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再点火 イグニッション
第28話 苛烈な怒り
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鈴華から見た明松周哉という人物は、「強い少年」であった。
短期間の訓練で自らに眠るセンスを開花させ、土壇場では人工吸血鬼(アークパイア)と妖魔の力の双方をコントロールしてみせたことも、高い評価を抱く要因の一つであろう。
しかし、鈴華が彼を「強い少年」と評するのにはもっと別な理由があった。
────彼は、自らが齎した結果とひたすらに向き合おうとするのだ。
家族を焼いてしまったと自分を真っ先に責めたようときのように。それどころか再び被害を出してしまう可能性を知るや「自らが死ねばよかった」とまで言いかけた。
自罰的なところが目立ってしまう点だけは褒められたものでもないが、それでも彼が抱く責任感は評価されるべき美徳だと思っている。
けれど最悪なことに。今回ばかりはその責任感の強さが裏目に出てしまった。
周哉は確かに自らが齎してしまった結果に向き合うとするが、自ら以外にも非があることを考慮せず、内に向けてしまう傾向があるのだ。
その様子を側から見れば、自らに突きつけられた理不尽を受け入れ、前を向いて歩んでいるようにも見えるだろう。
けれど、彼は理不尽を受け入れこそするも、それを自分の中で整理しきれなかったのだ。
妖魔に憑かれ、家族を焼いてしまったこと。
目の前で自害した天王寺鬼丸を救えなかったこと。
それに加えて、自らの判断ミスで桐谷彩音を攫われてしまったことと、再び炎を暴走させてしまったことが短いスパンの間に重なってしまった。
責任感の強さは美徳であると同時に、自らを壊してしまう危うさでもある。
現にたった今、重圧と罪の意識に耐えきれなかった周哉の心は、限界を超えてしまったのだから────
◇◇◇
土砂降り雨の最中。
市街地で妖魔のものと思われる火災が発生したとの報告を受け、駆けつけた鈴華が見たものは、先に現着した特務消防師団の団員たちに取り押さえられた周哉の姿であった。
「この辺りの管轄は第九師団だったかな。どうやら、私のとこの団員が迷惑をかけてしまったようだね」
団員たちとの情報交換や現状把握を足早に済ませた鈴華は、小さく蹲る彼の元へ駆け寄った。
「あっー……これは考え得るなかで最悪のパターンかな……」
雨滴に打たれ続けた彼の手元には錠が嵌められており、複数人によって周囲を囲まれていた。
まるで大罪人のような扱いであるが、それが現状において周哉の受ける妥当な扱いでもある。
「周哉くん。私の声が聞こえるているかな?」
「…………はい」
鈴華はなるべくいつもの調子で話しかけるも、返ってきた声はあまりに小さく、掠れていた。意識を集中しなければ、聞き取れもしなかっただろう。
「何だかな。初めて私たちが会ったときみたいなことになっちゃったね」
その表情は、泣き腫らした後だと一目でわかるような状態にあった。それでいて、またも自罰的な側面を発揮したのであろう。両頬には自らが何度も爪を立てたような傷が幾つもあった。
縦に引かれた傷のラインと、上から下へと落ちる雨の軌跡はよく似ている。
彼の心が折れたことを推し量るには充分な様子であった。
「……なるほどね」
次いで鈴華は辺りを見遣る。
そこに在る惨状は一面が黒く染まっていた。住居の外壁の一部は煤けるどころか融解し、元の形から歪に変形していた。
建材やアスファルトの焦げる匂いは、いつ嗅いでも嫌いだ。
火事の後、じっとり纏わりつく空気も、全身をまさぐられているようで不愉快極まりない。
「話なら既に聞いているが、一応確認させてくれ。これは君がやったのかい?」
「はい。…………僕はまた、全部を燃やしてしまったんです……」
「こほん、一つを訂正しようか。これをやったのは確かに周哉くんかもしれない。けれど、こうなってしまった原因の全てが君に在るわけではないのだろう?」
「…………」
