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156 妖精国の話
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魔粒子の影響を必要以上に受けてしまい、体調がすぐれないフィリア。コーヒーは眠気対策に良いらしい嗜好品なのは聞いたことがあったので、おかわりを頼んだのはそれ目当てなのだろうか。ウィズは普段、少なくても自分から積極的に飲もうとはしないので、実際に効果を体感したとかの経験はない。
「無理しないでくださいよ? ノルハの祭事、まだ始まってないんですから」
「む……そのくらい分かってる。でもほら、別に悪いものが体に入ってきてるわけじゃないんでしょう?」
厄介な不調を少しはやわらげるための提案をするウィズだったが、フィリアはそんなことは考えていなかったようだ。
「体の中の魔粒子ぐらい、自分の力で調整してみせるわ」
「……」
ふう、を息をつきながら仏頂面でフィリアは言う。ウィズは感情を顔にすら出さなかったが、肘をついた先の人差し指で知らぬ間にトントンとテーブルを突いていた。それはイラつきにも近い感情であったが、無意識化の行動であり、その具体性にウィズが気づくことはなかった。
(自分の力で調整だと……?)
ウィズは瞳をいったん閉じて、コーヒーカップに手を伸ばす。
ウィズの結論からすると、それは不可能に近い。体内に循環する魔粒子の調節は人間がやるようなことではない。魔術師やらの、普段から魔粒子に深くかかわっており、使い方に精通している人間ならば、まあ少しは可能かもしれないというレベルなのだ。
そういうのは妖精や精獣が行うことであり、彼らは出自から肉体の性質からして、魔粒子に異常な適性があるからできること。ましてや人間の肉体でそれを行うというのは無茶にもほどがある。ウィズの体でもそれはできない。
フィリアはあくびをかみ殺す。トロンとした目でウィズを見ると、小さな声で言った。
「ねぇ、なんかさ、面白い話してよ」
「……えぇ?」
「このままだと寝てしまうわ……」
「……」
こういう無茶ぶりが一番困る。ウィズは額に手をやって、どうするか考える。
話のレパートリーなどあるはずがない。雑貨店の時のことを話すにしても、退屈な話ばかりだ。『カットスター』に訪れた時の話もあるけれども、フィリアに話すことかと言われれば微妙である。変人に会ったというだけで、話の盛り上がりに欠ける気がする。そのうえオチもないし。
ちょっと考えて、仕方がなく適当な話で済ますことにした。
「……西から入れる未開領域には、偉大な妖精が作った国があるみたいですよ」
「ふーん?」
「それでその国というのがですね。妖精の国というだけあって、魔法技術がとても高くて……。それで国全域に結界が張り巡らされていて、その影響で未開領域の過酷な環境から完全に切り離されているんです。いうなれば『楽園』。
畑なんかは僕らが知ってるような、土に植物を植えるようなものではなくて、空中に水の球が浮かんでいて……その中に植物の苗を入れて育ててるらしくて、その畑は下から見ると水の球が光を反射させてキラキラ光ってて、とても綺麗みたいなんですよね。景観とかも透明感がある光景が広がっていて、まさに幻想的な場所なんですって。そんな国があるみたいですよ。……まあこれは言い伝えなのであったらいいですよねぇ」
「……」
そこまで聞いて、フィリアは微妙そうな表情で目を反らす。
「やっぱりさっきのナシ。ありがとう、もういいわ……」
「……そうですか?」
「まあ……そう、ね……」
フィリアはそう言うと、テーブルに突っ伏した。それじゃ寝てしまうのではないかと思ったが、すぐにゆっくりと顔を上げる。銀の髪がさらりと揺れる。
「料理、早くこないかしらね」
「そうですね。名前がかなり……その、挑戦的でしたから、実物が気になるところです」
「コーヒーはあんな名前だったけど、普通だったし……。料理もそこまで飛びぬけたものではないと思うけど……」
フィリアは肘をつき、気だるげなまま平に頬を預けた。目つきが完全に眠い人のそれだった。いつしか、ウィズがまだ店を開いていた時、何故か徹夜明けに店に訪れたソニアのことを思い出した。ある間隔で目が自然と落ちていくのだ。それなのに言葉は一件通じているようにみえて、ちゃんと話してみると向こうから会話を断念してくる。
そして眠そうに突っ伏すが最後、夢の世界へ一人で旅立ってしまう。実際、ソニアはカウンターに突っ伏したと思うと、半分立ったまま寝始めた。寝ていると確認できた時はびっくりしたものだ。だがそこで寝られては商売の邪魔だったので、仕方なく裏の居住スペースに布団を敷いて、そこにソニアを転がしたのだった。
(やばいな……なんとしてでも、はやくこの場を離れねえと……)
――熟睡するぞ。『アーク家』のフィリアが。威厳が消え去る。そうなれば面倒くさいことになることに決まっている。
本人にはその時はさらさらない。だから厄介だ。ウィズはひとり、ため息をついたのだった。
「無理しないでくださいよ? ノルハの祭事、まだ始まってないんですから」
「む……そのくらい分かってる。でもほら、別に悪いものが体に入ってきてるわけじゃないんでしょう?」
厄介な不調を少しはやわらげるための提案をするウィズだったが、フィリアはそんなことは考えていなかったようだ。
「体の中の魔粒子ぐらい、自分の力で調整してみせるわ」
「……」
ふう、を息をつきながら仏頂面でフィリアは言う。ウィズは感情を顔にすら出さなかったが、肘をついた先の人差し指で知らぬ間にトントンとテーブルを突いていた。それはイラつきにも近い感情であったが、無意識化の行動であり、その具体性にウィズが気づくことはなかった。
(自分の力で調整だと……?)
