上 下
46 / 125

第45話 きな臭いのはまっぴらだ!

しおりを挟む
 アルバートは語る。

「ディファイエント皇国、という国を知っているかい?」
「聞いたことはあるわね、名前だけで、どういう国かは知らないわ。海の向こうの国でしょう?」

 これは私の記憶というよりはマへリアの知識だ。
 しかし、ディファイエント皇国ねぇ……乙女ゲームの中にはそんな国名はあったかしら。うぅん、まともにプレイしてないし、そもそも先輩に付き合わされてやり始めて、さっさとやめてしまったゲームだからなぁ……もしかすれば私がプレイしてない以降のストーリーには出てくるのかもしれないけど。
 それに、マへリアの知識でも皇国の存在は霞のようなもので、大きい国だという話は知っているが、サルバトーレとは外交ルートがないからわからないって感じ。

「ん……あれ?」

 ふと、私はまた何かが引っかかる。マへリアの知識だとしても、マへリアはどこで、どういう流れでこの国の名前を知っているんだ?
 自分の国と関係のない話じゃないか。それを、なぜ覚えているんだろう。

「どうかしたかマへリ……あー、今はイスズ、殿だったか」
「気にしないでくれ、アルバート殿。こいつは、たまにこうなる。いろいろと考えることが多い奴でね」

 アルバートが心配そうな表情を見せ、アベルが私の肩を支えるように軽くたたく。

「大丈夫か? やっぱり、お前、働きすぎじゃねぇか?」
「平気だってば。ちょっと、どこでこの国のことを知ったのか、思い出そうとしたのよ。まぁいいわ。どうでもいいことだし。それより、その皇国とやらがどうしたというの? 遠い外国でしょう?」

 まぁ、だいたい、予測はつくけどね。
 アルバートの神妙な顔、そしてこの状況での第三勢力と思しき情報。
 さらに、私たちが抱いていた戦争に対する大きな違和感。
 ここから導きだされる内容は……。

「ハイカルンが周辺各国に戦争を仕掛けたというのはこっちでも聞いている。俺たちの国も防備を整えているからな。俺たちの国は海上国家だ。海軍の調整もあったし、最悪、国民を船に乗せて海に逃げることも出来る」

 へぇ、それは凄いわね。海上フロートって奴じゃない。
 中世とはいえ、さすがはファンタジー世界ね。
 というか国民を乗せて海に出れるってもう魔法が万能過ぎないかしら!? さすが、魔法が使えるから貴族。貴族というのは魔法を使い、他者を導くからこそ権力があるというわけね。
 海……海かぁ……海底鉱物資源……ニッケル、マンガン、各種レアアース……あ、いけない、ゾクゾクしてきた。

「とても、とても詳しく聞きたいわね、その海上国家船のこと……えぇ、今、私、そっちに意識が飛びそう」
「イスズ、ちょっと落ち着け。お前、なんかキャラ変わってるぞ」

 ぐらぐらとアベルが私の肩をさする。
 あぁもう、わかってるわよ。とても魅力的はお話だけど、優先順位があることぐらいわかるわよ。
 はぁ、戦争かぁ……面倒くさい。さっさと邪魔者は倒して統一国家群にでもならないかしら。
 うちの国のトップがもう少しやる気になってくれると嬉しいのだけどねぇ。

「あの、続き、いいかな?」

 そろそろ放置されてるアルバートがかわいそうになってきた。
 いけない、いけない。海底鉱物資源に関してはもといた世界じゃちょっと手が出せない領域だったから……会社の規模的にさすがにね。
 と、また話がそれそうになった。

「ごめんなさい、アルバート。続けて頂戴」
「あぁ、んで、俺たちの国が海軍持ってることはさっき言った通りだが、これは海賊とかの対応にも必要なんだ。陸で起きた戦争とはいえ、混乱が起きると大なり小なりの影響は出る。これ幸いにと海賊連中が調子に乗ることがあるんだ。その流れで海上の警備を強めていたんだが……その際、我が方の軍艦が見知らぬ船を見たと報告してきた。船が進んできた方角からして、皇国だろうと俺たちは踏んだ」
「なぜ? 船を持っている国はほかにもあるでしょう?」
「70門の砲台を持った軍艦を三隻も遠征できる国は皇国だけだ」

