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第二十一話 魔王の降臨

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「グリフォンブレスター!」

 青き勇者リーン・ブレイバーこと孝也から閃光が放たれる。

「ツインスパイラルキャノン!」

 漆黒の騎士グランド・エンドは連結したライフルを放つ。
 黄金と赤。二つの閃光は二つの咆哮から巨大な偽神ゴシーシャを挟撃する。

「しゃらくさい!」

 膨大なエネルギーの奔流を右腕をかざすだけで受け止めたゴシーシャは、そのままの勢いで腕を振るう。その瞬間、ゴシーシャの右腕は巨大な蛇と化し、涎をまき散らしながら二体の巨神を襲う。

「混ぜこぜ系のラスボスかよ!」

 迫る蛇の腕に対し、孝也はリーン・ブレードの一閃で頭部を切り落とす。蛇の頭部はその一撃で土塊と化していくのだが、伸びる胴体部分からはもぞもぞと新たな頭部が再生しようとしていた。

「力の無駄使いだな、ゴシーシャ!」

 だが、その再生は圧倒的な火力によって阻まれる。グランド・エンドの放ったビームによってゴシーシャの右腕はズタボロになっていく。
 これにはゴシーシャもたまらず右腕を引く。

「クッ、おのれぇ鉄人形如きが!」

 傷だらけの右腕を庇いながら、ゴシーシャは口部を大きく引き裂きながら喉の奥に形成されたレンズ状の器官を伸ばす。それそのものが第三の目のように蠢き、怪しげな光を放っていた。

「消え去れぃ!」

 全身を巨大な砲台へと変貌させたゴシーシャからどす黒い汚水のような光線が吐き出される。その一撃は空間を震わせ、聖域であるはずの神殿を汚す一撃でもあった。岩盤がめくれ、周囲を浮遊する岩石もそそり立つ岩の柱も飲み込みながら、膨大な濁流となって迫る一撃が孝也とグランド・エンドを襲う。

「うおぉぉぉ!」

 避けられない。あまりにも巨大な光線は回避する距離すらも潰して、孝也を飲み込む。汚濁された不浄の光に飲み込まれた孝也は両腕を交差し、防御態勢を取る。孝也の全身は青い光が包み込む。バリアであったが、それは強烈なエネルギーを前にしては無力であり、一瞬にして破壊される。

「きゃあぁぁぁ!」
「うっ……!」

 そのまま濁流にのみ込まれてゆく孝也。激震がコクピットにいるクレアとネリーを襲う。孝也の堅牢な装甲によって守られているものの、衝撃の全てを軽減できるわけではないかった。

「グハハハ! 潰れろ、消え去れ鉄人形よ。この真なる神の眼前から跡形もなく消滅するがいいわ!」
「あんのやろう……!」

 光線の中でもがき苦しむ孝也の姿を見て、ゴシーシャは勝ち誇った笑いを上げた。もはや自分に敵はいない。神々の力を手にした今、自分にかなうものなどいないのだ。今まさに、自分はこの世界そのものと一体化しているも同然。あらゆる自然が、生命が、自分の中で息づき、思うが侭の万能感に酔いしれていた。

「素晴らしい! これが神の力、これが神なのか!」
「あぁ、貴様にはもったいない力だ」

 刹那、光線を吐き続けるゴシーシャの眼前に漆黒の影が現れる。

「なに!」

 それは戦闘機形態に変形したグランド・エンドであった。真紅のドリルを回転させたグランド・エンドは流れ続ける光線の内側から飛び出し、ドリルをゴシーシャ胴体へとぶちあてる。それと同時に二門の砲台、各部ミサイルランチャーからミサイルを一斉発射する。

「うぐわあぁぁぁ!」

 至近距離からの波状攻撃はゴシーシャの肉体を何度も貫く。羽織っていたマントはぼろきれとなり、ゴシーシャの醜悪な肉体が露わになる。それはおよそ人型とは呼べないしろものであった。あらゆる動植物が融合した肉体、もはやどれがどの生物なのかを判別する術はなく、何かが産まれては、別の何かに食われ、それを繰り返しながら、ゴシーシャの肉体を構築していた。

