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18話 いすず鉄工(仮)~操業編~

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 それからというものの、私たちがやることは基本的に地味だった。
 まず、炭鉱夫たちの説得だが、これはアベルがとんとん拍子に進めていった。一体どういう話術を使ったのか、殆どの炭鉱夫は彼の言葉に乗せられて、いすず鉄工への就職がほぼ決まった、といえば良いのだろうか。

 まずは製鉄の知識があり、炉を扱える技術を持った炭鉱夫、約三十四人が最初の従業員として操業に当たってもらうこととなった。
 少ないように思ったけど、これに関してはそもそもの炭鉱業との釣り合いもあるのだという。さすがに、今の取引先から一瞬で鞍替えというのは難しいようで、炭鉱採掘に支障の出ない範囲での人員を割いたというわけらしい。
 しかし、かき集められた殆どはかなり若い。四十代が十人いるが、あとは二十代が殆ど、中には十代の若い少年が四人いるぐらいだ。

 比較的、若い世代が固まったのは思考の柔軟性という点もある。
 やはり突然の方向転換に戸惑う者も多く、少なからずの反発もあったという。そんな彼らの説得の時間も必要だった。
 あとはやはり、私たちの成果次第なのだ。

「お嬢ちゃんが来てから、炭鉱が騒がしくなったが、まさか大移動する事になるたぁ思わなかったよ」
「年中山で生活しているわしらが、街に降りるとはなぁ」
「なに、やるこたぁ大して変わらんさ」

 なぜか、おじいちゃんズがまたも私のそばにいた。上から順番にサミュエル、ヨシュア、オレーマン。
 なんだか、アベルの次ぐらいに交流してるわね。意外とフレンドリーで話も面白いから、まぁ私は良いんだけど。
 アベルは現場の総監督なので、この状況では炭鉱を長い事留守にするわけにはいかない。なので、工場での作業は殆ど私が指揮する事になる。
 色々と反発も怖いところだけど、わざわざ大移動してまでついてきて来たメンバーだ。何とかなる、と信じたい。

「安心しなお嬢ちゃん。ここに集められたのは話がわかって、嫌とは言わない連中だ」
「比較的新参者が多いからな」
「ちと余計なのもいるがな」

 私の不安を察したのか、おじいちゃんたちはメンバーについての説明を始めた。
 そう、彼らは知識もさることながら、炭鉱夫を初めてまだ日が浅いメンバーだった。そういう意味では新しいことをやるのに抵抗が少ないのだろう。
 それと、余計なものというのが……。

「やれやれ、アベルも娼婦を連れていくことを許すとはなぁ」
「言ってやるな、男だものな」
「仕事以外の何事も自己責任なのがうちの良いところじゃ」

 これ。メンバーの内、三人が自分の手持ちの金とはいえ、娼婦を抱え込んじゃったらしいのよね。コツコツとため込んだお金で、身請けしちゃったようなのだ。
 その真面目な部分をもっと他で生かせなかったのかという突っ込みが私の中ではあるし、勝手にそんなことをしたら仲間内からもよくない目で見られるはずだけど……アベルはそれを許した。
 理由としては「女出来たら、弱点だろ。しばらくは逃げないさ」とのことらしい。

「ふぅ、娼婦とはいえ、家事ぐらいは出来るでしょう。食事の用意とか、こまごまとしたものをやってもらう分には助かるわよ。私、こういうのできないし」

 何事も考え方ひとつだ。
 彼女たちにも当然働いてもらうが、それは殆ど家政婦のようなものが中心となるだろう。
 そんなこんなで、このアンバランスな三十四人、プラス三人の女性を加えた面々がいすず鉄工の創設メンバーというわけだ。

***

 ゴドワンが私たちに貸し与えた廃工場は一体どんなものかと実はちょっと気になっていたのだが、私が思うよりも大きく、広い土地を持っていた。
 溶鉱炉に関しても確かに型は古く、小さなものだったが、全く使えないという程でもなく、多少の手を加える必要はあったものの、十分な設備が整っていると私は確信した。

