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第26話 上級貴族としての装い

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 本日はレイヴァン様がお休みで、宝石商の方がやって来る。私は朝の準備を済ませると、マノンさんに髪結いをしてもらうために鏡台の前に座った。

「クリスタル様、最近、笑顔が増えてまいりましたね」
「そ、うでしょうか?」

 正面の自分の姿を見つめると、鏡の中の私は頬に手を当てていて、確かに口元が少し緩んでいた。私は慌てて引き締める。

「笑顔なんて無作法ですね」
「いいえ? とても良い傾向ですわ。レイヴァン様も優しい笑顔をこぼされるようになりました。ですからもうこれからは、初夜のお話をお出しにならなくても大丈夫そうですね。レイヴァン様も二国の和平は間違いなくお約束されていますから」
「はい。そうですね?」

 なぜか拳を作って、強く強く力説してくるマノンさんにやや押されながら頷く。

「ええ。心の平安を得られまして良かったです。さて、お話を変えますが、本日のご予定は昨日申しました通り、午前中に宝石商の方が見えることになっております」
「はい。そうですね。ただ、ドレスも新たに何着も仕立てていただいておりますし、これ以上ご負担をおかけしたくないので、装飾品はできるだけ控えめにしていただくよう、レイヴァン様にお伝えくださいますか」

 そう言うと、マノンさんは笑顔を見せた。

「クリスタル様は本当に慎ましいお方ですね。ですがレイヴァン様のお立場上、クリスタル様のご希望ぴったりに沿うのは難しいかと思われます。と、申しますのも、レイヴァン様は公爵家の中でも、現王太子殿下の従兄弟というお立場でいらっしゃいますから。つまりシュトラウス公爵家は王族の血筋の方でいらっしゃるのです」
「そうだったのですか」

 それは初耳だ。私はレイヴァン様のことを何も知らない。――いえ、そうではない。私はほとんど事情を知らされぬまま、この地へやって来たのだ。

「ええ。人の上に立つ者として、ましてその血筋が王族に繋がる高貴な方が公の場に出る際の正装には、ある一定の品質以上のものが求められているのです。見栄や自慢のためではなく、周りへの示しをつけるため、つまり品格や威厳を保つためのものです。逆に上質なものに見合う風格が備わっている方だけが身に着けることを許されるとでも言えましょうか」

 私が黙って聞いていると、マノンさんははっと表情を変えた。

「申し訳ございません。グランテーレ国の王女殿下であらせられるクリスタル様にお話しすることではありませんでしたね」
「……いえ」
「ですので、お気になるようでしたら浪費しすぎず、けれど品格と威厳を保てる良い物を選びましょう」

 さじ加減が相当難しそうだ。けれど仕立て屋さんに服の指示をしてくれたミレイさんもご一緒してくれるはずだからきっと大丈夫だろう。
 私は早くも人任せすることを考えてしまった。


 レイヴァン様への朝のご挨拶も朝食も滞りなく終わり、サロンへ移動して彼と歓談していたところ、宝石商の方が部屋に迎え入れられた。護衛と思われる方とともにいくつかの鞄を抱えている。年齢は分からないが、口元にひげをたくわえた恰幅の良い男性だ。

 レイヴァン様のご紹介でご挨拶すると、宝石商のダルトンさんは私を見て目を見開いたかと思うや否や、にこにこ顔でレイヴァン様に話しかけた。
 マノンさんによると、お美しい方で羨ましいですなと言ったそうだ。けれども彼の眉根を寄せた渋い表情を見ていると、それが本当かどうかは怪しい。

 宝飾品は早速お披露目となるらしい。レイヴァン様はダルトンさんをソファーへと誘導する。私はレイヴァン様の左横に座り、マノンさんは私の側で地に膝をついて私の目線の高さと合わせた。
 私たちと向かい側のソファーに腰掛けたダルトンさんは一つ咳払いすると、テーブルの上に一つ目の鞄を置いて重々しい動作で開けた。

 開かれた先にはすでにペンダントへと加工された宝飾品が、等間隔で仕切られた囲いの中に収まっていた。緑や青、黄色の美しく大きな貴石を中心にいくつもの小さな貴石であしらわれたものだ。それぞれデザイン違いで二種類ずつ用意されている。

 こうなると、いよいよその価値が分からない。
 内心焦る私の横で感嘆の声が上がった。私は声が漏れた方向に視線を向けると、ルディーさんが頬を染めて目を輝かせていた。その隣にはミレイさんも控えている。
 やはりミレイさんに助言をお願いしよう。そう思っていたのに、レイヴァン様は私に向けて言葉を発した。

「まずはどんな石がいいかとおっしゃっています」

 私に聞かないでください。
 その言葉を習っておけば良かったと思う。とっさに私はミレイさんに視線を向けたが、彼女は私の視線を静かに受け止めただけで、以心伝心とはならなかったようだ。まったくの無反応だ。諦めて私は正面を向く。

 私が知っている石と言えば。
 我知らず胸元にあるペンダントトップを服の上から握りしめていた。レイヴァン様はその様子に気付いたようだ。

「クリスタル様がお持ちの石の色、青色にするかとおっしゃっています」

 ペンダントトップは銀の指輪で、それには青い宝石が付いている。十九歳の誕生日祝いとして国王陛下と王妃殿下、つまり両親から贈られたものだ。これは初日の入浴時、検めのために外したのでレイヴァン様も目にされたのだろう。

「……いいえ。青は」

 半ば目を伏せて首を振ると、マノンさんはレイヴァン様に説明してくれたようで、次にレイヴァン様が指示して宝石商さんがさらに広げてくれたのは赤色の貴石が中心の宝飾品だった。デザインの違い、大きさの違い、色合い違いのものが五種類用意されている。
 ますます困っていると、マノンさんが耳元に囁いてくれた。

「クリスタル様。私の見立てとなりますが、こちらの赤い宝飾品は最初に用意されたものよりも三倍以上は高いものと思われます」
「――え? そうなのですか? で、では先ほどの宝飾品から選びます」

 慌てて赤い貴石の宝飾品から、最初の宝飾品に視線を戻したところ、すでに鞄の蓋が閉じられて仕舞われていた。
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