 まずいわね。
 ミリタリー知識がないから、アルバートの言葉の重要性が全く分からないわ。大体、70門って何よ。そんな数の大砲を一隻の船につむって頭おかしいんじゃないかしら。
 あ、でも昔見た映画だと確かにもの凄い大砲の数を持った船が打ち合いしてたわね。

「70門といや、軍艦としちゃ主力だな。それに大型だ。詰め込む兵力も相当だな」

 それとなく、私が理解していないことを悟ったのかアベルが付け加えてくれる。
 へぇ、よくわからないけど、とにかくすごいことはわかったわー。

「あのな、70門の軍艦が意味もないのに三隻も海にいる時点でおかしいだろうが」
「まぁそうだけど、領海侵入でもされたの?」
「いや、そういうわけじゃない。こちらの漁船は漂流しかけていたらしくてな。舵が破損してしまったのだ。幸い、むこうとぶつかることもなく、何か危害を加えられたというわけじゃなかった。ただその時、進んでいった方角と、時刻がな……」

 アルバートはそここそが話の重要なところだと言わんばかりに身を乗り出す。

「早朝だ。この時期の朝は霧が出る。連中はその霧に紛れていたという……いや、逆か。俺たちの方の漁船が霧に隠れていたというべきか……どっちにしても、そんな時間帯と気象、なにより連中が進む先は大陸の反対側だ。ちょうど、山脈を挟んだ、ハイカルン側だ」

 うぅん?
 なんとまぁ露骨な。

「これを見てくれ」

 アルバートは地図を取り出す。それは簡易的だけど、サルバトーレを含むこの大陸の全体像だ。アルバートは指でダウ・ルーの国を指す。すると、彼の指が淡い光を放ち、まるで蛍光塗料のように地図に光の筋が残る。
 あ、ちょっと便利な魔法。そういえば、私、自分でも一応魔法が使えるのよね。全然使ってないけど。
 でもこれは使ってみようかな。

「ここが俺たちの国。それで、漁船が軍艦を見たというのが、まぁだいたいこの海域だな。ここは誰の海でもないし、漁に出かける場所でも、ましてや海運ルートでもない。たまに迷い込んだ巨大タコやイカ、それと二つ首シャークが出るから荒くれの漁師でもよっぽどがない限りは近寄らない」
「ん? なんですって、二つ首、シャーク?」
「十五メートル級のモンスターだ。たまに変異種の三つ首が出る。あれはやばかった」
「……ごめん、続けて」

 これは無視よ。想像もしちゃだめ。
 なんでかしら。戻れなくなりそうな気がしてきた。

「とある国ではあれらを食材として調理するらしい。臭いし、食えたもんではないんだが……まぁいいか。んで、皇国と思しき連中が進んだのはこのルート。そりゃこっち側にも国はいくつかあるが、内陸国家で、まともに海辺の整備なんてしてない」

 アルバートが指し示す先は確かにいくつかの国が描かれているけど、大陸と海との間には大きな差がある。

「海洋調査と言われればそうかもしれんが、それなら軍艦である必要はない。後日、我らもその区域に船をだしたが、キレイさっぱり、船は消えていたよ。ただし、上陸の後はあった」
「そりゃあ。穏やかじゃねぇな? 漂流ならまだしも、海の玄関口であるダウ・ルーを無視だと?」

 どうやらアベルとしてはもうそれが敵であると認識したようだ。
 私としては敵なら敵でもいいけど、本当、面倒なことになってきたわね。大規模な戦争とかどうすればいいのよ。私、そこまでの知識ないわよ。いまから石炭を利用して、蒸気機関を作って蒸気戦艦でも作る? ぜぇぇったいに不可能だけど。
 時間も技術もないし。

「ふぅ……とにかく、わかったわ。このことはゴドワン様から陛下たちに伝えてもらうから」
「そうしてくれ。こっちも、海の防備は固めるつもりだが、まずは内乱をどうにかしないとな。この大陸は狭い……サルバトーレは確かに大きな国だが、統一国家ではないからな」
「そうね、本当にそう。統一国家にでもならないかしら、この大陸」

 次から次へと、本当に厄介なことばかり起きるわねぇ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

処理中です...