返事はなかった。
きっと今の周哉は慰めの言葉を必要としていない。寧ろ、口汚く罵られた方がマシなのだろう。けれど、それを求めてしまえば楽になると分かっているからこそ、彼は口を紡ぐのだ。
「……君はまだ子供なんだ。……それくらいのワガママは許されるだろうに」
「こういうのに、子供とか、大人とか関係ありますかね」
確かにそうだ。
いつ何時、誰に対しても年長者として振る舞ってしまうのは鈴華自身も悪い癖だと反省する。
「そうだね。……ちょっと私も気取りすぎていたみたいだ」
だからこそ、少し接し方を変えることにしよう。
「ところで周哉くん。さっきから聞こうと思ってたんだけど。首のそれは何だい?」
周哉の姿は肉体的にも精神的にもボロボロであった。幾つもの裂傷と、火力を上げ過ぎたが故に全身に広がった火傷の跡は酷く痛々しいものだ。
けれど、それ以上に鈴華の目を惹く跡が、彼の首元にはあった。
「もう一度聞くよ。首のそれはなんだい」
鬱血した手型の跡。きっと自らの手で首を絞め上げたのであろう。
アークパイアになることで獲得する再生能力はあくまでも外傷にしか作用しない。首を絞めることで呼吸を止めたり、何日も絶食を繰り返したりすれば、随分あっさりと死ぬことが出来るのだ。
「差し詰、首を絞めていたところを他の師団の団員たちに止められたと言ったところか。……なぁ、どうしてそんなことをしたんだい?」
周哉はNHKまた口籠る。
それでも震える口調で言葉を続けた。
「僕はきっと、何度でも同じ過ちを繰り返すんです。……妖魔に憑かれたとか、そんなのは関係なくて。僕は僕の意思で力を使って、こんな結果を齎して、それで……」
今の周哉にまともな判断力があるとも思えない。
どうあっても解釈を捻じ曲げ、自分を責めることに使う筈だ。
「過ちを繰り返す……ねぇ」
きっといつもの鈴華なら、優しい言葉や、或いは諭すような言葉をかけていただろう。
だが、今の彼女は違う。苛立ちから額には青筋が浮き、表情からは余裕の笑顔が消え失せていた。
「そうかい、君の主張はよく分かったよ。────だけどねッ!」
次の刹那。
彼女は周りの静止も振り切るようにして、周哉の下顎を蹴り上げていた。
短期間の訓練で自らに眠るセンスを開花させ、土壇場では人工吸血鬼(アークパイア)と妖魔の力の双方をコントロールしてみせたことも、高い評価を抱く要因の一つであろう。
しかし、鈴華が彼を「強い少年」と評するのにはもっと別な理由があった。
────彼は、自らが齎した結果とひたすらに向き合おうとするのだ。
家族を焼いてしまったと自分を真っ先に責めたようときのように。それどころか再び被害を出してしまう可能性を知るや「自らが死ねばよかった」とまで言いかけた。
自罰的なところが目立ってしまう点だけは褒められたものでもないが、それでも彼が抱く責任感は評価されるべき美徳だと思っている。
けれど最悪なことに。今回ばかりはその責任感の強さが裏目に出てしまった。
周哉は確かに自らが齎してしまった結果に向き合うとするが、自ら以外にも非があることを考慮せず、内に向けてしまう傾向があるのだ。
その様子を側から見れば、自らに突きつけられた理不尽を受け入れ、前を向いて歩んでいるようにも見えるだろう。
けれど、彼は理不尽を受け入れこそするも、それを自分の中で整理しきれなかったのだ。
妖魔に憑かれ、家族を焼いてしまったこと。
目の前で自害した天王寺鬼丸を救えなかったこと。
それに加えて、自らの判断ミスで桐谷彩音を攫われてしまったことと、再び炎を暴走させてしまったことが短いスパンの間に重なってしまった。
責任感の強さは美徳であると同時に、自らを壊してしまう危うさでもある。
現にたった今、重圧と罪の意識に耐えきれなかった周哉の心は、限界を超えてしまったのだから────
◇◇◇
土砂降り雨の最中。
市街地で妖魔のものと思われる火災が発生したとの報告を受け、駆けつけた鈴華が見たものは、先に現着した特務消防師団の団員たちに取り押さえられた周哉の姿であった。
