上 下
26 / 40
新たなる刃

崩壊と打開策

しおりを挟む
 ムラサメを積載したトレーラーは古風な作りの日本家屋の前に駐車する。
訓練校のカリキュラムの一環で免許こそ取得していたが、実際に公道を走るのは久々だった。

 事故などを起こそうものなら、指名手配の自分は一発でアウトだ。そう考えると、ハンドルを握る手も妙に強張る。

「……ここはどうだ?」

 ここは指定暴力団・北沢組の本拠地だった邸宅だ。スモーク張りの車窓を数センチだけ開けて鋼一郎は、白江へと問いかける。

 来るべき決戦の日までひたすらに姿を隠し続けた彼女に対し、梨乃は拠点を転々とする。彼女と彼女の生活圏(コロニー)傘下に属する妖怪たちは一定期間で拠点を捨て、新たな拠点に移ることで追手を避わしてきたのだ。

「微細だが、血の匂いがするの。乾きようからして、ざっと数週前と言ったところか」

「じゃあ、ここがそうなんだな」

 ここは今、梨乃のコロニーへと打って変わっていた。きっと中の人間を皆殺しにし、この邸宅を奪い取ったのだろう。四方は塀に囲まれ、監視の目も届かない。加えて暴力団の調査は警察の職務だ。

「祓刃はサツと仲が悪いからな……隠れ場所までよく考えてやがるよ。ほんと」

「梨乃は頭がとにかく頭が切れる。けれど、そういう輩は思考にある程度の〝せおりー〟があるのじゃ」

 梨乃はコロニーとする場所を選ぶのに幾つか見つかりにくい条件を選ぶそうだ。そして、彼女の親友だった白江なら、ある程度その条件を知っている。あとはその条件に合致する施設を仙道が絞り込むことで、彼女のコロニー候補を割り出すことが出来たのだ。

 プロテクターを忍ばせた迷彩服に身を包み、二人はトレーラーを降りる。その手にはムラサメの軌道キーと、遠隔操縦の端末も握りしめてだ。

「分かっておるな、鋼一郎。ワシらは今から犬飼梨乃と交渉をするのじゃ」

「あぁ。三柱の縁者・九尾とその傘下の妖怪総勢三百人。全員、俺たちの仲間になってもらうぜ」

 ◇◇◇

 白江が梨乃に共闘を持ち掛ける決心を固めたのは、ムラサメの整備基地で起こった殴り合いがきっかけだった───

 仙道が集めていた協力者のほとんどが妖怪対策法違反として捕縛され、一週間後に集合する予定だった妖怪たちも連絡が途絶える。そんな絶望的なニュースが二つ同時に舞い込んだのだ。

 あまりにドンピシャすぎるタイミングかつ、白江たちの内情を知らなければ起こらなかったはずの事態だには、誰もが皆、内通者の存在を疑ってしまう。

 互いが疑心暗鬼になり、遂には不満が爆発する。一昨日にはメカニックの一人と妖怪の一人が口論の末、殴り合いの大喧嘩にまで発展した。

 その場は仙道と白江が辛うじて収めたものの、やはり人間と妖怪の関係には危うい脆さがあることを痛感させられた。

 鋼一郎や仙道、それに由依や白江たちは整備基地に居合わせていたために運良く追跡の手を免れたが、それでも人妖入り乱れる総勢九十名の連合軍は決戦を前にして、すでに崩壊を始めていたのだ。

 ◇◇◇
 
 三柱の玉の持ち主であった梨乃は、かつて三柱と呼ばれていた妖怪たちの一柱、九尾の正当な血縁者にあたる妖怪だ。それに加え、多くの祓刃(はらいや)隊員を屠ってきた実績は彼女の名に大きな箔を付けた。総勢三百名の傘下という規模を見れば、彼女の影響力を伺い知ることも容易であろう。

