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第四話 この異邦の世界で始まる
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フーニット大陸。
中央には海と見間違う塩湖を内包した巨大な島国である。
その大陸を治めるのが、首都シュウェル。周囲一体を豊かな緑に覆われ、王による統治の行き届いた治安の良さが売りの巨大な街である。
しかし、今はズタボロの廃墟といっても過言ではないありさまであった。首都を覆う防壁は無残にも打ち砕かれ、城下町は蹂躙しつくされていた。
唯一、王の住まうシュウェル城のみは依然として健在であったが、かつての街並みをしる者からすれば、その街は死んだも同然であった。
建国以来、侵略を許したことがないと謳われる首都は、巨大なモンスターが我が物顔で蹂躙していた。
だが、それに真向から立ち向かうものがいた。
それこそが、勇者リーン・ブレイバーであった。
***
リーン・ブレイバーのコクピット。
御使いとして選ばれた少女、クレアは繰り広げられる戦いの渦中、当然、恐怖に包まれていた。
決意はしたが、覚悟は追いつかない。九つの少女にしてみれば、その場にいることすら相当の勇気が必要となる。
それでも、クレアが立ち上がったのは、純粋に生きたいという願いと、周囲の人々を守りたいという気持ちである。
それだけが、まだ幼い少女を戦いへと駆り立てたのだ。
「大丈夫だ、クレア。君は、俺が守る」
そして、クレアが泣きだしもせずに最後まで戦えたのは、勇者の言葉があったからだ。
勇ましい声でありながらも、必ず自分を気にかけてくれるこの巨大な勇者にクレアはひとまずの安堵を抱いた。
勇者様は、自分を助けてくれた。ならば、その恩返しをしなければいけない。
震える手で握りしめたレバー。それがいったい何の為に使われるかなど、クレアは分からない。
だけど、自分がいなければ、勇者様は戦えないのだと言った。
だから、自分はここにいるのだ。
「怖い、怖いけど……逃げない!」
そして、少女は、御使いとなったのだ。
今でも本当は泣き出したいぐらい怖い。逃げ出したい気持ちだってある。だけど、逃げない。
なぜなら自分には、勇者様がいるから。世界を救う、勇者が、復活したのだから。
クレアはただひたすらにその思いのまま、勇者と共に戦いを駆け抜けた。迸る光の奔流、雷鳴にも似た轟きの中、巨大な剣を振るう勇者と共にクレアは戦ったのだ。
***
その後。
戦いを終えた勇者リーン・ブレイバー、孝也は自分の中で、すやすやと寝息を立てるクレアを起こさないように、細心の注意をはらいながら、己の機能をオフにした。どちらにせよ、クレアが起きてくれなければ起動することもままならない。
また、意識だけが覚醒した状態に逆戻りした孝也は、気分としては、ため息をついた。
「……で、そろそろ出てきたらどうなんだ?」
別に、気配を察知したわけじゃない。
ただ何となく、その女が近くにいると、そう思っただけだ。
「それじゃ、お言葉に甘えるとするかな?」
その瞬間、陽炎のように揺らめく影が孝也の頭部のすぐそばに出現したかと思えば、それは明確な存在として現れる。真っ白なフードを纏った白髪の女だった。
所々が薄汚れているのは、先ほどの戦いで吹き飛ばされたせいか、よく見れば頬にも薄い傷があった。
しかし、女はそんなもの気にした様子もなく、どこか薄ら笑みを浮かべたままだった。
「やっぱり、お前か……」
孝也は至近距離で女の顔を確認して、確信した。
この女は、自分のこんな状態に陥れた張本人だと。真っ白な空間で、自分に語りかけてきた存在と同じであると。そして、この戦いの最中に語りかけてきた存在だと、はっきりと認識したのだ。
「色々と聞きたいことは山ほどある。だが、その前にだ」
