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第13話 二つ目の木像
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シロ、いいえ白虎様と窮奇がにらみ合いを続ける。
巨大なトラの姿をした二体、お互いに唸り声をあげ威嚇しつつ、出方をうかがっている様子だ。
はたから見ている私たちも手に汗握る緊張感があった。
「礼を言うぞ、娘」
「へ?」
その声は白虎様から聞こえた。
ゆらり、と動き出した白虎様はそばにいるお竹を守るように前に出る。
「だが、今は下がっていろ」
かと思ったら、白虎様は長いしっぽを振るって、ものすごい風を巻き起こした。
その瞬間、小さなお竹の体がふわりと宙に浮かんで、私たちの方へと放り投げられるように風に舞った。
「わ、わ!」
慌ててお竹を受け止める。
その間にも、白虎様と窮奇はお互いに相手へと飛び掛かっていった。一瞬にして竜巻になり、まるでコマのようにがつんがつんとぶつかり合う。
「す、すごぉい。あれが、神様の力なんだ」
「シロー頑張れぇ!」
あんな竜巻に巻き込まれたらお城ですら一瞬で崩れちゃうかもって勢いだ。
なんだかもう、私たちが介入できるような戦いじゃないって感じ……。
私たちはただぼうぜんとその光景を眺めるしかなかった。
「白虎は誇り高い神だという。お前たちを巻き込みたくないんだろう……」
天狗様は激しい戦いが繰り広げられる空を眺めてつぶやくように言った。
竜巻はいつの間にか消えていたけど、相変わらずすさまじい風だ。白虎様も窮奇も空の上で爪を立て、吠えながら何度も何度もぶつかり合っていた。
やっぱり、神様なだけはあって白虎様も強い。でも、どうしてだろう? 私は妙な不安感を覚えていたのです。
だけど、私の不安をよそに白虎様の鋭い爪が窮奇を切り裂く。
「あ……!」
勝負あり! と思ったその瞬間、窮奇は三つの黒いもやになって飛び散った。
「かまいたちだ!」
天狗様が驚いたような声を上げた。確か、天狗様はかまいたちは三体一組の妖怪だって言ってたけど、まさか、こういう事だったの?
「窮奇の奴は、白虎に倒される瞬間にかまいたちに分かれたんだ!」
しかも、それぞれがでたらめに動いて白虎様を痛めつける。
何度もぶたれた白虎様はあっけないぐらいに地面に落ちてきた。
まさか、白虎様はまだ怪我がちゃんと治っていないんじゃ!?
「そんな、シロ!」
「お竹、危ないわ!」
落ちてきた白虎様に駆け寄るお竹。
いくら何でも不用心すぎる。案の定、窮奇だった三つの黒いもやは白虎様とお竹に迫っていた。
私は小刀を抜き放ち、あいつらを追い払おうとしたのだけど。
「こっちにくるなぁ!」
お竹が大声で叫ぶ。
その時、迫りくる黒いもやが突風にあおられて吹き飛んでいった。
お竹の手には、天狗様からもらったうちわが強く握りしめられていた。それをふって、いつかの時みたいに大きな風を巻き起こしたんだ。
三つのもやは再び窮奇の姿に戻ると、明らかにこっちを警戒していた。
「あっちいけぇぇぇ!」
お竹は再び天狗のうちわを振り、突風が窮奇を押しのける。
たまらず窮奇は竜巻をまとって、うちわの風を防いでいた。
うちわの風は竜巻の前には無力で、一瞬で消えていく。
「やらせない」
「駄目だよ、シロ。こんなに怪我してるじゃない!」
ゆらりと立ち上がる白虎様。シロの時と同じで、ひどい怪我をしている。
立ってるのだってやっとって感じだけど、凛々しい瞳はキッと窮奇を睨みつけていた。
「娘よ、二度もおぬしに助けられたな。礼を言う。ふがいない神ゆえにここまでおくれを取ったが、安心しろ。おぬしたちを守るのが守護神の役目だ。さぁ、逃げてくれ!」
白虎様はおおきな咆哮をあげると、空中に飛んで、竜巻となって窮奇とぶつかり合う。
またもや竜巻同士の衝突が始まった。
「そうか、わかったぞ。あの窮奇は、竜巻そのものなのだ!」
「どういう事ですか、天狗様」
ここで、天狗様が何かに気が付いたみたいだった。
もしかしたらこの状況を何とかできるかもしれない。
「言葉の通りだ。俺たちが窮奇だと思っていたものは、ただのまぼろし、本当の奴はあの竜巻そのもので、あちこちで風を起こしていたんだ。いうなれば空気の塊、いくら切り刻んでも殴っても立ちどころに分裂するが、こっちを傷つける事は出来る……窮奇の正体みたりって所だ。奴をいくら切っても無駄だ!」
「それじゃ勝ち目がないじゃないですか!」
「いや、ある! 木像を探せ、玄武の時と同じだ。どこかに、窮奇を実体化させてる木像があるはずだ」
玄武様を閉じめていたあの趣味の悪い木像と同じものがここにあるって事?
