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第17話 高みの見物はお互い様
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「アメースレイヴァン! アメースレイヴァン! アメースレイヴァーンッ! ――と、わわわっ!?」
勝利の女神は私に微笑んでくれているらしい。
王太子、アルフォンスが腹を抱えて大笑いしながらバンバンと勢いよく仕事机を叩いたせいで、山と積み上げられた書類が両脇から崩れて彼を襲ったのだ。自業自得とも言う。当然ながら救出する気はさらさらない。傍観に徹するのみだ。
「毎日報告しに来いと命じられたが、命じた王太子殿下が不在なら仕方がないな。帰ろう」
書類に埋もれて姿が消えてなくなったアルフォンスに、身を沈めていたソファーから立ち上がる。
「――ちょ、ちょっと。レイヴァン、ちょっと待って! 助ける気とかないわけ!?」
「ああ。そこにいたのか。気付かなかった」
何とか抜け出したらしいアルフォンスを細めた目で見た。
「あのさ。僕、この国の王太子殿下だよ? この扱い、ありえなくない?」
「人を馬鹿にして天罰を受けたんだろう。王太子とは言え、ありがたくも天から頂いた罰は謹んでお受けしておけ」
「レイヴァンが神を信じていたなんて初耳だよ!」
そう嫌味を放った後、彼は地面に広がった書類をほの暗い瞳で見つめた。
「あーもう。どうすんの、これ。毎日毎日毎日、書類書類書類。いっそうのこと燃やして灰にしてしまいたいよ」
「書類を灰にしたところで問題は灰にならないぞ」
「分かってるよ!」
彼は、いつもの人の好さそうな仮面を外して私の前のソファーへどさりと無作法に身を任せる。
「我が誉れ高きサンティルノ王太子殿下のご機嫌は、お麗しいとはいかないようだな」
「まあね。毎日、これじゃ気が滅入るよ。これが自分の仕事だって分かっているけどさ。……いや。違うな。父上がご自分の分まで僕に押しつけて逃亡したことが原因だった」
アルフォンスは天へと怨みがこもった目と言葉を向けていたが、その視線を今度は私に向けた。
「一方でレイヴァンのほうは楽しそうだね」
「楽しめるのは第三者だからだ」
私は大きくため息をつく。
話を聞くだけなら笑い話のようだが、実際の現場は悲惨だった。空気は凍り付き、彼女は元々の白い肌からさらに血色を完全に消したような真っ白な顔になっていた。肌のあまりの白さに薄く引かれたはずの紅さえも目立っていたような気がする。
もちろん悪意があってのことではないし、むしろ覚えた言葉を実践しようとしていたということに好感さえ抱いたが、あまりにも突飛な言葉すぎて反応が鈍ってしまった。
「そこはさ、面白ぇ女、とか何とか言って笑い飛ばす度量が君にはなかったわけ?」
「何なんだ、その台詞……。まあ、場を凍り付かせてしまったのは自分の落ち度だったことは認める。だが」
彼女も彼女だ。恐れに青ざめるよりも、恥ずかしさで顔を赤くしてくれたほうが良かった。……と、自分のせいなのに、人に責任を押し付けている場合ではない。
再びため息をつきながら前髪を掻き上げる。
それにしても凍り付いた現場をいち早く溶かそうと試みてくれたモーリスには感謝している。いや。言葉が足りなかった。彼ほどの功労者はどこを探してもきっといない。
「と言うことは夕食時の状況は前日より悪化したんじゃない」
アルフォンスが苦笑いしながら尋ねる。
「まあ、そうだな。冴えない表情をしていた。通訳の侍女が話していてもどこか上の空で」
「食事はしっかり取るようになった?」
「彼女のこれまでの食事量を考えて料理の量自体は減らして出されていたようだが、それでもまだ残していたな」
「グランテーレ国の上流階級は一度にたくさんの品数を出して、少しずつ食べる贅沢こそが美徳とされているとか。民は貧しい生活を強いられているのに、自分たちは無駄に捨てる料理をわざわざ用意させるなんて、僕たちから見たら理解できないけどね」
