 アルナルディ侯爵は咳払いし、机の上で組んでいた手をテーブルに置いた。

「つまるところ、兄上やバロンが言いたいのは自分の娘を婚約者候補にするべきだということか」
「早い話がそうだな」
「ああ。エリーゼ嬢には荷が重すぎるだろうよ。何より一族を守るためだ」

 ご兄弟はそうだそうだと共に頷く。

「アルナルディ侯爵。わたくしは、次期当主の座をめぐる試験に挑むリベリオ様の妻となる人間でございます。本来ならば、エリーゼ様がシメオン様の妻の座にいらっしゃったほうがわたくしどもにとっては良いことなのでしょう。ですがわたくしは一族の未来を考えております。たとえわたくしどもにとって強敵となろうとも、優れた人物が密偵の妻にあるべきと考えます」

 ユスティーナ様がとどめの言葉を告げるとアルナルディ侯爵は大きくため息をつく。そして。

「エリーゼ・バリエンホルム子爵令嬢。君から何か言いたいことは?」

 私に問いかけた。
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