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第35話 鋼鉄の戦争
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そもそも、戦争をしている国同士がなぜ争う事になったのか。その理由は私の知識でもマヘリアの記憶にもほとんどない。とはいえ、今も昔も戦争の理由というのは簡単に説明が付く。
領土問題然り、経済問題然り。この世界が中世を模しているとすれば大半は領土欲だろうか。
言い換えれば権威を広める。バカバカしい話かもしれないけど世界征服とかそういうノリ。人は誰だって自分たちが上になりたいと考える。それが国を背負う王様でもそうだ。
みんな仲良く、手と手を取り合ってという考えに至るのにはあと何百年かかるか。それだって建前でしかないけど。
「向かってきている軍隊の数ってどれほどなんですか?」
戦争理由も気にはなるけど、今は目の前の問題に対処しなければいけなかった。
友好国とやらは組織的な反抗がほぼ不可能に近いようで、敗走した軍もこちらに逃げてきているらしい。
敵国は調子にのってこっちにも手を伸ばそうとしているようだ。
腐ってもサルバトーレ王国は巨大な国である。軍事力も経済力も他国に比べれば上に立つだろう。
しかし、難民たちを守っての作戦行動なんてできるのかしら。
「報告ではおよそ三万規模だと聞く」
ゴドワンの説明を聞いても、ちょっとイマイチぴんと来ない。
三万の兵力と言われても、軍事的なセンスは皆無だし、私。でも言葉の響きだけを聞けば多いわよね。
「だが、敵も同時に二つの国を攻めるには相当数の兵力を必要としているはずだ。実際はもっと少ないと思いたい。対する我が国の兵力は五万近く。しかし……」
ゴドワンは渋い顔だ。
我が方五万と敵方二万なら単純に考えればこっちが勝つ。
でも、そうはならない様子だ。
「なにか、不味い事でも?」
「実働できる騎士団の数はそう多くないってことだ」
私の疑問に答えたのはアベルだ。
「五万の兵力を有していても、今すぐに戦争だと飛び出せる数はもっと少ない。各地の領地から招集をかけるという時間の問題もあるが、それ以上に俺たちの国は難民たちを保護し、それを抑えないといけない。となると、そこにも兵力が割かれる。実際にどう動くのかは知らんが、俺たちが使える兵力は下手をすれば二万から一万だろう。うちは国力はあるが、戦争準備はしてなかったからな」
平和が続いていたみたいだしね。
さて、これは困る。非常に困る。戦争で国がなくなるのは私にとっても損害が大きい。仮に、サルバトーレ王国が負けて、その敵国の配下になったとしても我が領地が果たして今と同じ地位を約束されるかと言われればノーだ。
技術を取られてさよならが関の山に違いない。この手の問題は常に悪い方向で考えないと。
また死ぬ気で成り上がるなんて冗談じゃないわ。それにアベルたちとの出会いような幸運がまた起こるとも限らない。
何より今の盤石な土台を崩すのはまっぴらごめんよ。
「戦争に関して、私たちができることはほぼないでしょうね。兵力を送るのはさておいて……」
各領地の騎士たちは総動員なのは間違いない。
でもそれ以外に何かできる事と言えば……。
「鉄を、鋼を作り続けましょう。戦争と言いますが、一日で終わるわけじゃないでしょう?」
よく歴史の勉強をしているとたった一日、数時間で勝敗が決した戦いがあると言われるけど、それだって長い準備期間がある。
この戦争も、実際の所はまだサルバトーレ王国は開戦をしていない。敵は向かってきているけれど、まだ戦端は開いてないのだ。
「部隊同士が接触するまでの時間はどれだけありますか?」
「わからん。だが、予想できる範囲であれば、三日後だろう」
製鉄の長ではあるゴドワンだけど戦争関係者としてはまだ箔付けが足りないようで、軍事作戦の情報はまだ降りてきてないようだ。
それにしても三日か。長いようで、短い。むしろ、こっちが鉄を作っても配備することを考えたら最低でも二日で前線部隊に用意しなきゃいけない。
