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18章-11

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「アンジェラ殿!!」

 ディアナ様の焦った声が、騒音に遮られて遠ざかっていく。
 未完成な魔物の群れは、まるで私たちを区切る壁のようだ。――私たち〝アンジェラ同士〟と、ジュードとサイファの戦いを区切る境界。

「……最後の最後に一騎打ちをさせてくれるなんて、なかなか洒落しゃれた演出ね」

「全くだわ。貴女なんて、もっと早くに殺してしまえばよかった」

 なんとか体勢を立て直した聖女が、眉間に皺を刻みながら息をつく。
 確かに、私がアンジェラになったばかりの頃に狙っていれば、容易に殺せたことだろう。何せ【無形の悪夢】は覚醒体の魔物だ。この付加魔法が使えない時に手を下していれば、ここまで追い込まれることもなかっただろうに。

「慢心した貴女の負けよ。ざまーみろ」

「そういう台詞は、私を殺してから言いなさい。この偽者が」

 あえて煽るように言い放てば、聖女の周囲の影がより激しく蠢き始める。最初よりは弱くなったとはいえ、まだ倒れてくれるほどではなさそうだ。

(そうこなくっちゃ、張り合いがないものね)

 ただでさえ、聖女は儚げな美少女なのだ。……まあ、私も同じ顔だけど。これで容姿そのままに弱々しい態度などとられたら、戦いにくくてしょうがない。
 怒気と殺気のぶつかり合いこそ、決戦に相応しいわ。

「私は確かに偽者だけど、貴女とは違う。ずっと最前線で戦ってきた人間を甘くみないでくれる?」

 魔法の宿ったメイスを突き出せば、聖女はぐっと唇を噛んだ。
 ……もしかしたら、彼女もかつて戦えなかった自分を悔いているのかもしれない。

(そりゃ、普通は思いつかないわよね。サポート特化の人間が前線に立つ方法なんて)

 私だって先人の知恵を思い出せたからこその『殴り聖職者』だもの。この体は筋肉もつきにくいし、聖女は戦いたくても戦えなかったのかもしれない。
 ――ま、全ては過去の話。〝もしかしたら〟の話だ。

「くっ!」

 コールタールでできた管が、構えたメイスに叩きつけられる。今の聖女は魔物。同情などしなくても、充分な戦力を持つ敵だ。ならば私も、全力で応えるのみよ!!
 二度、三度と続く攻撃をいなしながら、少しずつ聖女と間合いをつめていく。
 人の形をした部分が人間のままなら急所はいくらでもあるし、中身が影に変わっているのなら手当たり次第に殴ってやればいい。
 メイスの攻撃が届く距離まで近付いた時が、聖女の最期だ!

けがらわしい……こっちに来ないで!」

「汚らわしいのはどっちよ、聖女様。魔物に堕ちた貴女が言えた台詞?」

 相変わらず目で追うのもやっとな攻撃を繰り出す影に、対応できないものはかわしながら距離をつめる。
 ……そういえば、この教会で戦い始めてからは体を聖女に取られていないわね。
 オリジナルに近付いても大丈夫なのは、神様が何かしてくれたのかしら。それとも、私が『負けたくない』と強く思っているから?

(どっちでもいいわ。今はこいつに絶対負けたくないもの!)

 たとえ偽者でも、私はジュードのアンジェラ。この体は渡してたまるものですか!
 ガッと掴みかかってきた影の腕を、思い切りふり払う。
 所詮は後方支援しかしたことのない聖女様。いつまでもワンパターンな攻撃など、脳筋の私にも通用しないわよ!

「さあ、覚悟なさい!」

「この……ッ!」

 攻撃が届くまで、残りあと三歩。ここは一気につめて、殴り飛ばしてやろう――――と構えた瞬間、

「ッ!!」

 私の視界の端に、確かな赤がちらついた。

「なに……」

 私は怪我をしていない。聖女も血は出ていない。
 なら、この赤は一体誰のものか。

「ジュード!!」

 ――そんなの、考えるまでもない。
 慌てて視線を巡らせれば、左腕を大きく負傷した彼が、なんとか踏み留まる姿が飛び込んできた。

(そんな!! サイファのほうが、ジュードより強いっていうの!?)

 聖女の攻撃を無理矢理はね返して、彼ら二人のほうに体を向ける。
 ……違う、ジュードが弱いわけじゃない。黒い鎧姿のサイファもまた、防具が半壊するまで攻撃を受けている。
 【無垢なる王】たるヤツは、血を流さないだけだ。

(ダメージにはなってるみたいだけど、表情が変わらないからわからないわ)

 ……強いて言うなら、互角だろうか。
 しかし、苦痛に顔を歪めたジュードのほうが、傍目はためには押されているように見える。

「くっ!」

 ぱたぱたと地面に染みを作る血の跡。
 致命傷ではないけど、剣士が腕を負傷するなど平気なわけがない。

「ちょっと偽者、よそ見をするなんて余裕じゃない」

「うるさい!!」

 嘲笑うような聖女の声を一蹴して、つめた距離を再びひき離す。
 「ちょっと!」と咎めるような声が聞こえたけど、知るものか!

「ジュード!!」

「えっ……アンジェラ!?」

 襲いくる影に思い切り背中を向けて、一直線に駆ける。
 ああ、よく見たら左腕以外も負傷してるじゃない! 早く治さないと!!

「馬鹿、来るな!!」

「うっさいわね! 貴方は戦ってなさい!!」

 怒鳴ったジュードの声も無視して、回復魔法発動。
 ……私の背中のほうが熱い気がするけど、そんなものどうでもいい!

「よしオーケー! いってこい!!」

「……ッ、くそ!!」

 血の止まった腕に笑みを返せば、ジュードは亀裂だらけの顔を歪めて、サイファのもとへ斬りこんでいった。
 危ない危ない。思ったよりも怪我をしていたから、回復魔法が間に合わなくなるところだったわ。

「…………貴女、馬鹿なの?」

 ほっと一息ついたのも束の間、離れたところから聖女の呆れた声が聞こえる。
 ……ほんとにうるさいわね。知ってるわよ。

 ――自分の背中が、めちゃくちゃ痛いもの。

「貴女だって同じでしょ? ……魔物になる時、少しでも躊躇ためらった?」

「…………いいえ」

「そういうことよ」

 口端を吊り上げて、下ろしたメイスを構え直す。
 ……ああ、痛いなあもう。手加減なしに攻撃してくれたわね、この女。
 まあ、当然か。仮にもラスボス戦だというのに、戦ってた相手がいきなり背中を向けたりしたらね。
 むしろ、仕留められたのにそうしなかったあたり、やっぱり甘いわね聖女様。

「貴女にとってのサイファが、私にとってのジュードだということよ。中断して悪かったわね。さ、殴りとばしてあげるわ」

「……貴女を見ていると腹が立つわ。自分を見てるみたいで」

「当たり前でしょ。コレ、貴女の体だもの」

「……中身の話よ。アンジェラ・ローズヴェルト」

 それは貴女の名前だろうに。
 無言で首を傾げて返せば、聖女は再び影をふり上げた。
 ……ほんの少しだけ、その唇に笑みを浮かべながら。
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