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132 ちみどろ
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突然ひょっこりと現れたウィズの姿は、何故か所々に傷が見えた。というか、数か所から血が流れていたり滲んでいたりしている。
ただごとではないのだが、当の本人は特に気にしていないのか、それとも慌てていないからそう見えるだけなのか、特段情緒に異常はないように見えた。
ウィズは口を三日月のように歪ませて、ニマリと笑う。
「折角の祭りじゃないですか。楽しみましょうよ」
「……」
大男、そしてソニアも凍り付いた。
不一致の不気味。彼は両耳や額から血液を零しながら、愉快そうな笑みを浮かべていた。
太鼓の音が鳴る。不意に頭上の提灯の火が揺れて、顔の影が動く。ウィズの目が黒く曇り、異質な雰囲気が漂う感覚がした。
「……そうかい」
大男は酔いが醒めてしまった様子で席から立つ。それからウィズの隣をと追って人混みの中に消えて行った。
ウィズはその後ろ姿さえ確認せず、空席となったその場所に腰を落とした。
「……どうしたのよ、それ」
ため息混じりにフィリアは言う。ウィズは深く息を吐きながら答えた。
「ちょっと事故りましてね。耳とか内臓とかやられました。てへへっ」
「えっ」
「……」
思わずソニアは声を漏らす。しかしそれは反射的なものであり、それ以降は口をつぐんでしまった。
てへっ、などと軽々しく口にしているが、その内容は決して軽いものではない。あと普通にウィズの目が笑ってなかった。声もちょっと低めで、いつもの親しみやすさが形を潜めている。
何よりも無視できない怪我だ。すぐに医療師に診てもらわなければ。
「理由によっては……医療費、落ちないけど?」
「……うーん、落ちそうで落ちないような」
ソニアの心配とは裏腹に、フィリアとウィズは実に冷静――否、呑気であった。たまらずソニアが口を出す。
「ダメだって! はやく診てもらわないと!」
「あー、うん。それはまあ後でいいかなって」
「いやいやこういうのは出来るだけ早めに……! フィリア様もなんか言ってください!」
「本人がこう言ってるから大丈夫よ。意地を張るような状況でもないし」
フィリアは静かにそう告げた。ウィズはなんともなさそうにしていて、どっちかっていうとテーブルの上にあるタコボに興味があるようだった。
フィリアとウィズで二人。対してソニアは一人。この人数差ではソニアの意見は通らないだろう。フィリアの言う通り、本人がそこまで深刻そうでもないので大丈夫だろうと無理に納得した。
それでも心配は残るので、ソニアはそれを吐き出すように小さくため息をつく。その隣でフィリアは、タコボが入った容器をウィズの方へ寄せた。
「どーも」
ウィズは興味津々でタコボを楊枝で突き刺し、口に放り込んだ。
「あっ」
ハッとして声を漏らすソニア。何故ならタコボの中はとてつもない高温なのだ。それを単体で口の中に放り込んだ日には――。
「はがッ!! ぅぐぃ! ぁぁぁあぁ……」
「うぃ、ウィズー!!!」
ウィズも例外なく、タコボを噛んだらしい。噛めば中の具がトロトロと出てくるのだ。それは美味ながらも熱々で、まるでマグマの如く口内を進撃する。
「み、水!」
「これ、どうぞ!」
慌てて周囲の水を探すソニアに声をかけたのは、さっき酔っ払いに絡まれていた女性だった。手には水入りコップが握られている。それを差し出していた。
ソニアは一瞬固まったがすぐにそれを受け取る。
「ありがとうございます! ほらウィズ、これ水!」
「ぁ……ぁぁあ……んんっ……。あーあー、ごめん大丈夫」
「……あれ?」
ソニアの目の先にいるウィズは割と落ち着いていた。ソニアが女性から受け取った水は手の中にある。渡すよりも先に事故解決してしまったようだ。
ソニアは困惑して声を漏らす。
「えっ……?」
「んーあぁ。口の中に冷却魔法使って冷ましたんだよ」
「えぇ……そんなことできるの?」
「できちゃった」
「あぁそう……」
口内に魔法を使うなんて聞いたことがない。しかしできるに越したことはないのかもしれない。悪魔にも口から氷や雷の息吹を放ってくる個体がいると聞いたことがあるし、人間にも可能なのだろう。
だが、ウィズがこれを期に息吹系の技術を獲得してしまったら、と考えるとあまりよろしくない気がした。絵面的に。
「……それ、今後一切やらないでほしいな」
「なぜ……」
ソニアは悪魔のように炎を吹くウィズを見たくなかった。口から何かを出すという行為自体、なんというか公然の前でやってほしくない。やるならソニアと二人っきりの時だけが良い――とそこまで考えていた自分の煩悩を首を振って払った。
気を取り直すと、ふと自分の手にコップが握られたままであること気づく。ソニアはそのコップ女性に返した。
「すみませんっ……! ありがとうございます」
「い、いえ! こちらこそ先程はありがとうございました! どうしても断りづらくって……」
「お礼ならウィズに言ってあげてください! でも断りづらいのは分かるなぁ……」
共感するソニアにその女性は微笑んだ。それからウィズの方も見据えて告げた。
