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79 違和感

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 漂う砂埃が一閃――逃げるように霧散し、中からフラフラと立ち上がるハーネスの姿が見えた。

「ハァ……ハァ……んん」

 すぐに息を整え、再び剣を構えるハーネス。その矛先をウィズに向けると、額から血を流しながら小さく笑って見せた。血液が唇のすぐ隣を伝う。

「さすが……姉様が選ぶことだけはある……」

 そんなハーネスの様子を見て、ウィズは目を細めた。外見は額から血を流すハーネスであるが、その実あまりダメージは通っていないようだ。耐久も中々あるようである。さすがは『アーク家』といったところか。

 一番幼い彼がこの耐久だと考えると――ウィズは眉をひそめた――単純にエルシィ、アルト、フィリアは彼の上をいくとみてよさそうだ。フィリアとアルトの実力は少し覗いたことがあるものの、エルシィについては未着手である。そこは早い内に探っておきたい。

 そんな考えとは裏腹に、ウィズはやはり笑みを崩さず応える。

「……魔力、止まってますよ?」

「――っ!」

 ――虚空が煌めいた。ハーネスはハッとして剣を構える。

「時間差、『魔収束あとらくと』」

 さっきバラまいた『緋閃』の粒子の全てを、ハーネスを吹っ飛ばすのに使ったのではなかったのだ。ウィズ次発のために粒子を残しておいた。それを今顕現させる。

 『魔収束アトラクト』により、収束した『緋閃』がハーネスを襲った。今度は地上ということもあり、迫る光に対しハーネスは剣を振り上げる。

「っっっ!」

 ハーネスの一振りとウィズの『緋閃』がぶつかり合い、聴覚を軋ませるほどの音が鳴り渡った。『緋閃』の光がハーネスの剣に張り付いて、一瞬だけそれらは拮抗する。

 けれどすぐにハーネスの剣が『緋閃』に打ち勝ち、その光を上空へと振り切った。聴覚を刻む金属音のようなものが遠くなっていく。

 ハーネスは飛ばした光を見据えながら、息をついた。ピリつく腕をかばって、ふと目の前に現れた気配に目を見開く。

「油断大敵、です」

 ハーネスが『緋閃』と競り合っている隙に、ウィズは彼に接近していた。ハーネスの目の前で踏み込んだウィズは、すでに『緋閃』の込めた左腕が振りかぶっている。ハーネスを殴る準備は万端であった。

 この距離は避けられないだろう。ウィズもそう確信していた。

 しかし、それは叶わない。ウィズは横から投擲された刃をかわすため、地面を蹴って後ろへと跳んだのだ。

「ハーネス様!」

 それは今まで静観していたと思われるソニアの攻撃であった。放たれた刃は一定のところでガクンと揺れると、ソニアの手元まで戻っていった。

 それをしっかりと見ていたウィズは、それがワイヤーによる飛び道具であることを認識する。魔力の伝達を利用してワイヤーを動かしているようだ。

「ワイヤーねぇ……」

 ウィズの視線がソニアの方へ向けられた。その視線に反応するかのように、ソニアは片手のワイヤーを繰り出しながら駆け出す。

 打ち出された片方のワイヤーをウィズは『緋閃』で撃ち落とすも、その直後に横からハーネスの斬撃が放たれてウィズは身を屈めてそれをかわした。それを見たソニアが走りながら地面を強く蹴ったのを、ウィズは認識する。

 刹那、ソニアが急加速してウィズの目の前まで迫り来た。ウィズはちょっとびっくりすつつも、彼女の足元に『緋閃』を放って動きを牽制する。

(なんだ……? この違和感……)

 『緋閃』が地面に着弾したことで砂埃が舞いこんだ。ウィズのその中でソニアに対する違和感を覚えつつ、彼女の足を止める。

 直後、砂埃を切り分けてハーネスはウィズへと向かってきた。同時に彼が放つ一閃へとウィズは意識を向けた。

 避ける――否、ウィズは片腕に『緋閃』のベールを巻いて、それを小手としてハーネスの剣をかち合わせる。これで相殺して互いに衝撃で距離を――と思っていたウィズであったが、その『緋閃』の小手にヒビが入ったことで、その思惑は完全に外れた。

「え……?」

 まさかヒビが入るなんて思わなかった。それも束の間、すぐに小手が砕け散る。ウィズは咄嗟に腕を引っ込んで、とりあえずハーネスを殴り飛ばして無理やりに距離を取った。

(なんで出力が上がってるんだ……不気味な……)

 ウィズの『緋閃』を砕いたハーネスの一振りは明らかにおかしかった。さっきまで『緋閃』を弾き飛ばしていた程度の力で、あの小手は破壊できない。何かカラクリがあるのか考えようにも、今度はウィズの背筋が凍る番であった。

 また別方向からの一閃がウィズを襲ったのだ。ウィズは再び『緋閃』の小手でそれを防御するも、その一閃――ソニアによる短剣の剣舞はさらに続く。

「っ!」

 ウィズは歯を噛み締め、高速でウィズの周囲を飛び回り、あらゆる方向から攻撃してくるソニアの短剣を防いでいった。

(こいつもおかしい……!)

 内心で舌打ちをしたのは、普通に舌打ちをする余裕がないからであった。

 ソニアの動きはウィズが教えた魔力による身体強化の賜物であるのは分かる。しかしそれを加味しても、ソニアのそれは常軌を逸していた。素人では決して捉えることができないほどの速さで、ソニアはウィズを追い詰めている。

 これが数年修行した者の動きならば、なから疑問も生まない。けれどもウィズが彼女に教えたのはほんの昨日の出来事。そこから今日、ここまでの動きを披露してくるなど考えられない。

 考えられないのだ。けれども目の前の現実がその考えを否定する。

 三百六十度、あらゆる位置に跳んではウィズに攻撃をしかけてくるソニア。ふと、その斬りかかってくるタイミングがズレた気がして、ウィズはその隙に攻めへ転じようと足を踏み込んだ。

 だが、それは決して"隙"ではなかったと、ウィズの鳥肌が示した。

「いきます」

「!!」

 ふと感じる強大な殺気。ウィズは慌ててその方向を見るも、直後視界が白い光に包まれる。

 どこかで見たことがある類の光――それは『怒りの森』で見た、フィリアの――。


 ハーネスが放つ、渾身の一振りがウィズを襲ったのだった。
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