ウィズは瞳をいったん閉じて、コーヒーカップに手を伸ばす。
ウィズの結論からすると、それは不可能に近い。体内に循環する魔粒子の調節は人間がやるようなことではない。魔術師やらの、普段から魔粒子に深くかかわっており、使い方に精通している人間ならば、まあ少しは可能かもしれないというレベルなのだ。
そういうのは妖精や精獣が行うことであり、彼らは出自から肉体の性質からして、魔粒子に異常な適性があるからできること。ましてや人間の肉体でそれを行うというのは無茶にもほどがある。ウィズの体でもそれはできない。
フィリアはあくびをかみ殺す。トロンとした目でウィズを見ると、小さな声で言った。
「ねぇ、なんかさ、面白い話してよ」
「……えぇ?」
「このままだと寝てしまうわ……」
「……」
こういう無茶ぶりが一番困る。ウィズは額に手をやって、どうするか考える。
話のレパートリーなどあるはずがない。雑貨店の時のことを話すにしても、退屈な話ばかりだ。『カットスター』に訪れた時の話もあるけれども、フィリアに話すことかと言われれば微妙である。変人に会ったというだけで、話の盛り上がりに欠ける気がする。そのうえオチもないし。
ちょっと考えて、仕方がなく適当な話で済ますことにした。
「……西から入れる未開領域には、偉大な妖精が作った国があるみたいですよ」
「ふーん?」
「それでその国というのがですね。妖精の国というだけあって、魔法技術がとても高くて……。それで国全域に結界が張り巡らされていて、その影響で未開領域の過酷な環境から完全に切り離されているんです。いうなれば『楽園』。
畑なんかは僕らが知ってるような、土に植物を植えるようなものではなくて、空中に水の球が浮かんでいて……その中に植物の苗を入れて育ててるらしくて、その畑は下から見ると水の球が光を反射させてキラキラ光ってて、とても綺麗みたいなんですよね。景観とかも透明感がある光景が広がっていて、まさに幻想的な場所なんですって。そんな国があるみたいですよ。……まあこれは言い伝えなのであったらいいですよねぇ」
「……」
そこまで聞いて、フィリアは微妙そうな表情で目を反らす。
「やっぱりさっきのナシ。ありがとう、もういいわ……」
「……そうですか?」
「まあ……そう、ね……」
フィリアはそう言うと、テーブルに突っ伏した。それじゃ寝てしまうのではないかと思ったが、すぐにゆっくりと顔を上げる。銀の髪がさらりと揺れる。
「料理、早くこないかしらね」
「そうですね。名前がかなり……その、挑戦的でしたから、実物が気になるところです」
「コーヒーはあんな名前だったけど、普通だったし……。料理もそこまで飛びぬけたものではないと思うけど……」
フィリアは肘をつき、気だるげなまま平に頬を預けた。目つきが完全に眠い人のそれだった。いつしか、ウィズがまだ店を開いていた時、何故か徹夜明けに店に訪れたソニアのことを思い出した。ある間隔で目が自然と落ちていくのだ。それなのに言葉は一件通じているようにみえて、ちゃんと話してみると向こうから会話を断念してくる。
そして眠そうに突っ伏すが最後、夢の世界へ一人で旅立ってしまう。実際、ソニアはカウンターに突っ伏したと思うと、半分立ったまま寝始めた。寝ていると確認できた時はびっくりしたものだ。だがそこで寝られては商売の邪魔だったので、仕方なく裏の居住スペースに布団を敷いて、そこにソニアを転がしたのだった。
(やばいな……なんとしてでも、はやくこの場を離れねえと……)
――熟睡するぞ。『アーク家』のフィリアが。威厳が消え去る。そうなれば面倒くさいことになることに決まっている。
本人にはその時はさらさらない。だから厄介だ。ウィズはひとり、ため息をついたのだった。
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