「ヴィーダー!」

 鼻息と馬の嘶きをかき鳴らしながら、ゴシーシャは激怒する。蠢く肉体の一部が、巨大なライオンの頭部を形成し、咆哮を上げながらグランド・エンドへと襲い掛かる。

「無駄だ!」

 ライオンの頭部は即座に戦車に変形したグランド・エンドの主砲で吹き飛ばされる。
 ヴィーダーはなおも砲撃を続けながら機体を前進させる。
 ゴシーシャも反撃を続けていた。ヤギ、牛、狼、クマ、あらゆる獣を生み出しては放つ。だがどの獣もキャノン砲で瞬く間に吹き飛ばされていく。

「ぬぅぅぅ、馬鹿な!」

 奇妙な焦りがゴシーシャを襲っていた。獣たちを再生することが出来ないのだ。今の自分であれば、それぐらいは容易なはずだというのに。

(なぜだ、力が出ぬ。内に漲る神のパワーを感じるというのに、外へと放出できぬ! なぜだ!?)
「終わりだ、ゴシーシャ!」
「ハッ!?」

 戸惑いが生んだ一瞬の隙。ヴィーダーはそれを見逃すほど、甘くはなかった。
 一瞬にして人型へと変形したグランド・エンドは軽やかに舞いあがり、ゴシーシャの頭上を取る。高速回転するドリル、ぴたりと先端はゴシーシャの脳天に狙いを定め、急降下。赤と黒の閃光を身にまとったグランド・エンドの一撃が偽神を貫く。

「ぬおぉぉぉ!?」

 脳天から貫かれたゴシーシャは断末魔を上げて倒れる。グランド・エンドはゴシーシャの肉体を貫通し、倒れ伏したゴシーシャに背を向けていた。

「……まだだ!」

 その光景を眺めていた孝也は、ゴシーシャにまだ息があるのを見抜いていた。ゴシーシャの肉体はびくびくと痙攣を続けており、傷も徐々にではあるが修復されているのがわかる。

「野郎、まだ動けるのか! だったら、リーン・ブレイカーで……!」
「はい、勇者様!」

 止めを刺すべく、孝也とクレアは動く。まだ生きているとはいえ、ゴシーシャは相当のダメージを負っている。ここに必殺のリーン・ブレイカーを打ち当てれば勝利は確実だった。

「待て、様子がおかしい!」

 が、それはネリーに止められる。

「フン、死にぞこないめ……」

 一方、ヴィーダーもゴシーシャの生存を確認していた。呆れるしぶとさだなと思いながら、ヴィーダーは振り向き、ライフルの銃口を向ける。

「避けろ!」
「むっ?」

 孝也の叫び声を耳にしたヴィーダーは、反射的に指示に従った。
 機体を後ろへとジャンプさせる。同時に崩れていたゴシーシャの肉体から一気にどす黒いエネルギーが放出された。

「な、なんだ!」

 孝也は思わず、のけぞった。それは、明らかに尋常ではない光景であった。あふれ出るエネルギーはゴシーシャの肉体を突き破ろうとする勢いで放出されている。

「こ、このエネルギー反応は……!」

 ヴィーダーは体が震えていた。それは歓喜であり、畏れでもあった。自分はこの反応をよく知っている。
 その瞬間、ヴィーダーは完全な無防備となった。それはいつも見せている余裕から来るものではなく、茫然と、そのエネルギーを眺めているだけの姿であった。

***

「な、なんだ、これは……! ち、力が、神の力が流れ出てゆく! やめろ、ダメだ、この力は私の……!」

 全ての力が自分の中から消えていく。ゴシーシャは焦った。
 それではいけない。この力は自分が世界を支配する為に必要なものだから。これがなくては、世界は、支配できない。この力を手放してはいけない!

『ご苦労、ゴシーシャ。お前はよくやった』
「え……!?」

 肉体が崩壊していく最中、ゴシーシャが最後に聞いたのは忘れもしない声だった。

「まさか、貴様は……あなた様は……!」
『神の力をよくぞ蓄えた。貴様は良い苗だったよ』
「お、お許し、お許しください!」
『素晴らしい肉体を作り上げたな。褒美をやろう。この、ジャべラスの一部となる褒美をな!』

 絶叫が響き渡った。ゴシーシャの肉体は塵のように消え去り、その場に残ったのは放出されたエネルギー体のみ。それは揺らめく陽炎のように輪郭を崩しながらも一定の人型を作り出していた。

