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第十八話 新たなる旅路

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「抉り取れ! トゥ・スパイラル!」

 グランド・エンドの爪先は鮮血のドリルである。巨体からの加速、そこへ破砕性能を極めたドリルによる一撃はまさしく絶大な威力を誇る。僅かな加速で一瞬にしてトップスピードに躍り出たグランド・エンドはそのままドリルを触手へとぶち込む。
 数本の触手がドリルによって抉り取られ、体液をまき散らしながら落ちてゆく。千切れた触手はびくびくと暫くは痙攣していたが、その活動が止まる前に、グランド・エンドが踏み潰す。

「フン、無事ではあるか」

 グランド・エンド、ヴィーダーは無防備にも触手の塊に背を向け、眼下を見下ろす。そこに映し出されたのはこちらを見上げるクレアの姿だった。

「小娘め、俺を利用するなどとは良い度胸だ。まぁ少しは見直してやってもいい」

 ヴィーダーとしてみれば純粋かつ正直な言葉だった。

「あなたは、まだ。私を殺せないはずだから!」

 見上げるクレアも負けじと声を張り上げた。そこにはもう恐怖も後悔も悲しみもない。ただ真っすぐな瞳だけがあった。
 ヴィーダーは、その輝かんばかりの瞳が嫌いだったが、今は良しとした。無謀であれ、無茶であれ、その行為には一定の敬意をもってやらねばならないと思ったのだ。
 むろん、ヴィーダーの中で、クレアがジャべラス復活の為の生贄という認識は一切変わっていない。ただ、クレア個人という存在を認めたに過ぎない。

「フン、まぁ、その通りだな。貴様は我が父ジャべラスに捧げる生贄故に……」

 とにかく、身の安全を保障する為、ヴィーダーはクレアをグランド・エンドのコクピットへと収めようと、腕を伸ばす。
 が、その瞬間、グランド・エンドの各部を締め上げるように触手が伸び、絡まる。
 ドリルによって切断された触手の殆どは既に再生しており、それらがグランド・エンドを拘束したのだ。ギリギリと締め上げる鈍い音が夜の海辺の街に響く。

「フッ……」

 一見すれば、その状態は絶対絶命であった。しかしヴィーダーは不敵な笑みを浮かべるだけだった。

「その程度で、グランド・エンドを止められると思うなよ」

 グランド・エンドは無造作に左腕を動かす。それだけで、触手は千切れ、同時に右腕、両脚、最後に首を絞めつける触手を握りつぶして、グランド・エンドは解放された。
 煩わしいものでも見るかのように、グランド・エンドはゆっくりと触手へと振り向く。その右手には連結されたライフル、左手にはシールドが装備されていた。

「どうせそのモンスターを通して見えているのだろうゴシーシャ。これが私の答えだ」

 槍のように先端を尖らせた触手がグランド・エンドを突き刺そうと伸びる。
 それをシールドで防ぐ。突き立てられた触手はシールドを貫けずに砕け、自滅していく。間髪入れず、グランド・エンドはライフルのトリガーを引く。放たれるビームが攻撃態勢を取っていた触手を撃ち抜き、反撃を許さない。

「待っていろ、ゴシーシャ。貴様の首を取るのはこの私だ」

 全ての触手をもぎ取られながらも敵は再生を試みていた。しかし失った触手の数が多すぎるのか、再生速度は遅く、蠢く肉塊となった敵にもはや反撃するだけの力はない。グランド・エンドは本体とも呼べるその塊に向かってライフルの照準を定める。
 最後の言葉も、ためらいもなくトリガーを引く。無情の閃光が敵を貫き、活動を停止させた。灼熱のビームによって撃ち抜かれた為か、触手の塊は炎を上げ、燃え上がる。

「さて、行くぞ小娘」

 敵の撃滅を確認したヴィーダーは今度こそ、クレアを回収して、目的を果たさなければならなかった。
 再びクレアへと振り向くグランド・エンド。
 しかし、その背後で処分を免れた触手の生き残りがいた。数は三本、それらは狡猾にも炎の中に紛れ、機会をうかがっていた。背を見せるグランド・エンドは無防備そのものに見える。戦闘が終わったという油断を感じさせるものであった。
 触手たちは先端を鋭く伸ばし、硬質化させ、ゆっくりと忍び寄る。
 グランド・エンドがピタリと立ち止まる。
 その瞬間を狙って、三本の触手は飛びかかり、ビームによって撃ち抜かれた。
 グランド・エンドはわずかに半身を翻し、ライフルを放っていた。

「ゴシーシャのやりそうな手だ」

 触手の、否、それを操っているであろうゴシーシャへと吐き捨てるようにヴィーダーは呟く。もうこの場に敵の反応はない。それを感じたヴィーダーはグランド・エンドでクレアを掴む。

