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新たなる刃

決着と救済

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 口の中に溢れたのは数千年ぶりの鉄錆の味だった。全身が気だるくて仕方がない。

「どうやら……ここまでのようですね…………」

 ソラナキ式も二刀一対の大太刀も、その両方を形作るのは途方もない妖気エネルギーだ。そんなものを激突させれば、大爆発が起きることも知れていた。
 そして、自らが対峙したのは、造氷術で爆発を遮ることのできる白江と、未来を見ることのできる鋼一郎の二人。仲良く爆発に巻き込まれたなんてことは期待するだけ無駄だろう。

 ほら、噂をすれば。爆発に巻き込まれた自分を探しに、アンバランスな背丈をした二人が現れる。

「見つけたぞ、奈切……随分と似合わねぇところに飛ばされたんだな」

 奈切の終着点は裏路地のゴミ貯めであった。

「そうですかね。僕には随分ふさわしい結末だと思いますが……」

 不滅の妖術には一つ決定的な矛盾点がある。

 単純な治癒の妖術と異なり、不滅の妖術は常時発動し続けるものだった。故にどれほどの致命傷を覆うとも即座に傷が再生される。これこそが奈切を千年間、あらゆる外因から、生き永らえらせた一番の要因であった。

 だが不滅の妖術も、妖術である以上は体内を循環する妖気エネルギーを糧とする。限りある妖気エネルギーでの常時発動など、本来は不可能であった。

 そもそも、奈切の身体には白江ほど大層な妖気エネルギーがあるわけでもなければ、梨乃のように変幻自在なわけでもない。妖怪としては、中の下がいいところだ。

「不尽の妖術……僕の妖気エネルギーが一定量を下回らない限り、体内に好きな波長の妖気エネルギーを供給できる特別な妖術でした。……ただ、その一定量を下回わちゃったようですね」

 奈切の身体は腹から下がほとんど消し炭と化していた。

 傷口から臓腑と妖気エネルギーがこぼれた彼の身体には、並みの回復術を使う余力すらも残されていなかった。

「……お二人とも、せっかくです。……お二人にもお伺いしたいのですが、お二人は何が妖怪と人間を分かつ境界線だと思いますか?」 

 自嘲気味に笑みを零した奈切は力なく鋼一郎たちへ問いかけた。

「そんなこと、考えたこともなかったな」

「ワシもそうじゃ。妖気エネルギーや外見、分け目は幾らでも見つけられるはずじゃ」

「……そうでしたか。……けれど果たして、本当にそうでしょうか?」

「それならお前はどう思うんだよ?」

 鋼一郎の投げかける疑問は至極当然のものだったろう。

「……僕ですか。……僕はね、B・Uこそ人間と妖怪を分かつ境界線だと思うんですよ」

 B・Uを発症した結果、身体に異常をきたすケースは数多く報告されてきた。身体機能における制限が外れたために、それに付随する形で筋骨が肥大化したケースは数多く報告されてきた。

 現に鋼一郎だって瞳周りの筋肉と神経が常人よりも発達している。それを容姿から伺い知ることはできないが、頭蓋の形も少々歪になっているらしい。

「僕らのような人間に酷似した妖怪が一番わかりやすいんじゃないですかね? 異質な力を持ったゆえに変化した肉体がそれを生かすために最適化されたんです」

 奈切は白江と鋼一郎を交互に指さすだろう。

「……幸村の娘さん。貴方は氷を操ることに特化したB・Uの発症者です。……鋼一郎くん。君は幾つもの未来を見通し、そこから最適解を選ぶ出せる妖怪なんですよ」

 奈切の主張には幾つかの穴がある。

 そもそもB・Uとは幼少期に受けた強いストレスから発症するものであり、多大なリスクを抱き合わせる上に、遺伝もしない。

 一方、雪女の子供は雪女であり、九尾の子は九尾であるように、その特異性は遺伝するのだ。

 それでも奈切は人間と妖怪のルーツは同じところにあると信じていた。

「僕はね、純血の妖怪ではないんです……ロマンチックな禁断の恋。その果てに産み落とされた僕は混ざりもののバケモノでしかないようですね」

 人間と妖怪。それらがまったく異なる種だというならば、その両者の間に生まれた自分はいったい何なのだ?

 人間でもなければ、妖怪でもない自分は本当のバケモノに成り下がるしかなかった。

「ただ居場所が欲しかったんです……ねぇ、鋼一郎君。僕はどこで間違えたんだと思います?」

「……それは、」

 生まれたバケモノは穢れとされた。両親は目の前で惨殺され、自らは命からがらに妖怪の世界へと逃げ込んだ。

「きっと脳の形も君たちとは何かが違うんでしょうね。けど僕はそのおかげで賢くなれたんです……だから三柱さんたちのために頑張って色々なことを研究したんですよ。もう追い出されないように……必要だと思ってもらえるように……」

 奈切の身体がほろほろと崩れ始めた。

 造形術や転移術のような身の丈に合わない術を、不滅と不尽の妖術で誤魔化しながら使っていたのだ。その両方が解かれた今、その分の反動が奈切を蝕んでいく。

「幸村の娘さん……僕は皆さんのためにどう頑張ればよかったんですか?」

 千年の時を戦ってきた悪の権化の独白はひどく弱々しいものだった。その顔に張り付けた笑みも、オーバーなリアクションも外付けに過ぎない。

「馬鹿者め……それじゃあ頑張らなければならぬのはワシらの方じゃないか。ワシらはお前さんに居場所を作ってやれなかったのじゃから……」

「そうでしたか……けど、僕はこれでも幸せ者かもしれませんね。最後に全部を吐き出せた。ようやっとスッキリすることが出来たんです。ですから、さっさと幕引きにしましょう」

 討たれるべき悪に美談はいらない。バケモノは早々に討たれ闇に葬られるべきなのだ。

 だからこそ、奈切は残された妖気エネルギーを絞り出し、ナイフを形作る。

 白聖鋼製のひどく頼りないナイフだが、心臓に達するだけの刃渡りは十分すぎるほどあった。

「僕の作った百鬼たちは、僕の心臓の鼓動が消えた時点で連動し、機能が停止するようになっています。ですから、さぁ……」

 ナイフを受け取ったのは白江だった。

「……のう、鋼一郎。……お前さんの目には未来が映っているのだろう? ならばお前さんはこれからワシのする選択を許すことが出来るか?」

「今は無理だな。……ただ、俺がお前なら同じ答えを選んでいたとも思うぜ」

 白江はナイフを投げ捨て、懐から三柱の玉を取り出した。

「……なぜです? ……今なら僕を殺せるんですよ……それに君たちは僕を殺したいほど憎んでいて……」 

 三柱の玉は不滅の奈切を閉じ込めるための小さな檻だ。中で絶え間なく対象の破壊と再生が行われる。しかし、その効果は裏を返してしまえば対象を何時までも生きながらせる生命装置にもなりえた。

「奈切よ……確かにワシらはお前さんを殺したいほどに憎いし、赦せない。ただワシらを許せないのはお前さんも同じであろう。なら、互いが許し合えるその日まで──お前さんの居場所をワシらが作ってやれるその日まで、少し休んだらどうだ?」

「はは……そんな日が来るのなら」

 もしも本当にそんな日が来るのなら。それは奈切にとっての救いであった。
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