孝也個人としては、本当は今すぐにでも怒鳴りたい気分だ。しかし、それは、出来ない。まどろんだ少女を起こすことになるし、喧嘩口調なんてものを聞かせたら、怖がらせてしまう。
だから、怒りを飲み込んで、静かに言い放った。
「この子を、クレアを親のところに返せ。あとのことは、それでいいだろ?」
「ほぅ? 優しいのだな?」
「あのな、この子はまだ小さいんだぞ。それを、こんなことに巻き込みやがって。おかげでこっちはひやひやもんだ。良いからさっさと親に所に返せ。向こうだって、気が気じゃないだろうが」
ほんのわずかに語気を荒げた。
孝也は、ある意味ではお調子者だし、最近の若者といってもいいいい加減な性格の持ち主だが、常識を弁えていないわけではない。それに、今回の戦いで一番勇気を振り絞ったのは他でもない、この少女だ。ならばこそ、その勇気を労い、今は親元へ返すべきだと思ったのだ。
「それも、そうだな。分かった。まずは、この子を返そう。そうなると、詳しい話はだいぶあとになるぞ? それに、君も動けなくなるが?」
「いいからさっさとしろ。こっちも、色々と、疲れてんだ。ひと眠りしたい」
「わかったよ。それじゃ……」
女は折れた杖を掲げて、ささやくような詠唱を行う。すると、淡い光と共に女の腕にクレアが現れた。女は彼女を抱きかかえると、ちらっと孝也の顔を見て、「助かったよ」と言って、消えて行った。
「フン……」
愚痴の一つでも言ってやろうと思ったが、結局出てこなかった。
巨大な剣を地面に突き刺したままの状態で、孝也の体は停止していた。さっきまではあれだけ自由に動けていたのに、今じゃ、指の一つもろくに動かせやしない。
どうやらあの少女がいないと動けないらしい。
どっちにしろ、自分が動けるようになる方法はひとまずわかったのでよしとする。
それよりも、だ。
「勇者、ね」
勢いである。とにかく全ては勢いのせいである。それと、突如として自分の頭の中に流れ込んできたデータのせいである。
勇者リーン・ブレイバーというこの体。なるべく、クレアを怖がらせないようにそれらしい口調で演じてみたし、わりと自分もノリノリだったのも認めるが、やはり、冷静になると、恥ずかしいわけである。
「やっべぇ……俺、とんでもないことやらかしたぞ……」
恥ずかしさのぶり返しである。『勇者』と名乗った事ですらそれなのに、先ほどまでの戦いを思い返してみれば、自分はらしくないセリフばかり吐いていた気がする。
『君を守る』とか『輪廻・両断』とか、一体どこからそんな言葉が出てくるのかと。確かに、戦い方や自分の体の仕組みはデータとして理解できる。いかに、自分の体が兵器じみたものなのか、どれだけの力を秘めているのか、手に取るように理解できる。
少なくともこの世界の武器や魔法で、自分を傷つけられるものはいない。それこそ、神の力を宿した存在でもない限り、この体はまさしく無敵であり、不死身だ。
「えぇい、クレアを怖がらせない為に頑張っては見たが、やっぱ恥ずかしいだろあれ! なんだよ、あんなヒーローごっこみたいな事、小学生の頃に卒業したはずなのによぉ! あぁ、ダメだ。思い出すだけで、恥ずかしさがこみあげてくる」
その後も、孝也は口々にあぁでもないこうでもないと自分でもよくわからない言い訳を連発した。もしも、体が動けば今頃頭を抱えて地面を転がっていたに違いない。それができないので、とにかく叫んで発散するのだ。
一通りの叫びが終わると、いくらかの落ち着きを取り戻す。諦めがついたともいえる。
「世界を守るかぁ……そりゃ、ちょっとは期待したし、夢も見たけどよぉ……これじゃぁなぁ……自由に動けねぇし、そもそも人間じゃねぇし」
誰だって、大なり小なりの冒険活劇は夢見るものだ。誰だって自分が主人公として思い描く物語があるはずだ。孝也だって、それがないわけじゃない。いくら恥ずかしがった所で、そういう妄想の類をしてこなかったわけじゃない。
剣と魔法の世界、それとも超能力に目覚めるか?
戦いの中で、仲間と出会い、可愛い女の子と出会い、ロマンスを走るか?
