やぎゅうひめ!

甘味亭太丸

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第18話 これにて一件落着?

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「そこまでだ!」

 天狗様に抱えられながら私は廻船に火をつけたであろう人影に向かって叫んだ。
 ごうごうと燃え上がる廻船、その灯りに照らされて、小舟に乗った人影がこちらを見上げた。
 真っ黒な頭巾をかぶって、目元以外も真っ黒な布で覆われているせいか男の人なのか女の人なのかもわからない。
 プンと匂うのは油、小舟には弓が無造作に置かれていた。もしかして、火をつけた矢を使ったのかもしれない。

「船に火をつけるなんて! 絶対に許しませんからね!」

 それでも一隻だけ燃やされてしまったのは残念だ。
 でもこれ以上はやらせないからね。

「気を付けろよ。四凶の気配がビンビンだ」

 天狗様も警戒している様子だ。
 私も小刀を抜いて相手の出方をうかがう。
 刀で人を傷つけたくはないけど、悪い人を懲らしめる為なら振るってもいい。これは宗矩のお爺様の教えだ。
 むやみやたらに剣は振るうものじゃない。剣とは人を切る為のものじゃなく、悪を切るもの。
 これこそが新陰流の教えなんだから。

「とうこつさま……とうこつさま……」

 何かつぶやき始めた!
 黒頭巾の周りに嫌な空気が流れ始めて、黒いもやが浮かび上がってくる。

「とうこつ、檮杌だと!」

 天狗様がわずかに後ろに下がった。
 それと同時にもやが黒頭巾の目の前に集まって何かを形作る。ぐにょぐにょとした奇妙な動きは次第におじいさんの仮面をつけたような顔になり、体は細がない四足の動物に、尻尾も蛇のように長くてにゅるにゅるとうごめいている。
 まさか、これが檮杌……!

「野郎、逃げるな!」

 私たちがあっけにとられている間に、黒頭巾の男はなんと水の上を走って逃げていく。
 な、なにあれ、忍者かなにかかぁ!?

「天狗様、おっかけて!」
「言われんでも!」

 すぐさま黒頭巾を追いかけようとするのだけど、それを遮るように檮杌が割り込んでくる。
 あわや正面衝突かと思われたけど、天狗様はすぐさま真上に上昇して避ける。それを追いかけてくる檮杌。
 壮絶な鬼ごっこの始まりだった。あんな怪物に掴まったら一貫の終わりだよ。
 天狗様もそう思ってるのか、かなり必死に飛んでいる。だけど檮杌は早い、もうすぐ追いつかれそうだった。
 あぁもう、早くあの黒頭巾も追いかけないといけないのに!

「天狗様ぁ! なんとかしてよぉ!」
「無理な事をいうなぁ! あの黒頭巾の木像を破壊するしかねぇんだよ! うおっ、かすったぁ!」
「うわわわ!」

 一瞬、私たちのすぐそばを檮杌がすり抜けていった。
 ものすごい勢いで、天狗様があおられてしまい空中できりもみ状態。
 うー目が回る!

「村正でやっつけられないの!?」
「切ったところで再生するだけってのは白虎の時にも見ただろ!」
「どん詰まりじゃんかぁぁ!」
「んなこたぁわかってんだよ! うおぉぉぉ!?」

 バカみたいに喧嘩していると遂に檮杌が私たちの目の前に出て進行方向をふさいでくる!
 まずい! このままじゃ!