そう言ったアルフォンスは嫌悪をにじませて肩をすくめた。
彼は一見不真面目のようだが、やはりこの国の王太子としての自覚を持っているのだということをこんな時に改めて思う。彼は自国民思いでもあるし、また他国の文化のこともよく勉強している。
「そういえば昨日の好みの調査時も品数や量も多く用意させたらしいが、その料理もほとんど手付かずだったと聞いた」
「ふうん。だったら彼女もそんな贅沢に慣れているってことなんだろうね」
「そう……なんだろうな」
しかしどうにも違和感がある。人によって限界量が違うのは分かるが、彼女は少食すぎる上に、残すことに対して悔恨というか、罪悪感が見えるような気がする。
「やっぱり味覚が違うのかな? 寒い地域の人は、体温を維持するために塩を多く摂取する傾向にあるんだって。うちの国の料理は彼女にとって味が薄いんじゃない?」
「その辺りは昨日の調査で料理長に伝えられて調整されているはずだ。昨日の夕食はまあ、呼び方の件があった後だから食欲が落ちても仕方がない」
「クリスタル王女はもっと肩の力を抜くべきだね。そして何より君が」
アルフォンスが私まで指摘してきて思わず眉が上がった。
「簡単に言うな。元敵国の王女だぞ。気を抜くなと言うほうがおかしい」
自分は気を張っていて、相手には気を抜けというのもおかしな話だが。
「でも彼女からは別に敵意は見られないんだよね?」
「それはそうだが、彼女との会話が難しい話は別にして、表情がほぼ変わらないから感情も読み取れず、何を考えているか分からない」
彼女は感情の起伏をほとんど見せない。青ざめるか、赤くなるかぐらいだ。その大半の感情が恐れや動揺によるものだろう。もちろんまだ気が抜ける瞬間がないからだろうが、笑顔もまだ一度も見ていない。
「まるでお綺麗な人形のようだ」
「やっぱり形容詞には、お綺麗な、が付くんだ」
からかうアルフォンスに睨みをきかせる。
「まあ、言っても来てまだ間もないもんね。文化の違いに戸惑いもある中、王女なりに会話も頑張ろうとしているみたいだし、これからこれから!」
「……そうだな」
彼女が努力しているのならば、こちらからの歩み寄りも必要だなと思った。
勝利の女神は私に微笑んでくれているらしい。
王太子、アルフォンスが腹を抱えて大笑いしながらバンバンと勢いよく仕事机を叩いたせいで、山と積み上げられた書類が両脇から崩れて彼を襲ったのだ。自業自得とも言う。当然ながら救出する気はさらさらない。傍観に徹するのみだ。
「毎日報告しに来いと命じられたが、命じた王太子殿下が不在なら仕方がないな。帰ろう」
書類に埋もれて姿が消えてなくなったアルフォンスに、身を沈めていたソファーから立ち上がる。
「――ちょ、ちょっと。レイヴァン、ちょっと待って! 助ける気とかないわけ!?」
「ああ。そこにいたのか。気付かなかった」
何とか抜け出したらしいアルフォンスを細めた目で見た。
「あのさ。僕、この国の王太子殿下だよ? この扱い、ありえなくない?」
「人を馬鹿にして天罰を受けたんだろう。王太子とは言え、ありがたくも天から頂いた罰は謹んでお受けしておけ」
「レイヴァンが神を信じていたなんて初耳だよ!」
そう嫌味を放った後、彼は地面に広がった書類をほの暗い瞳で見つめた。
「あーもう。どうすんの、これ。毎日毎日毎日、書類書類書類。いっそうのこと燃やして灰にしてしまいたいよ」
「書類を灰にしたところで問題は灰にならないぞ」
「分かってるよ!」
彼は、いつもの人の好さそうな仮面を外して私の前のソファーへどさりと無作法に身を任せる。
「我が誉れ高きサンティルノ王太子殿下のご機嫌は、お麗しいとはいかないようだな」
「まあね。毎日、これじゃ気が滅入るよ。これが自分の仕事だって分かっているけどさ。……いや。違うな。父上がご自分の分まで僕に押しつけて逃亡したことが原因だった」
アルフォンスは天へと怨みがこもった目と言葉を向けていたが、その視線を今度は私に向けた。
「一方でレイヴァンのほうは楽しそうだね」
「楽しめるのは第三者だからだ」
私は大きくため息をつく。
