上 下
27 / 27

最終話 帰るべき場所へ

しおりを挟む

 消失していく光の中、グレート・リーンブレイバーは緩やかに浮遊を続けて、通常空間へと戻った。原型はあるものの、全身はボロボロでもう戦える状態ではない。腕の一本でも動かせばそれだけで根元から千切れそうだった。

「終わったの……?」

 コクピットに座るクレアはちくりとした痛みで目が覚めた。頬を少しだけ切っていたようだった。
 モニターの殆どはノイズが発生していて、見辛いものだったが、なんとか外の様子は確認できた。静かな夜の光景が広がっていた。そして、大地には、海と見間違うほどの巨大な湖が広がっていた。塩湖だったはずのそこは、戦闘の余波により広がり、地殻変動によって海と繋がったのだが、クレアにそれがわかるわけがなかった。
 ただ一つ。確実なのは、もう神はいないという事実だった。

「無事か、クレア」

 孝也の声だった。弱々しいが、はっきりと聞こえる。

「うん、でも、おかしいの。ネリーさんが、感じられない」

 ジャべラスとの激闘の中、クレアはネリーの存在をはっきりと認識できた。暖かな光として、自分を包み込んでくれていた。それが、さっぱりとなくなっていたのだ。

「勇者様、ネリーさんは……」
「さて、な……神様の考えてる事はよくわかんねぇや……」

 孝也は曖昧な答えを返した。
 クレアはその時、ネリーが消滅している事を悟った。でも、なぜ、理由がわからなかった。

「ネリーは、ジャべラスと共に消滅した。遂に、この世界は神から解放された……というべきだな」

 クレアの疑問に答えるように、ヴィーダーの声が聞こえてくる。それと同時にグレート・リーンブレイバーからグランド・エンドのパーツが分離していく。
 あちこちのパーツが崩壊しているせいで、多少不格好な形になったが、グランド・エンドは合体した。

「神の思惑が働く世界は、強く、豊かで、確かに強靭な世界だろう。だが、ネリーはそれを否定した。穏やかであれ、と願ったのかもしれない。もしかしたらその逆で、ネリーは初めから生命体に期待などしていなくて、滅びようがどうなろうが知ったことではなかったのかもしれない。もはや、俺たちに神の考えを図る術はない……神たちは、元あるべき場所に、戻ったのだ……いや、帰ったというべきかな。どうあれ、この世界は神から、今いる生命体へと託されたのだ」
「そんな……!」

 クレアは納得できなかった。そんなの、あまりにも勝手すぎる。

「神とは元より、自由気まま、勝手な存在だ。それは……に、人間から見れば、のは、話だがな」
「ヴィーダーさん?」

 ヴィーダーの様子がおかしい。言葉が途切れ途切れで、あやふやになっていた。

「ど、どうやら、私も、最後のようだ……」

 グランド・エンドの全身が石になっていくのをクレアは見た。

「ど、どうしてですか!」
「ヴィーダー、お前……」

 孝也はどこか、察していたかのように、言った。

「わ、私は、元より、ジャべラスに生み出された……仮初の、生命だ……そして、私を、つなぎとめていたのはネリーの、力だ……あの二人がいなくなれば……わ、私が、し、消滅するのも、道理……」

 石化は加速度的に進んでいた。

「い、いや、元より、悪行をなしたものの、末路は、こうであるべき……だな。し、しかし、孝也」
「なんだ」
「わ、悪かったな。お前のか、体……し、消滅、さ、させてしまった……あ、あれでは、ネリーが、い、生きていても、復元は……」
「その事はもういい。あ、いや、やっぱよくねぇな……ま、でも、他に方法でも探すさ」

 孝也はおどけて見せた。
 その反応に、ヴィーダーは苦笑したような声を出した。

「や、やはり、貴様を見ていると、腹が立つ……あ、あのような合体は、もう、二度と、ごめんだな……」
「うるせぇ。あれは状況的に仕方ねぇだろ」
「た、確かに……あぁ……全く、とんだ、人生だったな……私も無に、帰……る」

 言い終えると同時に、グランド・エンドは完全な石となり、落下していった。その彫刻は、塩湖に落ちて行き、深い、深い水の底まで沈んでいった。もはや、人の手には届かない場所へと運んでいった。

「勇者様……」

 クレアは震える声で、孝也を呼んだ。

「ん?」
「勇者様は、どこにも、行かないですよね?」
「あぁ」
「本当?」
「本当だよ……さぁ、クレア。これからどうする?」
「……そうですね、まずは……」

 クレアはぐぐっと背伸びをした。
 どっと疲れが押し寄せてくる。伸びきった体をシートに預けるように深く座ったクレアは遠くを見るようにモニターを覗いた。
 キラキラと光の粒子が雪のように降り注いでいた。それらが大地に降り立つと、まるで生命を循環させるように、潤いを与えていく。石化していた大地や木々が元の色を取り戻していたのだ。
 その光景を見たクレアはふっと小さな笑みを浮かべてから……

「まずは、家に帰りましょう」
「家か……俺はどこに帰るべきかなぁ」

 孝也は分離を始めた。勇者リーンとなり、戦闘機へと変形する。リーンブレイバーの胴体を構築していたグリフォンは分離と同時に魔法陣が展開され、その中へと消えていった。
 孝也は取り敢えず機首をクレアの故郷へと向けた。

