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最終話 帰るべき場所へ
しおりを挟む消失していく光の中、グレート・リーンブレイバーは緩やかに浮遊を続けて、通常空間へと戻った。原型はあるものの、全身はボロボロでもう戦える状態ではない。腕の一本でも動かせばそれだけで根元から千切れそうだった。
「終わったの……?」
コクピットに座るクレアはちくりとした痛みで目が覚めた。頬を少しだけ切っていたようだった。
モニターの殆どはノイズが発生していて、見辛いものだったが、なんとか外の様子は確認できた。静かな夜の光景が広がっていた。そして、大地には、海と見間違うほどの巨大な湖が広がっていた。塩湖だったはずのそこは、戦闘の余波により広がり、地殻変動によって海と繋がったのだが、クレアにそれがわかるわけがなかった。
ただ一つ。確実なのは、もう神はいないという事実だった。
「無事か、クレア」
孝也の声だった。弱々しいが、はっきりと聞こえる。
「うん、でも、おかしいの。ネリーさんが、感じられない」
ジャべラスとの激闘の中、クレアはネリーの存在をはっきりと認識できた。暖かな光として、自分を包み込んでくれていた。それが、さっぱりとなくなっていたのだ。
「勇者様、ネリーさんは……」
「さて、な……神様の考えてる事はよくわかんねぇや……」
孝也は曖昧な答えを返した。
クレアはその時、ネリーが消滅している事を悟った。でも、なぜ、理由がわからなかった。
「ネリーは、ジャべラスと共に消滅した。遂に、この世界は神から解放された……というべきだな」
クレアの疑問に答えるように、ヴィーダーの声が聞こえてくる。それと同時にグレート・リーンブレイバーからグランド・エンドのパーツが分離していく。
あちこちのパーツが崩壊しているせいで、多少不格好な形になったが、グランド・エンドは合体した。
「神の思惑が働く世界は、強く、豊かで、確かに強靭な世界だろう。だが、ネリーはそれを否定した。穏やかであれ、と願ったのかもしれない。もしかしたらその逆で、ネリーは初めから生命体に期待などしていなくて、滅びようがどうなろうが知ったことではなかったのかもしれない。もはや、俺たちに神の考えを図る術はない……神たちは、元あるべき場所に、戻ったのだ……いや、帰ったというべきかな。どうあれ、この世界は神から、今いる生命体へと託されたのだ」
「そんな……!」
クレアは納得できなかった。そんなの、あまりにも勝手すぎる。
「神とは元より、自由気まま、勝手な存在だ。それは……に、人間から見れば、のは、話だがな」
「ヴィーダーさん?」
ヴィーダーの様子がおかしい。言葉が途切れ途切れで、あやふやになっていた。
「ど、どうやら、私も、最後のようだ……」
グランド・エンドの全身が石になっていくのをクレアは見た。
「ど、どうしてですか!」
「ヴィーダー、お前……」
孝也はどこか、察していたかのように、言った。
「わ、私は、元より、ジャべラスに生み出された……仮初の、生命だ……そして、私を、つなぎとめていたのはネリーの、力だ……あの二人がいなくなれば……わ、私が、し、消滅するのも、道理……」
石化は加速度的に進んでいた。
「い、いや、元より、悪行をなしたものの、末路は、こうであるべき……だな。し、しかし、孝也」
「なんだ」
「わ、悪かったな。お前のか、体……し、消滅、さ、させてしまった……あ、あれでは、ネリーが、い、生きていても、復元は……」
「その事はもういい。あ、いや、やっぱよくねぇな……ま、でも、他に方法でも探すさ」
孝也はおどけて見せた。
その反応に、ヴィーダーは苦笑したような声を出した。
「や、やはり、貴様を見ていると、腹が立つ……あ、あのような合体は、もう、二度と、ごめんだな……」
「うるせぇ。あれは状況的に仕方ねぇだろ」
「た、確かに……あぁ……全く、とんだ、人生だったな……私も無に、帰……る」
言い終えると同時に、グランド・エンドは完全な石となり、落下していった。その彫刻は、塩湖に落ちて行き、深い、深い水の底まで沈んでいった。もはや、人の手には届かない場所へと運んでいった。
「勇者様……」
クレアは震える声で、孝也を呼んだ。
「ん?」
「勇者様は、どこにも、行かないですよね?」
「あぁ」
「本当?」
「本当だよ……さぁ、クレア。これからどうする?」
「……そうですね、まずは……」
クレアはぐぐっと背伸びをした。
どっと疲れが押し寄せてくる。伸びきった体をシートに預けるように深く座ったクレアは遠くを見るようにモニターを覗いた。
キラキラと光の粒子が雪のように降り注いでいた。それらが大地に降り立つと、まるで生命を循環させるように、潤いを与えていく。石化していた大地や木々が元の色を取り戻していたのだ。
その光景を見たクレアはふっと小さな笑みを浮かべてから……
「まずは、家に帰りましょう」
「家か……俺はどこに帰るべきかなぁ」
孝也は分離を始めた。勇者リーンとなり、戦闘機へと変形する。リーンブレイバーの胴体を構築していたグリフォンは分離と同時に魔法陣が展開され、その中へと消えていった。
孝也は取り敢えず機首をクレアの故郷へと向けた。
「決まってます。だって、さっき約束したじゃないですか」
クレアはにっこりと笑った。
「ずっと一緒にいるって。だから、勇者様の帰る場所は、私の帰る場所です。今、決めました」
「君、意外と我儘だな」
「みたいですね」
ちろっと、クレアは舌を出して、イタズラな笑みを浮かべた。
「んじゃ、そうさせてもらうかな。一度は死んだ身だし。だったら、心機一転、この世界で生きてくのも良いかもしれないなぁ」
孝也もそれに納得して、静かに飛翔した。
もう、大井孝也の肉体はない。今の自分は機械の体を得た、勇者リーンだ。一度死んで、生まれ変わったこの体、この存在。
孝也は、いや、リーンは多少、後ろ髪を引かれる思いはあったが、今は、自分の内にいる少女を優先した。
クレアはコクピットでうとうとと眠りに入ろうとしていた。
孝也はなるべく静かに飛ぶことを心掛ける。
地平線の向うから朝陽が差し込んできた。孝也はキャノピーを装甲板で覆うようにふさいだ。それで、日差しがクレアを起こす事はない。
「お休み、クレア」
孝也は小さく、囁くように言った。もう、クレアは眠っていた。目的地に着くまでは起こさないでおこう。彼女はこれからが大変だ。世界は救われたと言っても、多くの人々はその実感がないだろう。それを説明するのは骨が折れるかもしれない。
自分も、うまく説明できるだろうか。
まぁ、今はそんな事はどうでもいい。
だから、今は、早く家に帰ろう。
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