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プロローグ
第2話 かがり火は青く燃ゆる②
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燃え上がった蒼炎は、鮮やかな紅血によって掻き消されてしまった。
駆け込んできた病院関係者を嘘八百のパワープレイで追い払った鈴華は、少し申し訳なそうに周哉の方に目を遣った。
「その、なんだろうね……記憶を呼び戻すためとはいえ、荒療治になってしまったことは、非常にすまないと思っている。どうにも昔から器用なことは苦手で、」
「────僕に近づかないで下さいッ!」
周哉は歩み寄る彼女を、めいいっぱいの力で拒絶した。
煤けた病室の隅。いまだ残り火だけが煙ぶる一角で、彼は膝を抱きながらに蹲る。
「いきなり大きな声を出してすいません。……けど、また不知火さんを燃やしそうになったら、僕は……僕は……」
「気にするな。あれだけの炎を一度に出力したんだから、しばらくは燃えないはずだ」
「……それでも、やっぱり駄目ですよ。……思い出したんです。一週間前の火事で家族を焼き殺したのは、他の誰でもない僕自身だって。僕はどうしようもない『人殺し』なんだって」
目を閉じれば今度こそ、あのときの光景を鮮明に思い出すことができた。
身から出た火が、一瞬で全てを呑み込んで行くまでの一部始終を。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
歯を震わせながら同じ言葉を反芻する姿は、血の滲んだ火傷跡よりも痛々しい。
「わかった、なら私もこれ以上近づかない。……その代わり、今君がしている二つの勘違いについて訂正をさせてはくれないかな?」
「まずひとつ。君は人殺しなんかじゃないよ」と鈴華は人差し指を立てて、説き始める。
「君のご家族はちゃんと生きているよ。私が助け出したんだ。火傷が酷く、とても面会ができるような状態にはないが、命に別状もない。……そして、次の誤解こそが何より重要なんだが、」
そう前置きをしたうえで。彼女はあまりに突拍子のないことを言い出した。
「君のご家族を燃やしたのは君じゃない。あの青い炎は君のものではなく、君に憑いた『妖魔(ようま)』のものだ」
「…………は?」
周哉も思わず聞き返してしまった。それでも彼女はこれまで以上に真剣な様子で、説明を続ける。
「私たちが知らないだけで、世の中には案外多くの『奇妙な存在』ってヤツが紛れ込んでいるということさ。悪魔に天使、ゾンビやらと挙げ始めてはキリがないが、その中でも怪異や鬼といった連中の総称を妖魔と呼ぶんだ」
この場でオカルト話の風呂敷を広げるのは、あまりにも不謹慎がすぎる。だが彼女の語り口調には迫り寄るものがあった。
そもそも炎の色彩変化とは、ガスの提供量とそれに伴う熱量の変化に起因するものであり、あそこまで炎を蒼く燃焼させるには一六〇〇〇ケルビン以上の熱量を必要とした。
ただの炎が蒼くなるなんてことは、まず有り得ないのだ。周哉から噴き出した蒼炎が、並の炎とは一線を画していることも明白であろう。
「過去にもごく少数ではあるが、妖魔に憑かれた人間から蒼炎が噴き出すというケースは存在してね。そして、ここからが非常に言いにくいのだが……このケースは全て当事者の『焼死』によってのみ、決着がなされているんだ」
「……焼死……それって、あの炎で焼き殺されるってことですか?」
「そうだね。世にいう人体自然発火とは、ほとんどがこのケースでね。酷いときには、周囲を巻き込んでしまうこともあるんだ。」
「は……はは。……なんですか、それ……」
告げられた事実の理不尽さに、周哉は乾いた半笑いを漏らしてしまった。
