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130 おまつり

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 祭りの喧噪が遠くに感じる。

 ここがどこだと聞かれれば、ウィズは"舞台裏"だと思う。薄明りに照らされたその場所は、屋台が出ているところから離れた隅にあるベンチ。そこにウィズは座っていた。目の前には明るい場所から遠ざけて置かれたゴミ箱がある。

「……」

 ドミニクとお付きのウィスペル。その二人から逃げるように去った場所が、この袋小路ともいえる建物の隅。すぐ隣には壁があり、現実と祭りの境界線としてそびえたっている。

 ウィズはベンチに腰を下ろしながら、その壁にもたれかかっていた。ぼーっと目の前のごみ箱を見つめる。

「……会いたくなったからって、一目見たくなったからって。だから何なんだよ」

 ぽつり、一人ぼやいては祭りの喧噪に踏み殺された。





 ソニアは息をついた。手には黄色の『リンゴ飴』。

 ちょっと違った。ソニアの"両手"には黄色の"巨大な"『リンゴ飴』。

「まさか隠しボーナスがあるとはね」

「……そうですね」

 ソニアはちらりと隣の彼女を見る。仮面を被っていて表情は窺えない。長い髪は後ろで縛ったポニーテールで、普段とは雰囲気が違う彼女ことフィリアは見るからにウキウキしていた。ちょっとこわい。

 そんなフィリアの手にも巨大な黄色い『リンゴ飴』が。

「新記録だって」

 仮面の間からリンゴ飴を口にやりながら、嬉しそうに言う。

 この巨大なリンゴ飴は金魚掬いの景品であった。景品は景品といっても、隠し景品というらしく、一つの『パキ』で8匹以上獲った人に対して贈られるらしい。

 ソニアとフィリアの手には合計3つの巨大リンゴ飴があった。それは8匹に到達してからは3の等差でリンゴ飴のボーナスがつく仕組みになっていたらしい。

 ソニアの記録は15匹。結果、3つのリンゴ飴と15匹のお仲間がソニアに手渡された。

 ちなみに獲った金魚はソニアの紐で手首に吊るされた魔法鉢の中だ。そのガラスの球形な鉢の中で元気に泳いでいる。

「ありがとね」

「いえ……」

 フィリアは顔を軽く覗き込むようにしてソニアへ告げる。表情は仮面のせいで見えない。けれども笑っていることは分かった気がした。

「お礼に……『オクト・ボール』を奢ってあげよう」

「えっ……」

 ソニアが困惑な表情を上げる。フィリアは人差し指を立てると、『オクト・ボール』の屋台へと向かって行った。ソニアも釣られるように続く。

 お祭りは騒がしい。どこもかしこも騒音ばかりで、それに負けじと屋台番は声を張り上げるのだ。

「美味しい『オクボ』! まろやか『オクボ』! とろける『オクボ』! さあはいどうぞ!」

 『オクト・ボール』、略して『オクボ』。タコが入った団子のようなもので、油っぽくはあるもののクセになる風味の食べ物だ。8個ほどまとめられたものが蓋付きの木製容器に入れらて売られている。

 フィリアはオクボの屋台の前に行くと、身を屈めて並べられた色んな味付けのオクボを見る。ソニアもその隣に立った。

「どれが好き?」

「えっと……『オロシ削り』が好きです」

 フィリアは水々しい野菜のおろしが掛かったオクボ、『オロシ削り』と呼ばれるそれと通常のものを取った。

「毎度!」

 小銭を差し出した代わりに、やけに熱気を感じる愛想笑いとタコボを2パック手にする。フィリアは『オロシ削り』の方をソニアへ差し出した。

「どこかで食べよ」

「あっはい。確かあっちの方に食べる場所が……」

「じゃあそっちに行こ」

 フィリアはソニアの手を取り、ソニアが示した食事スペースに向かって足を踏み出した。

(……手)

 もっと冷たくてザラついていると思っていた。でもそれは、確かに少し冷たいもののよく知っているものだった。

「……は、こういうお祭りっていうのは初めてでね」

 ぽつり。雑音の音響が絡む中で聞こえた言葉はどこか知らない声に聞こえて、ソニアの認識が遅れる。それがどうしてフィリアのものであると気づけなかったのか、それは分からなかった。

「ソニア、さっきとても楽しそうだった」

 振り返って、その口元をにっこりと綻ばせる。ふとソニアは瞳を見開いた。

 どこか、懐かしい気がした。

 祭りのというのは一体感。誰かと誰かが集まって、みんなが集まって完成する。

 それは寂しさとか、そういうものとは対極にあるものだと思う。けれどもみんなが集まって、最終的には一つになる。

 もしも、その"一つ"から外れてしまったら。
 自分は独りでみんなの集まりを見つめることになるのだろう。

 それは寂しいことだ。ソニアが最後にお祭りに行ったのは、両親がいなくなってしまった後に初めて訪れた夏の日だった。

 ソニアは寂しかった。だからみんなと一緒にいたかった。お祭りに行って、色んな屋台に行って、その一時だけは全部の苦しいことを忘れて、たくさん笑って。

 そして遊び疲れて、ふと明かりから離れた木陰で一息つく。そこでソニアはふと気づいてしまった。

 祭りの外側に出てしまったソニアが感じたのは、迫りくる疎外感。祭りの喧噪は自分がいなくても問題なく進んでいく。木陰から影が這い出てくる気がした。そのままソニアを覆って、誰にも気づかれない影にされてしまうような、そんな気がしたのだ。

 想起。忘れてしまったと思っていた寂しさが蘇る。

「……えぇ。とても、楽しいですよ」

 今なら、祭りの外に出てしまっても、影は寄ってこない。そう思えてしまって、ソニアはちょっと笑ってしまった。
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