「うぅむ……よく馴染む」

 不確かな輪郭だった人型は次第に肉体を構築した。まず初めに現れたのは無貌の黒い肉体だった。八十メートルはあろうかという黒き巨人が神殿内部の大地に立つ。
 次に構築されたは鎧であった。金色と黒の歪な鎧。右肩には牙を持った象の頭部、左肩には馬の頭部を模した鎧が装備される。胸部には獅子の頭部を象った胸当てが出現する。右足にはヤギ、左足には蛇がそれぞれ彫刻として刻まれた具足を装備する。
 最後。無貌の頭部を覆うのは狼を模した兜、そして鉄仮面。

「素晴らしい力だ……これがあらゆる神の力を結集した姿というわけか……」

 その存在。ジャべラスは己の肉体を循環する神の力を実感していた。拳を握りしめるだけで、空間がねじ切れるのではないかと思うほどのパワーが漲る。

「ほぅ、誰かと思えば……ネリーか」

 ジャべラスは視界の端で、自分を警戒する孝也の姿を認めた。その内部にいるクレアとネリーの存在も見ぬいていた。

「哀れよなぁ、人間として零落した貴様のなんと矮小な姿か。かつての貴様は神々しく、美しかったが、今ではみすぼらしい肉の器にすぎない」
「言ってくれるね。そうしたのは貴様だろうに、ジャべラス。それになんだい、その姿は。随分と趣味がかわったんじゃないか?」

 余裕を持った返答のつもりなのだろうが、ネリーの声は少しうわずっていた。
 ジャべラスはネリーが自分に対して恐れを抱いている事を理解した。それは、愉悦であった。かつての最高神、世界を統べていた神が自分を恐れている。その事実だけでも、ジャべラスは恍惚に浸れるのだ。

「ジャべラス様!」

 反対側からはヴィーダーの声がジャべラスの耳を打った。

「おぉ、ヴィーダー」

 ジャべラスの声は優しかった。それはまるで愛する我が子へと投げかけるような声音であった。

「復活、なされたのですね!」

 ヴィーダーは、グランド・エンドを傅かせた。コクピットでは己も頭を垂れる。

「復活か」

 ジャべラスは首を横に振った。

「足りぬ。足りぬぞ。まだ力が足りぬ。神々を屠り、食らい、その力を得たが、まだ足りぬ。この私が唯一絶対の神となる為には……まだ足りぬ!」
「ハッ、ジャべラス様が求めるもの、このヴィーダー理解しております!」

 ジャべラスの言葉を受け、ヴィーダーはグランド・エンドを立ち上がらせ、ライフルを構えながら孝也たちへと狙いを定めた。
 一時的な共闘は終わりだという合図だった。

「ジャべラス様はここに復活なされた。だが、その完全な復活にはまだ足りぬものがある。クレア、貴様だ。貴様に内包されたネリーの加護、それは最高神ネリーの力に他ならない! ネリーの力を得て、ジャべラス様は……」
「だ、ダメ! 逃げて!」

 その瞬間。ヴィーダーは、なぜクレアがそんな言葉を叫んだのかわからなかった。そして、自分の身に起きた変化を理解することも、できなかった。

「じゃ、ジャべラス……様?」
「ヴィ―ダーよ。貴様も、ルカーニアとゴシーシャ同様よく働いてくれたな。ルカーニアは神々を殺す先兵、ゴシーシャは神の力を熟成させる術師として生み出した。だが、そこに貴様は現れた。貴様のおかげで、神々の討伐ははかどった」

 ジャべラスは右手をグランド・エンドにかざしていた。その指先からは赤く細いレーザービームのような光が伸び、それがグランド・エンドの四肢、そしてコクピットを貫いていた。
 それは、ヴィーダーも貫いているということでもあった。

「よくやったぞヴィーダー。貴様を活かしておいて正解であった。だがもう貴様の役目は終わりだ。貴様の肉体に懸けられたネリーの加護、ありがたく頂戴させてもらう」
「ど、どういう、ことですか……ネリーの加護? わ、私はジャべラス様の子、ジャべラス様の御使い、ジャべラス様の……!」
「違う」

 その一言は、酷く冷徹であった。

「貴様は人間だ。そう、貴様の真の名を教えよう」

 ジャべラスは指先の光を引き抜く。グランド・エンドはその場に倒れた。

「貴様の名は、大井孝也」


「ま、最もその抜け殻ではあるがな」
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