「わたし、ルイーゼっていいます。改めて、ありがとうございました」
その女性――ルイーゼは頭を下げる。ソニアは彼女に対して、どこか親和性を感じた気がした。
ただごとではないのだが、当の本人は特に気にしていないのか、それとも慌てていないからそう見えるだけなのか、特段情緒に異常はないように見えた。
ウィズは口を三日月のように歪ませて、ニマリと笑う。
「折角の祭りじゃないですか。楽しみましょうよ」
「……」
大男、そしてソニアも凍り付いた。
不一致の不気味。彼は両耳や額から血液を零しながら、愉快そうな笑みを浮かべていた。
太鼓の音が鳴る。不意に頭上の提灯の火が揺れて、顔の影が動く。ウィズの目が黒く曇り、異質な雰囲気が漂う感覚がした。
「……そうかい」
大男は酔いが醒めてしまった様子で席から立つ。それからウィズの隣をと追って人混みの中に消えて行った。
ウィズはその後ろ姿さえ確認せず、空席となったその場所に腰を落とした。
「……どうしたのよ、それ」
ため息混じりにフィリアは言う。ウィズは深く息を吐きながら答えた。
「ちょっと事故りましてね。耳とか内臓とかやられました。てへへっ」
「えっ」
「……」
思わずソニアは声を漏らす。しかしそれは反射的なものであり、それ以降は口をつぐんでしまった。
てへっ、などと軽々しく口にしているが、その内容は決して軽いものではない。あと普通にウィズの目が笑ってなかった。声もちょっと低めで、いつもの親しみやすさが形を潜めている。
何よりも無視できない怪我だ。すぐに医療師に診てもらわなければ。
「理由によっては……医療費、落ちないけど?」
「……うーん、落ちそうで落ちないような」
ソニアの心配とは裏腹に、フィリアとウィズは実に冷静――否、呑気であった。たまらずソニアが口を出す。
「ダメだって! はやく診てもらわないと!」
「あー、うん。それはまあ後でいいかなって」
「いやいやこういうのは出来るだけ早めに……! フィリア様もなんか言ってください!」
「本人がこう言ってるから大丈夫よ。意地を張るような状況でもないし」
フィリアは静かにそう告げた。ウィズはなんともなさそうにしていて、どっちかっていうとテーブルの上にあるタコボに興味があるようだった。
フィリアとウィズで二人。対してソニアは一人。この人数差ではソニアの意見は通らないだろう。フィリアの言う通り、本人がそこまで深刻そうでもないので大丈夫だろうと無理に納得した。
それでも心配は残るので、ソニアはそれを吐き出すように小さくため息をつく。その隣でフィリアは、タコボが入った容器をウィズの方へ寄せた。
「どーも」
ウィズは興味津々でタコボを楊枝で突き刺し、口に放り込んだ。
「あっ」
ハッとして声を漏らすソニア。何故ならタコボの中はとてつもない高温なのだ。それを単体で口の中に放り込んだ日には――。
「はがッ!! ぅぐぃ! ぁぁぁあぁ……」
「うぃ、ウィズー!!!」
ウィズも例外なく、タコボを噛んだらしい。噛めば中の具がトロトロと出てくるのだ。それは美味ながらも熱々で、まるでマグマの如く口内を進撃する。
「み、水!」
「これ、どうぞ!」
慌てて周囲の水を探すソニアに声をかけたのは、さっき酔っ払いに絡まれていた女性だった。手には水入りコップが握られている。それを差し出していた。
ソニアは一瞬固まったがすぐにそれを受け取る。
「ありがとうございます! ほらウィズ、これ水!」
「ぁ……ぁぁあ……んんっ……。あーあー、ごめん大丈夫」
「……あれ?」
ソニアの目の先にいるウィズは割と落ち着いていた。ソニアが女性から受け取った水は手の中にある。渡すよりも先に事故解決してしまったようだ。
ソニアは困惑して声を漏らす。
「えっ……?」
「んーあぁ。口の中に冷却魔法使って冷ましたんだよ」
「えぇ……そんなことできるの?」
「できちゃった」
「あぁそう……」
口内に魔法を使うなんて聞いたことがない。しかしできるに越したことはないのかもしれない。悪魔にも口から氷や雷の息吹を放ってくる個体がいると聞いたことがあるし、人間にも可能なのだろう。
だが、ウィズがこれを期に息吹系の技術を獲得してしまったら、と考えるとあまりよろしくない気がした。絵面的に。
「……それ、今後一切やらないでほしいな」
「なぜ……」
ソニアは悪魔のように炎を吹くウィズを見たくなかった。口から何かを出すという行為自体、なんというか公然の前でやってほしくない。やるならソニアと二人っきりの時だけが良い――とそこまで考えていた自分の煩悩を首を振って払った。
気を取り直すと、ふと自分の手にコップが握られたままであること気づく。ソニアはそのコップ女性に返した。
「すみませんっ……! ありがとうございます」
「い、いえ! こちらこそ先程はありがとうございました! どうしても断りづらくって……」
「お礼ならウィズに言ってあげてください! でも断りづらいのは分かるなぁ……」
共感するソニアにその女性は微笑んだ。それからウィズの方も見据えて告げた。
「わたし、ルイーゼっていいます。改めて、ありがとうございました」
その女性――ルイーゼは頭を下げる。ソニアは彼女に対して、どこか親和性を感じた気がした。
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