「こうしちゃいられないです。今すぐに領内の工場長を集めて緊急会議を開きます」
あぁ、なんだか自分でも凄いことに巻き込まれている感じがする。
戦争なんて知らない世代の私が、今こうして戦争に加担している。
なんだか不気味な感じだけど、しなきゃ生き残れない。
やらなきゃ明日は来ないのだから。
***
それは二時間で全工場長たちが集まった。
全員、事態の深刻さを理解している様子だ。
「前置きはいりません。戦争です。全工場を最大稼働させてください。鉄と鋼の量産をできる限り加速させます。加工はこちらでも行いますが、大半は現地で最終調整することになるかもしれません。最悪鉄の棒でも武器になりますよね?」
「それなら大砲の弾だ。鋼を作るよりは安い。こっちは防備を固める必要がある。火力は絶対だ」
「鎧に作り変えている暇はない。盾もいるぞ。防御力も重要だ。火力は確かに大砲でいいかもしれん。それにロングボウ用の矢じりもいる。こっちは鉄でも充分だろうし、最悪、なくても石を代用するが」
「確かにそれらの武器も必要だが、やはり手持ちの武器はいる。斧やメイスでどうだ。加工は容易い。剣に比べれば扱いやすいだろう?」
意見が飛び交う。私にはちんぷんかんぷんな所もあるけど、みんなが生き残るのに必死だ。
「ならそのようにしてください。それらを二日間でできる限りの準備を。戦争が始まっても工場は稼働を。終わるまで休めないと思ってください。鉄は我々の血。そして山は我々の金床です。連中に奪い取られてなるものですか。誰がこの国を守るのか、誰がこの国を強靭にするのか。思い知らせてやりましょう。今回の戦争で活躍したのは私たちの鋼鉄だと理解させましょう。そのために皆さん、死ぬ気で働きましょう。これが私たちの戦争です。最後まで鉄を作り続けた私たちが、勝つのです」
そりゃあ本当ならもっと重要な鉱物資源を掘り起こして色んな実験もしてみたかったし、鉄道に関する提案もしたかった。
でも今はお預けね。
もはや私にできるのはこれだけだ。神様への祈りなんてどうでもいい。鉄を作る。武器を作る。鋼の国家に仕立て上げる。
それで負けるなら、それまでってことね。
領土問題然り、経済問題然り。この世界が中世を模しているとすれば大半は領土欲だろうか。
言い換えれば権威を広める。バカバカしい話かもしれないけど世界征服とかそういうノリ。人は誰だって自分たちが上になりたいと考える。それが国を背負う王様でもそうだ。
みんな仲良く、手と手を取り合ってという考えに至るのにはあと何百年かかるか。それだって建前でしかないけど。
「向かってきている軍隊の数ってどれほどなんですか?」
戦争理由も気にはなるけど、今は目の前の問題に対処しなければいけなかった。
友好国とやらは組織的な反抗がほぼ不可能に近いようで、敗走した軍もこちらに逃げてきているらしい。
敵国は調子にのってこっちにも手を伸ばそうとしているようだ。
腐ってもサルバトーレ王国は巨大な国である。軍事力も経済力も他国に比べれば上に立つだろう。
しかし、難民たちを守っての作戦行動なんてできるのかしら。
「報告ではおよそ三万規模だと聞く」
ゴドワンの説明を聞いても、ちょっとイマイチぴんと来ない。
三万の兵力と言われても、軍事的なセンスは皆無だし、私。でも言葉の響きだけを聞けば多いわよね。
「だが、敵も同時に二つの国を攻めるには相当数の兵力を必要としているはずだ。実際はもっと少ないと思いたい。対する我が国の兵力は五万近く。しかし……」
ゴドワンは渋い顔だ。
我が方五万と敵方二万なら単純に考えればこっちが勝つ。
でも、そうはならない様子だ。
「なにか、不味い事でも?」
「実働できる騎士団の数はそう多くないってことだ」
私の疑問に答えたのはアベルだ。
「五万の兵力を有していても、今すぐに戦争だと飛び出せる数はもっと少ない。各地の領地から招集をかけるという時間の問題もあるが、それ以上に俺たちの国は難民たちを保護し、それを抑えないといけない。となると、そこにも兵力が割かれる。実際にどう動くのかは知らんが、俺たちが使える兵力は下手をすれば二万から一万だろう。うちは国力はあるが、戦争準備はしてなかったからな」