 今夜、梨乃のコロニーを訪れることはごく一部の人員しか知りえない。ここで彼女を説得し、彼女らを戦力に加えることが瓦解しかけた連合軍を立て直す、唯一の策なのだ。

「……待った」

 分厚い門を叩こうとした鋼一郎を白江が呼び止める。

「やはり、これは先に明かしておくべきだと思っての……梨乃がお前さんら人間に異様な敵意を向け、頑なに団結することを良しとしなかった理由じゃ」

 梨乃にはかつて妖怪の恋人がいたという。一本の角を持つ精悍な鬼の青年だったそうだ。

 その恋人を祓刃の全身となる奈切直属の陰陽師一団に殺された。それもかなり惨たらしい方法でだ。

「生きたまま皮を剥され、挙句に首を晒しものにされたのじゃ。怒り狂った梨乃はその陰陽師どもを一族ごと根絶やしにしたさ。それでも彼女の焦がれた者は帰ってこん。ヤツの傘下にいる妖怪たちだってそうじゃよ。縁者や恋人、あるいは師とするものを惨たらしく殺されたのだ。そう簡単に分別が付くわけもない」

 鋼一郎も妖怪に両親と恩師を殺された人間だ。だから、彼女らの憤りが痛いほどよくわかる。

「……そうか」

「正直、理屈ではないのじゃよ。ワシの様に割り切ってものを考える方が少数派じゃ」

 返した白江の言葉にも哀愁のようなものこびりつく。それでも二人は立ち止まるわけにはいかなかった。

 数回ノックすれば、丸坊主の男が現れた。いかにもその筋の人間といった風貌だが、白江たちと同じ、人間に近い姿の妖怪であろう。

「久方ぶりじゃの、見上げ入道」

「おぉ、これは幸村のお嬢! ということは、遂に犬飼の姐さんに玉を返してくれる気になったんですね!」

 大入道の態度は想いの他、歓迎的なものだった。それはまるで、数年ぶりに帰郷した親戚の娘を出迎えるように。だが、その朗らかな表情も隣の鋼一郎を見た途端、一気に強張る。

「お嬢……俺の見間違いだったら申し訳ありませんが、お隣の方は人間じゃないでしょうか?」 

「指名手配中の元祓刃隊員、克堂(こくどう)鋼一郎。ワシの仲間じゃ」

「そうでしたか。それじゃあ、お嬢は姐さんに詫びを入れに来たわけじゃないんですね?」

「三柱の玉の相続権は梨乃とワシの両方にあるはずじゃ。詫びもクソもないじゃろう。それにワシが考えを改めないことは、アイツが一番わかっておるはずじゃ」

 鋼一郎の角度からは、白江の手の中に鋭利な氷片を忍ばせているのが見えた。
交渉と言いながらも、多少は強引にならねば圧し通れないことを彼女は弁えていた。

「梨乃を出してはくれぬか? ワシは彼女に用がある」

「なりませんね。……お隣の人間をぶっ殺す許可を頂けるなら、話は別ですが」

 差し向けられた鋭い殺気に鋼一郎もまた拳を構える。睨み合う三者の間に緊迫した空気が流れた。

 だが、その空気も彼女の一言でかき消される。


「──止めろッ! お前ら!」


 荒々しく蹴り破られた玄関の向こうには、灯りのない廊下が続いていた。その闇の中、金色をした彼女の双眸と尻尾はよく目立つ。

「なぁ、白江。アンタはそう簡単に死ぬようなタマじゃないとは思ってけど、まさかノコノコ訪ねてくるなんてね」

 羽織っているのは男物の着物は、恐らくこの邸宅の持ち主のものだったのだろう。不敵な笑みを浮かべ、両腕を組み交わした犬飼梨乃がそこに立っていた。

「せっかくなんだ、あがって行けよ。話なら中のほうが良いだろうしさ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

太陽の花が咲き誇る季節に。

陽奈。
SF
日本が誇る電波塔《東京スカイツリー》 それは人々の生活に放送として深く関わっていた。 平和に見える毎日。そんなある日事件は起こる。 無差別に破壊される江都東京。 運命を惑わされた少女の戦いが始まろうとしている。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

エスカレーター・ガール

転生新語
SF
 永遠不変の一八才である、スーパーヒロインの私は、決戦の直前を二十代半ばの恋人と過ごしている。  戦うのは私、一人。負ければ地球は壊滅するだろう。ま、安心してよ私は勝つから。それが私、エスカレーター・ガールだ!  カクヨム、小説家になろうに投稿しています。  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330660868319317  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5833ii/

処理中です...