誤解が解けようとも、問題は何一つ解決しない。身から噴き出した炎が妖魔に憑かれた故のものであろうが、なかろうが、結局自分は焼き殺され、挙句の果てに周囲の誰かを巻き込んでしまうのだ
「だったら……だったらッ! いっそ誰かを巻き込む前に、……むぐッ!」
そこまで言いかけて、周哉の口は強引に塞がれた。
「『だったら、僕が死んでいれば』とでも言いたかったのかい?」
口元は抑え込まれ、紡ぎかけた言葉も喉の奥へと押し戻される。
「すまないね。近づかないと約束したが、流石に今の発言だけは聞き逃すことが出来なかった。それにさ、全てを投げ出すのも早慶が過ぎるんじゃないか?」
「けど……こんなんじゃ、僕は……」
「ならば、ひとつ提案をさせて貰おうじゃないか」
彼女は耳元にまで近づいて、そっと囁く。
「君も『第十四特務消防師団』に加わるんだ。そうすれば力との向き合い方を教えてやる」
そこで蒼炎のコントロールを覚える、或いは自身に憑いた妖魔を祓うことさえできれば、周哉は晴れて元の生活に戻れるのだ。
「さぁ、どうする?」
差し出された提案に対し、迷いや恐怖がないと言えば嘘になる。彼女の話した内容を全て呑み込めた訳でも、信じられたわけでもない。
それでも、もう一度家族に会って、火事のことを謝れるのならば。
その可能性に縋りつく以外の選択はありえなかった。
「……不知火さん。……僕は元の生活に戻れますかね?」
「鈴華で良いといっただろう。それに少しは命の恩人の審美眼を信じたまえ」
そう言って、ほくそ笑んでみせた彼女の口元からは、鋭く尖った八重歯が覗くのだった。
◇◇◇
けれども力と向き合うとは具体的にどういうことなのか? 周哉の質問に対し、彼女はあっさりと答えてくれた。
「あぁ、それなら簡単さ。君も私たちと同じように『吸血鬼(ヴァンパイア)』になって貰うんだ。そうすれば、妖魔の力もある程度は御しやすく……ん?」
そこまで言いかけて、鈴華はようやく首を傾げる。
「そういえば私がヴァンパイアだってことを、まだ説明してなかったんじゃないか?」
駆け込んできた病院関係者を嘘八百のパワープレイで追い払った鈴華は、少し申し訳なそうに周哉の方に目を遣った。
「その、なんだろうね……記憶を呼び戻すためとはいえ、荒療治になってしまったことは、非常にすまないと思っている。どうにも昔から器用なことは苦手で、」
「────僕に近づかないで下さいッ!」
周哉は歩み寄る彼女を、めいいっぱいの力で拒絶した。
煤けた病室の隅。いまだ残り火だけが煙ぶる一角で、彼は膝を抱きながらに蹲る。
「いきなり大きな声を出してすいません。……けど、また不知火さんを燃やしそうになったら、僕は……僕は……」
「気にするな。あれだけの炎を一度に出力したんだから、しばらくは燃えないはずだ」
「……それでも、やっぱり駄目ですよ。……思い出したんです。一週間前の火事で家族を焼き殺したのは、他の誰でもない僕自身だって。僕はどうしようもない『人殺し』なんだって」
目を閉じれば今度こそ、あのときの光景を鮮明に思い出すことができた。
身から出た火が、一瞬で全てを呑み込んで行くまでの一部始終を。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
歯を震わせながら同じ言葉を反芻する姿は、血の滲んだ火傷跡よりも痛々しい。
「わかった、なら私もこれ以上近づかない。……その代わり、今君がしている二つの勘違いについて訂正をさせてはくれないかな?」
「まずひとつ。君は人殺しなんかじゃないよ」と鈴華は人差し指を立てて、説き始める。
「君のご家族はちゃんと生きているよ。私が助け出したんだ。火傷が酷く、とても面会ができるような状態にはないが、命に別状もない。……そして、次の誤解こそが何より重要なんだが、」
