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新たなる刃
千年と氷閣
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「──転移術・盤」
その妖術の発動条件は標的に触れること。奈切だけに操れる高度な妖術は空間さえ超越する。
ぐにゃりと歪む空間に乗り物酔いのような吐き気と不快感を覚えるだろう。
閉ざした瞳を開いた二人の眼下。そこには一面の柄沢市が広がっていた。
・ 二〇二八年 八月五日 午前零時
・ 東京都 柄沢市・上空
「なっ…………なんじゃこりゃぁぁ!!」
「奈切めッ! こんなこともできたのかッ!?」
高度数百メートルから宙ぶらりんに。上空へと放り出されたムラサメは万有引力に逆らい固定される。これもすべては奈切の妖術が成す御業だ。
上空からは柄沢市の全てが伺えた。祓刃(はらいや)の基地も。ホテル・グランドからさわも。逃げ込んだ廃工場や、梨乃(りの)が隠れ家に使っていた北沢(きたさわ)組の邸宅さえも。
遮蔽物のない上空からは、ムラサメの高性能なツインアイを全てを見渡すことも容易であった。
「衛星写真みたいで、迫力も十分でしょう?」
振り返れば、そこには奈切が立っていた。
さも、空中に立つことが当然でもあるように、口の端を歪めてだ。
「なんのつもりだッ!」
「言ったでしょう? 最後まで頑張ったで賞です。右手に見える、君たちの隠れ家をご覧ください」
そこにカメラのフォーカスした二人は息を呑んだ。
「僕は今夜、君たちを一網打尽にするんだ。仙道和樹や夏樹由依も、生かしては返しませんよ」
列をなすのは無人機・百鬼を乗せたトレーラーだ。各トレーラーに二機ずつ。五十台のトレーラーが山中に隠されたガレージを目指す。
「あのときの一つ目野郎……それがなんて数だよ」
百鬼と交戦した鋼一郎だからこそ分かる。たった一機の百鬼ですら、ホテルに甚大な被害を与えた。それが何の抵抗の術を持たない由依たちのもとで暴れたのなら? 結末は想像するまでもなく悲惨なものだった。
「文字通りの百鬼夜行です。ね? 面白かったでしょう? 今日ですべての妖怪たちは駆逐されるんです。君たち人間の望むハッピーエンドですよ!」
「なにが……なにがハッピーエンドだッ! そんなことさせるわけがねぇだろうがッ!」
すぐに由依たちに逃げるよう伝えなければッ! しかし、ムラサメに備わった通信範囲では鋼一郎の声は届けることができない。
そもそもムラサメが宙づりにされているのは、奈切があの光景を見せつけるためだったのだ。
「──それでは、一足に先にさようなら」
妖術は解かれ、ムラサメの身体は自由になるだろう。
そして、今度は待ちに待ち侘びた重力たちがムラサメのコントロールを奪う。
「かっ…………ッ!」
高度から落下に伴い身体を襲うのは、多大なGと酸欠症状だ。機体は空中分解を起こし、脆い装甲部がはらはらと崩れる。利き方向である右腕が接合部から引きちぎれ、爆散した。
今のムラサメはくしゃくしゃにされた紙細工より脆い。
「……畜生ッ! ……畜生ッ!! 上がれッ! 上がれよッ!」
踏板を踏み込んだところで、ムラサメの推力は自重を浮かせられるようには設計されていない。残された三基の加速装置は黒煙を漏らす。
「────のう鋼一郎よ……高所からの落下。お前さんがやった、無茶を思い出すな」
白江がぼやくように口を開いた。
確かに状況こそ、ホテルで飛び降りたときに似ている。しかし、それは生還の算段があった上に、飛んだ距離も今の比ではない。
だが、そんなことは白江自身が一番わかっているはず。だから、彼女は不敵に笑って見せる。
「お前さんに習ってワシも今から無茶をしようと思う。今から十分! ワシは使い物にならんッ!」
白江がきつく妖気供給用のケーブルを握りしめた。
「待て、白江ッ! お前、何するつもりだよッ!?」
「操縦桿を離すなッ! 一か八かという奴じゃよ…………上手くいったなら、ワシが意識を取り戻すまで、場をつないでくれッ!」
文字通りのありったけをムラサメへと注がれる。エンジンが焼き切れるリスクは七割弱。それでも、賭ける価値があった。
「────氷河造術・奥義・千年氷楼閣ッ!」
体内に循環する妖気エネルギーを最後の一滴まで絞り出したのだろう。ムラサメの全身から冷気が溢れた。
現在の湿度は五十パーセント。十分に多湿でもあった。
「条件は揃っておるんじゃ……頼む、桃よ。ワシに力を貸してくれ」
溢れた冷気は空気中の水分を絡めとり。彼女の妖気が作り上げたのは、天に向かって伸びる数百メートルの氷の柱だ。その柱が落ち行くムラサメを受け止めるだろう。