「やれ、いささか目論見通りとはいかぬが……」

 檮杌の鋭い爪が私たちめがけて振り下ろされようとする瞬間。
 燃え盛る廻船の炎がまるで生き物みたいに伸びてきて檮杌を締め付ける。ギリギリと締め付ける炎の縄、次第にその炎はまるで鳥のような形になって、檮杌を完全に抱え込んだのだった。

「まさか、朱雀か!」
「ほ、炎の鳥、これが朱雀様?」

 朱雀様は暴れもがく檮杌を抑え込みながら、江戸湊から引きずり離していく。
 その途中、ちらりとこちらに頭を向けると、

「それ、急ぎ術者を捕らえよ。まったく、もう少しやると思ったのだがな」
「い、いわれんでもそうするわ! いくぞお松!」
「うん、朱雀様、ありがとうございます!」

 私たちは檮杌の相手を朱雀様に任せて急ぎ黒頭巾を追う。
 いくらなんでもまだこの江戸湊からは出ていっていないはずだ。
 ただ厄介なのはこの騒ぎのせいで、江戸湊の人々が目覚めて、何事かと外の様子をうかがってくることだった。

「天狗様、人の中に紛れ込まれたら大変だよ!」
「心配するな。奴の気配はばっちり捉えてる。気が付かんか、熱気が収まっている!」
「え? あ、ほんとだ、なんか寒い!」

 あれだけ蒸し暑かったのが、一気に肌を突き刺すような寒さが舞い戻ってくる。

「今わかったことだが、あの熱気は朱雀の結界だったんだよ。あの熱気で呪いを防いでいたんだ。かなり力任せな方法だが、あの黒頭巾の野郎が離れて、檮杌も朱雀が抑え込んでいる今が好機って奴だ!」

 もしかして、朱雀様は私たちにこの事を伝えようとわざと熱気を振りまいていたのかもしれない。
 あぁ、だとしたらこれだけおぜん立てされて取り逃がしたら恥ずかしいわ!

「天狗様、絶対に捕まえようね!」
「あぁ、そして都合がいいな。あの野郎、町から離れていくぜ。よっぽど慌ててたとみるべきだな。逃げる事だけに集中したのが運の尽きだ!」

 天狗様は急加速をつけて、江戸湊から離れて、江戸へと通じる街道へと向かう。
 急いで、天狗様!

***

 夜の街道はなんの光もなくて真っ暗のはずだけど、暗いのに目が慣れてきたおかげかちょっとだけ見える。
 私たちの真下に、あの黒頭巾がいた。
 驚くべきは天狗様の飛ぶ速度と全く同じような速さで走っている事!
 本当に忍者みたいだ!

「天狗様、追いつける?」
「なんとかやってる! あの野郎、どういうわけか天狗の術を使ってやがるぜ!」
「どういう事? あいつも天狗様なの?」
「いや、俺様と同じ気配は感じねぇ。大方、どこぞの馬鹿天狗が人間に術を教えたんだろう。たまにいるんだよ、そういう馬鹿が!」

 なるほどね。
 だったら今までの事にだってちょっと納得がいくかも。
 天狗様のような術が使えるのなら、今までの事件だって簡単に準備できるはずだわ。
 でも……うぅん、今はとにかくあいつを捕まえる!

「ぬおぉぉぉあともう少しなんだがぁぁぁぁ!?」

 天狗様も頑張ってくれているけど、黒頭巾の方も私たちの事に気が付いたのかそう簡単には距離を縮めさせてくれない。
 なにか、何か方法はないのか!?

「……ん? あれ、まさか」

 その時、私は街道の先、黒頭巾を通せんぼするように立つ小さな人影に気が付いた。
 なんでそんなものに目がいったのかは分からかったけど、その姿があらわになるにつれて、私はびっくりもして、同時に苦笑いも浮かべてしまう。

「お、お竹ぇ!?」

 そう、そこに立っていたのはお竹だった。
 ぷくっと頬をふくらませて、手に持った天狗のうちわを大きく振る。
 猛烈な風が巻き起こり、それが黒頭巾の動きを止めた。

「しめた!」

 なんでこんなところにお竹がいるのかは分かんないけど、今はそれよりも!