「この辺りの管轄は第九師団だったかな。どうやら、私のとこの団員が迷惑をかけてしまったようだね」
団員たちとの情報交換や現状把握を足早に済ませた鈴華は、小さく蹲る彼の元へ駆け寄った。
「あっー……これは考え得るなかで最悪のパターンかな……」
雨滴に打たれ続けた彼の手元には錠が嵌められており、複数人によって周囲を囲まれていた。
まるで大罪人のような扱いであるが、それが現状において周哉の受ける妥当な扱いでもある。
「周哉くん。私の声が聞こえるているかな?」
「…………はい」
鈴華はなるべくいつもの調子で話しかけるも、返ってきた声はあまりに小さく、掠れていた。意識を集中しなければ、聞き取れもしなかっただろう。
「何だかな。初めて私たちが会ったときみたいなことになっちゃったね」
その表情は、泣き腫らした後だと一目でわかるような状態にあった。それでいて、またも自罰的な側面を発揮したのであろう。両頬には自らが何度も爪を立てたような傷が幾つもあった。
縦に引かれた傷のラインと、上から下へと落ちる雨の軌跡はよく似ている。
彼の心が折れたことを推し量るには充分な様子であった。
「……なるほどね」
次いで鈴華は辺りを見遣る。
そこに在る惨状は一面が黒く染まっていた。住居の外壁の一部は煤けるどころか融解し、元の形から歪に変形していた。
建材やアスファルトの焦げる匂いは、いつ嗅いでも嫌いだ。
火事の後、じっとり纏わりつく空気も、全身をまさぐられているようで不愉快極まりない。
「話なら既に聞いているが、一応確認させてくれ。これは君がやったのかい?」
「はい。…………僕はまた、全部を燃やしてしまったんです……」
「こほん、一つを訂正しようか。これをやったのは確かに周哉くんかもしれない。けれど、こうなってしまった原因の全てが君に在るわけではないのだろう?」
「…………」
返事はなかった。
きっと今の周哉は慰めの言葉を必要としていない。寧ろ、口汚く罵られた方がマシなのだろう。けれど、それを求めてしまえば楽になると分かっているからこそ、彼は口を紡ぐのだ。
「……君はまだ子供なんだ。……それくらいのワガママは許されるだろうに」
「こういうのに、子供とか、大人とか関係ありますかね」
確かにそうだ。
いつ何時、誰に対しても年長者として振る舞ってしまうのは鈴華自身も悪い癖だと反省する。
「そうだね。……ちょっと私も気取りすぎていたみたいだ」
だからこそ、少し接し方を変えることにしよう。
「ところで周哉くん。さっきから聞こうと思ってたんだけど。首のそれは何だい?」
周哉の姿は肉体的にも精神的にもボロボロであった。幾つもの裂傷と、火力を上げ過ぎたが故に全身に広がった火傷の跡は酷く痛々しいものだ。
けれど、それ以上に鈴華の目を惹く跡が、彼の首元にはあった。
「もう一度聞くよ。首のそれはなんだい」
鬱血した手型の跡。きっと自らの手で首を絞め上げたのであろう。
アークパイアになることで獲得する再生能力はあくまでも外傷にしか作用しない。首を絞めることで呼吸を止めたり、何日も絶食を繰り返したりすれば、随分あっさりと死ぬことが出来るのだ。
「差し詰、首を絞めていたところを他の師団の団員たちに止められたと言ったところか。……なぁ、どうしてそんなことをしたんだい?」
周哉はNHKまた口籠る。
それでも震える口調で言葉を続けた。
「僕はきっと、何度でも同じ過ちを繰り返すんです。……妖魔に憑かれたとか、そんなのは関係なくて。僕は僕の意思で力を使って、こんな結果を齎して、それで……」
今の周哉にまともな判断力があるとも思えない。
どうあっても解釈を捻じ曲げ、自分を責めることに使う筈だ。
「過ちを繰り返す……ねぇ」
きっといつもの鈴華なら、優しい言葉や、或いは諭すような言葉をかけていただろう。
だが、今の彼女は違う。苛立ちから額には青筋が浮き、表情からは余裕の笑顔が消え失せていた。
「そうかい、君の主張はよく分かったよ。────だけどねッ!」
次の刹那。
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