「あの、ちょっと待ってください」
「無理だ。時間がない」

 クレアの嘆願をヴィーダーはばっさりと切り捨てた。

「だったら、私、飛び降ります」

 クレアは指先まで駆け出す。

「おい、貴様!」

 ヴィーダーは慌てて、クレアの行く先を遮るようにもう一方の手で壁を作った。

「貴様、狂ったか!? いいか、時間がないのは事実だ。貴様にはわからんだろうがな、ゴシーシャはこの星の霊脈を吸い尽くそうとしている。それが何を引き起こすのか、わかるか? 崩壊だぞ、この星の崩壊だ。貴様たち古い種族がどうなろうと構わんが、ジャべラス様が支配する星を崩壊させる事だけは阻止しなければならんのだぞ!」

 この星に迫る滅びのカウントダウン。その事実は、ヴィーダーも感じ取っている事であった。もはや残された時間は少ない。故に一分、一秒でも時間は惜しい。そういう意味ではこの街での足止めはヴィーダーにとっては痛いものだった。

「すぐに終わります!」

 しかしながらクレアも中々に強情であった。一歩も引く姿勢を見せない。今度は反対方向へ走り込んで飛び降りるぐらいはするだろう。自分の身をチップとしてこちらを動かそうとした少女である。それぐらいは、やるという確信がヴィーダーにはあった。

「チッ……三分だ。それを過ぎれば拘束してでも連れていく。逃げたら、街は滅ぼす」
「はい、わかっています」

 ヴィーダーは忌々し気にクレアを降ろした。
 クレアはすぐさま駆け出したが、途中で立ち止まり、振り向き、ぺこりと頭を下げた。

「いいから早くしろ」

 あの程度で、礼などされたくもない。ただそれだけだった。

***

 何とか街へとたどり着いたクレアは息を切らしながら、教会へと向かった。街にはまばらではあるが、人が戻ってきていた。みな、完全に安全が約束されたわけではない事は理解していたが、他に行く当てがないので、街に戻るしかない。
 それに、グランド・エンドと触手モンスターとの戦いを見て、茫然としているのも理由だった。
 教会の入り口では、シスターと神父がやはりポカンとした表情で遠くを見つめていたが、クレアが戻ってきたことを確認すると、ハッと我に返って、クレアを出迎えた。

「クレアちゃん!」
「お、おぉ、無事だったかい!?」

 二人は身を屈め、クレアを抱きしめてくれた。

「はい、大丈夫です!」

 クレアは笑顔で答えた。

「あの、シスター様、神父様。私、行かなきゃならないんです」
「行くって……クレアちゃん、あなた、あなたちは一体……」
「信じてもらえないかもしれませんけど、私、御使いなんです。神様に選ばれた、勇者様の御使いなんです」

 クレアの言葉に二人は驚き、顔を見合わせた。

「御使いって、最高神様が遣わす世界の救世主って……」
「うむ、伝説でまことしやかに語られるものだ……よ、よもやあの漆黒の巨人が!」
「あ、いえ、あれはちょっと違うと言いますか……説明が難しいのですけど、とにかく、私、御使いなんです。そして、勇者様もいます! 戦っているんです。だから、私、勇者様の下へ戻らないといけなくて、だから……」

 伝えたい事はたくさんある。言葉が次々に出てくるせいで、クレアはちょっとだけ言葉を詰まらせた。深呼吸をして、落ち着きを取り戻しながら、クレアは決意に満ちた表情を作る。

「安心してください。世界は、救われます。きっと、勇者様が救ってくれますから!」

 その時、クレアは満面の笑みを浮かべて言った。その言葉に何の保証もない。なんの説得力もない。ただの少女の戯言にすぎない。それでも、二人はクレアの言葉を信じる事にした。

「そう、そうなのね……フフ、よかったわ。私、シスター辞めないで済むかも」

 シスターは優しく微笑み、クレアを撫でてくれた。

「それじゃ、私たちは祈りましょうか。神と、勇者と、そして小さな御使いに」
「はい!」

 その時、戦闘機形態へと変形したグランド・エンドが彼女たちの頭上へとやってくる。

「あ、時間か……」

 クレアが見上げると、彼女の体は黒い光に包まれて吸い上げられていく。
 一瞬にして、クレアはグランド・エンドのコクピット、その後部へと収まった。
 同時にグランド・エンドは発進した。クレアは、文句も言わずに、ただキャノピー越しから遠ざかる街を見下ろした。
 灰色の石化現象は街の一帯を覆うように広がっていた。

(勇者様、私、諦めていません。きっと、勇者様は生きている。私を迎えに来てくれる。だから、待っています。勇者様)

 ただひたすら、クレアはそう願うだけだった。
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