「うおぉぉぉぉ! 下がるぞぉぉぉぉ!」

 天狗様は急加速、急降下! 両足を器用に使って黒頭巾の上半身を抑え込む。

「お松、木像だ!」
「はい!」

 私は天狗様の腕から飛び出て着地、その間に天狗様は黒頭巾を羽交《はが》い絞《じ》めにした。
 黒頭巾はじたばたともがいているけど、天狗様はがっちりと掴んでいるので、もう離れる事は出来ない。
 私はためらいもなく、黒頭巾の懐をあさって木像を奪い取る。

「えぇい!」

 取り出した木像を小刀で突き刺すと、木像はボロボロと腐ったように崩れていった。
 すると、今までもがいていた黒頭巾がぴたりと大人しくなる。

「観念しやがったな。どれ、つらでも拝んでやるかい」

 黒頭巾の両腕をつかんだまま、天狗様をくちばしで頭巾をくわえて引きはがす。

「へ?」

 頭巾の下から出てきたのは、なんともさえないおじさんだった。
 こ、この人が今までの事件を引き起こしてきた張本人? なんだか、拍子抜けするような……。

「う、うーむ……」

 あ、気が付いた。
 私は一応、小刀を構える。天狗様がつかまえているから大丈夫だとは思うけど。

「む? な、なんだここは? だ、誰だ離せ! 俺はやると決めたんだ!」

 おじさんは目が覚めた途端に大声で怒鳴りだす。
 耳がキンキンするぐらいうるさい。

「ちょ、ちょっとうるさいですよ!」

 両耳をおさえても聞こえてくる。
 私も負けじと大声を出すと、おじさんは私の顔を見てしかめっつらを向けてきた。

「こ、このガキ! なんのつもりだ、俺を解放しやがれ!」
「できるわけないでしょ! 船に火をつけるどころか、江戸にあんなひどい事までして!」
「黙れ! 仕事を首にされた俺の気持ちがわかるか! あまの屋の為にあれだけ働いてきてやったのにちくしょうめ!」
「おい、いい加減黙ってろ」

 あまりにも騒ぐせいか、天狗様がバチバチとくちばしを鳴らしながらおじさんを地面に押し付ける。

「ひぃ! て、天狗、なんで天狗が! お、お前ら何者だよ!」
「うるせぇなぁ。誰でもいいだろ……よっと」

 天狗様がおじさんのひたいを指でパチンとはじくと、おじさんは一瞬で気を失う。
 うわー痛そう……その後、天狗様はどこからか取り出した草のつたでおじさんをしばりあげる。

「へっへっへ、こいつはそう簡単にゃ切れないぜ」
「ふぅーこれにて一件落着かな?」

 へなへなと私はくたびれて座り込む。

「お姉ちゃん、ずるいです!」

 すると、私の真後ろからお竹の怒った声が聞こえてくる。

「私を置いていくなんて!」
「あんたが寝てるからでしょ。どうせ起きないと思ってたんだもの」

 まさか起きてくるとはね。

「いや、それより、あんた、どうやってきたのさ? 天狗様はいないんだけど」
「ふーんだ。私にはうちわがありますもんねぇ」

 お竹は手にもったうちわを高々と掲げる。

「……まさか、それで飛んできたの? 天狗様、そんなことできるの?」
「ん? あぁ、やろうと思えばな。まさか、そこまで使いこなすとは……」
「はい! もしかしたらできるかなぁって思ってやったら出来たんです!」

 えへんと胸を張るお竹。
 いや、やったら出来たって……そんな無茶苦茶な。
 我が妹ながら末恐ろしいわね。

「ふふーん、お竹がいなかったらその人捕まえられなかったですよね?」
「わかってるわよ。ありがと」
「えへへ~」

 頭をなでてやるとお竹はにっこりと笑顔に。
 ふふん、ちょろいわね。
 ま、助かったのは本当だし、よしとしましょうか。

「それで、天狗様、この人どうするの?」
「術が使えても、こうやって縛っておけばもう何も出来ねぇよ。役人にでもつきだしちまえばいいのさ」

 ま、そうだよね。
 悪い人をさばくのはお役人様のお仕事だし。
 というわけで、このおじさんは江戸湊の入り口まで運んで、ぽーんと放り投げる。
 その顔には『火付け人なり』の張り紙を引っ付けてね。
 でも、これで本当に終わったんだろうか?
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