 工場についた私たちはまず、工場そのものの整備から始めた。まぁ単純な話が、掃除だ。他に使えるものもあるかもしれないし、廃棄する予定だったわけでどこら辺が破損しているのかもわからない。
 いざ仕事を始めて、欠陥が見つかっちゃったらおしまいだもの。
 この作業だけでも丸一日はかかる。娼婦以外の三十四人、もちろん私も含めて工場の大清掃が開始された。

「気になる点は全部、私に報告してください。使えると思ったものは全て玄関へ!」

 私は指示を飛ばしながら、むしろ自分が率先して作業を進めた。
 きついし、だるいし、面倒だけど、ここで私が後ろから声だけを垂れ流しているのはむしろ反感しか生まれないわけである。
 結局、人を揺さぶるのは言葉より行動なのだ。彼らの中にはやはりまだ「貴族」に対する偏見というか、コンプレックスがある。
 いかにマヘリアという少女が追放されたとはいえ、その根底にある立場の違いを解消するには時間が少ない。

 なので、私はそれを埋めるために行動を起こすのだ。
 こんな事、こんな世界に来る前だったら絶対にやらないし、やる必要もなかった。でも、やらなきゃならないのだ。
 この点に関しては私は必死だったし、油断も出来ない状況である。もし、ここで彼らといざこざをおこせば、私に待つのは破滅なのだから。
 ある意味では、私のやってることはごますりってわけ。

「奥さんたち、ご飯の用意もお願いします。夜まで作業を続けますから。食材も買ってきてください。そこらへんは全部、あなたたちに任せます」

 そして娼婦だろうが何だろうが使うわ。
 彼女たちの立場はある意味では低い。世間に後ろ指指される立場ともいえる。しかし、ここではそんなものはどーでもいいのよ。
 私は別に彼女たちが体を売っていようが構わない。今は違うのだし、いま彼女たちがやる事は体を売ることじゃなく、ご飯を作る事。
 そしてそれは私たちを支える仕事であり、ある側面では彼女たちが求めた一般的な生活に近しいものだった。

 彼女たちだって男と肌を重ねる事だけが好きでその仕事をしているわけじゃない。なので、私は彼女たちに一つの誇りを持ってもらいたいのだ。あなたたちがいなければ私たちは動けない。あなたたちの働きが頼りなのだという。
 きっかけはなんだっていいのだ。その中で、彼女たちは料理ができるという点が重要なのだ。
 だって私、できないし、多分そんなことしてる暇もないし。
 だからこそ、私は彼女たちを「奥さん」などとわざとらしく呼ぶのだ。

「みんな、はっきり言って今からやることは大博打だし、しかも成功しなきゃいけないキツイ縛りがあるの。でも、ほんの少しでも成果をだせば、ただ山で意味もなく煤だらけになるよりは、マシな生活が送れるわ。それだけは、約束する。見返してやりましょう。私たちを見下してる連中を。誰がいるから生活できているのか、誰がいるから国が強くなるのか、それを知らしめる時が来たというわけ。あなたたちが掘り進める石炭、そして今から始める製鉄が、一体どれだけこの国を強くするのか、それを証明してやりましょう」

 私たちがやろうとしている事は凄い事なのだ。
 心のどこかにそのことを植え受ける事が出来ればそれでいい。それは誇りとなり、自信となる。
 今はまだ種の状態で発芽もしていないけど、鉄が完成した時、その種は一気に成長するはず。

「私は魔法使い、そして貴族だった。でも今はこうしてみんなと汚れて作業をしている。理解して欲しいのは魔法使いでも貴族でも人間と変わらないということ。人間がやれる事に限界はないわ。そして私たちがやることはまだこの大陸で誰も実践していない事なのだから」

 だから私は言葉を止めない。
 常に彼らを鼓舞するように声をかけ、作業を進める。
 それが終わったのは真夜中を過ぎた頃だった。
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