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EP23 再起動

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 陽真里(ひまり)は生真面目な幼馴染だった。何かと口煩く、鬱陶しいと感じたことは一度や二度じゃない。

 事あるごとに頭をバシバシ叩いてくるのだってやり過ぎだと思う。

 だが、彼女は自分にとって一番の恩人で。そして、いつだったか。夕暮の教室で、初めて見せてくれた笑顔に夕星(ゆうせい)は恋焦がれてしまったのだ。

 ◇◇◇

 彼女は怪獣へと創り変えられた。────その事実を嫌でも理解しながら、夕星は力無く立ち上がった。

 フラフラとした足取りは誰の目から見ても危ういものだ。

「俺がアイツを……ヒバチのことを……」  

 ワープ能力によって飛ばされたのはARAs(エリアズ)基地内の整備区画だった。視線を上げた先には、整備ハンガーに固定された〈エクステンド〉が静かに黙している。翡翠色をしたカメラアイは無関心で無感情だ。

「ッッ……!」

 すぐ隣では未那月(みなつき)が、力を使い果して気絶した麗華(れいか)に拘束を施していたが、そんな様には目もくれず夕星は〈エクステンド〉に向けて走り出す。

 そして、苛立ちのまま装甲板を殴り付けた。

「畜生ッッ……!!」

 鋼の身体は熱を帯びない。殴り付けた拳には赤黒く血が滲んだが、それでも沸騰する感情を整理できないまま拳を振り下ろすことしか出来なかった。

「畜生ッ! 畜生ッ!」

 何がフェイズⅢのエゴシエーターだ。

 何がエリアズの工作員だ。

 結局自分のやったことと言えば、幼馴染の一人も満足に守れないまま、状況を最悪なものにしただけに過ぎなかった。

「願うままに叶える」「現実を歪め、世界を自由に改変できる」そんな力を備えていると言うのに、このザマなのだ。

「なぁ……〈エクステンド〉! 俺の願いを聞けッ!  今すぐヒバチを元に戻すんだ! あの蛹を今すぐ、藤森(ふじもり)陽真里に戻してみせろよッ!」

 大切なものは失って初めて気づくだなんて、聞き飽きたフレーズだ。それでも夕星の日常から「藤森陽真里」という個人は喪失されてしまった。

 今はただ、これまでの日々が愛おしい。〈エクステンド〉と怪獣の戦いに一喜一憂しては、未那月先生と怒られて。放課後は十悟とゲームセンター通い。

 そして本当に珍しいことだが、彼女と下らない世間話をしながら下校することだってあった。

 立ち寄った自販機で購入した冷たいジュースをイタズラ混じりに彼女の首に当てて、本気で怒られたのはいつのことだっただろうか?

「聞いてんのかよ……〈エクステンド〉! なんか言ったらどうだよ⁉」

 夕星の「日常」はフィクションとはまるでかけ離れた、退屈なノンフィクションの繰り返しだった。事件も起こらなければ、変革することさえもないまま、変わり映えてのしない日々がただ流れてゆくだけのもの過ぎなかった。

