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161 護符の加護

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 棚、机などに置かれている木片。一見、見た目だけならばそこらへんの大木から樹皮をはぎ取っただけのものにみえる。しかしながら、それを視界に入れてからウィズは違和感を覚えていた。

「……?」

 なんとなく、不思議な感覚がある。見入ってしまう感覚。それを魅力というのかもしれないが、"欲しい"と思うような欲求は感じない。ただただ、ジッと見つめてしまう。こんなどうでもいい木片如きに。

 触りたいとは思えない。だからウィズはその木片を見つめていた。見つめるだけであった。そんなことをしていると、知らない声が聞こえた。

「……あぁ、いらっしゃいませ」

 その声を契機にウィズは木片から目を離す。それは木片から目を離すための、都合の良いきっかけだった。

 声の主を見ると、そこには灰色の髪を長く伸ばした、細い体系の男が立っていた。瞳の色素がないのか、灰色のやる気のない色をしていて、その空虚な目玉にウィズが映っている。

「どうですか? お気に召しましたか?」

「……」

 少し口元を緩ませながら、低い声で訪ねてくる男。見る限りでは中年辺りの年であろうが、その立ち振る舞いはもっと年老いて落ち着いたものを感じる。年功ゆえの冷静さというべきか。

 ウィズはちらりと隣のフィリアを横目で見る。彼女の反応はなく、目の前の男を見つめていた。何かを話そうとしているようには見えない。ならば、ここはウィズが切り出すべきだろう。

 ウィズは気持ち半歩前に進んで、口を開いた。

「とても……不思議なものを並べておられますね。護符店と店先にはありましたが……」

「えぇ。そうですよねぇ。この辺りじゃ、このタイプの護符タリスマンは見かけませんからねぇ……」

 そう言って男は朗らかに笑う。

 護符タリスマンというのは一般的に、持ち主へ魔法の加護を与える装備品だ。持っているだけである程度の効果があるらしいが、そう手軽な分効果も控えめであるために、ただのアクセサリーとして着用したりする者が大多数だ。実際の効果があるからつけるというよりかは、そういう願掛けだったり、人にプレゼントしたりなどと、贈り物や記念品としての物なのだろう。

 もっとも、ウィズは護符タリスマンを付けたことがないために、実際のところは分からないが。

「これはワタシが厳選した樹木の樹皮……。それを削って作ったものなのですよ」

「厳選……?」

「えぇ。樹木によっては魔力や呪いを内包しているものがありましてねぇ。有名なものだと……そう、『聖地 ヘルネヴァルト』の樹木ですかねぇ……。あそこは魔粒子の濃度が高く、その森林地帯にあるものすべてがその影響を受けていましてね。いわば、"魔の祝福"というべきなのですかな。魔粒子を取り込んで、突然変異を起こした樹木や現地生物が跋扈している環境だったわけですな。

 そういう意味では、現世から隔絶されている"幽世かくりよ"なんて言う方もいますねぇ。まあそれも、戦争の影響で環境が悪化し……と、それ以上はちょっと話が脱線してしますな。

 そうやって魔粒子の影響を受けて変異した樹木の樹皮をワタシが見定めまして、特に魔力を宿している箇所だけを剥がすのです。それで剥がした箇所に、ワタシが直々にまじないをかけるのですな。祝福付与エンチャントと似たようなものですが、祝福付与エンチャントのように具体性のある魔力効果がつくわけではありません。

 所有者の運勢を上げたりだとか、体調を整いやすくするだとか……そのような優しい『おまじない』をかけるのです。そうやって魔力を持った木片は『加護』を持ち、『護符タリスマン』となるのですよ。そしてワタシはそれを売っているわけですな。皆様に幸あれ、と」

「なるほど……」

 ウィズは手を顎につけて、うーんと唸る。

 何ともいえない魅力は『護符タリスマン』に付与されていた僅かな魔力――『加護』によるものだったのだろうか。そもそもが魔力を取り込んでいる樹木となれば、一般的な護符タリスマンよりも中身がある恩恵が引き出されても不思議ではない。本人が言っていたように、『祝福付与エンチャント』までとはいかずとも、恩恵の実態はあるのだろう。

 人間よりも魔力に敏感であろうウィズが魅かれたのはそこらへんが原因となっていそうだ。ウィズは微笑んで返答する。

「ご説明ありがとうございます。不思議な魅力の訳を知れたような気がします。……。えーっと……」

「……あぁ、ご挨拶が遅れましたね。ワタシはラシェル・ボンプレッシと申します」

 枯れた色の目の男――ラシェル・ボンプレッシはそう言って、手を差し伸べたのだった。
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