そう前置きをしたうえで。彼女はあまりに突拍子のないことを言い出した。
「君のご家族を燃やしたのは君じゃない。あの青い炎は君のものではなく、君に憑いた『妖魔(ようま)』のものだ」
「…………は?」
周哉も思わず聞き返してしまった。それでも彼女はこれまで以上に真剣な様子で、説明を続ける。
「私たちが知らないだけで、世の中には案外多くの『奇妙な存在』ってヤツが紛れ込んでいるということさ。悪魔に天使、ゾンビやらと挙げ始めてはキリがないが、その中でも怪異や鬼といった連中の総称を妖魔と呼ぶんだ」
この場でオカルト話の風呂敷を広げるのは、あまりにも不謹慎がすぎる。だが彼女の語り口調には迫り寄るものがあった。
そもそも炎の色彩変化とは、ガスの提供量とそれに伴う熱量の変化に起因するものであり、あそこまで炎を蒼く燃焼させるには一六〇〇〇ケルビン以上の熱量を必要とした。
ただの炎が蒼くなるなんてことは、まず有り得ないのだ。周哉から噴き出した蒼炎が、並の炎とは一線を画していることも明白であろう。
「過去にもごく少数ではあるが、妖魔に憑かれた人間から蒼炎が噴き出すというケースは存在してね。そして、ここからが非常に言いにくいのだが……このケースは全て当事者の『焼死』によってのみ、決着がなされているんだ」
「……焼死……それって、あの炎で焼き殺されるってことですか?」
「そうだね。世にいう人体自然発火とは、ほとんどがこのケースでね。酷いときには、周囲を巻き込んでしまうこともあるんだ。」
「は……はは。……なんですか、それ……」
告げられた事実の理不尽さに、周哉は乾いた半笑いを漏らしてしまった。
誤解が解けようとも、問題は何一つ解決しない。身から噴き出した炎が妖魔に憑かれた故のものであろうが、なかろうが、結局自分は焼き殺され、挙句の果てに周囲の誰かを巻き込んでしまうのだ
「だったら……だったらッ! いっそ誰かを巻き込む前に、……むぐッ!」
そこまで言いかけて、周哉の口は強引に塞がれた。
「『だったら、僕が死んでいれば』とでも言いたかったのかい?」
口元は抑え込まれ、紡ぎかけた言葉も喉の奥へと押し戻される。
「すまないね。近づかないと約束したが、流石に今の発言だけは聞き逃すことが出来なかった。それにさ、全てを投げ出すのも早慶が過ぎるんじゃないか?」
「けど……こんなんじゃ、僕は……」
「ならば、ひとつ提案をさせて貰おうじゃないか」
彼女は耳元にまで近づいて、そっと囁く。
「君も『第十四特務消防師団』に加わるんだ。そうすれば力との向き合い方を教えてやる」
そこで蒼炎のコントロールを覚える、或いは自身に憑いた妖魔を祓うことさえできれば、周哉は晴れて元の生活に戻れるのだ。
「さぁ、どうする?」
差し出された提案に対し、迷いや恐怖がないと言えば嘘になる。彼女の話した内容を全て呑み込めた訳でも、信じられたわけでもない。
それでも、もう一度家族に会って、火事のことを謝れるのならば。
その可能性に縋りつく以外の選択はありえなかった。
「……不知火さん。……僕は元の生活に戻れますかね?」
「鈴華で良いといっただろう。それに少しは命の恩人の審美眼を信じたまえ」
そう言って、ほくそ笑んでみせた彼女の口元からは、鋭く尖った八重歯が覗くのだった。
◇◇◇
けれども力と向き合うとは具体的にどういうことなのか? 周哉の質問に対し、彼女はあっさりと答えてくれた。
「あぁ、それなら簡単さ。君も私たちと同じように『吸血鬼(ヴァンパイア)』になって貰うんだ。そうすれば、妖魔の力もある程度は御しやすく……ん?」
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