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新たなる刃

悪意とおしゃべり

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「は…………?」

 鋼一郎は目の前の光景を理解できずにいた。熱線が梨乃を貫き、彼女は血を吐きながらくるりと一回転。糸が切れた人形のように、その場へ倒れこむ。

 鋼一郎だけではない。この場に居合わせた誰もが、この光景を理解できずに静止した。

 いや。誰もがこの状況を理解できないというのは語弊かもしれない。

「紅蓮操術・弾ですか……炎を集約し撃ち出すっていう発想は悪くないんですけどね。彼女では圧力が足りな過ぎて、せっかくのエネルギーが分散されてましたから。実戦で使うなら、このくらいは圧縮して、貫通力を与えないと」

 この状況を作り出した人物ならば。この場にいる誰もが気を緩める一瞬まで息をひそめ、ドンピシャのタイミングで梨乃を打ち抜いたならば人物ならば、この状況を誰よりも理解できているはずだ。

「幕にしたって、自ら視界を塞いでしまうのはナンセンスですよね。いや、それは氷河造術・冷表壁も同じですか。面の妖術はもっと工夫しなきゃって、千年前に教えたはずなんですけど。……まぁ、いいでしょう。くっく……うくくっ。なんにせよ、ようやく忌々しかった三柱どもの忘れ形見の一人を消せたんですからねぇ!」

 はじめは押し殺すような笑いだった。しかし、その笑い声は次第に大きくなっていく。最後には一人、ゲラゲラと笑い声を隠そうともしなかった。

 その声を鋼一郎は知っている。

「なんで……」

 わざとらしいとさえ感じてしまうようなオーバーリアクションと、その裏に隠した本性を鋼一郎は知っていた。

「なんで……なんで、テメェがここに居やがるんだァ!」

 妖怪たちがひしめく観客席の一角に男は平然と紛れ込んでいた。白いビジネススーツに真っ黒な影を霧のようにして全身に纏わせた妖怪としての姿を晒し出し、その口の端を歪なまでに釣り上げる。

「────奈切総一ッ!」

「じゃーんっ……ラスボス見参ってやつですよ!」

 奈切はこれ見よがしに両腕を広げて見せた。開いた掌には妖気エネルギーが迸る。

「質問は何故僕がここに居るかでいいんですね? ただ、それを語る前にちょっと失礼させて貰いますよ」

 造形術・固金。

 短くそう唱えれば、小さな金属片が現れ、それが銃の形を成す。梨乃が武器を形成するのには自らの尻尾という触媒を必要にしたのに対し、奈切はゼロからの構築だ。

 自ら作りあげた銃を握りしめ、それをコンパクトな動きで構えてみせる。

「ネタバラシの最中に攻撃されちゃうと、説明を中断しないといけませんし。とりあえず、周りだけでも」

「待てッ! よせッ!」

「それで聞いてもらえたことがありましたか?」 

 鋼一郎の静止を嘲るように。周囲を取り囲んでいた妖怪に向けて、発砲。スライドが跳ね上がり、十八発の中が空っぽになるまで立て続けに引き金を引き続けた。

 奈切は真っ白だったスーツを赤黒く染め、瞳を細める。その表情にはネジくれた悪意が滲んでいた。

 銃弾程度では死なないのが妖怪だ。それでも、凶弾に倒れた妖怪たちは一向には起き上がらない。苦しみ、痙攣を起こしたまま動かなくなる。

 その症状は祓刃であれば、嫌というほど目にしてきただろう。

「まさか……その弾は」

「ご明察。純度百パーセントの白聖鋼ですよ! そもそもですね、自然界に妖怪だけに効く猛毒の金属なんてありませんからね。あれも実は僕の妖術で作ったものなんですよ。致死性を高めるためにテトロドトキシンなんかを参考にしたりしましてね」

「だからこの場で白聖鋼を形成し、銃弾に仕込むのも簡単ってわけかよッ!」

「そういうことなのです! あっ、さっき九尾を貫いた熱線にも当然、微粒子程度に小さくした白聖鋼を混ぜておきましたから。念には念を入れなきゃなりませんよね?」

 警戒心を強める鋼一郎に対し、奈切は薄ら笑いを絶やさない。

 自ら撃ち殺した妖怪の一体を足蹴に、リング上の二人を見下ろした。

「おっと、いけない。多弁なのは僕のダメなところですね。教えたがりが過ぎるあまり千年前も殺されかけたんですから。余計なことは置いておいて、君の質問に答えなければ。『どうして僕がここに居るか?』でしたよね」

 そうだ。なぜ、奈切総一はここに居る?

 変装でも変化でも、梨乃の生活圏内に紛れ込む手段は幾らでもあるだろう。それでも奈切は今日、この時間に鋼一郎たちがここに現れることを知らなかったはずだ。内通者には細心の注意を払った。白江たちが内通者だったなんてことはありえないはず。

 それなのに奈切は現れた。ここで鋼一郎と白江に対面しながらも、驚かなかったのは、こちらの動きがはじめからすべて筒抜けだったせいだ。

「うーん、そうですね。物事というのは往々にして様々な因果が絡み合ったゆえの結果に過ぎませんから、何処から話せば答えになるのやら、」

 ふと、奈切は言葉を止めた。あることに気づいてしまった、奈切はまたクツクツと笑い声を押し殺す。

「それにしても、幸村白江に克堂鋼一郎ですか。五百年前に三柱の末裔であった大天狗の坊ちゃんが勝手に首を括って、九尾の犬飼梨乃もここに倒れた。だから最後に立ちはだかるのは、やはり君らになっちゃうんですよね。三柱の一柱・幸村家末裔、幸村白江。そして、モモちゃんが最後に残した隠し刀、克堂鋼一郎。…………ほんとっ! 忘れ形見ほど怖いものはないなァ!」 

 なんとなくではあるが、白江が三柱の縁者であることには察しがついていた。妖怪の事情に深く精通し、同じく三柱の縁者であった梨乃とも対等であった。だから、いまさら彼女が三柱の縁者であると明かされたって驚きは少ない。

 鋼一郎が困惑したのはそこじゃない。

「モモちゃん……だと。随分と桃教官を慣れ慣れしく呼ぶんだな」

「うっわ、露骨に怒っちゃいましたよ。けど、おかしなことなんてありませんからね──だって、百千桃を育てたのも、百千桃を殺したのも、この僕なんですから!」
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