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第32話 一致団結

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 ゴドワンとの政略結婚。という名の生産ラインの統一を始めてからマッケンジー領の製鉄産業での立場はほぼ不動のものとなっている。
 多少のごたつき(私が領主の妻になることとか)はあったものの、具体的なプランを示せば商売人たちの態度は変わるものだ。
 内心の納得はさておいても、親分である領主に逆らう事はない。結果的に見ればそれは自分たちの生活を脅かすものだし、今後の商売を考えたら私の言う通りにしておいた方がいいのは間違いないのだから。

「やってくれましたなお嬢さん……いえ、奥様。むしろこのことを考えていなかったこちらが悪いとも言えますが……」
「オホホ、誉め言葉として受け取りしますわ」

 今じゃ私のお屋敷でもあるゴドワンの館。その大広間で私は部下となった工場長たちを集めての第一回運営会議を開いていた。
 会議内容は主に製鋼に関するものだ。これより我がマッケンジー領は鋼の大量生産を行う。
 だけど、通常通りの製鉄も行っていく。その他にも錬鉄、鋳鉄などの各種金属の生産を行っていく。
 どの鉄も需要は減らないし、万遍なく各種金属の生産を可能としておけば多様なニーズに対応しやすい。

「皆様の言いたい事は重々承知していますが、これも我が領内の秘密を守る為と思ってください。今現在、領地を支える製鉄方法は単純ですが、まだ多くは広まっていません。少なくともこの国では我が領内のみです」
「我々の飯のタネ。秘伝の方法というわけですな」
「その通りです。それに今では我がマッケンジー領が賄う製鉄は国の五パーセントをしめています。これがどういうものかはお判りでしょう?」

 五パーセントと聞いて「少ない」と感じる人は表面上の数字だけを見すぎだ。
 例えば百万の中の五パーセントを単純に計算すれば五万である。こう見るとかなりの量を賄っていると思わないだろうか。

「この五パーセントは国内生産量ですが、私はまだ手広く行うべきだと思っています。これからの時代はいかに鉄を用意するか、いかに素材を手に入れるかです。鉄イコール国力ともいえましょう。そのために私は旦那様に各地の山の買収を提案しました」

 木々がなくなって無価値だと判断された山の多くには石炭が眠っている可能性もある。
 まだ他の地域では石炭は製鉄には向かないという固定概念が残っていた。ゆえに山の持主たちは次なる森林を求めて禿山を手放す。それも格安で。それをゴドワンは次々と買収し、そこに炭鉱夫を送り込む。
 当然、メインとなるのは我がいすず鉄工、アベルが率いる炭鉱夫組だ。同時に各地であぶれていた炭鉱夫も引き抜く。
 最底辺と馬鹿にされていたかつての炭鉱夫たちは今じゃ金を作り出す重要な労働力である。

「この買収に関しては旦那様が王家に正当なライセンスを得ています。今更他の連中が返せと言っても不可能。なんせ、そんなことをすれば国に弓引くようなものですから。こうして買い取った山を次々と開き、石炭や鉄鉱石を掘り出す……」
「だが、待って欲しい。その為の従業員はどうする。我が領内で抱える炭鉱夫も、よそから引き抜くにしてもそこまで手広い労働力は手に入らないぞ」
「あら、そうでしょうか。いるじゃないですか、職にあぶれた人たちが」

 今現在、住むところにも困り、仕事もなく不安に押しつぶされそうな人たちの為にゲットーを作れと国もおっしゃっている。

「奥様、まさか難民を雇用するのですか? それは……」
「国際問題になる? 我が国は難民を受け入れ、最低限の生活を提供する。一国民と同じように扱うだけですわ。それに働かずして保護だけ受けるとなると国内の評判も下がるでしょう? ただで居座ってもらうのは最初だけ。いかに我がサルバトーレが強大でも無限に資源がわくわけじゃありません。どこからか調達せねば。ならば、働いてもらうしかないでしょう?」

 あえて言葉にしなかったけど、難民たちに仕事を与えて、市民権が得られるようにしておけばこちらの労働力となる。
 別に低賃金で使いつぶそうは思わない。むしろ今からの時代、石炭はまさしく黒いダイヤに代わる。金になる。儲かるのだ。
 そして鉱山近くに街や村を作ることでサルバトーレの領土開発にもつながる。そこに我々の支部なりを置いて勢力を確かなものにすれば安泰だ。
 国の製鉄産業を担う重要な拠点となる。こうなると国も放置はできない。他の領地も手出しはできない。
 こうやって次々と山を開発していくことで仕事も生まれる。

「ここで重要になりますのはサルバトーレの防衛を担う騎士団様たちとの関係です。領地を切り開くという事はつまり、守るべき範囲が広くなります。何割かは臨時徴兵となりましょう。そんな時、多くの兵士に安定的に武器を配給できるようになり、その中心となることができるなら?」
「我が領地の立場は不動のものとなる」

 工場長たちも未来の事を見据え始めてきた。

「なるほど奥様。あなたの目的は理解しました。しかし、そう簡単にうまく行きますかな?」
「行かなければ全員で首を吊るだけでしょう? 生き残りたいなら、毎日頑張ることです。結果を出すことです。少なくとも、私はそうやって今の立場を手に入れたつもりですけど?」

 成功例が目の前にいる。私自身がそうだ。かなり幸運に助けられたのは否定しないけど、実例であることは間違いない。

「ですので会議を続けましょう。どのラインでどれだけの鉄を作っていくか。その点に関しては皆さまはプロフェッショナルと認識しています。もはや我々はライバルではない。運命共同体、皆が協力しあえばこのチャンスに一番乗りできる。いかがいたしますか?」
「そういわれて反対するものはいませんでしょうな」

 工場長たちは一様に頷く。
 それを見て私も笑みを浮かべる。

「では、我が経営顧問を交えて話を続けましょう。コスタ」
「はい、奥様」

 コスタは今では我が社の貴重な人材だ。
 やはり頭の回転、特に計算が早い。少々目先の利益に目が眩むけれど、こうして大勢で話をする分には問題はない。

「今重要なのは軍備拡張でしょう。剣、鎧、大砲などを作る為には資材としての鉄が要ります。鋼を優先的に回すのは騎士団で良いでしょう。その他の鉄素材は──」

 こうして第一回の運営会議は進められていく。
 決定した内容は先の通り。騎士団へ優先的に鋼を回す。これで軍部との関係を築くのだ。国防を担う事が出来れば発言力は大きくなる。ゴドワンの立場が大きくなれば私たちの動きもやりやすくなる。
 一つ助かるのは今のサルバトーレは『一応』重要な大臣だったマヘリアの父がいなくなってちょっとした混乱にあり、こっちを疎んで妨害してくる連中が少ないという事。
 今まですんなりことが運んでいたのはこれが大きい。
 ある意味、没落してくれて助かった。ありがとう、もう顔も思い出せない父と母。あなたたちが不正をしたおかげで私の野望は着実に進んでいくわ。
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