「決まってます。だって、さっき約束したじゃないですか」

 クレアはにっこりと笑った。

「ずっと一緒にいるって。だから、勇者様の帰る場所は、私の帰る場所です。今、決めました」
「君、意外と我儘だな」
「みたいですね」

 ちろっと、クレアは舌を出して、イタズラな笑みを浮かべた。

「んじゃ、そうさせてもらうかな。一度は死んだ身だし。だったら、心機一転、この世界で生きてくのも良いかもしれないなぁ」

 孝也もそれに納得して、静かに飛翔した。
 もう、大井孝也の肉体はない。今の自分は機械の体を得た、勇者リーンだ。一度死んで、生まれ変わったこの体、この存在。
 孝也は、いや、リーンは多少、後ろ髪を引かれる思いはあったが、今は、自分の内にいる少女を優先した。 
 クレアはコクピットでうとうとと眠りに入ろうとしていた。
 孝也はなるべく静かに飛ぶことを心掛ける。
 地平線の向うから朝陽が差し込んできた。孝也はキャノピーを装甲板で覆うようにふさいだ。それで、日差しがクレアを起こす事はない。

「お休み、クレア」

 孝也は小さく、囁くように言った。もう、クレアは眠っていた。目的地に着くまでは起こさないでおこう。彼女はこれからが大変だ。世界は救われたと言っても、多くの人々はその実感がないだろう。それを説明するのは骨が折れるかもしれない。
 自分も、うまく説明できるだろうか。
 まぁ、今はそんな事はどうでもいい。 
 だから、今は、早く家に帰ろう。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

【短編集】エア・ポケット・ゾーン!

ジャン・幸田
ホラー
 いままで小生が投稿した作品のうち、短編を連作にしたものです。  長編で書きたい構想による備忘録的なものです。  ホラーテイストの作品が多いですが、どちらかといえば小生の嗜好が反映されています。  どちらかといえば読者を選ぶかもしれません。

役立たずだと見捨てられたら、敵国で英雄扱いされました! ~謎スキル緑魔法で成り上がります~

渡琉兎
ファンタジー
アルスラーダ帝国の第四皇子として生を受けたリッツ・アルスラーダは、優秀なスキルを持つ兄や姉や妹とは異なり役立たずだと言われ続けてきた。 そんなある日、リッツは敵国であるライブラッド王国との戦争への出兵を命じられる。 ――勝てる戦だ。 そう言われて最前線に到着すると、その戦況は明らかに劣勢であり、これが自分を処分するための戦争なのだと悟ったリッツは、あっけなく捕虜として捕らえられてしまった。 捕虜交換の交渉材料にもならなかったリッツは死を覚悟した――が、役立たずだと言われ続けてきたリッツのスキルが、ライブラッド王国では重宝される貴重なスキルである事が発覚! 謎のスキル【緑魔法】を使いこなし、リッツは敵国――今では故郷から、新しい家族と共に成り上がる!

【SF短編集】機械娘たちの憂鬱

ジャン・幸田
SF
 何らかの事情で人間の姿を捨て、ロボットのようにされた女の子の運命を描く作品集。  過去の作品のアーカイブになりますが、新作も追加していきます。

鋼の殻に閉じ込められたことで心が解放された少女

ジャン・幸田
大衆娯楽
 引きこもりの少女の私を治すために見た目はロボットにされてしまったのよ! そうでもしないと人の社会に戻れないということで無理やり!  そんなことで治らないと思っていたけど、ロボットに認識されるようになって心を開いていく気がするわね、この頃は。

近所のロリと入れ替わり

れお
大衆娯楽
ロリっ子と入れ替えられてしまった男の運命とは…

飢えるのは嫌だったし、男を食い物とすることにした!

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
ファンタジー
 前世での私は29歳のOL……所謂「年齢=恋人いない歴」というモテない女だ。  それなりにイケてる見た目だったのでどうしてなのか周りも不思議がっていたが……そんなの私が知りたいよ!  そんな不満たらたらな中、あまりにもな事だらけで拗らせすぎてしまっていた耳年増な私は『恋』よりも『エロ』に興味がMAXに向いてしまい、早くシテみたいと情報だけが日々蓄積されていく。  ―――で、欲求不満が募りに募った私は車に轢かれてしまい……なんと今流行りの異世界転生をしてしまうのだった!  優しい神様に甘えて来世の自分にたくさんの特典をつけ、来世こそ……来世こそはモテたい!!  っていうか、シタい!!!

進学できないので就職口として機械娘戦闘員になりましたが、適正は最高だそうです。

ジャン・幸田
SF
 銀河系の星間国家連合の保護下に入った地球社会の時代。高校卒業を控えた青砥朱音は就職指導室に貼られていたポスターが目に入った。  それは、地球人の身体と機械服を融合させた戦闘員の募集だった。そんなの優秀な者しか選ばれないとの進路指導官の声を無視し応募したところ、トントン拍子に話が進み・・・  思い付きで人生を変えてしまった一人の少女の物語である!  

処理中です...