話を聞くだけなら笑い話のようだが、実際の現場は悲惨だった。空気は凍り付き、彼女は元々の白い肌からさらに血色を完全に消したような真っ白な顔になっていた。肌のあまりの白さに薄く引かれたはずの紅さえも目立っていたような気がする。
もちろん悪意があってのことではないし、むしろ覚えた言葉を実践しようとしていたということに好感さえ抱いたが、あまりにも突飛な言葉すぎて反応が鈍ってしまった。
「そこはさ、面白ぇ女、とか何とか言って笑い飛ばす度量が君にはなかったわけ?」
「何なんだ、その台詞……。まあ、場を凍り付かせてしまったのは自分の落ち度だったことは認める。だが」
彼女も彼女だ。恐れに青ざめるよりも、恥ずかしさで顔を赤くしてくれたほうが良かった。……と、自分のせいなのに、人に責任を押し付けている場合ではない。
再びため息をつきながら前髪を掻き上げる。
それにしても凍り付いた現場をいち早く溶かそうと試みてくれたモーリスには感謝している。いや。言葉が足りなかった。彼ほどの功労者はどこを探してもきっといない。
「と言うことは夕食時の状況は前日より悪化したんじゃない」
アルフォンスが苦笑いしながら尋ねる。
「まあ、そうだな。冴えない表情をしていた。通訳の侍女が話していてもどこか上の空で」
「食事はしっかり取るようになった?」
「彼女のこれまでの食事量を考えて料理の量自体は減らして出されていたようだが、それでもまだ残していたな」
「グランテーレ国の上流階級は一度にたくさんの品数を出して、少しずつ食べる贅沢こそが美徳とされているとか。民は貧しい生活を強いられているのに、自分たちは無駄に捨てる料理をわざわざ用意させるなんて、僕たちから見たら理解できないけどね」
そう言ったアルフォンスは嫌悪をにじませて肩をすくめた。
彼は一見不真面目のようだが、やはりこの国の王太子としての自覚を持っているのだということをこんな時に改めて思う。彼は自国民思いでもあるし、また他国の文化のこともよく勉強している。
「そういえば昨日の好みの調査時も品数や量も多く用意させたらしいが、その料理もほとんど手付かずだったと聞いた」
「ふうん。だったら彼女もそんな贅沢に慣れているってことなんだろうね」
「そう……なんだろうな」
しかしどうにも違和感がある。人によって限界量が違うのは分かるが、彼女は少食すぎる上に、残すことに対して悔恨というか、罪悪感が見えるような気がする。
「やっぱり味覚が違うのかな? 寒い地域の人は、体温を維持するために塩を多く摂取する傾向にあるんだって。うちの国の料理は彼女にとって味が薄いんじゃない?」
「その辺りは昨日の調査で料理長に伝えられて調整されているはずだ。昨日の夕食はまあ、呼び方の件があった後だから食欲が落ちても仕方がない」
「クリスタル王女はもっと肩の力を抜くべきだね。そして何より君が」
アルフォンスが私まで指摘してきて思わず眉が上がった。
「簡単に言うな。元敵国の王女だぞ。気を抜くなと言うほうがおかしい」
自分は気を張っていて、相手には気を抜けというのもおかしな話だが。
「でも彼女からは別に敵意は見られないんだよね?」
「それはそうだが、彼女との会話が難しい話は別にして、表情がほぼ変わらないから感情も読み取れず、何を考えているか分からない」
彼女は感情の起伏をほとんど見せない。青ざめるか、赤くなるかぐらいだ。その大半の感情が恐れや動揺によるものだろう。もちろんまだ気が抜ける瞬間がないからだろうが、笑顔もまだ一度も見ていない。
「まるでお綺麗な人形のようだ」
「やっぱり形容詞には、お綺麗な、が付くんだ」
からかうアルフォンスに睨みをきかせる。
「まあ、言っても来てまだ間もないもんね。文化の違いに戸惑いもある中、王女なりに会話も頑張ろうとしているみたいだし、これからこれから!」
「……そうだな」
彼女が努力しているのならば、こちらからの歩み寄りも必要だなと思った。
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