何にせよ、今の自分の状況はそれに近いものであるのは間違いないのだが、いかんせん、体が人間じゃないのだ。
「俺、元に戻れるのかよ……」
そして、最もな疑問が今更に浮かび上がる
機械の体に入れ替わった今、自分の、元の肉体は一体どこにあるのだろうか。無事なのだろうか、このややこしい問題が終わった時、果たして自分はどうなるのか、一抹の不安を抱えながらも、孝也はふて寝を決め込んだ。
何もできない以上、今は、そうするしかなかったからだ。
中央には海と見間違う塩湖を内包した巨大な島国である。
その大陸を治めるのが、首都シュウェル。周囲一体を豊かな緑に覆われ、王による統治の行き届いた治安の良さが売りの巨大な街である。
しかし、今はズタボロの廃墟といっても過言ではないありさまであった。首都を覆う防壁は無残にも打ち砕かれ、城下町は蹂躙しつくされていた。
唯一、王の住まうシュウェル城のみは依然として健在であったが、かつての街並みをしる者からすれば、その街は死んだも同然であった。
建国以来、侵略を許したことがないと謳われる首都は、巨大なモンスターが我が物顔で蹂躙していた。
だが、それに真向から立ち向かうものがいた。
それこそが、勇者リーン・ブレイバーであった。
***
リーン・ブレイバーのコクピット。
御使いとして選ばれた少女、クレアは繰り広げられる戦いの渦中、当然、恐怖に包まれていた。
決意はしたが、覚悟は追いつかない。九つの少女にしてみれば、その場にいることすら相当の勇気が必要となる。
それでも、クレアが立ち上がったのは、純粋に生きたいという願いと、周囲の人々を守りたいという気持ちである。
それだけが、まだ幼い少女を戦いへと駆り立てたのだ。
「大丈夫だ、クレア。君は、俺が守る」
そして、クレアが泣きだしもせずに最後まで戦えたのは、勇者の言葉があったからだ。
勇ましい声でありながらも、必ず自分を気にかけてくれるこの巨大な勇者にクレアはひとまずの安堵を抱いた。
勇者様は、自分を助けてくれた。ならば、その恩返しをしなければいけない。
震える手で握りしめたレバー。それがいったい何の為に使われるかなど、クレアは分からない。
だけど、自分がいなければ、勇者様は戦えないのだと言った。
だから、自分はここにいるのだ。
「怖い、怖いけど……逃げない!」
そして、少女は、御使いとなったのだ。
今でも本当は泣き出したいぐらい怖い。逃げ出したい気持ちだってある。だけど、逃げない。
なぜなら自分には、勇者様がいるから。世界を救う、勇者が、復活したのだから。
クレアはただひたすらにその思いのまま、勇者と共に戦いを駆け抜けた。迸る光の奔流、雷鳴にも似た轟きの中、巨大な剣を振るう勇者と共にクレアは戦ったのだ。
***
その後。
戦いを終えた勇者リーン・ブレイバー、孝也は自分の中で、すやすやと寝息を立てるクレアを起こさないように、細心の注意をはらいながら、己の機能をオフにした。どちらにせよ、クレアが起きてくれなければ起動することもままならない。
また、意識だけが覚醒した状態に逆戻りした孝也は、気分としては、ため息をついた。
「……で、そろそろ出てきたらどうなんだ?」
別に、気配を察知したわけじゃない。
ただ何となく、その女が近くにいると、そう思っただけだ。
「それじゃ、お言葉に甘えるとするかな?」
その瞬間、陽炎のように揺らめく影が孝也の頭部のすぐそばに出現したかと思えば、それは明確な存在として現れる。真っ白なフードを纏った白髪の女だった。
所々が薄汚れているのは、先ほどの戦いで吹き飛ばされたせいか、よく見れば頬にも薄い傷があった。
しかし、女はそんなもの気にした様子もなく、どこか薄ら笑みを浮かべたままだった。
「やっぱり、お前か……」
孝也は至近距離で女の顔を確認して、確信した。
この女は、自分のこんな状態に陥れた張本人だと。真っ白な空間で、自分に語りかけてきた存在と同じであると。そして、この戦いの最中に語りかけてきた存在だと、はっきりと認識したのだ。
「色々と聞きたいことは山ほどある。だが、その前にだ」
孝也個人としては、本当は今すぐにでも怒鳴りたい気分だ。しかし、それは、出来ない。まどろんだ少女を起こすことになるし、喧嘩口調なんてものを聞かせたら、怖がらせてしまう。
だから、怒りを飲み込んで、静かに言い放った。