平和が続いていたみたいだしね。
さて、これは困る。非常に困る。戦争で国がなくなるのは私にとっても損害が大きい。仮に、サルバトーレ王国が負けて、その敵国の配下になったとしても我が領地が果たして今と同じ地位を約束されるかと言われればノーだ。
技術を取られてさよならが関の山に違いない。この手の問題は常に悪い方向で考えないと。
また死ぬ気で成り上がるなんて冗談じゃないわ。それにアベルたちとの出会いような幸運がまた起こるとも限らない。
何より今の盤石な土台を崩すのはまっぴらごめんよ。
「戦争に関して、私たちができることはほぼないでしょうね。兵力を送るのはさておいて……」
各領地の騎士たちは総動員なのは間違いない。
でもそれ以外に何かできる事と言えば……。
「鉄を、鋼を作り続けましょう。戦争と言いますが、一日で終わるわけじゃないでしょう?」
よく歴史の勉強をしているとたった一日、数時間で勝敗が決した戦いがあると言われるけど、それだって長い準備期間がある。
この戦争も、実際の所はまだサルバトーレ王国は開戦をしていない。敵は向かってきているけれど、まだ戦端は開いてないのだ。
「部隊同士が接触するまでの時間はどれだけありますか?」
「わからん。だが、予想できる範囲であれば、三日後だろう」
製鉄の長ではあるゴドワンだけど戦争関係者としてはまだ箔付けが足りないようで、軍事作戦の情報はまだ降りてきてないようだ。
それにしても三日か。長いようで、短い。むしろ、こっちが鉄を作っても配備することを考えたら最低でも二日で前線部隊に用意しなきゃいけない。
「こうしちゃいられないです。今すぐに領内の工場長を集めて緊急会議を開きます」
あぁ、なんだか自分でも凄いことに巻き込まれている感じがする。
戦争なんて知らない世代の私が、今こうして戦争に加担している。
なんだか不気味な感じだけど、しなきゃ生き残れない。
やらなきゃ明日は来ないのだから。
***
それは二時間で全工場長たちが集まった。
全員、事態の深刻さを理解している様子だ。
「前置きはいりません。戦争です。全工場を最大稼働させてください。鉄と鋼の量産をできる限り加速させます。加工はこちらでも行いますが、大半は現地で最終調整することになるかもしれません。最悪鉄の棒でも武器になりますよね?」
「それなら大砲の弾だ。鋼を作るよりは安い。こっちは防備を固める必要がある。火力は絶対だ」
「鎧に作り変えている暇はない。盾もいるぞ。防御力も重要だ。火力は確かに大砲でいいかもしれん。それにロングボウ用の矢じりもいる。こっちは鉄でも充分だろうし、最悪、なくても石を代用するが」
「確かにそれらの武器も必要だが、やはり手持ちの武器はいる。斧やメイスでどうだ。加工は容易い。剣に比べれば扱いやすいだろう?」
意見が飛び交う。私にはちんぷんかんぷんな所もあるけど、みんなが生き残るのに必死だ。
「ならそのようにしてください。それらを二日間でできる限りの準備を。戦争が始まっても工場は稼働を。終わるまで休めないと思ってください。鉄は我々の血。そして山は我々の金床です。連中に奪い取られてなるものですか。誰がこの国を守るのか、誰がこの国を強靭にするのか。思い知らせてやりましょう。今回の戦争で活躍したのは私たちの鋼鉄だと理解させましょう。そのために皆さん、死ぬ気で働きましょう。これが私たちの戦争です。最後まで鉄を作り続けた私たちが、勝つのです」
そりゃあ本当ならもっと重要な鉱物資源を掘り起こして色んな実験もしてみたかったし、鉄道に関する提案もしたかった。
でも今はお預けね。
もはや私にできるのはこれだけだ。神様への祈りなんてどうでもいい。鉄を作る。武器を作る。鋼の国家に仕立て上げる。
それで負けるなら、それまでってことね。
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