39 / 40
新たなる刃
決着と救済
しおりを挟む
口の中に溢れたのは数千年ぶりの鉄錆の味だった。全身が気だるくて仕方がない。
「どうやら……ここまでのようですね…………」
ソラナキ式も二刀一対の大太刀も、その両方を形作るのは途方もない妖気エネルギーだ。そんなものを激突させれば、大爆発が起きることも知れていた。
そして、自らが対峙したのは、造氷術で爆発を遮ることのできる白江と、未来を見ることのできる鋼一郎の二人。仲良く爆発に巻き込まれたなんてことは期待するだけ無駄だろう。
ほら、噂をすれば。爆発に巻き込まれた自分を探しに、アンバランスな背丈をした二人が現れる。
「見つけたぞ、奈切……随分と似合わねぇところに飛ばされたんだな」
奈切の終着点は裏路地のゴミ貯めであった。
「そうですかね。僕には随分ふさわしい結末だと思いますが……」
不滅の妖術には一つ決定的な矛盾点がある。
単純な治癒の妖術と異なり、不滅の妖術は常時発動し続けるものだった。故にどれほどの致命傷を覆うとも即座に傷が再生される。これこそが奈切を千年間、あらゆる外因から、生き永らえらせた一番の要因であった。
だが不滅の妖術も、妖術である以上は体内を循環する妖気エネルギーを糧とする。限りある妖気エネルギーでの常時発動など、本来は不可能であった。
そもそも、奈切の身体には白江ほど大層な妖気エネルギーがあるわけでもなければ、梨乃のように変幻自在なわけでもない。妖怪としては、中の下がいいところだ。
「不尽の妖術……僕の妖気エネルギーが一定量を下回らない限り、体内に好きな波長の妖気エネルギーを供給できる特別な妖術でした。……ただ、その一定量を下回わちゃったようですね」
奈切の身体は腹から下がほとんど消し炭と化していた。
傷口から臓腑と妖気エネルギーがこぼれた彼の身体には、並みの回復術を使う余力すらも残されていなかった。
「……お二人とも、せっかくです。……お二人にもお伺いしたいのですが、お二人は何が妖怪と人間を分かつ境界線だと思いますか?」
自嘲気味に笑みを零した奈切は力なく鋼一郎たちへ問いかけた。
「そんなこと、考えたこともなかったな」
「ワシもそうじゃ。妖気エネルギーや外見、分け目は幾らでも見つけられるはずじゃ」
「……そうでしたか。……けれど果たして、本当にそうでしょうか?」
「それならお前はどう思うんだよ?」
鋼一郎の投げかける疑問は至極当然のものだったろう。
「……僕ですか。……僕はね、B・Uこそ人間と妖怪を分かつ境界線だと思うんですよ」
B・Uを発症した結果、身体に異常をきたすケースは数多く報告されてきた。身体機能における制限が外れたために、それに付随する形で筋骨が肥大化したケースは数多く報告されてきた。
現に鋼一郎だって瞳周りの筋肉と神経が常人よりも発達している。それを容姿から伺い知ることはできないが、頭蓋の形も少々歪になっているらしい。
「僕らのような人間に酷似した妖怪が一番わかりやすいんじゃないですかね? 異質な力を持ったゆえに変化した肉体がそれを生かすために最適化されたんです」
奈切は白江と鋼一郎を交互に指さすだろう。
「……幸村の娘さん。貴方は氷を操ることに特化したB・Uの発症者です。……鋼一郎くん。君は幾つもの未来を見通し、そこから最適解を選ぶ出せる妖怪なんですよ」
奈切の主張には幾つかの穴がある。
そもそもB・Uとは幼少期に受けた強いストレスから発症するものであり、多大なリスクを抱き合わせる上に、遺伝もしない。
一方、雪女の子供は雪女であり、九尾の子は九尾であるように、その特異性は遺伝するのだ。
それでも奈切は人間と妖怪のルーツは同じところにあると信じていた。
「僕はね、純血の妖怪ではないんです……ロマンチックな禁断の恋。その果てに産み落とされた僕は混ざりもののバケモノでしかないようですね」
人間と妖怪。それらがまったく異なる種だというならば、その両者の間に生まれた自分はいったい何なのだ?
