上 下
66 / 125

第65話 夢の蒸気機関が欲しい

しおりを挟む
 蒸気機関と一口に言っても、私はその構造を完璧に把握しているわけじゃない。
 だけど、蒸気機関のシステムは理解しているつもりだ。それこそ、言ってしまえばあれは小学生の理科の内容そのものなのだ。
 蒸気機関の動力源でもある水蒸気。その水蒸気を構成するのは当然、水というわけ。
 水を熱して、水蒸気にすると、水の体積は数倍に膨れ上がる。わかりやすく言えば袋の中に水を入れて、熱してみれば袋はパンパンに膨れ上がるというもの。
 逆に水蒸気を冷やすとどうなるか。答えは水になるというものだ。蒸発と凝縮という変化が起きる。そこにはエネルギーが生じている。確か、真空状態になるものと気圧の変化だったかしら。
 これらを利用したのが蒸気機関というわけだ。

「とはいえ……この原理を簡単に説明したところで、果たして蒸気機関にまで発想が飛ぶかどうか」

 世界初の蒸気機関は何と紀元前にまでさかのぼることができるというのを聞いたことがある。機関としての実用性はほぼ皆無だったようだけど、原理を利用してものを動かすという点だけは可能だったとか。
 そこから、時代が進んで十七世紀頃になってやっと実用可能な蒸気機関が発明される。そこからさらに改良を加えていくことで、初めて『馬力』などと呼ばれる単位が生まれることになった。

「私もそこまで理科が得意ってわけじゃなかったからなぁ……」

 広い自室のベッドの上。
 私、一応病人扱いで休まされているけれど、目がさえて、思いついてしまった以上、止まることはできなかった。
 何かあった時の為に羽ペンと羊皮紙だけはそばに置いておかせて正解だった。
 この二つを取り出して、私はへたくそな図形を描いていく。
 私が覚えている限りの蒸気機関のプロセスだった。

「ボイラーとかで水を沸騰させて、シリンダー内に蒸気を送り込んで、物体を動かす……その水蒸気を冷やして、真空にすることで物体が元の位置に戻る……上下の運動がこれで可能になるとかそんな感じだったわよね……あれ、違ったかしら?」

 ピストン運動を行う為の機構に水蒸気の働きを利用するってだけの話だけど、これ、意外と他人に説明するの難しいわね……誤解のないようにできるかしら。

「あぁもう、これほどまでに小学校の理科の教科書が欲しいと思ったことはないわね!」

 水と水蒸気の変化はわかるし、そこで発生するエネルギーもわかる。でもそれを機械という形で転用するにはどうすればいいか。頭の中で、それとなく記憶はあっても、実際にこれらを説明するには私の知識は中途半端が過ぎた。

「確か、このシステムは非常に効率が悪いはず。それでも、作業効率は十分に短縮された……でも消費される燃料が馬鹿みたいに高いってのは聞いたことがある」

 確かこれらを改良したのが、あの有名なワットと呼ばれる科学者だったはずだ。
 彼の改良によって、蒸気機関は飛躍的な進歩を遂げて、それらが後の蒸気機関車、蒸気船へと転用されていく。

「この時代に、この二つを実現出来ればはっきりいってオーバーテクノロジーを実現させるも同然。多々生じる問題点に目をつぶれば、人力を超えるパワーを発動できる」

 同時に、これらの機関は石炭の地位をさらに高めることになる。需要が高まるというものだ。もちろん、これら以外にも石炭は冬場の暖房の火種としても使える。今に思えば、石炭とはなんとも都合のいい石だわ。
 火で燃やすことができて、その構成物質には多くの利用方法があり、燃料になり、原料になる。鉄を作ることも、巨大な機械を動かすことも出来て、さらには地中奥深くにたくさん眠っている。
 まぁ、そんな石炭を狩り尽くすのが人類というわけだけど、それはそれ、未来の話であって、今は関係がない。
 何百年、何千年もの先の話の責任を私に問われても知りませんというものだ。
 何より、このサルバトーレという異世界の国は日本のような狭い国土ではない。焼石に水みたいな話だけど、いくらかの余裕はある。

「蒸気タービンエンジンまではどう説明したところで実現は不可能だろうから、やっぱりまずは蒸気機関。最初期の非効率なものでもいいから作らせて、実用化させないと……その為には……やっぱり教育に力を入れるべきね」

 やはり何事も勉強なのだ。私が言えた義理じゃないけど、私にできないことはできる人に任せるしかない。できる人を作りだすしかない。蒸気機関はいずれ人間が、自分たちの発見だけで作り上げるもの。
 私の場合はそれらに近道を提供するだけだ。

「ふぅ……お金が飛ぶわねぇ……」


 技術者を用意するだけじゃない。蒸気機関の本体を作るための鉄鋼資源、そこから試作、実験も踏まえて、果たしてどれだけのお金が飛ぶか……。
 水と熱があれば水蒸気、蒸気機関は簡単にできるってわけじゃない。理屈はそうでも、実際はそうじゃない。
 気が遠くなってきそう。実現不可能じゃないってのはわかるのに。

「でも、やらせないといけないしなぁ」

 先行投資と言えばそれでもいいけど、マッケンジー領は先の戦いでかなりの損失を出しているから、どうかしら。今は大人しくお金儲けに集中するべきだろうか。
 いえ、でも投資ってのは今ここで使わないと損をするはず。思い上がりと見下しもあるけど、この世界の住民が蒸気機関の構造を瞬時に思いつけるとは思わないし、まごついてたらできることはどんどん遅れてしまう。

「いや、待てよ。グレースならどうだろう。あの子の無駄に広い人脈をたどればその手の研究をしている人たちもいるんじゃないだろうか」

 一応、私の領内にいる芸術家、技術者たちにも声をかけてみよう。多分、結構いそうな気がする。もともとは彼らを教育、研究をさせて作らせようとしたものだし、そこに新しい視点を加えさせるのは悪くないはず。
 とにかく、数打てばなんとやら。蒸気の研究を続けさせればいいわ。

「あとは……魔法、魔力機関かしらねぇ」

 蒸気機関と同じく、私は別のことも意識していた。この世界に存在する魔法というパワー。ただ、どうにもこの世界の魔法は人間が内包するパワーが主なのだ。空気中の魔力がどうのって話はあまり聞かないし、存在はしていてもどうなんだろう。そう都合よく存在しているかしら。
 一応の例外と言えば……

「……魔石の転用はどうかしらね」

 魔力が込められた石と言えば簡単だけど、この魔石は少し意味合いが違う。

「ガチャ石……だったかしら先輩がそういってたし」

 この異世界のもとになったゲーム。これにはガチャなるものがあって、専用のアイテムを使うことでそのガチャが回せて、攻略キャラへのプレゼントとか衣装を手に入れたり、スキンだとかアバターだとかが手に入るって話。
 あれがゲームだけの存在とは思えないし。

「いえ、あるはずよ」

 魔石の利用方法はさておき、件のガチャ石は存在するはずだ。
 だって、私はそれをもとの世界で見てきたはずだ。

「青い、羽のような模様のついた宝石……」

 そういえば、あれって、この世界ではどんな意味合いを持つんだろう?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

処理中です...