一体だれがそんなことを……いや、今はそれよりも木像だ。それを探さないと。
「でも、探すって言ってもどうやって……」
「邪気が蔓延している……探そうにも……いや、待てよ。お竹、白虎からもらった勾玉は持っているな?」
「う、うん!」
お竹は巾着袋から真っ白な勾玉を取り出す。
「どうするのですか?」
「それを使えば、木像の場所を見つける事が出来るかもしれねぇ」
「本当ですか!?」
「あぁ、だが……」
天狗様はそれに手を伸ばし、つかみ取ろうとした瞬間、ぴたりと止まり、お竹の方を見た。
「お竹、まずはじめにことわっておく。この勾玉は白虎の聖なる霊力の塊だ。これを使ってこの一帯の邪気を吹き飛ばす。だが、そうなれば、この勾玉は砕けちまう」
「えぇ!?」
お竹がちょっとだけ体を震わせた。
そりゃ当然だよ。これはお竹が白虎様から頂いたものだもの。天狗様も、これは高価なものだって言ってたじゃないですか。
「いいよ、これを使えばシロを助けられるんですよね?」
だけど、お竹は逆に天狗様の手を取って勾玉を握らせた。
「いいの、お竹?」
「うん、だって、今はシロの方が心配だもん」
「すまん、それじゃ遠慮なく使わせてもらうぜ」
天狗様は勾玉を握りしめながらぶつぶつと念を唱える。
すると、ぽぅっと天狗様から、いや私が持つ村正から光があふれていく。
「お松、村正を掲げろ。霊力の全てをそこに集中させた」
「わかったわ!」
私は言われた通り、鞘から小刀を抜き放つ。
「よぉし、霊力が高まってきたぞ……むっ?」
だけど、その瞬間、窮奇の恐ろしい唸り声が真上から響いた。
ハッとなって見上げると、窮奇がおそろしい顔をしながらこっちに向かってきていたのだ。
「お姉ちゃんの邪魔をするな!」
お竹がうちわを振るう! 真っ白な空気の塊が窮奇めがけてうちこまれた。
だけど、窮奇はそれをひらりとかわして、こっちに迫ってくる。
「お竹、うちわをあおぎまくれぇ!」
「やってますぅ!」
天狗様が焦り、お竹は必至にうちわをあおぐ。
窮奇をこっちに寄らせまいと頑張ってくれるけど、窮奇は止まらない。
ま、まずい、このままじゃ!