その妖術の発動条件は標的に触れること。奈切だけに操れる高度な妖術は空間さえ超越する。
ぐにゃりと歪む空間に乗り物酔いのような吐き気と不快感を覚えるだろう。
閉ざした瞳を開いた二人の眼下。そこには一面の柄沢市が広がっていた。
・ 二〇二八年 八月五日 午前零時
・ 東京都 柄沢市・上空
「なっ…………なんじゃこりゃぁぁ!!」
「奈切めッ! こんなこともできたのかッ!?」
高度数百メートルから宙ぶらりんに。上空へと放り出されたムラサメは万有引力に逆らい固定される。これもすべては奈切の妖術が成す御業だ。
上空からは柄沢市の全てが伺えた。祓刃(はらいや)の基地も。ホテル・グランドからさわも。逃げ込んだ廃工場や、梨乃(りの)が隠れ家に使っていた北沢(きたさわ)組の邸宅さえも。
遮蔽物のない上空からは、ムラサメの高性能なツインアイを全てを見渡すことも容易であった。
「衛星写真みたいで、迫力も十分でしょう?」
振り返れば、そこには奈切が立っていた。
さも、空中に立つことが当然でもあるように、口の端を歪めてだ。
「なんのつもりだッ!」
「言ったでしょう? 最後まで頑張ったで賞です。右手に見える、君たちの隠れ家をご覧ください」
そこにカメラのフォーカスした二人は息を呑んだ。
「僕は今夜、君たちを一網打尽にするんだ。仙道和樹や夏樹由依も、生かしては返しませんよ」
列をなすのは無人機・百鬼を乗せたトレーラーだ。各トレーラーに二機ずつ。五十台のトレーラーが山中に隠されたガレージを目指す。
「あのときの一つ目野郎……それがなんて数だよ」
百鬼と交戦した鋼一郎だからこそ分かる。たった一機の百鬼ですら、ホテルに甚大な被害を与えた。それが何の抵抗の術を持たない由依たちのもとで暴れたのなら? 結末は想像するまでもなく悲惨なものだった。
「文字通りの百鬼夜行です。ね? 面白かったでしょう? 今日ですべての妖怪たちは駆逐されるんです。君たち人間の望むハッピーエンドですよ!」
「なにが……なにがハッピーエンドだッ! そんなことさせるわけがねぇだろうがッ!」
すぐに由依たちに逃げるよう伝えなければッ! しかし、ムラサメに備わった通信範囲では鋼一郎の声は届けることができない。
そもそもムラサメが宙づりにされているのは、奈切があの光景を見せつけるためだったのだ。
「──それでは、一足に先にさようなら」
妖術は解かれ、ムラサメの身体は自由になるだろう。
そして、今度は待ちに待ち侘びた重力たちがムラサメのコントロールを奪う。
「かっ…………ッ!」
高度から落下に伴い身体を襲うのは、多大なGと酸欠症状だ。機体は空中分解を起こし、脆い装甲部がはらはらと崩れる。利き方向である右腕が接合部から引きちぎれ、爆散した。
今のムラサメはくしゃくしゃにされた紙細工より脆い。
「……畜生ッ! ……畜生ッ!! 上がれッ! 上がれよッ!」
踏板を踏み込んだところで、ムラサメの推力は自重を浮かせられるようには設計されていない。残された三基の加速装置は黒煙を漏らす。
「────のう鋼一郎よ……高所からの落下。お前さんがやった、無茶を思い出すな」
白江がぼやくように口を開いた。
確かに状況こそ、ホテルで飛び降りたときに似ている。しかし、それは生還の算段があった上に、飛んだ距離も今の比ではない。
だが、そんなことは白江自身が一番わかっているはず。だから、彼女は不敵に笑って見せる。
「お前さんに習ってワシも今から無茶をしようと思う。今から十分! ワシは使い物にならんッ!」
白江がきつく妖気供給用のケーブルを握りしめた。
「待て、白江ッ! お前、何するつもりだよッ!?」
「操縦桿を離すなッ! 一か八かという奴じゃよ…………上手くいったなら、ワシが意識を取り戻すまで、場をつないでくれッ!」
文字通りのありったけをムラサメへと注がれる。エンジンが焼き切れるリスクは七割弱。それでも、賭ける価値があった。
「────氷河造術・奥義・千年氷楼閣ッ!」
体内に循環する妖気エネルギーを最後の一滴まで絞り出したのだろう。ムラサメの全身から冷気が溢れた。
現在の湿度は五十パーセント。十分に多湿でもあった。
「条件は揃っておるんじゃ……頼む、桃よ。ワシに力を貸してくれ」
溢れた冷気は空気中の水分を絡めとり。彼女の妖気が作り上げたのは、天に向かって伸びる数百メートルの氷の柱だ。その柱が落ち行くムラサメを受け止めるだろう。
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