「この子を、クレアを親のところに返せ。あとのことは、それでいいだろ?」
「ほぅ? 優しいのだな?」
「あのな、この子はまだ小さいんだぞ。それを、こんなことに巻き込みやがって。おかげでこっちはひやひやもんだ。良いからさっさと親に所に返せ。向こうだって、気が気じゃないだろうが」
ほんのわずかに語気を荒げた。
孝也は、ある意味ではお調子者だし、最近の若者といってもいいいい加減な性格の持ち主だが、常識を弁えていないわけではない。それに、今回の戦いで一番勇気を振り絞ったのは他でもない、この少女だ。ならばこそ、その勇気を労い、今は親元へ返すべきだと思ったのだ。
「それも、そうだな。分かった。まずは、この子を返そう。そうなると、詳しい話はだいぶあとになるぞ? それに、君も動けなくなるが?」
「いいからさっさとしろ。こっちも、色々と、疲れてんだ。ひと眠りしたい」
「わかったよ。それじゃ……」
女は折れた杖を掲げて、ささやくような詠唱を行う。すると、淡い光と共に女の腕にクレアが現れた。女は彼女を抱きかかえると、ちらっと孝也の顔を見て、「助かったよ」と言って、消えて行った。
「フン……」
愚痴の一つでも言ってやろうと思ったが、結局出てこなかった。
巨大な剣を地面に突き刺したままの状態で、孝也の体は停止していた。さっきまではあれだけ自由に動けていたのに、今じゃ、指の一つもろくに動かせやしない。
どうやらあの少女がいないと動けないらしい。
どっちにしろ、自分が動けるようになる方法はひとまずわかったのでよしとする。
それよりも、だ。
「勇者、ね」
勢いである。とにかく全ては勢いのせいである。それと、突如として自分の頭の中に流れ込んできたデータのせいである。
勇者リーン・ブレイバーというこの体。なるべく、クレアを怖がらせないようにそれらしい口調で演じてみたし、わりと自分もノリノリだったのも認めるが、やはり、冷静になると、恥ずかしいわけである。
「やっべぇ……俺、とんでもないことやらかしたぞ……」
恥ずかしさのぶり返しである。『勇者』と名乗った事ですらそれなのに、先ほどまでの戦いを思い返してみれば、自分はらしくないセリフばかり吐いていた気がする。
『君を守る』とか『輪廻・両断』とか、一体どこからそんな言葉が出てくるのかと。確かに、戦い方や自分の体の仕組みはデータとして理解できる。いかに、自分の体が兵器じみたものなのか、どれだけの力を秘めているのか、手に取るように理解できる。
少なくともこの世界の武器や魔法で、自分を傷つけられるものはいない。それこそ、神の力を宿した存在でもない限り、この体はまさしく無敵であり、不死身だ。
「えぇい、クレアを怖がらせない為に頑張っては見たが、やっぱ恥ずかしいだろあれ! なんだよ、あんなヒーローごっこみたいな事、小学生の頃に卒業したはずなのによぉ! あぁ、ダメだ。思い出すだけで、恥ずかしさがこみあげてくる」
その後も、孝也は口々にあぁでもないこうでもないと自分でもよくわからない言い訳を連発した。もしも、体が動けば今頃頭を抱えて地面を転がっていたに違いない。それができないので、とにかく叫んで発散するのだ。
一通りの叫びが終わると、いくらかの落ち着きを取り戻す。諦めがついたともいえる。
「世界を守るかぁ……そりゃ、ちょっとは期待したし、夢も見たけどよぉ……これじゃぁなぁ……自由に動けねぇし、そもそも人間じゃねぇし」
誰だって、大なり小なりの冒険活劇は夢見るものだ。誰だって自分が主人公として思い描く物語があるはずだ。孝也だって、それがないわけじゃない。いくら恥ずかしがった所で、そういう妄想の類をしてこなかったわけじゃない。
剣と魔法の世界、それとも超能力に目覚めるか?
戦いの中で、仲間と出会い、可愛い女の子と出会い、ロマンスを走るか?
何にせよ、今の自分の状況はそれに近いものであるのは間違いないのだが、いかんせん、体が人間じゃないのだ。
「俺、元に戻れるのかよ……」
そして、最もな疑問が今更に浮かび上がる
機械の体に入れ替わった今、自分の、元の肉体は一体どこにあるのだろうか。無事なのだろうか、このややこしい問題が終わった時、果たして自分はどうなるのか、一抹の不安を抱えながらも、孝也はふて寝を決め込んだ。
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