「助けて、シロー!」
うちわをあおぎ続ける中、お竹の悲痛な叫びが響いた。
「おぉぉぉ!」
それは、白虎様に届いていたようだった。
私たちを目前にとらえた窮奇は、横から飛び掛かってきた白虎様の体当たりでぶっ飛んでいく。
白虎様は竜巻となって、窮奇を押し出そうとしていた。窮奇も対抗して竜巻と化す。
「今だ! お松、思い切り振り下ろせ!」
念を唱え終えた天狗様が勾玉を掲げる。すると、勾玉がパキパキと音を立てて割れていく。
その瞬間、目には見えないけど、霊力が村正の刃に集まってくるのを感じた。
「えぇい!」
振り下ろすと、何か暖かなものが周りに広がっていくのがわかる。
邪気を払う、ってこういう事なのか。
見た目で何かが変わっているわけじゃないど、なんとなく体が軽くなったようなそんな感じだ。
「よし、邪気が消えて……あったぞ、邪気の濃い場所だ!」
天狗様が指さす方向、それは川にかかった橋。
日本橋と呼ばれる立派な橋だ。
「あの真下に木像の反応がある!」
「だったらそれを壊してやれば!」
「窮奇も消える! 急げ、窮奇の奴に邪魔されると厄介だぞ!」
「お姉ちゃん!」
急いで日本橋の下に向かおうとするとお竹が必死な声で叫んだ。
「どうしたの、お竹……って、うわぁぁぁ!」
振り向いた瞬間、お竹は私めがけてうちわをあおった。
当然、私は勢いよく風に吹き飛ばされていくのです。
「なにするのよお竹ぇ!」
「いや、ちょうどいい! このまま加速だ!」
風に吹っ飛ばされる中、天狗様は私の首根っこをつかんで風に乗る。
ぐえぇぇ、天狗様もっと優しく!
だけど、この風のおかげで私は一瞬で橋の下に辿りつく事が出来たのです。
まさかお竹、そこまで考えて?
「でもちょっと相談欲しかったなぁ!」
なんとか着地に成功、そのまま木像を探すようにきょろきょろと周囲を見渡す。
「あったぞお松、あれだ」
天狗様が指さす方向、橋の土台、その陰に隠されるように四本足のトラのような姿をした木像が置かれていた。よく見ると、橋の土台には不気味な文字が刻まれている。
「しかし、白虎はなぜ橋を壊さなかったんだ。あいつの力ならこれぐらいは……」
「きっと、白虎様は日本橋が壊れると江戸が大変な事になるってわかっていたんだよ。だって、この日本橋とこの周りは色んなものを江戸に運んできてくれる大切な場所だから。そこがめちゃめちゃになったら、江戸の人たちが悲しむってわかっていたんだ」
「なるほど、白虎の力じゃ木像だけを破壊するなんてことは出来ない。他にも当然影響が出る……だが、逆を考えればこれをしかけた奴は相当な悪党だな」
「私もそう思う。この土地を守ろうとしてくれた白虎様の思いを利用しているんだから!」
そう思うとなんだか本当に腹が立ってくる。
誰がこんなひどい事をしでかしたのか、もし出会ったらきっちりとこらしめてやりたいわ!
そんな思いを抱きながら、私は小刀で木像を切り捨てる。
その瞬間、
──ギャオォォォォ!」
窮奇の断末魔《だんまつま》がびりびりと響いた。
そして、風が、ぴたりと止んだ。
橋の真下から出ると、外は静かで、もう竜巻のおそろしい音は聞こえない。
「お姉ちゃん!」
遠くからお竹が手を振ってこっちに駆け寄ってきていた。
どうやらお竹も無事だったみたい。
私も手を振ってお竹の返事を返す……って、あ、お竹が転んだ!
「あぁ!」
と思った瞬間、お竹の体がふわりと浮かんで、こっちにやってくる。
その時、私はうっすらとだけど、白虎様がお竹の帯をくわえてこっちに運んでくるような姿が見えた。
ぽとり、とお竹が私の目の前に降りてくる。その時、ふわりと優しい風が吹いた。
「白虎も役目を終えて、眠りにつくようだな。ずいぶんと霊力を使ったみたいだ」
風が流れていく方向を見ながら、天狗様がつぶやく。
「シロー! 元気でねぇ!」
お竹は、もう姿の見えなくなった白虎様に向かって、手を振った。
どこにいるかわからないけど、きっとその声は白虎様に届いたと思う。
だって、気持ちの良い風が私たちを包み込んでくれたから。
巨大なトラの姿をした二体、お互いに唸り声をあげ威嚇しつつ、出方をうかがっている様子だ。
はたから見ている私たちも手に汗握る緊張感があった。
「礼を言うぞ、娘」
「へ?」
その声は白虎様から聞こえた。
ゆらり、と動き出した白虎様はそばにいるお竹を守るように前に出る。
「だが、今は下がっていろ」
かと思ったら、白虎様は長いしっぽを振るって、ものすごい風を巻き起こした。
その瞬間、小さなお竹の体がふわりと宙に浮かんで、私たちの方へと放り投げられるように風に舞った。
「わ、わ!」
慌ててお竹を受け止める。
その間にも、白虎様と窮奇はお互いに相手へと飛び掛かっていった。一瞬にして竜巻になり、まるでコマのようにがつんがつんとぶつかり合う。
「す、すごぉい。あれが、神様の力なんだ」
「シロー頑張れぇ!」
あんな竜巻に巻き込まれたらお城ですら一瞬で崩れちゃうかもって勢いだ。
なんだかもう、私たちが介入できるような戦いじゃないって感じ……。
私たちはただぼうぜんとその光景を眺めるしかなかった。
「白虎は誇り高い神だという。お前たちを巻き込みたくないんだろう……」
天狗様は激しい戦いが繰り広げられる空を眺めてつぶやくように言った。
竜巻はいつの間にか消えていたけど、相変わらずすさまじい風だ。白虎様も窮奇も空の上で爪を立て、吠えながら何度も何度もぶつかり合っていた。
やっぱり、神様なだけはあって白虎様も強い。でも、どうしてだろう? 私は妙な不安感を覚えていたのです。
だけど、私の不安をよそに白虎様の鋭い爪が窮奇を切り裂く。
「あ……!」
勝負あり! と思ったその瞬間、窮奇は三つの黒いもやになって飛び散った。
「かまいたちだ!」
天狗様が驚いたような声を上げた。確か、天狗様はかまいたちは三体一組の妖怪だって言ってたけど、まさか、こういう事だったの?
「窮奇の奴は、白虎に倒される瞬間にかまいたちに分かれたんだ!」
しかも、それぞれがでたらめに動いて白虎様を痛めつける。
何度もぶたれた白虎様はあっけないぐらいに地面に落ちてきた。
まさか、白虎様はまだ怪我がちゃんと治っていないんじゃ!?
「そんな、シロ!」
「お竹、危ないわ!」
落ちてきた白虎様に駆け寄るお竹。
いくら何でも不用心すぎる。案の定、窮奇だった三つの黒いもやは白虎様とお竹に迫っていた。
私は小刀を抜き放ち、あいつらを追い払おうとしたのだけど。
「こっちにくるなぁ!」
お竹が大声で叫ぶ。
その時、迫りくる黒いもやが突風にあおられて吹き飛んでいった。
お竹の手には、天狗様からもらったうちわが強く握りしめられていた。それをふって、いつかの時みたいに大きな風を巻き起こしたんだ。
三つのもやは再び窮奇の姿に戻ると、明らかにこっちを警戒していた。
「あっちいけぇぇぇ!」
お竹は再び天狗のうちわを振り、突風が窮奇を押しのける。
たまらず窮奇は竜巻をまとって、うちわの風を防いでいた。
うちわの風は竜巻の前には無力で、一瞬で消えていく。
「やらせない」
「駄目だよ、シロ。こんなに怪我してるじゃない!」
ゆらりと立ち上がる白虎様。シロの時と同じで、ひどい怪我をしている。
立ってるのだってやっとって感じだけど、凛々しい瞳はキッと窮奇を睨みつけていた。
「娘よ、二度もおぬしに助けられたな。礼を言う。ふがいない神ゆえにここまでおくれを取ったが、安心しろ。おぬしたちを守るのが守護神の役目だ。さぁ、逃げてくれ!」
白虎様はおおきな咆哮をあげると、空中に飛んで、竜巻となって窮奇とぶつかり合う。
またもや竜巻同士の衝突が始まった。
「そうか、わかったぞ。あの窮奇は、竜巻そのものなのだ!」
「どういう事ですか、天狗様」
ここで、天狗様が何かに気が付いたみたいだった。
もしかしたらこの状況を何とかできるかもしれない。
「言葉の通りだ。俺たちが窮奇だと思っていたものは、ただのまぼろし、本当の奴はあの竜巻そのもので、あちこちで風を起こしていたんだ。いうなれば空気の塊、いくら切り刻んでも殴っても立ちどころに分裂するが、こっちを傷つける事は出来る……窮奇の正体みたりって所だ。奴をいくら切っても無駄だ!」
「それじゃ勝ち目がないじゃないですか!」
「いや、ある! 木像を探せ、玄武の時と同じだ。どこかに、窮奇を実体化させてる木像があるはずだ」
玄武様を閉じめていたあの趣味の悪い木像と同じものがここにあるって事?
一体だれがそんなことを……いや、今はそれよりも木像だ。それを探さないと。
「でも、探すって言ってもどうやって……」
「邪気が蔓延している……探そうにも……いや、待てよ。お竹、白虎からもらった勾玉は持っているな?」
「う、うん!」
お竹は巾着袋から真っ白な勾玉を取り出す。
「どうするのですか?」
「それを使えば、木像の場所を見つける事が出来るかもしれねぇ」
「本当ですか!?」
「あぁ、だが……」
天狗様はそれに手を伸ばし、つかみ取ろうとした瞬間、ぴたりと止まり、お竹の方を見た。
「お竹、まずはじめにことわっておく。この勾玉は白虎の聖なる霊力の塊だ。これを使ってこの一帯の邪気を吹き飛ばす。だが、そうなれば、この勾玉は砕けちまう」
「えぇ!?」
お竹がちょっとだけ体を震わせた。
そりゃ当然だよ。これはお竹が白虎様から頂いたものだもの。天狗様も、これは高価なものだって言ってたじゃないですか。
「いいよ、これを使えばシロを助けられるんですよね?」
だけど、お竹は逆に天狗様の手を取って勾玉を握らせた。
「いいの、お竹?」
「うん、だって、今はシロの方が心配だもん」
「すまん、それじゃ遠慮なく使わせてもらうぜ」
天狗様は勾玉を握りしめながらぶつぶつと念を唱える。
すると、ぽぅっと天狗様から、いや私が持つ村正から光があふれていく。
「お松、村正を掲げろ。霊力の全てをそこに集中させた」
「わかったわ!」
私は言われた通り、鞘から小刀を抜き放つ。
「よぉし、霊力が高まってきたぞ……むっ?」
だけど、その瞬間、窮奇の恐ろしい唸り声が真上から響いた。
ハッとなって見上げると、窮奇がおそろしい顔をしながらこっちに向かってきていたのだ。
「お姉ちゃんの邪魔をするな!」
お竹がうちわを振るう! 真っ白な空気の塊が窮奇めがけてうちこまれた。
だけど、窮奇はそれをひらりとかわして、こっちに迫ってくる。
「お竹、うちわをあおぎまくれぇ!」
「やってますぅ!」
天狗様が焦り、お竹は必至にうちわをあおぐ。
窮奇をこっちに寄らせまいと頑張ってくれるけど、窮奇は止まらない。
ま、まずい、このままじゃ!