 だが、夕星はそんな自分の「日常」さえも守れなかったのだ。

「正義の味方」であって欲しいと〈エクステンド〉を生み出して尚、夕星にとっての「日常」は歪曲していく。

「何が願いは叶うだよ……こんな俺のどこが、正義の味方だって言うんだよッ!」

 胸の内から吐き戻した叫びに、答えはない。

 感情のまま振り下ろした拳はボロボロで、夕星はその場に蹲ることしか出来なかった。

 願わくば、このまま泥のように沈んでしまいたい。心地の良い微睡の中でずっと目を逸らしていたかった。

「────おい、夕星。何してんだよ?」

 そんな細やかな願いさえも阻むように、誰かが夕星の背に手を置く。

 初めはそれが未那月のものだと考えた。だが、口調も声質も彼女のものとは明らかに違う。どこか聞き飽きてしまった声の主はそのまま夕星を立たせ、そして────

「陽真里ちゃんのピンチに何してんだって、聞いてんだよッッ!!」

 右頬に走ったのは苛烈な痛みだ。這いつくばって、口の中にじんわりと染み出した鋼の味を感じながら、夕星は自分が殴られたことを理解する。

「ッ……」

 そして自分を渾身の力で殴り付けた声の主の方へと目をやった。

 はだけた入院着の胸元からは幾重にも巻かれた包帯が覗き、疲労感の滲んだ表情からは彼も明らかに容態が良くないことが伺える。

 それでも猛禽のように鋭い眼差しはそのままに。

「……なんで……お前が」

 悪友、鳥居十悟(とりいじゅうご)がそこには立っていた。

 ◇◇◇

「……なんで……お前が」

 十悟は基地内の集中医療室で、胸の傷を治しているはずだった。

「とっくに完治したんだよ。すげーよな、ここの医療スタッフ達は。漫画やアニメのお医者様も顔負けだぜ」

 いつもの調子で戯けてみせた十悟だったが、その眼差しは依然として鋭いままだ。

「それよりもさっさと立てよ。どうやったら陽真里ちゃんを救えるか、考えるぞ」

「……うるせぇよ」

「俺も目覚めてからちょっぴり時間があったんだ。それにさっきから基地内が騒がしかったからよ。適当な人を捕まえて事情も聞いた」

「……だから、うるせぇって言ってんだろッ!」

 夕星は口内に滲んだ血と共に、自らの感情を吐き捨てる。もう、いっそ放っておいて欲しかったのだ。

 それに十悟は何様のつもりなのだ? 自分はベットですやすやと療養を取っておきながら、どうして上から目線でモノを言えるのか?

「エゴシエーターがどんなものかも知らねぇくせに、正論だけをブチまけるんじゃねぇッ!」

「分かってるに決まってんだろ! エゴシエーターが何なのかもッ! その力のせいでお前が今どんな思いをしているかもッ!」

「目覚めてから時間があったって言ったろ? その間に色んなエリアズの資料を見せてもらったんだ」と、十悟は付け加えた。

 彼は全てを把握しているのだ。夕星や〈エクステンド〉のことも。陽真里や怪獣のことも。

 この最悪な現状を全て把握した上で、悪友は夕星の前に立つ。

「なぁ、夕星。お前、ちょっと腑抜けたんじゃないか? ……まぁ、何でも願いを叶える力なんて手に入れちまったなら、その力に甘えたくなる気持ちも分かるけどさ」

「なんだよ……何が言いたいんだよ?」

 ニヤリと十悟の口元が緩んだ。

「いいや、別に……ただ俺の親友は、もっとバカだったなぁ……って考えてただけだよ」

 芝居がかった口調と大袈裟な表現で、彼は続ける。

「お前はどうしようもないミーハーな〈エクステンド〉オタクで。こっちの正論も聞きやしない大馬鹿野郎だ。……だけどな、俺の知ってる神室(かむろ)夕星はなァ! エゴシエーターとか、力があるかどうかなんて関係なしに、大切な人を守ろうとする奴なんだよッ!」

「ッ……」

 そうだった。

 少なくとも、初めて〈エクステンド〉に搭乗し怪獣と闘った時の夕星は、自分の力のことなんて、何一つ考えていなかった。────ただ、守りたいと思う幼馴染のために拳を振るったのだ。

「立てよ、まだ何も終わってねぇんだからさ」

 十悟は、這いつくばる夕星に手を貸してくれた。

「今、お前が何をすればいいのかくらい、お前が一番よくわかってんだろ?」

 悪友の手を借りて夕星は立ちあがった。

 そして頬を叩きながら、もう一度気合の火を入れ直す。

「ヒバチは絶対に俺が助けるんだ。───たとえアイツの日常がどんな風に変わっても、俺が全部元に戻してやるッ!」
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