人間でもなければ、妖怪でもない自分は本当のバケモノに成り下がるしかなかった。
「ただ居場所が欲しかったんです……ねぇ、鋼一郎君。僕はどこで間違えたんだと思います?」
「……それは、」
生まれたバケモノは穢れとされた。両親は目の前で惨殺され、自らは命からがらに妖怪の世界へと逃げ込んだ。
「きっと脳の形も君たちとは何かが違うんでしょうね。けど僕はそのおかげで賢くなれたんです……だから三柱さんたちのために頑張って色々なことを研究したんですよ。もう追い出されないように……必要だと思ってもらえるように……」
奈切の身体がほろほろと崩れ始めた。
造形術や転移術のような身の丈に合わない術を、不滅と不尽の妖術で誤魔化しながら使っていたのだ。その両方が解かれた今、その分の反動が奈切を蝕んでいく。
「幸村の娘さん……僕は皆さんのためにどう頑張ればよかったんですか?」
千年の時を戦ってきた悪の権化の独白はひどく弱々しいものだった。その顔に張り付けた笑みも、オーバーなリアクションも外付けに過ぎない。
「馬鹿者め……それじゃあ頑張らなければならぬのはワシらの方じゃないか。ワシらはお前さんに居場所を作ってやれなかったのじゃから……」
「そうでしたか……けど、僕はこれでも幸せ者かもしれませんね。最後に全部を吐き出せた。ようやっとスッキリすることが出来たんです。ですから、さっさと幕引きにしましょう」
討たれるべき悪に美談はいらない。バケモノは早々に討たれ闇に葬られるべきなのだ。
だからこそ、奈切は残された妖気エネルギーを絞り出し、ナイフを形作る。
白聖鋼製のひどく頼りないナイフだが、心臓に達するだけの刃渡りは十分すぎるほどあった。
「僕の作った百鬼たちは、僕の心臓の鼓動が消えた時点で連動し、機能が停止するようになっています。ですから、さぁ……」
ナイフを受け取ったのは白江だった。
「……のう、鋼一郎。……お前さんの目には未来が映っているのだろう? ならばお前さんはこれからワシのする選択を許すことが出来るか?」
「今は無理だな。……ただ、俺がお前なら同じ答えを選んでいたとも思うぜ」
白江はナイフを投げ捨て、懐から三柱の玉を取り出した。
「……なぜです? ……今なら僕を殺せるんですよ……それに君たちは僕を殺したいほど憎んでいて……」
三柱の玉は不滅の奈切を閉じ込めるための小さな檻だ。中で絶え間なく対象の破壊と再生が行われる。しかし、その効果は裏を返してしまえば対象を何時までも生きながらせる生命装置にもなりえた。
「奈切よ……確かにワシらはお前さんを殺したいほどに憎いし、赦せない。ただワシらを許せないのはお前さんも同じであろう。なら、互いが許し合えるその日まで──お前さんの居場所をワシらが作ってやれるその日まで、少し休んだらどうだ?」
「はは……そんな日が来るのなら」
もしも本当にそんな日が来るのなら。それは奈切にとっての救いであった。
「どうやら……ここまでのようですね…………」
ソラナキ式も二刀一対の大太刀も、その両方を形作るのは途方もない妖気エネルギーだ。そんなものを激突させれば、大爆発が起きることも知れていた。
そして、自らが対峙したのは、造氷術で爆発を遮ることのできる白江と、未来を見ることのできる鋼一郎の二人。仲良く爆発に巻き込まれたなんてことは期待するだけ無駄だろう。
ほら、噂をすれば。爆発に巻き込まれた自分を探しに、アンバランスな背丈をした二人が現れる。
「見つけたぞ、奈切……随分と似合わねぇところに飛ばされたんだな」
奈切の終着点は裏路地のゴミ貯めであった。
「そうですかね。僕には随分ふさわしい結末だと思いますが……」
不滅の妖術には一つ決定的な矛盾点がある。
単純な治癒の妖術と異なり、不滅の妖術は常時発動し続けるものだった。故にどれほどの致命傷を覆うとも即座に傷が再生される。これこそが奈切を千年間、あらゆる外因から、生き永らえらせた一番の要因であった。
だが不滅の妖術も、妖術である以上は体内を循環する妖気エネルギーを糧とする。限りある妖気エネルギーでの常時発動など、本来は不可能であった。
そもそも、奈切の身体には白江ほど大層な妖気エネルギーがあるわけでもなければ、梨乃のように変幻自在なわけでもない。妖怪としては、中の下がいいところだ。
「不尽の妖術……僕の妖気エネルギーが一定量を下回らない限り、体内に好きな波長の妖気エネルギーを供給できる特別な妖術でした。……ただ、その一定量を下回わちゃったようですね」
奈切の身体は腹から下がほとんど消し炭と化していた。
傷口から臓腑と妖気エネルギーがこぼれた彼の身体には、並みの回復術を使う余力すらも残されていなかった。
「……お二人とも、せっかくです。……お二人にもお伺いしたいのですが、お二人は何が妖怪と人間を分かつ境界線だと思いますか?」
自嘲気味に笑みを零した奈切は力なく鋼一郎たちへ問いかけた。
「そんなこと、考えたこともなかったな」
「ワシもそうじゃ。妖気エネルギーや外見、分け目は幾らでも見つけられるはずじゃ」
「……そうでしたか。……けれど果たして、本当にそうでしょうか?」
「それならお前はどう思うんだよ?」
鋼一郎の投げかける疑問は至極当然のものだったろう。
「……僕ですか。……僕はね、B・Uこそ人間と妖怪を分かつ境界線だと思うんですよ」
B・Uを発症した結果、身体に異常をきたすケースは数多く報告されてきた。身体機能における制限が外れたために、それに付随する形で筋骨が肥大化したケースは数多く報告されてきた。
現に鋼一郎だって瞳周りの筋肉と神経が常人よりも発達している。それを容姿から伺い知ることはできないが、頭蓋の形も少々歪になっているらしい。
「僕らのような人間に酷似した妖怪が一番わかりやすいんじゃないですかね? 異質な力を持ったゆえに変化した肉体がそれを生かすために最適化されたんです」
奈切は白江と鋼一郎を交互に指さすだろう。
「……幸村の娘さん。貴方は氷を操ることに特化したB・Uの発症者です。……鋼一郎くん。君は幾つもの未来を見通し、そこから最適解を選ぶ出せる妖怪なんですよ」
奈切の主張には幾つかの穴がある。
そもそもB・Uとは幼少期に受けた強いストレスから発症するものであり、多大なリスクを抱き合わせる上に、遺伝もしない。
一方、雪女の子供は雪女であり、九尾の子は九尾であるように、その特異性は遺伝するのだ。
それでも奈切は人間と妖怪のルーツは同じところにあると信じていた。
「僕はね、純血の妖怪ではないんです……ロマンチックな禁断の恋。その果てに産み落とされた僕は混ざりもののバケモノでしかないようですね」
人間と妖怪。それらがまったく異なる種だというならば、その両者の間に生まれた自分はいったい何なのだ?