「助けて、シロー!」
うちわをあおぎ続ける中、お竹の悲痛な叫びが響いた。
「おぉぉぉ!」
それは、白虎様に届いていたようだった。
私たちを目前にとらえた窮奇は、横から飛び掛かってきた白虎様の体当たりでぶっ飛んでいく。
白虎様は竜巻となって、窮奇を押し出そうとしていた。窮奇も対抗して竜巻と化す。
「今だ! お松、思い切り振り下ろせ!」
念を唱え終えた天狗様が勾玉を掲げる。すると、勾玉がパキパキと音を立てて割れていく。
その瞬間、目には見えないけど、霊力が村正の刃に集まってくるのを感じた。
「えぇい!」
振り下ろすと、何か暖かなものが周りに広がっていくのがわかる。
邪気を払う、ってこういう事なのか。
見た目で何かが変わっているわけじゃないど、なんとなく体が軽くなったようなそんな感じだ。
「よし、邪気が消えて……あったぞ、邪気の濃い場所だ!」
天狗様が指さす方向、それは川にかかった橋。
日本橋と呼ばれる立派な橋だ。
「あの真下に木像の反応がある!」
「だったらそれを壊してやれば!」
「窮奇も消える! 急げ、窮奇の奴に邪魔されると厄介だぞ!」
「お姉ちゃん!」
急いで日本橋の下に向かおうとするとお竹が必死な声で叫んだ。
「どうしたの、お竹……って、うわぁぁぁ!」
振り向いた瞬間、お竹は私めがけてうちわをあおった。
当然、私は勢いよく風に吹き飛ばされていくのです。
「なにするのよお竹ぇ!」
「いや、ちょうどいい! このまま加速だ!」
風に吹っ飛ばされる中、天狗様は私の首根っこをつかんで風に乗る。
ぐえぇぇ、天狗様もっと優しく!
だけど、この風のおかげで私は一瞬で橋の下に辿りつく事が出来たのです。
まさかお竹、そこまで考えて?
「でもちょっと相談欲しかったなぁ!」
なんとか着地に成功、そのまま木像を探すようにきょろきょろと周囲を見渡す。
「あったぞお松、あれだ」
天狗様が指さす方向、橋の土台、その陰に隠されるように四本足のトラのような姿をした木像が置かれていた。よく見ると、橋の土台には不気味な文字が刻まれている。
「しかし、白虎はなぜ橋を壊さなかったんだ。あいつの力ならこれぐらいは……」
「きっと、白虎様は日本橋が壊れると江戸が大変な事になるってわかっていたんだよ。だって、この日本橋とこの周りは色んなものを江戸に運んできてくれる大切な場所だから。そこがめちゃめちゃになったら、江戸の人たちが悲しむってわかっていたんだ」
「なるほど、白虎の力じゃ木像だけを破壊するなんてことは出来ない。他にも当然影響が出る……だが、逆を考えればこれをしかけた奴は相当な悪党だな」
「私もそう思う。この土地を守ろうとしてくれた白虎様の思いを利用しているんだから!」
そう思うとなんだか本当に腹が立ってくる。
誰がこんなひどい事をしでかしたのか、もし出会ったらきっちりとこらしめてやりたいわ!
そんな思いを抱きながら、私は小刀で木像を切り捨てる。
その瞬間、
──ギャオォォォォ!」
窮奇の断末魔《だんまつま》がびりびりと響いた。
そして、風が、ぴたりと止んだ。
橋の真下から出ると、外は静かで、もう竜巻のおそろしい音は聞こえない。
「お姉ちゃん!」
遠くからお竹が手を振ってこっちに駆け寄ってきていた。
どうやらお竹も無事だったみたい。
私も手を振ってお竹の返事を返す……って、あ、お竹が転んだ!
「あぁ!」
と思った瞬間、お竹の体がふわりと浮かんで、こっちにやってくる。
その時、私はうっすらとだけど、白虎様がお竹の帯をくわえてこっちに運んでくるような姿が見えた。
ぽとり、とお竹が私の目の前に降りてくる。その時、ふわりと優しい風が吹いた。
「白虎も役目を終えて、眠りにつくようだな。ずいぶんと霊力を使ったみたいだ」
風が流れていく方向を見ながら、天狗様がつぶやく。
「シロー! 元気でねぇ!」
お竹は、もう姿の見えなくなった白虎様に向かって、手を振った。
どこにいるかわからないけど、きっとその声は白虎様に届いたと思う。
だって、気持ちの良い風が私たちを包み込んでくれたから。
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