人間でもなければ、妖怪でもない自分は本当のバケモノに成り下がるしかなかった。
「ただ居場所が欲しかったんです……ねぇ、鋼一郎君。僕はどこで間違えたんだと思います?」
「……それは、」
生まれたバケモノは穢れとされた。両親は目の前で惨殺され、自らは命からがらに妖怪の世界へと逃げ込んだ。
「きっと脳の形も君たちとは何かが違うんでしょうね。けど僕はそのおかげで賢くなれたんです……だから三柱さんたちのために頑張って色々なことを研究したんですよ。もう追い出されないように……必要だと思ってもらえるように……」
奈切の身体がほろほろと崩れ始めた。
造形術や転移術のような身の丈に合わない術を、不滅と不尽の妖術で誤魔化しながら使っていたのだ。その両方が解かれた今、その分の反動が奈切を蝕んでいく。
「幸村の娘さん……僕は皆さんのためにどう頑張ればよかったんですか?」
千年の時を戦ってきた悪の権化の独白はひどく弱々しいものだった。その顔に張り付けた笑みも、オーバーなリアクションも外付けに過ぎない。
「馬鹿者め……それじゃあ頑張らなければならぬのはワシらの方じゃないか。ワシらはお前さんに居場所を作ってやれなかったのじゃから……」
「そうでしたか……けど、僕はこれでも幸せ者かもしれませんね。最後に全部を吐き出せた。ようやっとスッキリすることが出来たんです。ですから、さっさと幕引きにしましょう」
討たれるべき悪に美談はいらない。バケモノは早々に討たれ闇に葬られるべきなのだ。
だからこそ、奈切は残された妖気エネルギーを絞り出し、ナイフを形作る。
白聖鋼製のひどく頼りないナイフだが、心臓に達するだけの刃渡りは十分すぎるほどあった。
「僕の作った百鬼たちは、僕の心臓の鼓動が消えた時点で連動し、機能が停止するようになっています。ですから、さぁ……」
ナイフを受け取ったのは白江だった。
「……のう、鋼一郎。……お前さんの目には未来が映っているのだろう? ならばお前さんはこれからワシのする選択を許すことが出来るか?」
「今は無理だな。……ただ、俺がお前なら同じ答えを選んでいたとも思うぜ」
白江はナイフを投げ捨て、懐から三柱の玉を取り出した。
「……なぜです? ……今なら僕を殺せるんですよ……それに君たちは僕を殺したいほど憎んでいて……」
三柱の玉は不滅の奈切を閉じ込めるための小さな檻だ。中で絶え間なく対象の破壊と再生が行われる。しかし、その効果は裏を返してしまえば対象を何時までも生きながらせる生命装置にもなりえた。
「奈切よ……確かにワシらはお前さんを殺したいほどに憎いし、赦せない。ただワシらを許せないのはお前さんも同じであろう。なら、互いが許し合えるその日まで──お前さんの居場所をワシらが作ってやれるその日まで、少し休んだらどうだ?」
「はは……そんな日が来るのなら」
もしも本当にそんな日が来るのなら。それは奈切にとっての救いであった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
太陽の花が咲き誇る季節に。
陽奈。
SF
日本が誇る電波塔《東京スカイツリー》
それは人々の生活に放送として深く関わっていた。
平和に見える毎日。そんなある日事件は起こる。
無差別に破壊される江都東京。
運命を惑わされた少女の戦いが始まろうとしている。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
エスカレーター・ガール
転生新語
SF
永遠不変の一八才である、スーパーヒロインの私は、決戦の直前を二十代半ばの恋人と過ごしている。
戦うのは私、一人。負ければ地球は壊滅するだろう。ま、安心してよ私は勝つから。それが私、エスカレーター・ガールだ!
カクヨム、小説家になろうに投稿しています。
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330660868319317
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5833ii/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる